原作者・井上雄彦が自ら脚本・監督を務めた劇場アニメ『THE FIRST SLAM DUNK』。当初,声優陣の一新と主役の交代によって大きな物議を醸した本作だが,その洗練されたアニメーション,繊細な芝居,類まれなドラマメイキングによって,結果として多くの人の心を捉える傑作となった。原作完結から四半世紀を経て,なお新たな輝きを見せる本作の魅力に迫ってみよう。
冒頭のこのシーンが象徴しているように,『THE FIRST SLAM DUNK』(以下『FSD』)は,井上の画のタッチがそのままアニメーションになったかのような印象を与える映画だ。通常,マンガ原作のアニメでは,キャラクターデザイナーが原作キャラクターをアニメ用にリデザインすることが多い。しかし『FSD』では,井上自身が文字通りミリ単位,秒単位で作画と動作を調整し,彼の描きたい画をそのままアニメーションに落とし込んでいる。
『FSD』において,井上が「心に傷をつけられる」ほどの思いで描ききったものはーー表面的な印象とは裏腹にーー原作マンガとはまったく異なる表現による,まったく異なるメッセージだった。だから僕らはこの作品を“マンガ原作の延長”として観るべきではないのだ。“マンガ原作の再現度”という観点から論じるべきでもないのだ。マンガとアニメという媒体間の差異と同じくらい本質的な差異が,かつての『SLAM DUNK』とこの『THE FIRST SLAM DUNK』の間を隔てているのだから。
2022年に公開された劇場アニメ『THE FIRST SLAM DUNK』は,原作者の井上雄彦自身が監督・脚本を務め,自作の大胆なリメイクに挑んだ作品として大きな注目を集めている。今回紹介する『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』(以下『re:SOURCE』)は,井上による作業過程やインタビューを掲載した一種の制作資料集である。映画を鑑賞しただけでは見えてこない試行錯誤の跡を知ることで,『THE FIRST SLAM DUNK』という作品の理解をいっそう深めることのできる良書だ。
もちろんこれは本作に限られたことではない。これまで,ほぼすべてのマンガ原作アニメの制作者が乗り越えてきた“壁”だ。しかし井上の立場が少々特殊なのは,原作者自身が監督を務めたことにより,マンガとアニメの本質的な差異を痛感せざるを得なかった点だろう。もちろん,『AKIRA』(1988年)の大友克洋の前例はある。しかし井上と大友の作風の違いを考えれば,両者を類例とみなすことは難しい気もする。ここではこれ以上立ち入ることはしないが,原作者とアニメ映画との関わりの違いという点で,『THE FIRST SLAM DUNK』と『AKIRA』を比較してみるのも面白いかもしれない。
『ピアス』:原点の物語
そして『re:SOURCE』の最大の目玉は,『THE FIRST SLAM DUNK』における宮城リョータの物語の原点ともなった『ピアス』が掲載されている点だ。この作品は,1998年に「週刊少年ジャンプ」に掲載された読切マンガで,これまで単行本未収録だった。原作の『SLAM DUNK』に対してパラレルな関係にある作品のため,『THE FIRST SLAM DUNK』とも若干異なる設定になっているが,宮城リョータに対する井上の想いを知る上で貴重な作品だ。
宮城リョータを主人公に据えた『THE FIRST SLAM DUNK』のテーマ関し,井上は「痛みを乗り越え,一歩を踏み出す」ことと述べている。*3 だとすれば,本作を手がけた井上の仕事自体が,このテーマを体現しているとも言える。アニメ映画制作という“異世界”を体験した井上雄彦は,今後どのような技を繰り出してくるだろうか。『re:SOURCE』を読むと,『THE FIRST SLAM DUNK』がいっそう面白く感じられると同時に,井上の今後の仕事への期待感も高まる。
この話数の絵コンテ・演出を手がけた伊礼えりは,制作会社マカリアに籍を置くアニメーターだ。これまで『ウマ娘 プリティーダービー』(2018年)や『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(2020)など多くの作品に携わった経歴を持つが,最近で言えば『ヤマノススメ Next Summit』第9話Bパート「ひなた一家と,いざ鎌倉!」の演出(脚本・絵コンテは山本裕介)が記憶に新しい。作画・芝居ともに極めてクオリティの高い話数で,大人と子どもの対比,親と子の類似を繊細な芝居と表情で表現していた。
過去作品に新しい光を当て,新しい輝きを与えるのであれば,“新機軸”を選択すべきだ。昨年の2022年に公開された『THE FIRST SLAM DUNK』はその典型例と言える。声優陣は一新され,主役は変わり,持ち味であるギャグ要素を封印して試合の迫力と回想シーンのドラマ性を追求した。結果,一部のファンからは手厳しい批判を受けることになった。しかし,この作品を単体として見た場合,アニメーション表現の斬新さ,高いドラマ性,効果的な劇伴の使用など,高く評価されて然るべき要素ばかりだ。それは否定のしようがない。間違いなく,『SLAM DUNK』という作品は新しい光で照らし出されたのだ。
井上雄彦は『THE FIRST SLAM DUNK』を「新しいひとつの命」として作ったと述べている(『THE FIRST SLAM DUNK』劇場用パンフレット, p.17)。そう,僕らが観たいのは「新しい命」なのだ。2023年も多くの「新しい命」に出会えることを祈念しつつ,皆様におかれましても,慶びの一年となりますよう。
2022年新作アニメの鑑賞数は,TVシリーズが49作品(『SPY×FAMILY』『サマータイムレンダ』など2クール作品は1作品としてカウント),劇場版が27作品だった(『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM』など前後編に分かれているものは1作品としてカウント。OVAに分類される作品でも,劇場で先行公開したものは「劇場版」としてカウント)。
本作は,TVシリーズ(1993-1996年)からの声優交代騒動に始まり,桜木花道から宮城リョータへの“主役”変更や先述のギャグ要素削減などに関し,コアなファンからの批判も少なからず見られる。しかしこうした事情も,この記事であえて本作を第1位として挙げるきっかけとなった。というのも,ファンの中で作り上げられた作品のイメージを忠実になぞることだけが制作者の使命ではないと考えるからだ。かつて『劇場版シティーハンター 新宿プライベート・アイズ』(2019年)に関して,「ラーメン屋に行ってラーメンを注文したらきちんとラーメンが出てきた」と評されたことがあった。もちろんそうした作品作りの思想もあるだろう。しかし,あえてファンのイメージを壊し,古い作品から新しい価値を引き出す制作思想があってもよい。『THE FIRST SLAM DUNK』という作品はそれに成功している。
1位:『THE FIRST SLAM DUNK』 2位:『地球外少年少女 前編/後編』 3位:『犬王』 4位:『映画ゆるキャン△』 5位:『神々の山嶺』 6位:『かぐや様は告らせたい -ファーストキッスは終わらない-』 7位:『かがみの孤城』 8位:『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM』 9位:『夏へのトンネル,さよならの出口』 10位:『すずめの戸締まり』
一方,昨今のTVアニメのクオリティ向上のせいもあってか,劇場アニメの存在感は相対的に低かったように思える。例年,「総合ランキング」では劇場作品が上位を占めるのだが,今年は上位4作品までがTVアニメとなった。そんな中でも,『THE FIRST SLAM DUNK』は大いに健闘したと言える。先述した通り,“過去作品のリメイクの在り方”に一石を投じたという点でも特筆に値する作品である。