アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

2024年 夏アニメランキング[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品の内容に部分的に言及しています。未見の作品を先入観なしで鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

夏の気配がしつこく残る中,2024年夏アニメすべての作品が放送を終了した。今回の記事では,恒例通り2024年夏アニメの中から,当ブログが特にクオリティが高いと判断した5作品をランキング形式で振り返ってみたい。コメントの後には,作品視聴時のXのポストをいくつか掲載してある。今回は「中間評価」の記事でピックアップ作品と異同はない。なお,この記事は「一定の水準を満たした作品を挙げる」ことを主旨としているため,ピックアップ数は毎回異なることをお断りしておく。

www.otalog.jp

www.otalog.jp

 

5位:『先輩はおとこのこ』

senpaiha-otokonoko.com

【コメント】
主人公らの心理に寄り添った,素朴な温かみのある作品だ。最終話で登場したまことの祖父は,彼に己の価値観を貫く意志を授け,そして彼自らが祖父にとっての“未来”となった。“まなざしの地獄”から解放された彼は,新たな光のもとで世界をまなざし返すのだろうか。その時,彼の目に竜二という無二の存在はどのように映るのか。また彼らの目にまことはどのように映るだろうか。続編として劇場版『映画 先輩はおとこのこ あめのち晴れ』の公開(2025年2月14日)が決定している。


www.youtube.com

 

4位:『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』

mahoaku-anime.com

【コメント】
15分という短尺のアニメながら,“可愛さ”と“世知辛さ”と“エグさ”を絶妙な割合で配合した秀作。作画・芝居・色彩どの点においても,大橋明代監督の高いセンスを感じさせる作品だった。飯塚晴子によるキャラクターデザインも美麗。各キャラの魅力を十二分に伝えていた。さらに小野友樹中原麻衣三木眞一郎を中心とする声優陣の演技も耳心地良く,総じて目と耳を喜ばせるアニメーションに仕上がっていたと言える。今のところ続編の報はないが,ぜひ期待したいところである。

 

3位:『小市民シリーズ』

shoshimin-anime.com

【コメント】
小市民として世間に紛れ込むべく「互恵関係」にあった小鳩小佐内。友達でも恋人でもないその別れが,これほどまでに大きな喪失感を伴うものとは。アニメ制作班と声優陣が2人の関係性の描写に注力したからこそ,ここまで後を引く最終話となったのだろう。“日常を素材にした非日常”という形の演出が優れていたことはもはや言うまでもないが,やはり主役2人の立ち位置がきっちり描き込まれていたことが,本作に人間ドラマとしての品格を与えたことは間違いない。少々後味の悪い結末を迎えた本作だが,幸いと続編制作と放送予定(2025年4月)の報がすでに出ている。この2人の「互恵関係」の行く末を最後まで見届けよう。


www.youtube.com

www.otalog.jp

 

2位:『負けヒロインが多すぎる!』

makeine-anime.com

【コメント】
“ラブ”
コメなのにさほど恋愛恋愛しているわけではない。ラブ“コメ”なのに腹を抱えて笑うほどでもない。しかし一つのアニメ作品として完成されている。これはひとえに,作画・演出・声優陣の演技によるキャラクター作り,およびロケーションやライティングによる“場”の作りの妙によるものだ。いみぎむる原案・川上哲也デザインのキャラは,賑やかで生き生きとしたラブコメアニメらしい造形だが,学校の校内を中心とした舞台に置かれると不思議な実在感を醸し出す。アニメという媒体の面白さを改めて実感させてくれる作品だった。OPとEDのアニメーションも上々。OPで本編とのコントラストを狙いつつ,EDでヒロインたちの心情に寄り添うという,本編とは違った形で物語を語る作りになっていた。是非とも続編を期待したい作品である。

www.otalog.jp

 

1位:『逃げ上手の若君』

『逃げ上手の若君』第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

nigewaka.run

【コメント】
「2024年 夏アニメは何を観る?」の記事でイチオシとしてピックアップした作品。

日本史ベースのアニメということでは,近年では山田尚子監督のTVアニメ『平家物語』(2022年)や湯浅政明監督の劇場アニメ『犬王』(2022年)などがあった。これらの作品でも史実の中に独自のファンタジー(非現実性)を導入していたわけだが,『逃げ上手の若君』は一際ユニークな“偽史”を仮構している。それぞれの歴史上の人物は,史実をベースにしながらも強烈に戯画化され,主人公・北条時行に襲いかかる敵役ですら,極めて魅力的なキャラクターへとメタモルフォーゼされている。そうしたカリカチュアの世界をもとにしつつ,「逃げ=生きる価値」というポジティブなテーマをしっかりと伝えているのも好感度が高い。本来の意味でのコメディ(喜劇)の風格を備えた作品と言える。

アニメーションとしてのクオリティも極めて高い。ある程度各話演出の采配に委ねた演出方針をとっていると見られ,適度なアニオリ演出を盛り込みつつ,アニメ作品としての面白さを追求している。作画・芝居・色彩など,毎話飽きさせない作り込みがなされており,大変見応えがあった。歴史のアニメ化作品の一つの“解”を提示したと言えるだろう。この作品も現在のところ続編制作の報はないが,是非とも期待したい。

→その後,2024年10月7日0時に第二期の制作決定が発表された。続報を待とう。

www.otalog.jp

www.otalog.jp

 

● その他の鑑賞済み作品(50音順)
『ATRI -My Dear Moments-』『異世界スーサイド・スクワッド』『【推しの子】』『しかのこのこのここしたんたん』『天穂のサクナヒメ』『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』『菜なれ花なれ』『真夜中ぱんチ』

 

以上,当ブログが注目した2024年夏アニメ5作品を紹介した。

今期は『異世界スーサイド・スクワッド』『真夜中ぱんチ』など,オリジナル作品の中にもそれなりに健闘したものがあったのだが,今ひとつパンチに欠けた。しかしその代わりに,『逃げ上手の若君』のように,原作付きでありながら独自路線を行く作品が観られたことはたいへん喜ばしい。原作とアニメの関係はしばしばデリケートな問題も孕むが,この作品のように大胆な解釈を施した作品が今後も生まれて欲しいものである。

2024年秋アニメのおすすめに関しては以下の記事を参照頂きたい。

www.otalog.jp

 

2024年 秋アニメは何を観る?来期おすすめアニメの紹介 ~2024年 夏アニメを振返りながら~

『ダンダダン』公式Xより引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

www.animatetimes.com

 

2024年 夏アニメ振返り

www.otalog.jp

www.otalog.jp

今期の作品で特に高いクオリティを示しているのは,『小市民シリーズ』『逃げ上手の若君』『負けヒロインが多すぎる!』の3作品だ。

神戸守監督『小市民シリーズ』は,同じ米澤穂信原作で京都アニメーション制作の『氷菓』(2012年)とは対照的に,幻想的な演出よりも現実的で即物的な語りに徹した作品だ。しかしその一方で,唐突な風景の転換ユニークなカメラワークなどによって,独特な“非日常感”を創出するという作り方をしている。また,シネスコを使用するなど“映画”的な見せ方を意識しており,その意味で通常のアニメ作法を逸脱する演出方針がとられていると言ってよいだろう。アニメーション表現のユニークなあり方として注目に値する。

www.otalog.jp

山﨑雄太監督『逃げ上手の若君』は「2024年 夏アニメは何を観る?」の記事でイチオシとしてピックアップした作品だ。自由で躍動的で芸術的な演出術によって原作の魅力をいっそう増幅させた本作は,当初の期待を遥かに上回る出来栄えだ。各話演出担当やアニメーターの持ち味が活かしつつも,全体としての世界観がきちんと守られており,バランス感覚の優れた作品と言える。最終話に向けた盛り上がりが楽しみだ。

www.otalog.jp

www.otalog.jp

北村翔太郎監督『負けヒロインが多すぎる!』は,ラブコメという基本設定をベースにしつつも,全体的な画作りにそこはかとなくエモーショナルな要素を含ませている点が目を引く。特に影の使い方や夜のシーンの演出など,OPアニメーションの底抜けに明るい雰囲気からは想像もつかないほどの“しっとり感”を醸し出すことがある。OPとEDの作り込みも見応えがあり,ラノベ原作のアニメ化として大きな成功を収めていると言える。

www.otalog.jp

この他,美麗な作画と色彩で魔法少女の“可愛い”を前面に押し出した『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』,“人を好きになる”ということの複雑なあり様を問う『先輩はおとこのこ』などの作品も見逃せない。

2024年 夏アニメの最終的なランキングは,全作品の最終話放送終了後に掲載する予定である。

では今回も2024年秋アニメのラインナップの中から,五十音順に注目作をピックアップしていこう。各作品タイトルの下に最新PVなどのリンクを貼ってあるので,ぜひご覧になりながら本記事をお読みいただきたい。なお,オリジナルアニメ(マンガ,ラノベ,ゲーム等の原作がない作品)のタイトルの末尾には「(オリジナル)」と付記してある。

 

①『カミエラビ シーズン2 完結編』(オリジナル)


www.youtube.com

kamierabi.com

『カミエラビ GOD.app』公式X

【スタッフ】
原案:ヨコオタロウ/監督:瀬下寛之/副監督:井手恵介石間祐一りょーちも/シリーズ構成・脚本:じん/キャラクターデザイン:大久保篤/アニメーションキャラクターデザイン:山中純子もりやまゆうき/プロダクションデザイン:田中直哉フェルディナンド・パトゥリ/造形監督・光画監督:片塰満則/モーショングラフィックデザイン:佐藤晋哉/神器デザイン:帆足タケヒコ/アニメーションディレクター:得丸尚人/CGスーパーバイザー:鮎川浩和菅井進前田哲生永源一樹/美術監督:芳野満雄松本吉勝宍戸太一/編集:肥田文/音響監督:山口貴之/音楽:MONACA/アニメーション制作:UNEND/企画・プロデュース:スロウカーブ

【キャスト】
小野螺流:佐倉綾音/佐々木依怙:久野美咲/佐和穂花:松本沙羅/秋津豊:内田修一/能島千歌:阿部菜摘子/天昂輝:梶原岳人/⼆奈唯世:楠木ともり/沖野美津⼦:ファイルーズあい/雨野辰哉:新祐樹/狭手井綾:悠木碧/狭手井杏:小林千晃/岳川啓太:狩野翔/恵比須檜垣:櫻井孝宏/小野護郎:浦和希
【コメント】
2023年秋クールに放送された『カミエラビ GOD.app』の続編。3DCGによる独特な作風が後を引く秀作だ。“主人公喪失&忘却”というプロットが数多存在する中,最終話に向けて本作がどう差別化を図るかが見どころと言える。
原案はゲーム『NieR:Automata』(2017年) のヨコオタロウ,監督は『シドニアの騎士 第九惑星戦役』(2015年)『BLAME!』(2017年)などの瀬下寛之。このユニークな物語を最後まで見届けよう。
 

②『君は冥土様』


www.youtube.com

kimihameidosama-anime.com

『君は冥土様』公式X

【スタッフ】
監督:渡辺歩/シリーズ構成:赤尾でこ/キャラクターデザイン:倉嶋丈康/メインアニメーター:荻原みちる/色彩設計:田中千春/美術監督・美術設定:西山正紀/撮影監督:山本雄介/CGディレクター:鈴木雅臣/編集:廣瀬清志/音楽:得田真裕/音響監督:渡辺歩/音響効果:奥田維城/アニメーション制作:FelixFilm/製作:君は冥土様。製作委員会

【キャスト】
横谷人好:熊谷俊輝/雪/シュエ:上田麗奈/あげもち太郎:松井恵理子/横谷李恋:飯田ヒカル/グレイス:Lynn/日陰ナカ:稲垣好

【コメント】
原作はしょたんの同名マンガ。ハートフルラブコメな要素もさることながら,元殺し屋・雪のアクションも見どころになるだろう。ティザーPVを観る限りでは,作画面での仕上がりも良好なようだ。上田麗奈の抑え気味の演技も楽しみである。
座組上の大きなポイントとしては,『恋は雨上がりのように』(2018年)『サマータイムレンダ』(2022年)などの渡辺歩が監督を務める点だ。今期のラブコメ枠の一つとして期待しよう。

 

③『ダンダダン』


www.youtube.com

anime-dandadan.com

『ダンダダン』公式X

【スタッフ】
原作:龍幸伸/監督:山代風我/シリーズ構成・脚本:瀬古浩司/音楽:牛尾憲輔/キャラクターデザイン:恩田尚之/宇宙人・妖怪デザイン:亀田祥倫/色彩設計:橋本賢近藤牧穂/美術監督:東潤一/撮影監督:出水田和人/編集:廣瀬清志/音響監督:木村絵理子/アニメーション制作:サイエンスSARU

【キャスト】
モモ<綾瀬桃>:若山詩音/オカルン<高倉健>:花江夏樹/星子:水樹奈々/アイラ<白鳥愛羅>:佐倉綾音/ジジ<円城寺仁>:石川界人/ターボババア:田中真弓/セルポ星人:中井和哉/フラットウッズモンスター:大友龍三郎/アクロバティックさらさら:井上喜久子/ドーバーデーモン:関智一/太郎:杉田智和/花:平野文

【コメント】
原作は龍幸伸の同名マンガ。宇宙人×幽霊+オタク×ギャルの“シンクレティズム”的オカルトの世界観が魅力の怪奇マンガだ。少年ジャンプ+の看板作品ということもあり,物語面での懸念はない(ただし原作のややドギツイ描写をどこまで再現できるかは気にかかるところ)。
アニメ化に際して最大の見どころとなるのはその座組だ。制作はあのサイエンスSARU,監督はサイエンスSARU所属の山城風我。山城は経歴こそ浅いものの,湯浅政明監督『映像研には手を出すな!』(2020年)で副監督を,山田尚子監督『平家物語』(2022年)で各話演出を担当するなど,新進気鋭の作家として期待できる人物である。また宇宙人・妖怪のデザイナーとして,『モブサイコ100』(2016-2022年)のキャラクターデザインなどを手掛けた亀田祥倫が参加している点も見逃せない。さらに,今をときめく若山詩音花江夏樹の演技にも期待感が高まる。原作付きアニメとしては来期最有望株の作品と言える。

 

④『チ。ー地球の運動についてー』


www.youtube.com

anime-chi.jp

『チ。ー地球の運動についてー』公式X

【スタッフ】
監督:清水健一/シリーズ構成:入江信吾/キャラクターデザイン:筱雅律/美術監督:河合泰利/色彩設計:今野成美/撮影監督:伏原あかね/編集:木村佳史子/音楽:牛尾憲輔/音響監督:小泉紀介/制作:マッドハウス

【キャスト】
ラファウ:坂本真綾/ノヴァク:津田健次郎/フベルト:速水奨/オクジー:小西克幸/バデーニ:中村悠一/ヨレンタ:仁見紗綾

【コメント】
原作は魚豊の同名マンガ。言わずと知れた,新進気鋭の作家による意欲作である。「地動説」の誕生をめぐるドラマを,“史実”そのものというより“史実のカリカチュア”として描き出した作品。それだけに,随所に見られる劇的な瞬間をどうアニメイトするかが見どころと言える。

監督は『寄生獣 セイの格率』(2014年)などの清水健一,制作は『葬送のフリーレン』(2023-2024年)などのマッドハウスということで,座組的にも安心感がある。『ダンダダン』と同様,原作付きアニメとして期待の作品だ。

 

⑤『ネガポジアングラー』(オリジナル)


www.youtube.com

np-angler.com

『ネガポジアングラー』公式X

【スタッフ】
原作:ネガグラプロジェクト/監督:上村泰/シリーズ構成・脚本:鈴木智尋/キャラクターデザイン・総作画監督:谷口宏美/魚類の絵:長嶋祐成/プロップデザイン:月田文律横山なつき谷口宏美/美術監督:市倉敬/美術設定:藤瀬智康/色彩設計:垣田由紀子/CGディレクター:さいとうつかさ/撮影監督:頓所信二/編集:神宮司由美/音響監督:岩浪美和/音楽:菊谷知樹/音楽制作:KADOKAWA/アニメーション制作:NUT/製作:「ネガポジアングラー」製作委員会

【キャスト】
佐々木常宏:岩中睦樹/鮎川ハナ:ファイルーズあい/躑躅森貴明:石川界人/西森こずえ:土屋李央/町田:土田大/藤代:菅原正志/アイス:戸松遥/アルア:広瀬裕也

【コメント】
多額の借金を抱えた上に医者から余命2年を宣告された主人公が,釣り好きの少女と出会い,釣りによって価値あるものを見出していく,というストーリー。趣味全開系のオリジナルアニメだ。PVを観るに,作画面でのクオリティはかなり期待できそうだ。

監督は『幼女戦記』(2017年)『フリクリ オルタナ』(2018年)などの上村泰,制作は『幼女戦記』(2017年)『デカダンス』(2020年)などのNUT。貴重なオリジナル作品として期待しよう。

 

⑥『魔法使いになれなかった女の子の話』(オリジナル)


www.youtube.com

mahonare.asmik-ace.co.jp

『魔法使いになれなかった女の子の話』公式X

【スタッフ】
原案:赤坂優月/総監督:渡部高志/監督:松根マサト/シリーズ構成・脚本:金杉弘子/キャラクター原案:星野リリィ/キャラクターデザイン:松浦麻衣/音楽:下村陽子/編曲:松尾早人原口大𠮷川美矩(音楽制作:イマジン)/音響監督:岩浪美和(音響制作:マジックカプセル)/美術監督:泉健太郎/色彩設計:舩橋美香/撮影監督:八木祐理奈/編集:須藤瞳(REAL-T)/アニメーション制作:J.C.STAFF

【キャスト】
クルミ=ミライ:菱川花菜/ユズ=エーデル:山田美鈴/ミナミ=スズキ:堀江由衣/マキ=クミール:真野あゆみ/アスカ=クルマル:林幸矢/キョウ=クルマル:小林千晃/部長:杜野まこ/副部長:橘龍丸/ノーザン=ハリス:緑川光/カイ=ミライ:小松未可子

【コメント】
原案は「Project ANIMA」によって選出された赤坂優月の作品。魔法使いに憧れる少女を主人公とした魔法学園青春ストーリーである。「Project ANIMA」は,2018年にDeNA,文化放送,創通,MBSによって実施された共同企画で,アニメの原案を一般公募によって供給するというのがそのコンセプトだ。第一弾「SF・ロボットアニメ部門」からは『サクガン』(2021年に放送),第二弾「異世界・ファンタジー部門」からは本作,第三弾「キッズ・ゲームアニメ部門」からは『メビウス・ダスト』が選出されている。

監督は『灼眼のシャナ』(2005-2006年)『閃乱カグラ』(2013年)『タブー・タトゥー』(2016年)などの渡部高志,制作は『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』(2015年)などのJ.C.STAFF。また『輪るピングドラム』(2011年)などの星野リリィによるキャラクター原案も見どころになるだろう。

 

⑦『メカウデ(オリジナル)


www.youtube.com

『メカウデ』公式HP

『メカウデ』公式X

【スタッフ】
原案・監督:オカモト/シリーズ構成:中西やすひろTriF/キャラクターデザイン:西位輝実内田陽子/メカウデデザイン・コンセプトアート:塗壁/3DCG監督:河村翔太/音響監督:高寺たけし/音楽:澤野弘之KOHTA YAMAMOTODAIKI(AWSM.)/総監修:松山洋(CyberConnect2)/アニメーション制作:TriFスタジオ

【キャスト】
ヒカル:豊永利行/アルマ:杉田智和/アキ:嶋村侑/シニス&デキス:石川界人/カガミ:朴璐美/トウドウ:天月/エルジス:東地宏樹/フィスト:中村悠一/フブキ:悠木碧/アマリリス:日笠陽子/ヤクモ:山口勝平/ツキヒト:???

【コメント】
主人公が“ウデ”型機械生命体と出会ったことで事件に巻き込まれていく,というバトルアニメストーリー。YouTubeに公開されたショートPVを元に,クラウドファンディングベースで成立したオリジナルアニメ企画である。

原案・監督は新進気鋭の作家・オカモト。制作は福岡を拠点とするTrifスタジオ。どちらもTVアニメでの実績は少ないため,本作もまだ未知数だが,貴重なオリジナルアニメとして期待したい。また,キャラクターデザイナーとして『輪るピングドラム』(2011年)『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』(2016年)などの西位輝実が参加している点なども見逃せない。

 

⑧『らんま1/2』


www.youtube.com

『らんま1/2』公式X

【スタッフ】
原作:高橋留美子/監督:宇田鋼之介/シリーズ構成:うえのきみこ/キャラクターデザイン:谷口宏美/総作画監督:谷口宏美吉岡毅齊藤佳子大津直/メインアニメーター:内藤直青木里枝/POPアートワーク:北村みなみ/美術監督:大川千裕/色彩設計:垣田由紀子/撮影監督:加納篤/編集:柳圭介/音響監督:宇田鋼之介/音響効果:長谷川卓也/選曲:茅原万起子/音響制作:dugout/音楽:和田薫/企画プロデュース:小学館集英社プロダクション/制作:MAPPA/製作:「らんま1/2」製作委員会

【キャスト】
早乙女乱馬:山口勝平/らんま:林原めぐみ/天道あかね:日髙のり子/天道なびき:高山みなみ/天道かすみ:井上喜久子/天道早雲:大塚明夫/早乙女玄馬:チョー/響良牙:山寺宏一/シャンプー:佐久間レイ/九能帯刀:杉田智和/九能小太刀:佐倉綾音/小乃東風:森川智之/三千院帝:宮野真守/白鳥あずさ:悠木碧/ナレーション:緒方賢一

【コメント】
原作は言わずと知れた高橋留美子の同名マンガ。すでに1989年にアニメ化されているが,本作は「完全新作的アニメ化」として制作される。早乙女乱馬:山口勝平林原めぐみ,天道あかね:日高のりこ,天道なびき:高山みなみ,天道かすみ:井上喜久子,シャンプー:佐久間レイ,響良牙:山寺宏一らが同役で続投するのも注目である。

また,監督は『美少女戦士セーラームーン』(1992-)などで演出を担当し,現在はMAPPAを中心に活躍する宇田鋼之介,シリーズ構成はコメディ作品の脚本で定評のあるうえのきみこ,制作は今をときめくMAPPAと,制作の座組にも不足はない。旧作のリメイクは必ずしも成功例が多いとは言えないが,制作陣のパワーに期待しよう。

 

⑨『Re:ゼロから始める異世界生活 3rd season』


www.youtube.com 

re-zero-anime.jp

『Re:ゼロから始める異世界生活』公式X

【スタッフ】
原作:長月達平/キャラクター原案:大塚真一郎/監督:篠原正寛/シナリオ監修:長月達平/シリーズ構成:横谷昌宏/キャラクターデザイン・総作画監督:佐川遥/モンスターデザイン:千葉啓太郎/プロップデザイン:岩畑剛一鈴木典孝/美術設定:青木薫(美峰)/美術監督:木下了香(美峰)/色彩設計:坂本いづみ/撮影監督:宮城己織(T2studio)/3Dディレクター:居嶋健太郎(FelixFilm)/編集:須藤瞳(REAL-T)/音楽:末廣健一郎/音楽制作:KADOKAWA/音響監督:明田川仁/音響効果:古谷友二(スワラ・プロ)/音響制作:マジックカプセル/アニメーション制作:WHITE FOX/製作:Re:ゼロから始める異世界生活3製作委員会

【キャスト】
ナツキ・スバル:小林裕介/エミリア:高橋李依/ベアトリス:新井里美/ガーフィール・ティンゼル:岡本信彦/オットー・スーウェン:天﨑滉平/フェルト:赤﨑千夏/ラインハルト・ヴァン・アストレア:中村悠一/クルシュ・カルステン:井口裕香/フェリス:堀江由衣/ヴィルヘルム・ヴァン・アストレア:堀内賢雄/アナスタシア・ホーシン:植田佳奈/ユリウス・ユークリウス:江口拓也/プリシラ・バーリエル:田村ゆかり/アル:関智一/リリアナ・マスカレード:山根綺/ヨシュア・ユークリウス:石毛翔弥/キリタカ・ミューズ:西山宏太朗/ハインケル・アストレア:津田健次郎/シリウス・ロマネコンティ:安済知佳/レグルス・コルニアス:石田彰/ライ・バテンカイトス:河西健吾/カペラ・エメラダ・ルグニカ:悠木碧

【コメント】
こちらもビッグタイトルの3作目。多くを語る必要はないだろう。監督が渡邉政治から『トラペジウム』(2024年)などの篠原正寛に,キャラクターデザインが坂井久太から『よふかしのうた』(2022年)などの佐川遥に交代するなど,制作陣に若干の異同がある。PVを観ると,これまでのシリーズとはわずかに作画のテイストが変わったことが感じられる。その辺りも見どころの1つとなるだろう。

 

2024年秋アニメのイチオシは…

2024年秋アニメの期待作として,今回は9作品をピックアップした。

今回のイチオシ作品として『ダンダダン』を挙げる。「少年ジャンプ+」の看板作品をサイエンスSARUと新進気鋭の作家・山城風我がどう料理するか。お手並み拝見を行こう。

次点として,瀬下寛之監督『カミエラビ シーズン 2 完結編』清水健一監督『チ。ー地球の運動についてー』上村泰監督『ネガポジアングラー』オカモト監督『メカウデ』などにも注目したい。特に『カミエラビ』『ネガポジアングラー』『メカウデ』には,日本のオリジナルアニメのパワーを見せつけてくれることを期待する。

 

以上,2024年秋アニメ視聴の参考にして頂ければ幸いである。

 

2024年 夏アニメOP・EDランキング[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品の内容に部分的に言及しています。未見の作品を先入観なしで鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

『負けヒロインが多すぎる!』OPアニメーションより引用 ©︎雨森たきび/小学館/マケイン応援委員会

今回の記事では,現在放送中の2024年夏アニメの中から特に優れたOP・EDを紹介する。タイトルの下にノンクレジット映像を引用してあるので,ぜひご覧になりながら記事をお読みいただきたい。なお,通常のランキング記事と同様,一定の水準に達した作品を取り上げる方針のため,ピックアップ数は毎回異なることをお断りしておく。

 

5位:『小市民シリーズ』ED


www.youtube.com

【コメント】
ED映像の大半を実写映像が占める,いわゆる“実写ED”。影や光源を調整することによって,アニメーションのキャラを実際の風景(岐阜市)の中に自然な形に溶け込ませているが,その自然さが却って奇妙な“実在感”を生み出している。“現実の中に違和を呼び込む”という本編の演出手法にもマッチした映像だ。制作を手掛けたのは映像作家の田島太雄。なお,田島は本作と同じラパントラック制作・幾原邦彦監督『さらざんまい』(2019年)でも,同様の実写EDを制作している。

『小市民シリーズ』EDアニメーションより引用 ©︎米澤穂信・東京創元社/小市民シリーズ製作委員会

【アニメーションスタッフ】
映像ディレクター:田島太雄/VFX:山口将(Ydot.inc)/Data Manager:ワキサカワタル/演出:長友孝和/作画監督:具志堅眞由(Production I.G新潟)

【主題歌】ammo  「意解けない」
作詞・作曲:岡本優星編曲:ammo

 

4位:『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』OP


www.youtube.com

【コメント】
とにかく可愛い。そもそも本編自体が,それなりに諸々の要素を含む原作から“可愛い”を抽出した作りになっているのだが,OPアニメーションはさらにそれを濃縮&パッケージングしたような映像だ。映像の大半は,白夜そのものを象徴するパステルカラーで彩られ,そこに“悪”としてのリラの黒が時折挿入される。しかしその2つの色は,「敵対」というよりは「相愛」と呼ぶに相応しいほど馴染んでいる。絵コンテ・演出は大橋明代監督,色彩設計は後藤ゆかり。両名の卓越したセンスが光る名OPだ。(ちなみに下図中央のツインテールは白夜。)

『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』OPアニメーションより引用 ©︎藤原ここあ/SQUARE ENIX・まほあく製作委員会

【アニメーションスタッフ】
絵コンテ・演出大橋明代/作画監督:新井伸浩/色彩設計:後藤ゆかり

【主題歌】Lezel「未完成ランデヴー」
作詞・作曲・編曲:夏目縋

 

3位:『負けヒロインが多すぎる!』ED


www.youtube.com


www.youtube.com


www.youtube.com

【コメント】
話数ごとに八奈見杏菜焼塩檸檬小鞠千花をフィーチャーしたEDアニメーション。第1話〜第4話の八奈見ver.では,8ミリカメラによる実写映像とセルアニメーションという“オールドメディア”が使用されたことが話題となった。また実写映像とアニメのキャラの“不整合”をあえて狙ったという点では,先述の『小市民シリーズ』EDと対照的と言えるかもしれない。第5話〜7話の焼塩ver.は,焼塩の“夢と願望の世界”をシティーポップ風のアニメーションで描いている。本編では見られない彼女の別側面を垣間見るような映像だ。第8話以降の小鞠ver.は,水彩画の絵本のような世界観によって,隠キャ&ギャグ担当の裏に見え隠れする彼女の“女の子らしさ”を表現している。八奈見ver.を手掛けた巡宙艦ボンタと小鞠ver.を手掛けた青瀬きいろは,Xでメイキング映像を公開している(下記リンク参照)。なお,本記事執筆時点(第9話)では小鞠ver.が使用されているが,おそらく今後は別バージョンのEDが披露されることが予想される。

『負けヒロインが多すぎる!』EDアニメーションより引用 ©︎雨森たきび/小学館/マケイン応援委員会

◇ 八奈見杏菜ver.

【アニメーションスタッフ】
巡宙艦ボンタ

【主題歌】八奈見杏菜(CV.  遠野ひかる)「LOVE 2000」
作詞:hitomi/作曲:鎌田雅人/編曲:村田祐一

◇ 焼塩檸檬ver.

【アニメーションスタッフ】
絵コンテ・演出須藤瑛仁/キャラクターデザイン・作画監督:山﨑爽太

【主題歌】焼塩檸檬(CV.若山詩音「CRAZY FOR YOU」
作詞・作曲:磯貝サイモン編曲:村田祐一

◇ 小鞠千花ver.

【アニメーションスタッフ】
コンテ・演出・水彩着彩・撮影青瀬きいろ/作画:青瀬きいろ前田芽美

【主題歌】小鞠千花(CV.寺澤百花 「feel my soul」
作詞・作曲:YUI編曲:村田祐一

 

2位:『逃げ上手の若君』OP


www.youtube.com

【コメント】
冒頭,独りで歩いていた時行の周りに,弧次郎亜也子吹雪玄蕃ら「逃若党」の面々が颯爽と姿を現す。

『逃げ上手の若君』OPアニメーションより引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

幕府を滅ぼされ孤立無縁だった時行を郎党として支える5人。本編の筋立てをコンパクトに示した的確なカットだ。玄蕃だけ登場の仕方を変えてキャラを立てせているのも面白い。

『逃げ上手の若君』OPアニメーションより引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

この作品は適役の尋常ならざる存在感も魅力だが,OPアニメーションでもその辺りがきっちり抑えられている。特に尊氏の“目玉”の描写は印象的だ。

『逃げ上手の若君』OPアニメーションより引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

色彩量は非常に多いが,本編と同様いわゆる“伝統色”に近い色彩設計をしているため,決してうるさくなく,綺麗にまとまっている。キャラクターデザインがよい分,これくらいパキッとした色使いした方が美観上の説得力が増すように思える。

DISH//による主題歌「プランA」もこのアニメーションと大変相性がよい。純和風の祝祭的なメロディに俄かに挿入される「プランA」というカタカナ英語。これによって日本史をベースとした本作に,ある種の“異化効果”が生まれる。本編の作風ともマッチした楽曲だ。

【アニメーションスタッフ】
絵コンテ・演出:黒木美幸作画監督:西谷泰史

【主題歌】DISH//「プランA」
作詞:北村拓海作曲:DISH//編曲:新井弘毅

 

1位:『負けヒロインが多すぎる!』OP


www.youtube.com

【コメント】
冒頭はメインヒロインの八奈見杏菜焼塩檸檬小鞠千花のアップから始まる。小道具や表情でしっかりとキャラ分けをしている。抜かりのない導入部だ。

『負けヒロインが多すぎる!』OPアニメーションより引用 ©︎雨森たきび/小学館/マケイン応援委員会

スタッフクレジットが映像内に組み込まれているスタイルのアニメーションで,キャラクターが文字列とインタラクトする遊び心も面白い。カット数と映像情報量が非常に多く,ラブコメ作品冒頭の“賑やかし”として的確な演出と言える。明度の高い色彩は,比較的光量の少ない本編と綺麗にコントラストを成している。しかし決して下品ではないのがいい。

『負けヒロインが多すぎる!』OPアニメーションより引用 ©︎雨森たきび/小学館/マケイン応援委員会

温水の読む本から「恋」の文字が飛び出し,メインヒロイン3人が翻弄される。本編を暗示するストーリー性があるのもいい。

『負けヒロインが多すぎる!』OPアニメーションより引用 ©︎雨森たきび/小学館/マケイン応援委員会

後半はスタッフクレジットと共にサブキャラクターが紹介されていく。クレジットの文字列とキャラクターとの“共演”が,スタッフとキャラクターとの間の奇妙な親密さを生み出していて大変面白い。スタッフがアニメそのものに“参加”していると言ってもいいかもしれない。

『負けヒロインが多すぎる!』OPアニメーションより引用 ©︎雨森たきび/小学館/マケイン応援委員会

再び「恋」がヒロインたちの前に現れるが,先ほどとは違って3人は少しアンニュイな様子だ。本編でもしばしば見られる,彼女たちのメランコリックな感情値を反映している。

本作は学園ものということもあって比較的登場人物が多いが,OPではメインヒロイン3人を繰り返し登場させることで,視聴者が追うべき対象を明確にしている。情報量の極めて多いアニメーションだが,OPとして模範的な作りであると言える。ぼっちぼろまるの主題歌「つよがるガール」も相性抜群。アップテンポでコミカルなリズムが小気味よくアニメーションを彩っている。

【アニメーションスタッフ】
絵コンテ・演出;A-1 Pictures菊池貴行/作画監督:A-1 Picitres川上哲也/プロップ作画監督:木藤貴之

【主題歌】ぼっちぼろまる「つよがるガール feat. もっさ(ネクライトーキー)」
作詞・作曲・編曲:ぼっちぼろまる

 

以上,当ブログが注目した2024年夏アニメOP・ED5作品を挙げた。今年の夏アニメもすでに終盤に差しかかっているが,今後の鑑賞の参考にしていただければ幸いである。

 

 

関連記事

www.otalog.jp

www.otalog.jp

www.otalog.jp

 

TVアニメ『響け!ユーフォニアム 3』(2024年春)レビュー[考察・感想]:流れる3つの〈時〉,彼女の〈正しさ〉

*このレビューはネタバレを含みます。必ず作品本編をご覧になってからこの記事をお読みください。

アニメ『響け!ユーフォニアム』公式Xより引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

anime-eupho.com


www.youtube.com

2015年に始まったシリーズの完結編として大きな話題を呼んだ,武田綾乃原作/石原立也監督『響け!ユーフォニアム 3』(以下『ユーフォ3』)。これまでのシリーズ以上にひりついた心理描写の多かった本作は,一般的な意味での“ハッピーエンド”とは言い難い結末となったかもしれない。しかし同時に,シリアスな心理劇に徹し,キャラクターの内面を十分に掘り下げることによって,原作に内在する“思想”と“感情”を純度の高い形で抽出することに成功したことも間違いない。いわゆる“部活モノ”として,アニメ史に残る傑作となったと言えるだろう。

 

あらすじ

黄前久美子は北宇治高校吹奏楽部の部長となり,ドラムメジャーの高坂麗奈,副部長の塚本秀一とともに,総勢90名の部員たちの指導やケアにあたっていた。そんな折,強豪校・清良女子高校からの転校生として,銀色のユーフォニアムを携えた黒江真由が登場する。久美子らは「全国金」を絶対目標に,大会ごとの複数オーディションのシステムを取り入れることに決める。しかし真由の存在と新システムは,やがて久美子らの運命を大きく変えていくのだった。

 

宇治川の〈時〉

第五回「ふたりでトワイライト」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

『万葉集』『源氏物語』『平家物語』など,数多くの古典文学作品に登場する宇治川は,文字通り悠久の時の流れを刻み込んだ川である。この宇治川に関して,原作『響け!ユーフォニアム3 北宇治高校吹奏楽部,最大の危機』*1 には興味深い描写がある。全国大会を前に,高校1年生の久美子と秀一が進路の話をする場面である。

「秀一は進路決めてる?」
「まさか。お前は?」
「全然」 
だってまだ一年生だし,と久美子は内心でつぶやく。宇治川へと視線を向けると,真っ暗な水面が緩やかに動いているのが見えた。川の流れをせき止めるように水の表面から小さく石が顔を出しているが,結局それも無駄な抵抗で,黒々とした波はそこを避けるようにして,皆,一方向に進んでいる。*2

原作で描かれる久美子の目線や所作は,対話の流れや心情と直接関係のない“無意識”であることも多く,それが武田の描写にある種の趣を生んでいる。しかし事この描写に関しては,久美子が宇治川の流れの中に読み取ったものは明らかだ。それは〈時〉である。彼女がこれまで意識することのなかった,明確に“終わり”を持つ時の流れだ。

「みんなもう進路は決めてるのかな」
「どうなんやろな」 
秀一の言葉に、久美子は目を伏せる。耳を澄ますと,そばを通り抜ける車のエンジン音に混じって川の流れる音が聞こえてくる。一定のリズムを繰り返すそれを意識することはあまりない。当たり前すぎて,その音がそこに存在していることを久美子はつい忘れてしまうのだ。*3

部活に明け暮れる日々の中で忘れそうになる〈時〉の流れ。それを「進路」という言葉が否応なく思い出させる。時が容赦なく終局へと進行すること。それこそが人のあり方の本質なのだということ。宇治川の流れを見た久美子は,人が時間性を担った存在であるという実存的な気づきを得たのに違いない。これ以降,古都を緩やかに流れるこの一級河川は,陰に陽に久美子に〈時〉の流れを想起させることになるだろう。

『ユーフォ3』では,合宿回であった第八回「なやめるオスティナート」を唯一の例外として,ほぼすべての話数に宇治川の風景が登場する。それは流転を象徴するサブリミナル・メッセージとして,久美子に,そして僕ら視聴者自身に作用し,“完結編”たる本作に差し迫った緊迫感をもたらす。久美子たちは時の流れに押し流され,せき立てられ,追い詰められる。『ユーフォ3』にこれまでのシリーズ以上に切迫した雰囲気があるとすれば,それは〈時〉の切迫感の描写がこれまで以上に前景化したからだ。

したがって,今年のコンクールの自由曲として,明確に時の流れを意識させる「一年の詩 〜吹奏楽のための」が選ばれたことにも大きな意味がある。第二回「さんかくシンコペーション」の場面を観てみよう。

“久美子ベンチ”に座る久美子と麗奈。空は曇天。一見したところ,この場面の時刻はわからず,無時間的な雰囲気が2人の周囲の空間を満たしている。麗奈がスマホアプリの曲名部分を隠しながら「久美子はどの曲がいいと思ってる?」と問う。久美子は全国で北宇治が演奏するとすれば「最初の一音」はクラリネットがいいと答える。麗奈がスマホアプリのボタンをタップすると,「一年の詩 〜吹奏楽のための」が流れる。

第二回「さんかくシンコペーション」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

この刹那,曇っていた空が俄かに晴れ,2人の顔に西日が差す。無時間的であった2人の空間に,今日この日の終わりが告知される。曲の盛り上がりとともにカメラは2人からゆっくりと離れ,宇治市の風景を捉えていく。もちろんその中には〈時〉の象徴である宇治川も含まれている。

「一年の詩」は,その楽曲名が示している通り,「一年」という歳月をテーマに据えた曲だ。第一楽章は春,第二楽章は夏,第三楽章は秋,第四楽章は冬,という具合に,楽曲の進行とともに時が移ろう構成になっている。この曲そのものが,久美子たちに〈時〉の流れを意識させるものになっている。楽曲が作品全体のテーマを担っていると言ってもよいだろう。 *4

 

2つの〈時〉

ところで,『ユーフォ3』では2つの異なる〈時〉の様相が描かれていることに注目しておきたい。

1つは,久美子にとっての〈現在進行形〉の時だ。吹奏楽部で演奏をしている“今この瞬間が楽しい”と思える〈時〉の感覚。終わってほしくない時間。ここではこれを〈演奏の時〉と呼んでおこう。

もう1つは〈未来進行形〉の時だ。高校を卒業したら自分は何をしているのか。「進路」という言葉が彼女に差し迫ってくる。自分を未来に投企しなければいけない時。できれば忘れていたい時。ここではこれを〈社会の時〉と呼んでおこう。

この2つの〈時〉の有り様は,第一回「あらたなユーフォニアム」の冒頭のシーンですでに示されている。

第一回「あらたなユーフォニアム」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

寝息を立てながら眠る久美子。その耳に装着されたヘッドフォンからは「ディスコ・キッド」の音が漏れている。部長となった久美子は,夢の世界すら〈演奏の時間〉で浸しているようだ。目覚めた久美子はだるそうに起き上がり,身支度を整える。子株が1つから2つに増えたサボテンが〈時〉の経過を暗示する。出かけようとする久美子の背に向かって,父が「3年生だろ?いつまで部活なんだ」と小言を投げるが,その声は久美子には届いていない。久美子にとって父は〈社会の時〉の象徴だが,今のところ耳を貸すつもりはないようだ。父の言葉を拒絶するかのように,「ディスコ・キッド」がフェイド・インする。〈演奏の時〉と〈社会の時〉のディスコミュニケーションと言ったところだろうか。

久美子が「いってきまーす」と言いながらドアを閉めると画面は暗転し,「ディスコ・キッド」 の音量がマックスになる。

第一回「あらたなユーフォニアム」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

力強く踏み出される久美子の足や歩行のリズムなどが楽曲とぴたりと重なる。久美子の背後には宇治川の風景が写し出される。久美子と麗奈がヘッドフォンを“乾杯”のように打ち合わせ,音楽を聴きながら何かの書類に目を通す。葉月と緑輝が合流し,楽しげに会話をしながら学校へと向かう。久美子たちの生きる挙動のすべてが「ディスコ・キッド」のリズムと調和している。彼女たちの生活世界の隅々にまで,音楽と部活動の多幸感が染み渡っているかのようだ。

最終学年を迎え,急速に過ぎ去っていく〈演奏の時〉と,差し迫ってくる〈社会の時〉。この相互に異質な2つの〈時〉のコントラストは,これ以降の話数でも度々描き出だされている。

第五話「ふたりでトワイライト」のシーンを観てみよう。下校時の電車内で久美子と麗奈が進路について話す場面だ。
第六回「ゆらぎのディゾナンス」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024
久美子は「大人になって働いている自分が想像できない」。将来の夢もない。小さい頃から「プロ奏者になる」という目標を貫いている麗奈とのギャップを感じる久美子。しかし麗奈にオーディションの話を振られた瞬間,彼女の頭から「進路という言葉は砂のように消えて」しまう。

次に第六回「ゆらぎのディゾナンス」のシーンを観てみよう。久美子と立華高校の佐々木梓が対話する場面だ。

第六回「ゆらぎのディゾナンス」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024
 
梓に進路を聞かれた久美子は「それどころじゃないよ。もうすぐコンクールだし」と答える。2人の前には時の流れの象徴としての宇治川が流れている。久美子は川の流れに抗う小石のように、〈社会の時〉の流れにせき立てられることを厭い,〈演奏の時〉の心地よさの中に止まろうとしているようだ。

これらの場面以外にも,美知恵との対話の中で〈社会の時〉がしばしば暗示されるが,久美子は〈演奏の時〉=部活動の喜びに身を浸すことによって未来への投企を延期する。しかし,久美子の中で互いに反発しせめぎ合っていたこの2つの〈時〉は,やがて物語の進行とともに次第に折り合っていくのである。

 

不完全な〈正しさ〉

部長として北宇治高校吹奏楽部をリードする立場となった久美子にとって,「全国金」は“絶対目標”だ。最終学年ということもあり,もはや後はない。故に彼女にとって,麗奈のような揺るぎない「実力主義」の思想こそが,追求すべき「正しい」思想だということになる。第一回「あらたなユーフォニアム」の中に,久美子が麗奈に「追いついた」と告白するシーンがあるが,これは彼女の思想が麗奈の思想とーー差し当たりーー同期したことを意味している。

第一回「あらたなユーフォニアム」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

麗奈:私…今年は…絶対,全国で金取りたい。
久美子:麗奈…
麗奈:滝先生のもとで全国金を取って終わりたい。
久美子:うん。私も去年,関西で負けた時,思った。追いついたって。私もちゃんと悔しいって,ダメ金なんかじゃ喜べない,全国金取らなきゃ,この悔しさは消えないんだって。

このシーンでは,階段という舞台装置を使って麗奈と久美子の立ち位置に高低差をつけているのが印象的だ。窓からの逆光を浴びる麗奈をしたから見上げる久美子。彼女の目には,麗奈の姿が〈正しさ〉の象徴として写っていることだろう。

麗奈の「実力主義」は「全国金」を目標に掲げた北宇治高校吹奏楽部にとって,間違いなく「正しい」思想だ。第四回「きみとのエチュード」における武川ゆきの例にあるように,部員の成長と成功という大きな感動を生むきっかけとなり得る。個々の奏者の成長を考慮した複数オーディションというシステムも,麗奈流の〈正しさ〉を補強するものに他ならない。それは間違いなく全体の演奏の質を向上させ,部員全員で決めた「全国金」という〈正義〉への近道となり得る。

左:第四回「きみとのエチュード」より引用/中・右:第八回「なやめるオスティナート」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

しかし徹底した「実力主義」は,時として人の心を殺傷する“刃”ともなり得る。それはAメンバーに落選した久石奏を傷つけ,何よりソリの座を奪われた久美子自身を傷つける。そして関西大会前のオーディションを描いた第八話「なやめるオスティナート」以降,複数オーディション制への不満が部員たちの間に広がり始める。久美子も次第に麗奈流の〈正しさ〉に疑念を抱くようになる。

そもそも,麗奈流の「実力主義」=〈正しさ〉は決して完全無欠ではない

第五回「ふたりでトワイライト」では,あがた祭りの日に久美子が麗奈の自宅を訪れるシーンが描かれる。

第一回「あらたなユーフォニアム」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

高坂邸は久美子が驚いてしまうほどの大豪邸だ。グランドピアノはもちろんのこと,トランペットの演奏ができるスタジオも装備されている。父親はプロのトランペット奏者で,彼女が子どもの頃から英才教育を受けていたことが窺える。

久美子は“金持ちの家”の豪華さにはしゃいでいるようだが,この絵面が暗示する無情な現実は無視できない。麗奈のメリトラシーの下支えをしているものは,紛れもなく豊かな家庭環境なのだ。彼女と同じ境遇を91名すべての部員に期待することは到底不可能だ。“機会均等”というには,あまりにもスタートラインが違いすぎる。そこには「平等」というデモクラティックな条件が抜け落ちている。そして最大の問題は,麗奈がその瑕疵を自覚していないということだ。彼女は己のメリトクラシーをゲバルト棒のように振りかざし,自分と同じものを持たない“弱者”をそれと知らずに傷つけてしまう。

さらに言えば,麗奈の〈正しさ〉 には,滝という父性的存在への崇拝にも似た感情が混入している。おそらく彼女は,憧れの父に向けるべき畏敬の念と彼からの承認の喜びを滝に転移することで,「ライクではなくラブ」という感情的境地に至っている。第九回「ちぐはぐチューニング」で,滝の方針に愚痴を言う後輩に対して感情的な怒りを向け,「何より…滝先生は何も悪くないでしょ」と言う時,彼女は公平性に立脚しているというよりは,滝の父性性への愛敬という感情に絡め取られているように見える。*5

第九回「ちぐはぐチューニング」では,麗奈のメリトクラシーに伏在するこの2つの瑕疵に気づいた久美子が,率直な思いを麗奈に直接ぶつけるシーンが描かれる。

第九回「ちぐはぐチューニング」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024
麗奈:久美子は滝先生の判断どう思う?
久美子:え?
麗奈:今のやり方は間違ってると思う?…思うのね?
久美子:いやそうじゃないよ。ただ去年までと違って,どうしてその判断になったのか理由が分からないことが多いだけで。
麗奈:そこに疑問を抱いたら全てが崩れる。指導者の方針に従うのは大前提でしょ。
久美子:みんな従ってるよ。ただ理解できないって言ってる人に,気持ちに蓋して盲信しろっていうのは無理でしょ?
久美子は,これに先立つシーンで奏が口にした「盲信」という,やや語調の強い言葉を麗奈に投げる。図星を突かれたのか,麗奈は思わず景色ばんでこう反論する。
麗奈:それは…理解できないんじゃなくて,自分の努力不足を棚に上げて思いどおりにならないって,そんな言い訳か文句が大半でしょ!

麗奈の「努力不足を棚に上げて」という言葉は,紛れもなく「実力[功績]主義の横暴」(マイケル・サンデル)*6 の洗脳を受けたクリシェだ。麗奈以外の部員が努力不足を棚に上げているとすれば,彼女は自分の家庭環境を棚に上げてしまっている。滝への「盲信」に囚われた彼女は,実力主義の陥穽に気づくことができない。

そして何より,麗奈の鋭利な言葉は,オーディションでソリを外されたばかりの久美子に致死的な刺し傷をもたらす。この時,久美子は合理的〈正しさ〉の裏面に,悲しみや悔しさといった〈感情〉がべったりと張り付くという事実に気づいたはずだ。人が正しくあろうとすればするほど,そのことで傷つく人が存在する。そのことに気づかなければ,〈正しさ〉の不完全性を乗り越えることはできない。オーディションに落ち,麗奈からも突き放された彼女は,徐々にその事実に気づき始める。

第十回「つたえるアルペジオ」では,「ひまわりの絵葉書」を頼りに久美子があすかに相談を持ちかける。あすかのアドバイスを受け,「思ったことをみんなにぶつける」ことを決意した久美子は,関西大会本番直前に大演説を打つ。少々長くなるが,引用しておこう。

第十回「つたえるアルペジオ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

私は1年生も3年生も同じ土俵で競い合えて,1つの目標に向かって進める北宇治が大好きです!その北宇治で,全国金を取りたい。2年間ずっと思ってきたけど,でも,どうしてもそこに届かなかった。ここにいる2年と3年,そしてきっと,滝先生も思ってる。なんでだよって。だから何かを変えなきゃいけないって幹部でそう考えて,今年はこのオーディション形式を提案しました。それが間違っていたとは思いません。より北宇治らしい方法だとも思いました。ただ,そのことで戸惑いを感じた人がいたことも事実です。部長として,この場で謝らせてください。すみませんでした!

この時の久美子の謝罪は,オーディションという合理的〈正しさ〉によって傷ついた人がいたことへの謝罪であり,その目に浮かぶ涙は,〈正しさ〉に否応なく付随する〈痛み〉や〈感情〉を象徴している。この大演説を聞いた部員たちは,部長・黄前久美子が〈正しさ〉と〈感情〉の両方を身をもって理解した人であることに心から安心したことだろう。

 

つながる〈演奏の時〉と〈社会の時〉

第十一回「みらいへオーケストラ」は,その話数タイトルが示す通り〈未来〉を主題としている。この話数では,久美子の〈演奏の時〉と〈社会の時〉が折り合うためのいくつかのきっかけが描かれる。

1つめは,久美子と滝が対話する職員室での場面だ。関西大会本番前の久美子の演説を称賛した後,滝が亡き妻とのエピソードを語る。

第十一回「みらいへオーケストラ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024
滝:ここで指導するようになって2年半。正直,最初はモチベーションを保てるか不安でした。毎年メンバーが代わる楽団で毎年一度しかない大会を目指すようなものですから。
久美子:確かに。そう改めて言われると…変ですよね。学校の吹奏楽って。
滝:大学生だった頃,彼女に言ったことがあるんですよ。それは賽の河原で石を積んでいるようなものじゃないかって。
久美子:奥さんはなんて答えたんですか?
滝:石じゃないよ。人だよ…と。

指導者として,高みを目指すためにどれだけ努力を要求するとしても,相手が傷つきやすい「人」であることを忘れてはならない。滝のこの言葉は,〈正しさ〉に付随する〈感情〉を理解しつつある久美子にとって,心に大きく打ち響くものだったに違いない。〈正しさ〉は,正しいが故に柔らかい人の心の表面を擦過し,忘れられない痛みを遺す可能性もある。それを理解することが,指導者にとっての,本当の意味での〈正しさ〉である。この認識が第十二回「さいごのソリスト」の場面(後述)につながっていくことは言うまでもない。

2つめは,北宇治カルテットが緑輝の大学合格おめでとうパーティを開く場面だ。

第十一回「みらいへオーケストラ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024
緑輝:ミドリは思うんです。今の毎日は種まきみたいなもので,まだ知らない未来の楽しみをいっぱいいろんな所に埋めているようなものなんじゃないかなって。
今この瞬間の中にこそ,「未来の楽しみ」の萌芽を捉える。まさしく緑輝らしい未来投企の考え方だ。彼女の思想は,「今の毎日」=〈演奏の時間〉と「まだ知らない未来の楽しみ」=〈社会の時間〉とを接続するものだ。久美子自身はこの時点で進路が未定だが,この言葉が彼女にとって大きな意味を持ったことは,この後の展開を考えれば容易に想像がつく。ちなみに石原監督は,この緑輝のセリフを『ユーフォ3』という作品全体のテーマとしてイメージしていたらしい。((『響け!ユーフォニアム 3』Blu-ray 第1巻初秋 第一話のオーディオコメンタリより。)) 
3つめは,みぞれの演奏会のために,久美子が姉の麻美子におめかしをしてもらう場面だ。
第十一回「みらいへオーケストラ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024
久美子:学校でね,
麻美子:うん。
久美子:オーディションがあって,ソリが私から別の子になった…
麻美子:うん。
久美子:すごい練習して,うまくなって絶対取り返すぞって思ってる。けど,なんていうか…
麻美子:うん,かわいい。あとは,グロスつけて完成ね。…まあ大人になるってそういうことかもね。
美容師を目指す麻美子は,久美子にとって〈未来の時〉を生きつつある“先輩”的な存在だ。その姉に,久美子はオーディション落選の無念を吐露する。麻美子は姉妹らしいラフなロジックで久美子の感情を「大人になる」ことに接続してしまう。久美子が麻美子の大雑把なアドバイスに納得したとは思えないが,少なくとも,鏡に映る彼女はいつもよりも大人びて見える。

最後に,みぞれの演奏会の後の場面だ。

第十一回「みらいへオーケストラ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

楽団で堂々とソロを吹くみぞれを見て,麗奈は深く感銘する。まっすぐ前を見つめるその姿を見て,久美子は内心でこう独白する。

きっと麗奈は想像しているのだろう。鎧塚先輩のように,より高みで吹いている自分の姿を。

麗奈は未来の自分を「想像」できている。それは〈演奏の時〉と〈社会の時〉が彼女なりの考え(「プロの奏者になる」)のもとで接続されているからだ。では久美子はどうだろうか。

希美に音大受験の話を振られた久美子は,みぞれにこう尋ねる。

第十一回「みらいへオーケストラ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024
久美子:鎧塚先輩。もし来年,私が先輩と同じ大学に入ったら,どう思います?
みぞれ:なんとも思わない。
久美子:なんとも?
みぞれ:だってそんな姿,想像できない。
久美子:ハッ…ですよね。

みぞれに言われて久美子ははじめて自覚する。音大に入学して奏者として演奏する自分の姿は「想像できない」。では彼女が「想像」したのは何か。それはこの時点では未だ朧げながらも,「今の自分と同じ若者たちを導く自分の姿」だったのだろう。それが彼女なりの〈演奏の時〉と〈社会の時〉の接合の仕方だった。彼女は麗奈に「音大には行かない」という最終的な決意を伝える。

ちなみに原作によれば,第十回「つたえるアルペジオ」に登場する絵葉書(前々作『誓いのフィナーレ』で久美子があすかからもらったもの)に写るひまわりは「サンリッチオレンジ」という種だ。その花言葉は「未来を見つめて」である。*7

第十回「つたえるアルペジオ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

 

本当の意味での〈正しさ〉

第十二回「さいごのソリスト」。全国大会前にソリの再オーディションを受けることになった久美子は,「実力主義」をより徹底すべく,奏者の姿を見えないようにした“覆面オーディション”を進言する。部員たちが作った白い幕は,あたかもジョン・ロールズの「無知のヴェール」のように潔癖だ。*8

第十二回「さいごのソリスト」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

その結果,久美子は麗奈の〈正しさ〉の貫徹によって,ソリの座を真由に譲る結果となる。平均的な“部活モノ”の筋立てからすれば誰も予想しえない展開に,多くの人が心を揺さぶられたはずだ。

しかしこの展開によって,久美子の中で起こりつつあった〈正しさ〉の意味のアップデートが決定的なものとなる。

久美子は覆面オーディションを提案した際,滝に「理想の人」について質問していた。

第十二回「さいごのソリスト」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

久美子:あ…あの…先生にとって理想の人ってどういう人…ですか?
滝:そうですね…正しい人…でしょうか。本当の意味での正しさは,皆に平等ですから。黄前さんは,どんな大人になりたいですか?
久美子:私は…私も,そんな人になりたいです!

〈正しさ〉はすべての人に平等でなければならない。だとすれば,久美子自身も〈正しさ〉によって平等に裁定されなければならない。例外はない。

そして何より,〈正しさ〉につきまとう深い〈感情〉も,すべての人に平等であるはずだ。

第十二回「さいごのソリスト」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

彼女が選択した〈正しさ〉は,真由,奏,麗奈,そして久美子自身に,深い感情に彩られた涙をもたらした。「石」ではなく,他ならぬ「人」が集団で高みを目指す時には,例外なくすべての人が痛みや悔恨に苛まれる可能性を考慮しなければならない。久美子はこの思想を胸に,将来,教壇に立つことを決意したのだろう。それは,指導者として天才的な手腕を振るった滝昇ですら到達し得なかった境地かもしれない。ここにおいて,久美子の〈演奏の時〉と〈社会の時〉は美しく融和することになる。

ところで,この作品における真由というキャラクターの描き方にも特筆すべきものがある。

ドライな見方をすれば,作劇上,真由は久美子のライバルとして現れ,久美子のキャラクターアークを促す“装置”にすぎない。音響監督の鶴岡陽太は,キャストの戸松遥に真由が「異物」として感じられるようにディレクションしていたという。*9 しかしその一方で,第七回「なついろフェルマータ」第十二回「さいごのソリスト」などでは,久美子との相互理解を通して,彼女の人間性が十分に深掘りされている。

左:第七回「なついろフェルマータ」より引用/中・右:第十二回「さいごのソリスト」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

真由は久美子たちと同様に,仄暗い過去を抱えた1人の少女であり,「石」ではなく,傷つきやすい「人」である。純粋に他者を思いやり,他者と共感できる「人」である。だからこそ,第十二回におけるオーディション後の久美子の演説の後,深い感情の涙を流すのだ。

ちなみにBlu-ray特典のオーディオコメンタリによると,石原監督は真由のキャラメイクに関し「観ている人にも好きになってもらわなくてはいけなかった」と述べている。*10 また小川副監督も真由を「物語のギミック(しかけ)としてだけ扱ってしまうと,キャラクターとして人間味がなくなってしまう」ことを気にかけていたという。

仮に真由が単なる「石」や「ギミック」のように描かれていたら,久美子の〈正しさ〉の描写も不完全なまま終わっていただろう。京都アニメーションの的確な判断が生み出した魅力的なキャラクターである。

 

〈つながる〉時間

ところで,この作品には〈演奏の時〉と〈社会の時〉以外に,もう1つの〈時〉の流れが示されている。〈継承の時〉である。

第十三回(最終話)「つながるメロディ」剣崎梨々花がオーボエのリードを自作する様子を,1年生の後輩・加千須みくが真剣な面持ちで観察している。バックには久美子の吹く「響け!ユーフォニアム」が流れている。

第十三回「つながるメロディ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

もちろん,このリードの作り方は梨々花が先輩のみぞれから教わったものだ。先輩から後輩への技術の〈継承〉。この後,場面は「響け!ユーフォニアム」を吹く久美子へと転換する。

第十三回「つながるメロディ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

久美子の「縄張り」へとやってきた真由に,久美子は「一緒に吹く?」と提案する。驚く真由。かつて占有し,閉ざしていた「響け!ユーフォニアム」(第六回「ゆらぎのディゾナンス」参照)の曲を,久美子はここで初めて他者へと開く。そこに闖入する奏。

第十三回「つながるメロディ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

奏は『アンサンブルコンテスト』でみぞれが開けず,久美子が開いた窓をーー半ば強引にではあるがーー開くことに成功する。久美子の“技”がそれと知らずに奏に受け継がれたのかもしれない。

第十三回「つながるメロディ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

奏が「私もこれから何かあった時,吹いてもいいですか」と問うと,久美子はあすかの「今度は黄前ちゃんが後輩に聴かせてあげてよ」というセリフを思い出す。

うん,これからはみんなに吹いてほしい。

あすからから久美子へ,久美子から奏への〈継承〉がここに完了する。

そのあすかが全国大会本番に姿を見せないのも意味深い。

第十三回「つながるメロディ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

この場面では,意図的に香織と晴香の姿を示すことで,あすかの不在を強く印象付けている。しかし久美子の表情は晴れやかだ。それほど,彼女はあすかのことを理解しているのだろう。あすからから久美子への〈継承〉は,すでに完了しているのだ。

大会本番直前の場面を見てみよう。

第十三回「つながるメロディ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

緑輝が求の顔に触れ,「求くんはカッコいい」と言う場面。先輩と後輩,師匠と弟子,姉と弟。この2人の多義的な関係性を見事に描写したカットだ。

第十三回「つながるメロディ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

奏が久美子に声をかけ,ふわりと猫パンチをしかける場面。このソフト猫パンチは,『アンサンブルコンテスト』以降の2人の絶妙な距離感をよく表している。

この作品でよく見られる「大好きのハグ」のゼロ距離感も面白いのだが,これら先輩と後輩の間の絶妙な距離感も美しい。

〈継承〉とは,人と人とが時を超えて「つながる」ことだ。『響け!ユーフォニアム』という作品以上に,〈継承の時〉を美しく描きだした作品はないかもしれない。

最終話の演奏シーンでは,楽曲とともに春夏秋冬それぞれの季節における久美子の思い出が映し出される。

第十三回「つながるメロディ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

「一年の詩」という〈演奏の時〉に濃縮された3年間。この〈時〉を胸に抱きながら,久美子は自らを未来へと投企していく。

石原監督によれば,久美子が3年生だった当時は2017年に設定されており,彼女が高校教師として働く最終話はそれから7年経っているという。*11 

第十三回「つながるメロディ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

ユーフォニアムのケースに付けられたチューバくんはすっかりぼろぼろになり,久美子ベンチの前は護岸工事で拡張され,高架線を走るJRは複線になっている。

久美子はこの作品が放送された2024年の今,僕らと同じ〈時〉の中を生きながら,自らの〈正しさ〉のあり方を若者たちに継承している。そう考えると久美子という存在がぐっと身近に思えてくる。キャラクターに実在感を付与する粋な設定だ。

指揮台に立つ久美子が,ふと目の前の奏者に目を向ける。彼女が抱える金色のユーフォニアムを見ると,四番ピストンがサイドに付いている。満足気な表情を浮かべた久美子は,自己紹介をした後,「新入部員の皆さん,北宇治高校吹奏楽部へようこそ」と語りかける。

第十三回「つながるメロディ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

もちろんこの時のポーズは,滝先生から受け継いだものだ。

 

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど

【スタッフ】
原作:武田綾乃/監督:石原立也/副監督:小川太一/シリーズ構成:花田十輝/キャラクターデザイン:池田晶子池田和美/総作画監督:池田和美/楽器設定:髙橋博行/楽器作画監督:太田稔/美術監督:篠原睦雄/3D美術:鵜ノ口穣二/色彩設計:竹田明代/撮影監督:髙尾一也/3D監督:冨板紀宏/音響監督:鶴岡陽太/音楽:松田彬人/音楽制作:ランティスハートカンパニー/音楽協力:洗足学園音楽大学/演奏協力:プログレッシブ!ウインド・オーケストラ/吹奏楽監修:大和田雅洋/アニメーション制作:京都アニメーション

【キャスト】
黄前久美子:
黒沢ともよ/加藤葉月:朝井彩加/川島緑輝:豊田萌絵/高坂麗奈:安済知佳/黒江真由:戸松遥/塚本秀一:石谷春貴/釜屋つばめ:大橋彩香/久石奏:雨宮天/鈴木美玲:七瀬彩夏/鈴木さつき:久野美咲/月永求:土屋神葉/剣崎梨々花:杉浦しおり/釜屋すずめ:夏川椎菜/上石弥生:松田彩音/針谷佳穂:寺澤百花/義井沙里:陶山恵実里/滝昇:櫻井孝宏

 

関連記事

www.otalog.jp

www.otalog.jp

www.otalog.jp

www.otalog.jp

www.otalog.jp

www.otalog.jp

 

作品評価

キャラ

モーション 美術・彩色 音響
4.5 3.5

5.0

4.0
CV ドラマ メッセージ 独自性

5.0

4.5 4.5 4.5
普遍性 考察 平均
5.0 5.0 4.6
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

商品情報

【Blu-ray】

 

【原作小説】

 

 

*1:アニメ版『響け!ユーフォニアム 2』に相当(久美子1年生編)。

*2:武田綾乃『響け!ユーフォニアム3 北宇治高校吹奏楽部,最大の危機』,pp.278-279,宝島社,2015年。

*3:同上,p.279。

*4:原作によると,「一年の詩」は滝,橋本,新山の音大の先輩が作曲したもので,父親が亡くなる直前の1年間を描いたものである。『響け!ユーフォニアム  北宇治高校吹奏楽部,決意の最終楽章 後編』,pp.167-170,宝島社,2019年。

*5:ちなみに麗奈のメリトクラシーと家庭環境について,アニメでは明示的に言及されていないが,短編集『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話』所収の「お兄さんとお父さん」では,まるでマイケル・サンデルが武田に憑依したかのような筆致で,麗奈の努力主義の暴政が描写されている。またこの短編のタイトル「お兄さんとお父さん」は滝と父を示しており,麗奈の中で“滝≒父”という転移的等式が生まれていたことを仄めかしている。『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話』,pp.229-238,宝島社,2015年。

*6:マイケル・サンデル(鬼澤忍訳)『実力も運のうち 能力主義は正義か?』,早川書房,2021年。

*7:『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話』,pp.89-107,宝島社,2018年。

*8:ジョン・ロールズ(川本隆史/福間聡/神島裕子訳)『正義論』,pp.184-192,紀伊国屋書店,2010年を参照。

*9:『響け!ユーフォニアム 3』Blu-ray第3巻所収「2023年11月23日 新情報発表会映像」より。

*10:『響け!ユーフォニアム 3』Blu-ray 第1巻初秋 第一話のオーディオコメンタリより。

*11:Febri「久美子の物語を丁寧に描いた「最終楽章」『響け!ユーフォニアム3』石原立也監督インタビュー②」を参照。

2024年 夏アニメ 中間評価[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品の現時点までの話数の内容に言及しています。未見の作品を先入観のない状態で鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

 

夏の暑さがようやく手心を加え始めたこの頃,2024年夏アニメもすでに大方の作品が折り返し地点に入っている。皆さんの評価もそろそろ定まりつつあるのではないだろうか。今回の記事では,当ブログ独自の観点から2024年夏アニメ注目の作品を振り返っておこう。これまで通り五十音順に(ランキングではないことに注意)注目作品をいくつか取り上げる。

なお「2024年 夏アニメは何を観る?」の記事でピックアップした作品は,タイトルをにしてある(今回はすべてピックアップ済みの作品である)。

www.otalog.jp

 

1. 『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』

mahoaku-anime.com

【コメント】
当初からキャラの「可愛い」をセールスポイントにしていた本作だが,作画・演出・声優の演技の面で高いクオリティの「可愛い」を表現することに成功している。白夜とミラの関係性,そこに絡む御使いや火花のユニークなキャラなども面白く,物語としての完成度も高い。全体としてきわめて丁寧な作りのアニメだ。『海辺のエトランゼ』(2020年)の大橋明代監督の技が冴える秀作だ。

 

2. 『小市民シリーズ』

shoshimin-anime.com

【コメント】
推理モノとして薄味であることは否めないが,現実的な風景や事物に基づきつつ,実在の中に“非日常”を呼び込む演出手法が際立つ。作画・演出も丁寧で破綻がない。小鳩と小佐内のキャラメイクに関しては別解もあるだろうが,本作の全体的な雰囲気とのバランスから見ればこれが最適解だろう。幼女のように華奢な小佐内が見せる“狼性”と,狡猾だが狼を前にしては尻尾を巻いてしまう小鳩の“狐性”。作画・芝居・羊宮妃那梅田修一朗の演技によって,このコントラストが綺麗にアニメーションに落とし込まれている。

www.otalog.jp

 

3. 『先輩はおとこのこ』

senpaiha-otokonoko.com

【コメント】
作画はシンプルだが丁寧。特にまことの「おとこのこ」としての魅力がとてもうまく画と芝居に落とし込まれている。性のステレオタイプから解放されることを望むまこと,まことに好意を寄せつつも心が揺れる咲,まことに本心から心を寄せる竜二。この奇妙で複雑な“三角関係”を,素朴だが繊細な演出で巧みに描いた秀作だ。それぞれのキャラクターを演じた梅田修一朗関根明良内田雄馬の貢献度も極めて高い。“人を好きになる”という心のありようをリアルかつ真摯に描いた作品として,高く評価されるべき作品だ。

 

4. 『逃げ上手の若君』

nigewaka.run

【コメント】
「2024年 夏アニメは何を観る?」の記事でイチオシとして挙げた作品。美麗なキャラクターデザイン,緻密な背景美術,計算された色彩設計,ブレない作画。隙をまったく見せない画作りをベースに,それを程よく崩す多彩な演出術を毎話繰り出してくる。視聴者を飽きさせない秀逸な作りだ。原作に依拠しつつ,的確なオリジナル演出を随所に散りばめている点も,アニメ作品として高評価に値する。作品の持つ祝祭的な賑やかさを全面に押し出したOPも見応えがある。近年のマンガ原作アニメの中でも,特筆すべきクオリティの作品と言えるだろう。

www.otalog.jp

www.otalog.jp

 

5 『負けヒロインが多すぎる!』

makeine-anime.com

【コメント】
ジャンルとしてはラブ“コメ”ということになるだろうが,「負けヒロイン」をテーマとしているためか,作品の底にそこはかとない哀愁を感じる。真夏の“裏面”としての影を多めに配した画作りは,本作のそうした情感成分を的確に視覚化している。底抜けに明るいOPアニメーションとのコントラストも効果的だ。テーマや画作りの点において,近年のラブコメアニメの中でも抜きん出て優れた秀作と言えるだろう。

 

以上,「アニ録ブログ」が注目する2024年夏アニメ5作品を挙げた。

今回もピックアップできるオリジナル作品はなかった。『菜なれ花なれ』『真夜中ぱんチ』のP.A.WORKSオリジナルに期待したのだが,残念ながらどちらもパンチに欠ける。また,ラノベ原作の『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』にも当初期待したのだが,作画が極めて優れている反面,物語の点でさほど魅力を感じない。上記の作品から感じられるのは,オリジナルにせよ原作付きにせよ,“脚本”の力が肝心だということだ。

 

最終的なランキング記事は,全作品の放映終了後に掲載する予定である。

 

TVアニメ『逃げ上手の若君』(2024年夏)第6話の脚本と演出について[考察・感想]

*この記事は『逃げ上手の若君』第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」のネタバレを含みます。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

nigewaka.run


www.youtube.com

松井優征原作/山﨑雄太監督『逃げ上手の若君』各話レビュー第2弾として,今回は第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」を取り上げる。市河助房の「地獄耳」という設定を活かした異常な距離感の創出,足利尊氏の圧倒的なカリスマ性と暴力性の絵画的演出。既成のTVアニメ演出の枠に収まらない,自由奔放な発想が光る名話数だ。絵コンテ・演出を手がけたのは,第一回「5月22日」でも原画として参加していた菊地陽子。その独創的な技を詳しく見ていこう。

 

市河助房:主観的距離

帝の綸旨を発見した時行玄蕃は,小笠原貞宗の館から脱出する。玄蕃が奇妙な手振りとともに「死にたくなきゃ必死でついてきな」と言うと,時行が覚悟を決めたように額に布を巻く。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

この作品は時行の表情芝居がきめ細やかで上手いのだが,このカットの表情の変化も絶妙だ。やや気後れしたような表情から始まり,布を巻く所作で不思議な色気のある表情へ,そして最後は凛々しい表情でカットが終了する。しかし後述するように,この時行の表情変化には“続き”がある。

蔵から逃げる二人を,貞宗の郎党・市河助房の「地獄耳」が捕える。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

突如,肌色の渦のようなものが画面を埋め尽くす。玄蕃が渦の流れに翻弄されているように見える。やがてカメラが引くと,それが助房の耳朶であることが判明する。しかし助房の全身は肌色ではなく緑色だ。この奇妙な1カットを観た多くの人が,本話数がただならぬ感性をもとに創作されていることを予感しただろう。そしてこの後、その予感を遥に上回るエキセントリックな演出が繰り出されていく。

林の中に潜む時行と玄蕃を,助房の地獄耳が把捉する。この場面での“距離”の表現は実に秀逸だ。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

上図のカットでは,助房の主観的距離と客観的距離が奇妙な形で交代する。カット冒頭では助房と時行&玄蕃が不自然に接近している。地獄耳を持った助房のイマジナリーな主観的距離だ。カメラがズームアウトしていくにつれて両者の距離は離れていき,カットの最後ではリアルな客観的距離に“正常化”する。しかしその直後,助房の巨大な足が唐突に現れ,時行&玄蕃を踏み潰すような動きをしてカットが切り替わる。おそらくこの奇妙な距離の表現は,助房に対しては通常のズームアウトを行い,時行&玄蕃に対してはドリーズームを行うことで成立している。おそろしく奇抜な発想だが,主観的距離と客観的距離の混在という異常事態をよく表した面白いカットだ(もちろん,アニメオリジナルである)。

林の中の気配に耳を澄ませる助房。この時のカットも非常に面白い。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

玄蕃の横顔に見えていたものが,次第に形を崩して分裂し,助房と玄蕃が超短距離で相対した構図に変化する。助房の主観的距離の異常性をアニメならではの動きで表している。 玄蕃のメタモルフォーゼ能力を逆手に取ったようなトリッキーな演出だ。

玄蕃が助房の地獄耳に恐れをなし,時行を置き去りにしようとするシーン。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

ダッチアングルによって林の木が画面を斜めに走る構図が生まれている。カメラが切り替わるごとに斜めの線が逆向きになり,構図に小気味のよいリズム感が生まれている。最後にこの斜線が玄蕃と助房の身体が成すV字と対応する。実に洗練された構図の取り方だ。

時行が助房の刃から身を挺して玄蕃を救い,林の中を逃げるシーン。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

この際,時行は玄蕃に「君と一緒に逃げるのが楽しい」のだと告白する。

私一人では逃げ切れない強い鬼からも,君の技の数々があれば逃げられる。そう考えるとわくわくして止まらないんだ。

彼らの背後や周辺では,これまでの二人の「逃げ」のシーンが拡張現実のように再演される。非常に独創的なシーン構成だ。そして先述の頭に布を巻くカットの“続き”として,玄蕃との「逃げ」に喜びを隠し切れない表情(上図下左)があったことがここで明かされる。本作のライトモチーフである「逃げ」という行為の多幸感。「たとえ君が絶体絶命でも,たとえ君が裏切っても,逃げる時は必ず一緒だ!」と言いながらとびっきりの笑顔を見せる時行に,玄蕃は完全に毒気を抜かれてしまう。

この後,画風が俄かに変化し,時行の人生がペーパークラフトによって点描される。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

多くの人から裏切られながらも,自ら人を裏切ることのなかったと言われる時行。ラストカット(上図下右)では,時行の影に亜也子,玄蕃,雫,弧次郎,吹雪の姿が映し出されている。尊氏とは質の異なるカリスマ性を表したとても美しい演出だ。

このペーパークラフトを手掛けたのはワタナベサオリ(演出・デザイン)と稲積君将(アニメーションディレクター・ストップモーションディレクター)を中心とするクリエイターだ。二人のXの投稿では,撮影風景が紹介されているのでぜひご覧いただきたい。

その後,さらに林の中を逃げる時行と玄蕃。このシーンに限らず,基本的に林の中の移動シーンでは密着マルチが用いられ,奥行き感がリアルに再現されている。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

その二人を,距離を無視した貞宗の矢が襲う。矢の動きによって奥行き感がいっそう強調される。本能的に矢を避ける時行の表情には,えも言われぬ色気がある(上図右)。

Aパート最後のオマケとして,貞宗と助房による「面白合体」(玄蕃言)を挙げておこう。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

上述したように,この話数のAパートでは助房と時行&玄蕃との主観的距離が度々表現されてきたわけだが,両者の客観的距離は結局縮まることがない。一方,「面白合体」以降の貞宗と助房は,終始0距離で行動を共にする。本話数の“ギャグパート”として語らずにはおれない名コンビだ。ちなみに貞宗の眼球と助房の耳朶が語り合うカット(上図左)はほぼアニメオリジナルである。

 

足利尊氏:絵画的平面

これまで見てきたように,Aパートは奥行き感と距離感を強調したカットが多かった。特に助房の主観的距離と客観的距離が混在した距離感の創出は,この話数の最大の特徴と言えるかもしれない。ではBパートはどうだろうか。

貞宗邸から逃げおおせた時行に,頼重が尊氏の「肖像」を語るシーンを見てみよう。後醍醐天皇の皇子にして征夷大将軍・護良親王が尊氏に刃を向ける。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

尊氏らを真正面から捉えたカメラがゆっくりと横方向にドリーする。護良親王の軍勢の首を尊氏が紙細工のように横様に払い飛ばしていく。武士たちの首から吹き出した鮮血が彼岸花のような形を成す。その画は日本画のように美しく,かつ恐ろしい。Aパートとは対照的に,横方向の移動と平面的な構図が強調されている。尊氏の圧倒的な暴力性が絵画的な美によって表現された,きわめて印象的なシーンだ。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

刀に手を触れながら護良親王に跪拝する尊氏。両者の実際の力関係と明らかに矛盾した,アイロニカルな構図だ。背後の壁には尊氏が斬り散らかした武士の肉片が張り付いており,ややもするとB級映画のスプラッターシーンのようだが,不思議と絵画的な趣を感じさせる。

尊氏のカリスマ性に集りよる群衆。その笑顔はカルト教団の狂信者のように虚ろだ。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

上図右のカットは,やはり横方向の高速ドリーで撮られている。奥行き感のない平面性が,尊氏のカリスマに群がる民衆の空虚な内面を象徴しているかのようだ。

館の門をくぐる尊氏。その背後に見える菊は帝を象徴しているのだろう。しかしその美しい花は,この場で護良親王だけが見抜いた尊氏の「人ならざるもの」に融合していく。

第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

この上なく禍々しいシーンであるにもかかわらず,その絵画的な美に目を奪われてしまう。まるで現代アートの展示会を観ているかのような趣の画風だ。尊氏の途方もないカリスマ性を卓越した美的感性で示してみせた,きわめて説得力のあるシーンである。

この話数の絵コンテ・演出を手掛けた菊地陽子は,武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒という経歴を持つ。*1 無論,美大卒のアニメーターそのものは珍しくはないが,その経歴から生まれた感性がこの話数のいくつかの着想の母体となったことは確かだろう。アニメファンとして,“日本アニメ”という媒体の因習にとらわれない,自由な表現が生み出されたことを喜ばしく思う。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど

【スタッフ】
原作:松井優征/監督:山﨑雄太/シリーズ構成:冨田頼子/キャラクターデザイン・総作画監督:西谷泰史/副監督:川上雄介/プロップデザイン:よごいぬ/サブキャラクターデザイン:高橋沙妃/色彩設計:中島和子/美術監督:小島あゆみ/美術設定:taracodtakao/建築考証:鴎利一/タイポグラフィ:濱祐斗/特殊効果:入佐芽詠美/撮影監督:佐久間悠也/CGディレクター:有沢包三宮地克明/編集:平木大輔/音響監督:藤田亜紀子/音楽:GEMBI立山秋航/音響効果:三井友和/制作:CloverWorks

【キャスト】
北条時行:結川あさき/雫:矢野妃菜喜/弧次郎:日野まり/亜也子:鈴代紗弓/風間玄蕃:悠木碧/吹雪:戸谷菊之介/諏訪頼重:中村悠一

【第六回「盗め綸旨,小笠原館の夜」スタッフ
脚本:
山崎莉乃絵コンテ・演出:菊地陽子/作画監督:Nogya/作画監督補佐:髙橋沙妃三輪修平宮内祟上武優也小室裕一郎中下美湖髙石まみ

原画:菊地陽子柴田志朗小磯沙矢香三輪和宏川原智弘近藤高光横山未来深海無名吉川由華36.5°C田中宏紀RaisuBS_kimHoodieboi繁澤敬ニAmphibiMuhammad Palmer佐竹秀幸

 

この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

関連記事

www.otalog.jp

 

商品情報

【Blu-ray】

 

【原作マンガ】

 

 

TVアニメ『逃げ上手の若君』(2024年夏)第1話の脚本と演出について[考察・感想]

*この記事は『逃げ上手の若君』第一回「5月22日」のネタバレを含みます。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

nigewaka.run


www.youtube.com

第1話からクオリティの高い作画・演出を繰り出し続けている松井優征原作/山﨑雄太監督『逃げ上手の若君』。監督の山﨑や副監督の川上雄介らをはじめ,“作画アニメ”として定評の高いあの『ワンダーエッグ・プライオリティ』(2021年)のスタッフが多く参加しており,当ブログでも放送前から注目していた作品だ。今回紹介する第一回「5月22 日」は,いくつかのアニメオリジナル要素を盛り込みながら物語を的確に導入しつつ,その高い作画技術を初手で見せつけた。絵コンテ・演出は山﨑雄太監督が手掛けている。詳しく見ていこう。

 

麗らかに“逃げる”

 Aパート冒頭,家臣から逃げる北条時行がフレームインする。家臣に名を呼ばれ,警戒するように振り向く。ごく短いカットだが,時行の髪の動き,振り向きや体重移動の所作などが細かく丁寧に作画されているのがわかる。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

「逃げ」という作品のライトモチーフと本作の高い作画技術を一瞬で示して見せた,たいへん小気味のよいカットだ。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

2人の家臣に行き手を阻まれる時行。軽やかに足踏みをする様子からは,時行というキャラの瑞々しい活力と愛くるしさが感じられる。こうした細部の芝居がキャラの魅力をうまく伝えている。

その後も,陽光豊かな御所内を愉快そうに逃げまわる時行の姿がしばし描かれる。渋く控えめに彩色された御所に対して,時行をはじめとするキャラクターの着物は彩度を高めにデザインされている。色彩設計のバランスもすこぶるいい。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

時行が屋根に登るカット。それまで木造の桑色が中心だった色彩は,一気に春の青空へと転じる。しかしその青は,青というよりはやや緑味の多い薄水色で,時行の肌の色や着物の配色と相性がいい。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

両腕をいっぱいに広げ,穏やかな春風を全身で受けとめた時行は,俄かに前方に重心を移動させ,軽やかに走り出す。からからと無邪気に笑いながら屋根の上を駆ける時行。「逃げ」という行為の肯定感がたっぷりと表現されている。

この時行の多幸感に文字通り影を落とすのが,京に出立前の足利高氏だ。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

影をたっぷり纏った高氏の巨躯が,それまで縦横無尽に駆け巡っていた時行の奔放な運動を遮る。高氏のオーラにたじろぐ時行。上図中下のカットでは,時行の内心の動揺が瞳のブレで表されており,視線が一切ブレることがない高氏と綺麗なコントラストを成している。Bパートで頼重が語る「対極の運命」を予示しているかのようでもある。

兄・邦時との対話の後,再び家臣から逃げる時行。屋根の斜面を駆け下り,向かいの建物の屋根まで飛び移るという軽技を披露する。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

ちなみに“飛翔”シーンということで言えば,『ワンダーエッグ・プライオリティ』第1話(「01 子供の領分」)Bパートでも主人公アイの“飛翔”が描かれていたことを思い出そう。

『ワンダーエッグプライオリティ』「01 子供の領分」より引用 ©︎WEP PROJECT

この2つのシーンでは,主人公による“飛翔”という荒技がブレイクスルーのシンボルとして用いられている。もちろん同じ飛翔と言っても,キャラも動機もまったく異なるのだが,そこに示された瑞々しいエネルギーや爽快感という点において,この2つのシーンは相似形を成していると言ってよいだろう。*1

さてこの飛翔シーンの後,時行は屋敷の中へと逃げ込む。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

光の差さない屋敷内の暗がりを逃げまわる時行。しかし彼が奥の襖を開けると,画面は再び豊かな陽光に満たされる。ここでもまた,「逃げ」という行為にポジティブな意味付けがなされている

御所の門を出て若宮大路に出る時行。馬に乗る武士と出会し,たたらを踏んで立ち止まった後にまた駆け出す。この辺りの所作の表現も非常に丁寧だ。足運びや体重移動などがきめ細かく作画されている。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

ちなみにこの話数には,『エロマンガ先生』(2017年)で「紗霧アニメーター」として,『ワンダーエッグ・プライオリティ』で「コアアニメーター」として腕を振るった小林恵祐が原画として参加している。アニメーションの中で実写的な動きを追求し,日常芝居を細やかに描く小林の作画技術は,あの井上俊之も一目置くほどだ。*2 小林がどのパートを担当したかは公式には明らかにされていないが,彼の技術が本話数の日常芝居の全体的な描画水準を底上げしていることは間違いないだろう。

時行の「逃げ」に話を戻そう。ここまで見てきた時行の逃亡シークエンスは,原作よりもはるかに長い尺がとられており,ほぼアニメオリジナルと言ってよい。降り注ぐ春の日差しの下,時行の「逃げ」という行為の多幸感をたっぷりと強調した導入部だ。そして彼のこの多幸感は,鎌倉という土地への素朴な肯定感につながっていく。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

私は…この鎌倉が好きだ。平和に暮らす人々の笑顔を見るのが好きだ。地位も栄誉も別にいらない。この街で生きていければそれだけで。

しかし先ほどの若宮大路のカットに一瞬写る一の鳥居と二の鳥居は,彼がいまだ鎌倉という“揺籠”の内側にいることを示している。時行はまもなくこの揺籠を追われ,より広い世界でより過酷な「逃げ」を強いられることになるだろう。

 

エロスとタナトス

邦時の蹴り上げた鞠が視界から消え,やがて意志を持った生き物のように屋根の上を転がり落ちてくる。高々と跳ね上がったそれは,乾鮭色に染まった空に舞い上がり,不吉な運命を告げ知らせるかのように時行の傍に落下する。しかし地面に落ちたのは,名も知れぬ武士の生首だった。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

鞠と生首の連想は原作通りだが,アニメではよりシンボリックで印象的なシーンに仕上がっている。

そしてこのシーンを皮切りに,時行の命運は一気に暗転していく。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

鬨の声をあげる幕府軍。高氏が刀を鞘に収めた刹那,隣にいた武将が賽の目に寸断されて崩れ落ちる。高氏の人ならざる不気味な力を示したアニメオリジナルのシーンだ。

前半の爽やかな薄水色を打ち消すかのように,画面は紅赤色に染まる。Aパートの長閑な日常とBパートの無惨な暴虐との対比が,色彩の対比によって見事に表されている。Aパートで「逃げ」のシーンをたっぷり描いたからこそ生まれるコントラストだ。

高氏に鎌倉を滅ぼされ,死を望む時行。そんな彼を,頼重は敵の武士が徘徊する崖底へと突き落とす。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

望んだ死を与えられ,時行の顔には穏やかな笑みが浮かぶ。しかしその直後,俄かに彼の手と足が崖を捉え,摩擦を利用して軟着陸する。心とは裏腹に,身体が“生きる”ことを欲する様がよく表されている。この辺りの演出もアニメオリジナルだ。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

敵の武士の刃を巧みに避ける時行。Aパートの「逃げ」と比べれば遥に過酷な「逃げ」のはずだが,彼の軽やかな所作から悲惨な運命の重みは感じられない。蝶のように舞いながら敵を翻弄するその様は,かつての歴史的英雄・源義経の「八艘飛び」を彷彿とさせる。*3 崖の底から舞い戻った時行は,不死鳥の姿で頼重の前に姿を現す。この一連のシーンもたっぷりと尺がとられ,時行の「逃げ」を視聴者に強く印象づけている。

重頼の首にすがり,「こら…死んだらどうする」と咎める時行。この時の表情カットがすこぶるよい。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

赤く上気した表情からは,ある種のエロティシズムが匂い立っている。時行のこの表情は,Aパートラストで「声」を聞いて恍惚とする高氏の表情と似て,ある種のエクスタシーの境地を示している。しかしその背後にある内的動機は対照的だ。時行は“生きる意志”によって顔を上気させ,高氏は“滅ぼす意志”によって顔を恍惚とさせる。まさしくフロイト的な意味での〈エロスとタナトス〉の対置。「逃げ」という行為が「生きる」という意志として意味付けされる。

第一回「5月22日」より引用 ©︎松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会

高氏は殺す事で英雄となり,貴方様は生きる事で英雄となる。二人は対極の運命の英雄なのです。

頼重のこの言葉は,陰と陽に塗り分けられた時行と高氏の姿(上図)とともに,本作における二人の命運を簡潔に要約している。そして同時に,歴史の表舞台でカリスマとして活躍した足利高氏(尊氏)と,どちらかと言えば歴史の日陰で暗躍した時行の“明暗”が,この作品では完全に反転していることを示している。

 

「逃げ」という行為の意味付け,および時行と高氏の存在感のコントラストの創出によって,物語を的確に要約した名話数である。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Twitterアカウントなど

【スタッフ】
原作:松井優征/監督:山﨑雄太/シリーズ構成:冨田頼子/キャラクターデザイン・総作画監督:西谷泰史/副監督:川上雄介/プロップデザイン:よごいぬ/サブキャラクターデザイン:高橋沙妃/色彩設計:中島和子/美術監督:小島あゆみ/美術設定:taracodtakao/建築考証:鴎利一/タイポグラフィ:濱祐斗/特殊効果:入佐芽詠美/撮影監督:佐久間悠也/CGディレクター:有沢包三宮地克明/編集:平木大輔/音響監督:藤田亜紀子/音楽:GEMBI立山秋航/音響効果:三井友和/制作:CloverWorks

【キャスト】
北条時行:結川あさき/雫:矢野妃菜喜/弧次郎:日野まり/亜也子:鈴代紗弓/風間玄蕃:悠木碧/吹雪:戸谷菊之介/諏訪頼重:中村悠一

【第一回「5月22日」スタッフ
脚本:
冨田頼子絵コンテ・演出:山﨑雄太/作画監督:西谷泰史/プロローグアニメーション:Takuan Paradise

原画:河本有聖鈴木咲花中村七左宮内祟三輪修平コーコラン健太沢田犬二菊地陽子西谷泰史Nogya小林恵祐濱口明冨田真理進藤麻耶佐藤利幸高野綾渡部さくら

 

この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

関連記事

www.otalog.jp

 

商品情報

【Blu-ray】

 

【原作マンガ】

 

 

*1:なお『ワンダーエッグ・プライオリティ』第1話の飛翔シーンの原画は,『逃げ上手の若君』副監督の川上雄介が手がけている。

*2:著・井上俊之/編著・高瀬康司『井上俊之の作画遊蕩』,pp.53-63,KADOKAWA,2024年。

*3:この辺りの原画の一部を担当した菊地陽子もXの投稿で「八艘飛び」と呼称している。なお,菊地は第六回「盗め綸旨、小笠原館の夜」で絵コンテ・演出を担当している。

TVアニメ『小市民シリーズ』(2024年夏)第2話の脚本と演出について[考察・感想]

*この記事は『小市民シリーズ』第2話「おいしいココアの作り方」のネタバレを含みます。また,アニメでは扱われていない原作エピソードについても言及していますのでご留意ください。

第2話「おいしいココアの作り方」より引用 ©︎米澤穂信・東京創元社/小市民シリーズ製作委員会

shoshimin-anime.com


www.youtube.com

2024年夏クールの中でも特に注目度の高い米澤穂信原作/神戸守監督『小市民シリーズ』。キャラクターデザインや作画のクオリティはすでにPVによって周知されていたわけだが,本編ではそれに加え,日常の中にわずかな異常を混入させるユニークな演出が目を引く。特に今回紹介する第2話「おいしいココアの作り方」は,その画作りの面において極めて綿密に作り込まれた秀逸な話数である。脚本はシリーズ構成を務める大野敏哉。絵コンテ・演出は,シャフト制作作品や幾原邦彦監督作品など,数多くの傑作に参加経歴のある武内宣之。その卓越した技を見ていこう。

 

武内宣之の“角度”

Aパートは小鳩常悟朗がご機嫌な様子で商店街を散歩するシーンから始まる。この時の小鳩の表情カットは,冒頭のシーンだけにかなり強い印象を与える。

第2話「おいしいココアの作り方」より引用 ©︎米澤穂信・東京創元社/小市民シリーズ製作委員会

露天やらペットやら赤ん坊やらを満足そうに眺める小鳩。カメラはその表情を画面中央に捉えているが,彼はやや小首を傾げており,目線も向かって右側に外れている。このささやかな偏りが,頭上のアーケード天蓋が成す律儀なシンメトリーを僅かに撹乱している。

実はこの話数は,上記以外にもいくつかの場面で“小首を傾げるカット”が用いられている。

第2話「おいしいココアの作り方」より引用 ©︎米澤穂信・東京創元社/小市民シリーズ製作委員会

印象的な逆水樋門を始め,この作品は水平的にも垂直的にも直線で構成される構造物を背景に置くことが多い。そうした無機質な直線が,人物の有機的な角度によって静かに“反駁”される。この構図の関係性が実に小気味よい。

ところで,僕らはこの傾いだ小首の前例を知っている。言うまでもなく,『化物語』(2009年)『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)など,新房昭之×シャフト作品で多用された“シャフ度”だ。また,本話数を手がけた武内宣之が『化物語』を始めとする新房昭之×シャフト作品の多くに参加していたことも言うまでもないだろう。武内は小佐内ゆきの“アホ毛”を揺らすという遊び心(上図上3枚目)を見せているが,これなどからしても,両作品の共通点は単なる偶然の一致以上のものと言える。

『化物語』第四話「まよいマイマイ 其ノ貮」 ©︎西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

上図3枚のカットは『化物語』第四話「まよいマイマイ 其ノ貮」から引用したものだ。見事な“シャフ度”だが,この話数の絵コンテを手がけたのも武内である。この首の角度によって画面に豊かなダイナミズムが生まれると同時に,水平線と垂直線で構成される視覚的な安定が突き崩される。それは,安定した日常の中に「怪異」の住まう特異空間が確かに介在していることを暗示しているようでもある。

一方,『小市民シリーズ』の小鳩と小佐内は,「小市民」という保守的安定性を求めようと必死になっている。まるでその“必死さ”すら禁忌とするかのように。しかし彼らの首の角度は,その安定性の中に無意識のうちに違和を呼び込んでいるようにも見える。果たして彼らは「謎」に巻き込まれているのか,あるいは自ら「謎」を呼び込んでいるのか。武内が映像に仕掛けたこの“角度”は,本作の視覚情報として思いのほか意義深い。

 

浄玻璃

Aパート冒頭のシーンに戻ろう。商店街を「散歩」していた小鳩は,とある露店の前で「変装」した小佐内の姿を見かける。小鳩は彼女にばれないように背後から近づこうとする。しかしその直後,小佐内が矢庭に振り向いたことで,小鳩は意表を突かれてしまう。

第2話「おいしいココアの作り方」より引用 ©︎米澤穂信・東京創元社/小市民シリーズ製作委員会

なぜ小佐内は小鳩に気付いたのか。作中ではその説明が省かれているが,映像をよく見れば明らかだ。彼女の背後の露店の店内にはが置かれている。この鏡で小鳩の姿に気付いたのだ。*1 小佐内は,ばれずに近づこうという小鳩の奸計を鏡を媒介にして見抜く。鏡という媒体の“暴露機能”がここで予告されていることに注意しておこう。

「春季限定いちごタルト」の件で傷心の小佐内を慰めるべく,ケーキを食べに行こうとする2人。その間に,またぞろ堂島健吾が無遠慮に介入する。彼はどういうわけか,小佐内ごと小鳩を強引に家に招く。

第2話「おいしいココアの作り方」より引用 ©︎米澤穂信・東京創元社/小市民シリーズ製作委員会

堂島宅の居間には鏡付きのキャビネットが置かれている。鏡は不自然なほどパースが強調されている。しかしもっと不自然なのは,そこに小鳩の背中と堂島の顔が映し出されていることだ。無論これは物理的に不可能な構図だ。この角度から見た場合,鏡に小鳩の背中と堂島の顔が映ることはない。つまりこの鏡は物理的な“嘘”をついている。しかしそれにもかかわらず,この鏡は『小市民シリーズ』という作品の空間内に自然に定位しているように見える。それはおそらく,第1話から“人物がいるはずのない場所にいる”という演出(後述)が提示されていたからだろう。それは上述の首の角度と同様,この世界の中ににささやかな違和を呼び込んでいる。物理的な“嘘”が,世界を異化する因子として導入されているのだ。

さて,このマジカルな鏡の中に映し出された小鳩と堂島は,いかにして己の正体を“暴露”するか。

堂島は小鳩の雰囲気が小学生のころから豹変したことに疑問ーーあるいは不満ーーを抱いている。彼は小鳩の「小市民」然とした愛想笑いの裏に「三つ子の魂」を見抜くべく,わざわざ彼を自宅に呼び寄せたのだ。そして彼はすでに小鳩の「小市民」の正体をほぼ見抜いている。

第2話「おいしいココアの作り方」より引用 ©︎米澤穂信・東京創元社/小市民シリーズ製作委員会

口と性格の悪いガキが,顔は笑っても腹に一物ありそうな嫌な野郎になっちまった。

堂島にこう看破された時の小鳩の憮然とした表情カット(上図右)が上手い。この刹那,彼は「小市民」としての余裕を失っている。彼は「男子三日会わざれば」などと言って堂島の追及をのらりくらりと躱そうとするが,結局,隣の台所で「知恵働き」の罪を犯して「小市民」を逸脱し,小佐内の不興をかう羽目になる。

第2話「おいしいココアの作り方」より引用 ©︎米澤穂信・東京創元社/小市民シリーズ製作委員会

一方の堂島は,「おいしいココアの作り方」の解が他ならぬ彼の「ずぼら」だったというオチによって,その正体が“暴露”されている。引き戸を閉めるカットやチョコレートケーキを食べるカットなどが,この「ずぼら」を事前に予示していたのも面白い。小鳩らの「知恵働き」以前に,すでに視覚情報として解が与えられていたわけだ。

ところで,先ほどの鏡の中に小佐内の姿が映っていないことにも重要な意味がある。

実はこの話数における小佐内の立ち位置は,原作とアニメではまったく異なっている。原作では「おいしいココアの作り方」の前に「For your eyes only」というエピソードがある。ここで小鳩は堂島から依頼された「二枚の絵」の謎を解くのだが,謎解きによって「小市民」を逸脱することを嫌った小鳩は,それを小佐内の推理によるものだと堂島に偽った。したがって,原作で堂島が小鳩を自宅に誘う際のやりとりは以下のようになっている。

小鳩:いま小佐内さんと散歩中。あとで[中略]
堂島:好都合だ。この前の絵の話の礼がある。一緒にどうだ。*2

つまり堂島は小鳩と一緒に小佐内も自宅に招き,「二枚の絵」の件の礼を伝えようとしたというわけだ。しかしアニメではこの「For your eyes only」のエピソードが割愛されているため,小佐内はほぼ小鳩の“おまけ”のような存在感になっている。したがって先ほどのやりとりも以下のように改変されている。

小鳩:いま小佐内さんと散歩中,あとで。
堂島:問題ない。一緒にどうだ。

原作と比べると,小佐内の同行に関して堂島がさほど積極的ではないことがわかるだろう。

さらに,原作では堂島が小佐内に「二枚の絵」の礼を伝えながら推理の経緯を根掘り葉掘り聞こうとし,それに堪りかねた小佐内が座を外す,という流れになっている。しかしアニメでは,堂島が小鳩と2人きりで話したがっているサインを察し,気を利かせて座を外すという流れに改変されている。

第2話「おいしいココアの作り方」より引用 ©︎米澤穂信・東京創元社/小市民シリーズ製作委員会

この改変によって,小佐内は“その場に相応しくない存在”として除外され,小鳩と堂島の暴露合戦は,“男同士の問題”という古めかしくも排他的な様相を呈することになる。居間に鎮座した“魔鏡”のカットは,こうした経緯を文字通り反映していたわけだ。改変によって生じた人物構図の変化を,画によって暗示的に補強している。卓越した演出と言えるだろう。

 

劇中劇

第1話と同様,第2話でも謎解きのシーンには劇中劇が用いられている。小鳩,小佐内,堂島姉は,「おいしいココアの作り方」を推理する際に“犯人”堂島と同じ扮装をし,仮想の堂島の行動をトレースする。

第2話「おいしいココアの作り方」より引用 ©︎米澤穂信・東京創元社/小市民シリーズ製作委員会

上図左は“現実”シーン,中と右は“推理”シーンだ。場面は同じだが,小鳩と小佐内は堂島と同じトレーナーを着ている。もちろんこれはフィクションだ。しかしリアルとフィクションの間はシームレスに繋がっているため,うっかりするとその境界を見落としてしまいそうになる。

第2話「おいしいココアの作り方」より引用 ©︎米澤穂信・東京創元社/小市民シリーズ製作委員会

またこれも1話と同様だが,推理シーンでは人物が唐突に屋外の別の場面に“ワープ”することがある。特に上図では,3人がロボット水門近くの橋の上に“ワープ”する。「場をつなごうと思って…」と呟く小佐内は橋の上にいるが,それを驚いた表情で見る小鳩は台所に戻っている。リアルとフィクションの境界を意図的に曖昧にした演出だ。

『小市民シリーズ』は魔法も怪異も登場しない,どこまでも“日常的な小世界”を描いた作品だ。さらに言えば,幻想的な演出も多く見られた京都アニメーション制作の『氷菓』(2012年)と違い,『小市民シリーズ』のアニメでは即物的な表現が多い。にもかかわらず,この作品には“静かな非現実感”が満ちているように思える。要するに,同じ米澤作品をベースとしながら,まったく方向性の違う演出を堪能できるわけだ。アニメファンにとってこれほど幸福なことはない。これを機に,両作品を細部まで比較してみるのもいいだろう。

 

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Twitterアカウントなど

【スタッフ】
原作:米澤穂信/監督:神戸守/シリーズ構成:大野敏哉/キャラクターデザイン:斎藤敦史/サブキャラクターデザイン・総作画監督:具志堅眞由/色彩設計:秋元由紀/美術監督:伊藤聖(スタジオARA)/美術設定:青木智由紀イノセユキエ/撮影監督:塩川智幸(T2studio)/CGディレクター:越田祐史/編集:松原理恵/音楽:小畑貴裕/音響監督:清水勝則/音響効果:八十正太/アニメーションプロデューサー:渡部正和/ラインプロデューサー:荒尾匠/制作会社:ラパントラック

【キャスト】
小鳩常悟朗:梅田修一朗/小佐内ゆき:羊宮妃那/堂島健吾:古川慎

【第2話「おいしいココアの作り方」スタッフ
脚本:
大野敏哉/絵コンテ・演出:武内宣之/演出補佐:高野やよい/総作画監督:具志堅眞由(Production I.G.新潟)/作画監督:西島央桐豊田暁子,[杭州神在動画王渝张曦萦周俊杰味增拉面,[Animore葛歓たけうちのぶゆき/作画監督補佐:迫江紗羅宮田かんち
原画:豊田暁子石川奨士宮田かんち中拓郎池津寿恵二瓶令暁谷口繁則大原和男香田知樹銀さんM Ali菊池一真土屋智義武内宣之,[志能美クリエイティブ]:DakogotenOrelRomuloStatice

 

この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

商品情報

【Blu-ray】

 

【原作小説】

 

 

*1:なお,原作ではケータイのモニターとショーウィンドウで気付いたことが説明されている。

*2:米澤穂信『春期限定いちごタルト事件』,東京創元社,2004年。下線は引用者による。

2024年 春アニメランキング[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品の内容に部分的に言及しています。未見の作品を先入観なしで鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

夏の酷暑が猛威を振るい始める中,2024年春アニメもすべての作品が放送を終了した。今回の記事では,恒例通り2024年春アニメの中から,当ブログが特にクオリティが高いと判断した7作品をランキング形式で振り返ってみたい。コメントの後には,作品視聴時のTweetをいくつか掲載してある。今回は「中間評価」の記事でピックアップした作品と異同はない。なお,この記事は「一定の水準を満たした作品を挙げる」ことを主旨としているため,ピックアップ数は毎回異なることをお断りしておく。

www.otalog.jp

www.otalog.jp

 

7位:『アストロノオト』(オリジナル)

sh-anime.shochiku.co.jp

【コメント】
SNSを賑わせるような派手さはないが,1クールものとして無理のないシンプルなストーリー,丁寧な演出,魅力的な脇キャラの設定など,オリジナルアニメとして評価されるべき作品に仕上がっていた。特に若林父子のエピソードは,本筋とはほとんど関係ないにもかかわらず,作品の魅力を一層高める要素として効果的だったと言える。昭和感たっぷりのOPも見応えがある。この水準のオリジナルアニメをコンスタントに作り続ける文化的土壌が,日本のアニメから失われないことを切に願う。

www.otalog.jp

 

6位:『この素晴らしい世界に祝福を!3』

konosuba.com

【コメント】
人気作品の続編ということで当初から手堅い評価の見込めた作品だが,だからといって無難な線に収まることなく,むしろ作画面ではかなり挑戦的なことを敢行していたように思う。それもこの作品の本質を成しているのが“遊び”だからなのだろう。制作会社はドライブに交代したが,本作の本質的な面白さはきちんと継承されているようだ。福島潤雨宮天高橋李依茅野愛衣らメインキャストを中心とした声優陣の技も健在。いや以前にも増してパワーアップしている。続編も期待したい。

 

5位:『終末トレインどこへいく?』(オリジナル)

shumatsu-train.com

【コメント】
監督の脳内にあるシュールな世界観を希釈することなく提示してみせた本作。それだけにやや詰め込みすぎた感もあったが,毎話がオリジナルアニメ特有のワクワク感に満ちた秀作だった。バラエティに富んだ世界観の一方で,“友情”というシンプルなテーマが一貫して流れていた点も評価に値する。本作のように大衆ウケを敢えて狙わない,尖った作品が散発的に生まれるのが日本アニメのよいところだ。

www.otalog.jp

 

4位:『鬼滅の刃 柱稽古編』

kimetsu.com

【コメント】
これまでシリーズで最もアニメオリジナルが多かった『柱稽古編』。特に炭治郎と隊士との交流を掘り下げたことで,『無限城編』での最終決戦に向けた“布石”が原作以上にはっきりと打たれた形となった。また第7話の鬼舞辻登場シーンには思わず唸った。まるでスローモーションのようにゆっくりと産屋敷邸に向かう鬼舞辻を,緻密で濃厚な撮影処理で見せる。まさしくufotableならではの演出。これにより最終話の爆破シーンとのコントラストも生まれ,たいへん見応えのあるラストとなったと言える。すでに『無限城編』劇場版三部作の制作が報じられている。原作ファン,ufotableファンとして,この作品を最後まで見届けよう。


www.youtube.com

 

3位:『怪獣8号』

kaiju-no8.net

【コメント】
主人公・日比野カフカが背負う怪獣としての運命に,カラーのデザインによる怪獣の醜悪さ。それらとコントラストを成すようなユルめの日常ギャグ。シリアスとコミカルの両極端が成すテンションがたいへん小気味のよい作品だ。10話「曝露」以降の緊張感の創出が素晴らしく,最終話のクライマックスまで見事なまとまりを見せていた。大河内一楼のシリーズ構成の勝利といったところだろうか。『ウルトラマン』『デビルマン』『寄生獣』『進撃の巨人』。連綿と受け継がれる〈受動的変身譚〉の1つとして,堂々たる存在感を放つ作品だ。すでに続編の報が出ている。今後も期待しよう。


www.youtube.com

 

2位:『ダンジョン飯』

delicious-in-dungeon.com

【コメント】
2024年冬アニメランキングでも2位としてピックアップした作品。第2クールはファリンを巡るややシリアスなエピソードが中心だったが,あらゆる事象を「飯」というテーマに帰着させていく展開は最後まで変わらぬまま。このブレのない一貫性が『ダンジョン飯』という作品の醍醐味なのだろう。作画面では,ファリンのぽやっとしたキャラと魔物の「かっこよさ」を融合させた17話,夢の中のシーンの芝居が冴えた19話などが優れていた。原作の持ち味に制作会社TRIGGERの技術をトッピングすることで得られた妙味。本作はこの会社の新基軸の成功例として記憶されることだろう。第2期制作の報も出ている。


www.youtube.com

www.otalog.jp

 

1位:『響け!ユーフォニアム 3

『響け!ユーフォニアム 3』最終回「つながるメロディ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

anime-eupho.com

【コメント】
ミュージックアニメでありながら演奏シーンを抑制し,心理ドラマをじっくり描くことに注力した『響け!ユーフォニアム』シリーズ完結編。第12話における“原作改変”もあって,賛否相半ばする結果となったが,それによって生まれた豊かなドラマを当ブログは最上級の賛辞をもって評価したい。また,これまでのシリーズ以上に“画で語る”という方法をとった演出方針は,本作のアニメーションを絵画作品のように密度の高い映像媒体に昇華させていた。京都アニメーション作品の中でも特に質の高い演出として高く評価されるべきだろう。

少し余談だが,京都アニメーションは2020年から続けてきたYouTube公式チャンネルによる追悼映像配信を終了し,それに代えて,京都府宇治市の市立「お茶と宇治のまち歴史公園」に「志を繋ぐ碑」を設置した。京都アニメーションをとりまく状況は少しずつ変わってきている。それもよい方向に。2015年から始まった『響け!ユーフォニアム』シリーズが見事な結末を迎えたことは,それを象徴する出来事かもしれない。僕らの京アニの「次の曲」が奏られるのを心待ちにしよう。

www.otalog.jp

www.otalog.jp

www.otalog.jp

www.otalog.jp

www.otalog.jp

 

● その他の鑑賞済み作品(50音順)
『WIND BREAKER』『うる星やつら』『狼と香辛料』『ガールズバンドクライ』『怪異と乙女と神隠し』『戦隊大失格』『無職転生 Ⅱ〜異世界行ったら本気だす〜第2クール』『ゆるキャン△ 3』『夜のクラゲは泳げない』

 

以上,当ブログが注目した2024年春アニメ7作品を紹介した。

今期は『終末トレインどこへいく?』 のような“ぶっ飛んだ”オリジナル作品が観られたことが何よりの収穫だ。しかし,まだまだオリジナルアニメの本数は相対的に少ない。アニメーションや脚本の点でも,まだまだ上の水準を目指せるだろう。今後もっと“ぶっ飛んだ”作品が観られることを願う。

また今期は上述の『響け!ユーフォニアム』の他,本記事では取り上げなかった『ガールズバンドクライ』や,劇場作品『数分間のエールを』など,花田十輝の脚本が輝いていた。花田の脚本が時として賛否両論を招くことは確かだが,彼の腹の底から湧き上がるような感情の表現がある種の作品には欠かせない要素であることも確かだ。今後も要注目の作家である。

2024年夏アニメのおすすめに関しては以下の記事を参照頂きたい。

www.otalog.jp