*この記事は『Bang Dream! Ave Mujica』「#10 Odi et amo.」のネタバレを含みます。

柿本広大監督『BanG Dream! Ave Mujica』各話レビュー第3弾として,今回は「#10 Odi et amo.」を取り上げる。彼女たちの心理ベクトルは錯綜の極みに達し,錯綜しつつもやがてAve Mujicaという1つの“力場”を発生させるに至る。縺れた糸のように寄り集まる彼女たちが奏るその音楽は,不思議なほど情感と生命力に溢れている。脚本は晴日たに,絵コンテは奥川尚弥,演出は古賀公一郎である。その技を詳しく観ていこう。
Odi et amo.
冒頭,にゃむが森みなみの舞台を観劇している。舞台上にはマリー・アントワネットと,みなみ演じるマリア・テレジア(マリーの母)の姿がある。しかしこの時,にゃむの心を支配しているのは“睦/モーティス”の姿だ。



彼女はみなみの「化け物」という言葉(「#8 Belua multorum es capitums.」より)を想起する。マリー・アントワネットの断頭台処刑のシーンが暗示的に示された刹那,にゃむが「大っ嫌い…大好き…」と独白する。
舞台上の出来事とにゃむの内面は乖離しているが,マリア・テレジアとマリー・アントワネットの母娘関係に,みなみと睦/モーティスの母娘関係が重なる。無関係のはずの外的事象と内的思考が緩やかに連関している。さらに「断頭台」という言葉は,この話数最後のナレーションでも繰り返され,初華の運命を暗示する。複数の意味作用を織り込んだ,大変面白い導入部だ。
そしてこのシーンで何よりも重要なのは,“睦/モーティス”に対するにゃむの感情が,愛と憎の渾然一体であることが改めて示されたことである。


先ほどの「大っ嫌い…大好き…」のセリフの直後,前話「#9 Ne vivam si abis.」ラストの「きんもっ!」というセリフがリフレインされる。これは“睦”を演じる“モーティス”に向けられた強烈な嫌悪感だが,現在のにゃむの心情回路でデコードするなら,それは「大好き」ということになる。にゃむは“モーティス”が演じる“睦”を「ぬるい演技」と酷評するも,そんな“モーティス”から目を離すことができず,むしろ愛してしまう。それがかつてアモーリス=愛の仮面を纏っていた彼女の本質ということなのだろう。嫌悪に歪んだ表情によって愛情表現をするという,いかにも『Ave Mujica』らしい倒錯した演出である。
さて,そのにゃむが愛憎を向ける“モーティス”の演技(上図:右)もなかなか秀逸だ。舞台俳優のような大仰な身振りをつけつつ,「CRYCHIじゃなくてもいい。祥とバンドができれば,それで…」というセリフを壊れたレコードさながらに繰り返す。演じられている“モーティス”が“睦”を演じる,つまり“仮面”が“仮面”を演じるという,二重の違和感をよく表した芝居だ。
ちなみにこの場面は,Ave MujicaとMyGOのメンバー計10名がRiNGのカフェで一堂に会するという,少々珍しい場面でもある。カメラが天井からのフカンに切り替わり,10名全員をフレームに収める。いわゆるマスターカットだが,この構図がなかなか面白い。


泣き出した“モーティス”を連れてカフェから出るそよ,それを追う燈,燈を追う愛音,抹茶パフェを食べ続ける楽奈…集合していたAve MujicaとMyGOが,ここで俄かに離散していく。寄り集う場所を求めているのに,どうしても寄り添えない。心の引力が,同時に心の斥力をも発生させてしまう。そんな彼女たちの心的特性をよく表した場面だ。
ちなみにRiNGのカフェのフカンカットは『It's MyGO』からいくつかの話数で見られるが,天井に設置されたシーリングファンが写り込んでいることも多い。特に今回は,ファンのブレードが画面の中に割り込むような構図になっており,画面を切断・撹乱するような印象を生み出している。この場面にマッチした効果的なフレーミングだ。
祥子+初華+睦の“三角関係”=祥子と初華,祥子と睦の間に発生する引力と,初華と睦の間に発生する斥力。にゃむの睦に対する“愛憎”=愛=引力,憎=斥力。“信頼関係”の縁たるAve Mujicaへの海鈴の執着=場そのものへの引力。この錯綜した心の力場こそ,祥子の曰く「運命共同体」の正体であり,にゃむが「強制ソウルメイト=馴れ合い」と呼んだものに他ならない。そしてこの力場を生み出してしまった責任主体として,祥子はAve Mujicaの復活を決意することになる。



この時,祥子が口にする「今後何があろうと脱退は認めません」という物言いには,まるで新撰組の「局中法度」のような強制力を感じる。自分の弱さを振り切り,再び「運命」という強い力でAve Mujicaという場を再構成しようとする祥子。そんな彼女が命名した復活ライブのタイトルは“Auferte memoriam vestram”「貴方の記憶を拭い去りなさい」である。
小さなハコ
当初,祥子はAve Mujicaの立ち上げにあたって,豊川家のコネクションを利用し,おそらく億単位に登るであろう舞台演出を実現したと思われる。*1 『It's MyGO!!!!!』「#13 信じられるものは我が身ひとつ」で描かれるデビューライブですら,おそらくはキャパ数千人規模の「G:WAVE」で行われている。*2
しかしそのAve Mujicaを一度解散させ,賠償金を祖父に肩代わりさせた今となっては,同じ人脈を利用することは不可能だ。今度は,祥子は自身の力でAve Mujicaを再生させなければならない。そこで彼女が会場として選んだのは,RiNGという比較的小さなライブハウスである。キャパ数千人のハコから,数百人程度のハコへ。この空間の“狭さ”こそが,この話数におけるライブシーンの趣を特別なものにしている。


「#1 Sub rosa.」のG:WAVEのライブシーン(上図:左)では,カメラは大きく飛翔し,クロースアップショットとロングショットを繰り返しながら場面を捉えている。空間の広さを活かしたダイナミックな描写だ。一方「#10 Odi et amo.」のRiNGのライブシーンでは,カメラは常に彼女たちの近くにあり,比較的狭い移動範囲で場面を捉えている。舞台と観客の距離も近い。狭い空間ならではの親密さを感じさせる描写だ。
演奏する彼女たちの姿は,文字通り“等身大”である。まるで「人間」であることを取り戻したかのように,生き生きと情感を込めて演奏しているようにも見える。サンジゲン渾身の美しい作画に,この制作会社の技術力の高さが伺える。やがて“睦/モーティス”の二重性も解消(?)され,睦のギターは高らかに「歌」を歌う。




ちなみに,睦の予想外の行動に会場スタッフが臨機に応じるという場面は「#3 Quid faciam?」にもあるが,異常事態への緊迫感に満ちたこの場面に対し,「#10 Odi et amo.」では,スタッフの機転が場面にささやかな温もりを添えているように感じる(上図:下)。RiNGという“狭小空間の温もり”とでも言うべきだろうか。




「Imprisoned Ⅻ」の演奏中,初華が祥子を見遣り,祥子が眼差しを送り返す(ただしその表情は固く,眼差しはすれ違っている)。復活した睦を,“愛”に生きるにゃむが眼差し,“信頼”を求める海鈴が見つめる。彼女たちの心のベクトルを繊細に描いた,とても美しいシーンである。「Imprisoned Ⅻ」でMyGOさながらに内面語りをした後,叙事的な「Crucifix Ⅹ」でメタルバンドとしての本領を発揮する,という構成もドラマチックでよい。

ちなみにこの話数は『It's MyGO』の「#10 ずっと迷子」(上図)と対応していると思われるが(話数も符合している),全員が互いに向き合っていたMyGOと比べ,Ave Mujicaの彼女たちの視線は錯綜している。これぞAve Mujicaというべき演出だ。
ウイカ/ハツネという二重性
初華が最愛の祥子を想って書き上げた「Imprisoned Ⅻ」。祥子がこの詞に「綺麗な曲」を付けてくれたことで,初華は“承認”を得たと感じたことだろう。彼女は「私の人生,全部あげたい…あげる」という,紛れもない“愛”の告白をする。しかし彼女のこの言葉には,一種の欺瞞が潜んでいる。「Imprisoned Ⅻ」には,弱り果てた祥子を“所有”したいという彼女のエゴイズムが赤裸々に語られているからだ。
羽根のない君 堕ちればいい
ほら 逃げられないわ 弱っていく君 閉じ込めて
散文的な言葉では「私の人生,全部あげたい…あげる」と言いながら,詞の世界では祥子という存在を所有したい(“I say, you're mine”)と願う。彼女は祥子に対する心理の二重性を露見させてしまっている。



そして神出鬼没の祥子の祖父によって告げられたた,“ウイカ/ハツネ”という二重性。ナレーションの「断頭台」という言葉。それらの意味を予想するなどという無粋はここではやめておこう。“謎解き”はこのブログの本分ではない。答えはすべて,この後の話数の中にある。
作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど
【スタッフ】
原作:ブシロード/監督:柿本広大/シリーズ構成:綾奈ゆにこ/脚本:綾奈ゆにこ,後藤みどり,小川ひとみ,和場明子,晴日たに/キャラクター原案:ひと和,植田和幸/キャラクターデザイン:信澤収,もちぷよ/アニメーションキャラクターデザイン:茶之原拓也,八森優香,Shin Joseph/CGスーパーバイザー:奥川尚弥/モデリングディレクター:武内泰久,寺林寛/リギングディレクター:矢代奈津子,柏木亨/色彩設計:北川順子,石橋名結,松下由佳/撮影監督:奥村大輔/美術監督:山根左帆,対馬里紗/美術設定:成田偉保/編集:日髙初美/音響監督:柿本広大/音楽:藤田淳平(Elements Garden),藤間仁(Elements Garden)/音楽制作:ブシロードミュージック/アニメーションプロデューサー:松浦裕暁,保住昇汰/アニメーション制作:サンジゲン
【キャスト】
三角初華/ドロリス:佐々木李子/若葉睦/モーティス:渡瀬結月/八幡海鈴/ティモリス:岡田夢以/祐天寺にゃむ/アモーリス:米澤茜/豊川祥子/オブリビオニス:高尾奏音
【「#10 Odi et amo.」スタッフ】
脚本:晴日たに/絵コンテ:奥川尚弥/演出:古賀公一郎/アニメーションキャラクターデザイン:茶之原拓也,八森優香,Shin Joseph/CGディレクター:古賀公一郎
この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。
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