アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

TVアニメ『BanG Dream! Ave Mujica』(2025年冬)第10話の脚本と演出について[考察・感想]

*この記事は『Bang Dream! Ave Mujica』「#10 Odi et amo.」のネタバレを含みます。

「#10 Odi et amo.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

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柿本広大監督『BanG Dream! Ave Mujica』各話レビュー第3弾として,今回は「#10 Odi et amo.」を取り上げる。彼女たちの心理ベクトルは錯綜の極みに達し,錯綜しつつもやがてAve Mujicaという1つの“力場”を発生させるに至る。縺れた糸のように寄り集まる彼女たちが奏るその音楽は,不思議なほど情感と生命力に溢れている。脚本は晴日たに,絵コンテは奥川尚弥,演出は古賀公一郎である。その技を詳しく観ていこう。

 

Odi et amo.

冒頭,にゃむ森みなみの舞台を観劇している。舞台上にはマリー・アントワネットと,みなみ演じるマリア・テレジア(マリーの母)の姿がある。しかしこの時,にゃむの心を支配しているのは“睦/モーティス”の姿だ。

「#10 Odi et amo.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

彼女はみなみの「化け物」という言葉(「#8 Belua multorum es capitums.」より)を想起する。マリー・アントワネットの断頭台処刑のシーンが暗示的に示された刹那,にゃむが「大っ嫌い…大好き…」と独白する。

舞台上の出来事とにゃむの内面は乖離しているが,マリア・テレジアとマリー・アントワネットの母娘関係に,みなみと睦/モーティスの母娘関係が重なる。無関係のはずの外的事象と内的思考が緩やかに連関している。さらに「断頭台」という言葉は,この話数最後のナレーションでも繰り返され,初華の運命を暗示する。複数の意味作用を織り込んだ,大変面白い導入部だ。

そしてこのシーンで何よりも重要なのは,“睦/モーティス”に対するにゃむの感情が,愛と憎の渾然一体であることが改めて示されたことである。

「#10 Odi et amo.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

先ほどの「大っ嫌い…大好き…」のセリフの直後,前話「#9 Ne vivam si abis.」ラストの「きんもっ!」というセリフがリフレインされる。これは“睦”を演じる“モーティス”に向けられた強烈な嫌悪感だが,現在のにゃむの心情回路でデコードするなら,それは「大好き」ということになる。にゃむは“モーティス”が演じる“睦”を「ぬるい演技」と酷評するも,そんな“モーティス”から目を離すことができず,むしろ愛してしまう。それがかつてアモーリス=愛の仮面を纏っていた彼女の本質ということなのだろう。嫌悪に歪んだ表情によって愛情表現をするという,いかにも『Ave Mujica』らしい倒錯した演出である。

さて,そのにゃむが愛憎を向ける“モーティス”の演技(上図:右)もなかなか秀逸だ。舞台俳優のような大仰な身振りをつけつつ,「CRYCHIじゃなくてもいい。祥とバンドができれば,それで…」というセリフを壊れたレコードさながらに繰り返す。演じられている“モーティス”が“睦”を演じる,つまり“仮面”が“仮面”を演じるという,二重の違和感をよく表した芝居だ。

ちなみにこの場面は,Ave MujicaとMyGOのメンバー計10名がRiNGのカフェで一堂に会するという,少々珍しい場面でもある。カメラが天井からのフカンに切り替わり,10名全員をフレームに収める。いわゆるマスターカットだが,この構図がなかなか面白い。

「#10 Odi et amo.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

泣き出した“モーティス”を連れてカフェから出るそよ,それを追う燈,燈を追う愛音,抹茶パフェを食べ続ける楽奈…集合していたAve MujicaとMyGOが,ここで俄かに離散していく。寄り集う場所を求めているのに,どうしても寄り添えない。心の引力が,同時に心の斥力をも発生させてしまう。そんな彼女たちの心的特性をよく表した場面だ。

ちなみにRiNGのカフェのフカンカットは『It's MyGO』からいくつかの話数で見られるが,天井に設置されたシーリングファンが写り込んでいることも多い。特に今回は,ファンのブレードが画面の中に割り込むような構図になっており,画面を切断・撹乱するような印象を生み出している。この場面にマッチした効果的なフレーミングだ。

祥子+初華+睦の“三角関係”=祥子と初華,祥子と睦の間に発生する引力と,初華と睦の間に発生する斥力。にゃむの睦に対する“愛憎”=愛=引力,憎=斥力。“信頼関係”の縁たるAve Mujicaへの海鈴の執着=場そのものへの引力。この錯綜した心の力場こそ,祥子の曰く「運命共同体」の正体であり,にゃむが「強制ソウルメイト=馴れ合い」と呼んだものに他ならない。そしてこの力場を生み出してしまった責任主体として,祥子はAve Mujicaの復活を決意することになる。

「#10 Odi et amo.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

この時,祥子が口にする「今後何があろうと脱退は認めません」という物言いには,まるで新撰組の「局中法度」のような強制力を感じる。自分の弱さを振り切り,再び「運命」という強い力でAve Mujicaという場を再構成しようとする祥子。そんな彼女が命名した復活ライブのタイトルは“Auferte memoriam vestram”「貴方の記憶を拭い去りなさい」である。

 

小さなハコ

当初,祥子はAve Mujicaの立ち上げにあたって,豊川家のコネクションを利用し,おそらく億単位に登るであろう舞台演出を実現したと思われる。*1 『It's MyGO!!!!!』「#13 信じられるものは我が身ひとつ」で描かれるデビューライブですら,おそらくはキャパ数千人規模の「G:WAVE」で行われている。*2

しかしそのAve Mujicaを一度解散させ,賠償金を祖父に肩代わりさせた今となっては,同じ人脈を利用することは不可能だ。今度は,祥子は自身の力でAve Mujicaを再生させなければならない。そこで彼女が会場として選んだのは,RiNGという比較的小さなライブハウスである。キャパ数千人のハコから,数百人程度のハコへ。この空間の“狭さ”こそが,この話数におけるライブシーンの趣を特別なものにしている。

左「#01 Sub rosa.」より引用/右「#10 Odi et amo.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

「#1 Sub rosa.」のG:WAVEのライブシーン(上図:左)では,カメラは大きく飛翔し,クロースアップショットとロングショットを繰り返しながら場面を捉えている。空間の広さを活かしたダイナミックな描写だ。一方「#10 Odi et amo.」のRiNGのライブシーンでは,カメラは常に彼女たちの近くにあり,比較的狭い移動範囲で場面を捉えている。舞台と観客の距離も近い。狭い空間ならではの親密さを感じさせる描写だ。

演奏する彼女たちの姿は,文字通り“等身大”である。まるで「人間」であることを取り戻したかのように,生き生きと情感を込めて演奏しているようにも見える。サンジゲン渾身の美しい作画に,この制作会社の技術力の高さが伺える。やがて“睦/モーティス”の二重性も解消(?)され,睦のギターは高らかに「歌」を歌う。

「#10 Odi et amo.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

ちなみに,睦の予想外の行動に会場スタッフが臨機に応じるという場面は「#3 Quid faciam?」にもあるが,異常事態への緊迫感に満ちたこの場面に対し,「#10 Odi et amo.」では,スタッフの機転が場面にささやかな温もりを添えているように感じる(上図:下)。RiNGという“狭小空間の温もり”とでも言うべきだろうか。

「#10 Odi et amo.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

「Imprisoned Ⅻ」の演奏中,初華が祥子を見遣り,祥子が眼差しを送り返す(ただしその表情は固く,眼差しはすれ違っている)。復活した睦を,“愛”に生きるにゃむが眼差し,“信頼”を求める海鈴が見つめる。彼女たちの心のベクトルを繊細に描いた,とても美しいシーンである。「Imprisoned Ⅻ」でMyGOさながらに内面語りをした後,叙事的な「Crucifix Ⅹ」でメタルバンドとしての本領を発揮する,という構成もドラマチックでよい。

『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』「#10 Odi et amo.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

ちなみにこの話数は『It's MyGO』「#10 ずっと迷子」(上図)と対応していると思われるが(話数も符合している),全員が互いに向き合っていたMyGOと比べ,Ave Mujicaの彼女たちの視線は錯綜している。これぞAve Mujicaというべき演出だ。

 

ウイカ/ハツネという二重性

初華が最愛の祥子を想って書き上げた「Imprisoned Ⅻ」。祥子がこの詞に「綺麗な曲」を付けてくれたことで,初華は“承認”を得たと感じたことだろう。彼女は「私の人生,全部あげたい…あげる」という,紛れもない“愛”の告白をする。しかし彼女のこの言葉には,一種の欺瞞が潜んでいる。「Imprisoned Ⅻ」には,弱り果てた祥子を“所有”したいという彼女のエゴイズムが赤裸々に語られているからだ。

羽根のない君 堕ちればいい
ほら 逃げられないわ 弱っていく君 閉じ込めて

散文的な言葉では「私の人生,全部あげたい…あげる」と言いながら,詞の世界では祥子という存在を所有したい(“I say, you're mine”)と願う。彼女は祥子に対する心理の二重性を露見させてしまっている。

「#10 Odi et amo.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

そして神出鬼没の祥子の祖父によって告げられたた,“ウイカ/ハツネ”という二重性。ナレーションの「断頭台」という言葉。それらの意味を予想するなどという無粋はここではやめておこう。“謎解き”はこのブログの本分ではない。答えはすべて,この後の話数の中にある。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど

【スタッフ】
原作:ブシロード/監督:柿本広大/シリーズ構成:綾奈ゆにこ/脚本:綾奈ゆにこ後藤みどり小川ひとみ和場明子晴日たに/キャラクター原案:ひと和植田和幸/キャラクターデザイン:信澤収もちぷよ/アニメーションキャラクターデザイン:茶之原拓也八森優香Shin Joseph/CGスーパーバイザー:奥川尚弥/モデリングディレクター:武内泰久寺林寛/リギングディレクター:矢代奈津子柏木亨/色彩設計:北川順子石橋名結松下由佳/撮影監督:奥村大輔/美術監督:山根左帆対馬里紗/美術設定:成田偉保/編集:日髙初美/音響監督:柿本広大/音楽:藤田淳平Elements Garden),藤間仁Elements Garden/音楽制作:ブシロードミュージック/アニメーションプロデューサー:松浦裕暁保住昇汰/アニメーション制作:サンジゲン

【キャスト】
三角初華/ドロリス:佐々木李子/若葉睦/モーティス:渡瀬結月/八幡海鈴/ティモリス:岡田夢以/祐天寺にゃむ/アモーリス:米澤茜/豊川祥子/オブリビオニス:高尾奏音

【「#10 Odi et amo.」スタッフ】
脚本:晴日たに/絵コンテ:奥川尚弥/演出:古賀公一郎アニメーションキャラクターデザイン:茶之原拓也八森優香Shin Joseph/CGディレクター:古賀公一郎

 

この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

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商品情報

【Blu-ray】

 

【楽曲】

 

*1:「メガミマガジン」2025年4月号 Vol.299掲載の柿本広大監督のインタビューでもその辺りのことが言及されている。同誌p.30参照。

*2:ちなみにAve Mujicaがデビューライブを行った「G:Wave」は,『BanG Dream! Episode of Roselia』(2021年)でRoseliaが「Future World fes.」を行ったのと同じ会場である。

2025年 冬アニメOP・EDランキング[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品の内容に部分的に言及しています。未見の作品を先入観なしで鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

『BanG Dream! Ave Mujica』OPアニメーションより引用 ©︎BanG Dream! Project

今回の記事では,現在放送中の2025年冬アニメの中から特に優れたOP・EDを紹介する。タイトルの下にノンクレジット映像を引用してあるので,ぜひご覧になりながら記事をお読みいただきたい。なお,通常のランキング記事と同様,一定の水準に達した作品を取り上げる方針のため,ピックアップ数は毎回異なることをお断りしておく。

 

6位:『メダリスト』OP


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【コメント】
それぞれに暗い過去を抱えたいのりが偶然出会い,フィギュアスケートを舞台に前向きに生を生き直すというプロット。主人公2人の明と暗の両方にスポットライトを当てた,ストーリー仕立てのアニメーションだ。いのりと光が相対するカット(下図:2段目・中)や,いのりと司の視線が重なるカット(下図:2段目・右)など,人物の相関を要約した画作りも評価できる。ミケらサブキャラクターの紹介も的確。主題歌は,原作に惚れ込んだ米津玄師が自ら作曲を打診したという「BOW AND ARROW」。その疾走感のあるメロディは,フィギュアスケートの描写と非常にマッチしている。

『メダリスト』OPアニメーションより引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

【アニメーションスタッフ】
絵コンテ・演出:山本靖貴作画監督:田守優希

【主題歌】米津玄師「BOW AND ARROW」
作詞・作曲・編曲:米津玄師

 

5位:『メダリスト』ED


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【コメント】
OPとは打って変わって,いのりの可愛らしさを前面に押し出したアニメーション。いのりの“夢”がモチーフになっている。キャラは3頭身にデフォルメされ,高い明度と彩度の色彩に設計されている。“作戦”の名前に用いられるショートケーキやたい焼き,あえてのエビフライ,そしていのりの大好きなミミズなど,作中のアイテムの使い方が非常に上手い。ミケ=猫,絵馬=鳩,光=女王のアソシエーションを使ったキャラ紹介も面白い。本編ではと行うフィスト・バンプを,司が苦手なミミズとやるという,ちょっとした皮肉も効いている。ねぐせ。の主題歌「アタシのドレス」とのマッチングも文句なしだ。

『メダリスト』EDアニメーションより引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

【アニメーションスタッフ】
絵コンテ・演出:山本靖貴/作画監督:田守優希

【主題歌】ねぐせ。「アタシのドレス」
作詞・作曲:りょたち編曲:ねぐせ。川口圭太

 

4位:『わたしの幸せな結婚 第二期』ED


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【コメント】
伊東歌詞太郎「月影おくり」
のイメージに合わせ,「眠れぬ夜」の場面からアニメーションは始まる。しかし美世の表情はとても穏やかだ。清霞が帰宅したのだろうか,美世が俄かに立ち上がると画面は一気に明度と彩度を増し,2人の「幸せな」生活を次々と映し出していく。アニメーション用に調律された本編とは違い,水彩画のような淡い美しさを持った作画も印象深い。本編では強敵・甘水直と「異能心教」の登場により,物語に濃い暗雲が立ち込めているが,EDはそんな不穏な空気を祓うかのように,多幸感に満ちた描写で埋め尽くされる。

『わたしの幸せな結婚 第二期』EDアニメーションより引用 ©︎顎木あくみ・月岡月穂/KADOKAWA/「わたしの幸せな結婚」製作委員会

【アニメーションスタッフ】
絵コンテ・演出:秋竹斉一作画監督:高瀬丸

【主題歌】伊東歌詞太郎「月影おくり」
作詞・作曲:伊東歌詞太郎編曲:大歳祐介

 

3位:『BanG Dream! Ave Mujica』ED


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【コメント】
人形,化粧道具,仮面(初華/ドロリスのもの)などのプロップから始まるアニメーション。〈仮象〉をモチーフとする本作らしい導入だ。アニメーションは静止画のみだが,本編のキャラクターデザイナーも務めるShin Josephのイラスト画が極めて美麗。水彩風の儚げな絵が主題歌「Georgette Me, Georgette You」と連携しながら,しっとりとした悲壮感を醸し出している。Diggy-MO'の作詞にある「Georgette」という語が語法的にも難解だが,本来「薄地の絹」を表すこの語は,「白銀の糸」「もつれたまま」「煌めくドレス」「縛るもの」「締め付けて」などの歌詞と緩やかに関連しているようだ。アニメーションにはドレスを纏うカットも含まれる。このアソシエーションを部分的に引き継ぎつつ,後半では祥子/オブリビオニス=破壊睦/モーティス=解離にゃむ/アモーリス=呪縛海鈴/ティモリス=閉塞初華/ドロリス=欠望のイメージが列挙される。本作の本編を締めくくる映像表現として,まさに的確と言えるEDアニメーションだ。

『BanG Dream! Ave Mujica』EDアニメーションより引用 ©︎BanG Dream! Project

【アニメーションスタッフ】
絵コンテ・演出・イラスト・背景Shin Joseph

【主題歌】Ave Mujica「Georgette Me, Georgette You」
作詞:Diggy-MO'作曲:松坂康司SUPA LOVEDiggy-MO'/編曲:松坂康司

 

2位:『アオのハコ 第2クール』ED


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【コメント】
セカンドヒロイン・の心情に寄り添ったEDアニメーション。その色彩設計の妙に唸らされる。雛のトレードカラーのピンクとりんご飴の同系色から始まり,りんご飴と青空のコントラストへ。大喜との楽しい日々の回想を暖色中心の高明度な映像で描写しつつ,今度は雛と青空のコントラストへ。

『アオのハコ 第2クール』EDアニメーションより引用 ©︎三浦糀/集英社・「アオのハコ」製作委員会

そして大喜への想いは強く,同時に切ない。TOMOOの主題歌「コントラスト」の歌詞と見事な連携を見せつつ,雛は陽光に満ちた青空の下で朗らかに舞い,仄暗い照明の中で孤独に踊る。雛を形作る主線は,本編のそれと比べて太めに描画されており,彼女の確かな“実在”を感じさせもする。

『アオのハコ 第2クール』EDアニメーションより引用 ©︎三浦糀/集英社・「アオのハコ」製作委員会

雛への視聴者の感情移入が高まるにつれ,このEDの比重も高まっていくという作りだ。ヒロインの切ない心情を抽出・濃縮した見事なEDである。

【アニメーションスタッフ】
絵コンテ・演出・作画監督・編集・原画たなかまさあき/総作画監督:谷野美穂

【主題歌】TOMOO「コントラスト」
作詞・作曲:TOMOO/編曲:江口亮TOMOO

 

1位:『BanG Dream! Ave Mujica』OP


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【コメント】
何よりも主題歌「KiLLKiSS」の楽曲としての“強さ”だ。キャッチーなサビのフレーズ,ドラマチックなメロディ,疾走感のあるドラム。メタルバンド・アニメと銘打つ本作の主題歌として,これ以上ないというくらい強い存在感のある楽曲である。

『BanG Dream! Ave Mujica』OPアニメーションより引用 ©︎BanG Dream! Project

アニメーションは回転木馬のイメージ(上図:上)で始まる。しかしそこにあるのは木馬ではなく,彼女たちが座る椅子である。「 KiLLKiSS」のスピード感に合わせて高速回転するそれは,座する主人を失ったかのように,虚しく回転し続けている。タイトルバックの後,トランプの絵札となった彼女たちが姿を表す(上図:下)。〈素顔(?)〉と〈仮面(?)〉の二重性が示される。回転木馬とトランプ。どちらもAve Mujicaのゴシック調の世界観とマッチしている。

『BanG Dream! Ave Mujica』OPアニメーションより引用 ©︎BanG Dream! Project

赤字に黒のシルエットで示された彼女たちが,次々と入れ替わるシーン(上図:上)。シルエットだけでキャラクターがはっきりとわかる。本作のキャラクターデザインの妙が伺える。逆さ吊りになった睦/モーティス(?)の“ホラースマイル”が,転倒した三日月のように浮かぶ描写も面白い(上図:下)。

『BanG Dream! Ave Mujica』OPアニメーションより引用 ©︎BanG Dream! Project

普段,動くことのない祥子の人形(当然である)が,ここでは俄かに意志を持ったかのように目線を上げる(上図:上)。その一方で,初華の身体にはマリオネットのような細い糸が巻き付き,彼女は自らの意志とは関係なく腕を高く掲げてしまう。人形が人間へ,人間が人形へ。これが本作のライトモチーフであることは言うまでもない。

『BanG Dream! Ave Mujica』OPアニメーションより引用 ©︎BanG Dream! Project

〈狂気顔〉〈破壊〉のイメージ。いかにも本作らしい描写だ。第8話のレビューでも触れたが,この作品は美の中に歪みや亀裂を発生させる描写が多い。『Ave Mujica』ならではの“美学”というところだろうか。ちなみにこのOPでは,祥子だけこうした描写がないことにも注目しておこう。

『BanG Dream! Ave Mujica』OPアニメーションより引用 ©︎BanG Dream! Project

回転木馬の中で初華と祥子が相対する。穏やかな微笑みを浮かべた祥子は,やがて忽然と姿を消してしまう。その場に崩れ落ちる初華。第9話で示された,祥子に対する初華の執着を思わせる描写だ。

『BanG Dream! Ave Mujica』OPアニメーションより引用 ©︎BanG Dream! Project

恍惚とした表情でギターを奏でる彼女は,睦なのか,それともモーティスなのか。彼女のペルソナの二重性はどう決着するのか。ラストカットが初華のアップと彼女の仮面なのは,彼女がバンドのフロントだからなのか,それとも物語上のキーパーソンだからか。いよいよ迎える物語の最終局面で,これらの描写の謎が明らかになるかもしれない。

【アニメーションスタッフ】
演出・コンテ;梅津朋美エディッツ/CGディレクター:遠藤求/総作画監督:茶之原拓也

【主題歌】 Ave Mujica「KiLLKiSS」
作詞:Diggy-MO'/作曲:長谷川大介SUPA LOVE),Diggy-MO'/編曲:長谷川大介(SUPA LOVE)

 

以上,当ブログが注目した2025年冬アニメOP・ED6作品を挙げた。今年の冬アニメもすでに終盤に差しかかっているが,今後の鑑賞の参考にしていただければ幸いである。

 

 

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TVアニメ『BanG Dream! Ave Mujica』(2025年冬)第8話の脚本と演出について[考察・感想]

*この記事は『Bang Dream! Ave Mujica』「#8 Belua multorum es capitums.」のネタバレを含みます。

「#8 Belua multorum es capitums.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

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柿本広大監督『BanG Dream! Ave Mujica』各話レビュー第2弾として,今回は「#8 Belua multorum es capitums.」を取り上げる。モーティスと母・森みなみの口から,若葉睦「多頭の怪物」であったことが明かされる。八幡海鈴は取り繕い,祐天寺にゃむは媚びる。〈仮面=ペルソナ〉〈人形〉というモチーフのアソシエーションが改めて示された,『Ave Mujica』らしい名話数である。脚本は後藤みどり,絵コンテ・演出は森田紘吏。その技を詳しく観ていこう。

 

Mors an Via?

アヴァン,“モーティス”が漆黒の海に沈んでいく。

「#8 Belua multorum es capitums.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

彼女の目前には,前話「#7 Post nubila Phoebus.」で描かれたCRYCHIC再結成の様子が走馬灯のように浮かび上がる。映画のような回想と沈みゆく“モーティス”との関係性,色彩,“モーティス”の表情作画など,多くの点でたいへん優れたシーンである。オルゴールの劇伴なども相まって,アンデルセン作『人魚姫』の最期のように儚い美しさも感じられる。

“睦”の幸せそうな姿を見ながら,“モーティス”は「消える…消えたくない」と呟く。しかし八幡海鈴がAve Mujica再結成を持ちかける場面になるや,その呟きは「死にたくない!」という絶叫に変わる。あたかも己のモーティス=死という存在意義を自己否定し,“生きんとする意志”を持ってしまったかのように。はたしてその意志は誰のものなのか。それは「本物」の意志なのか。

 

多頭の怪物

Aパート,“睦”豊川祥子が仲睦まじく勉強をしている。“睦”の部屋は,CRYCHIC再結成による和解を象徴するかのように,すべてが美しい秩序を取り戻したかに見える。穏やかな外光を取り込んだ室内は,まるで2人だけの楽園のように静謐に輝いている。

上「#8 Belua multorum es capitums.」より引用/下「#7 Post nubila Phoebus.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

しかしよく見ると,室内のドレッサーの鏡が割れている(上図:上・中)。前話で“モーティス”が鏡に映る“睦”に本を投げつけたことによるものだ(上図:下)。それがいまだに残っているのは,“睦”との対話を拒み続ける“モーティス”の意志の表れだろうか。いずれにせよ,それはこの世界に消えぬまま残る不吉な亀裂の暗示のように見える。

1〜3枚目 OPアニメーションより引用/4枚目「#6 Animum reges.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

OPアニメーションの“狂気顔”(上図:1〜3枚目)や「#6 Animum reges.」の“睦”の表情作画(上図:4枚目)などにも見られるように,『Ave Mujica』には,秩序立った美の中に歪みや亀裂を発生させる演出が多い。睦の部屋の割れた鏡はほんの数秒のカットだが,この世界観を補強するのに十分な存在感だ。

“睦”と祥子に戻ろう。2人は“睦”の誘いでカラオケ店に向かう。祥子はCRYCHIC時代,メンバーとカラオケに来たこと(『It's MyGo』「#3 CRYCHIC」)を思い出す。

「#8 Belua multorum es capitums.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

祥子が手にしたデンモクの履歴画面を,Ave Mujicaの楽曲が埋め尽くす。“睦”はそれを打ち消すかのようにパネルを操作し,Pastel*Palettesの「もういちど ルミナス」を歌い始める。

祥子の脳裏に再びCRYCHIC時代の思い出が蘇る。しかし,あの時の睦が溌剌と歌い,笑顔すら見せていたのに対し,今の“睦”の顔は表情を欠いているように見える。まるで「人形」のように。

そして「もう一回,祥とCRYCHICやりたい」というセリフをきっかけに,“睦”のペルソナが唐突に“モーティス”のペルソナへと交代する。

「#8 Belua multorum es capitums.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

楽しかったカラオケの室内が,一気に“モーティス”モードへと切り替わる(上図:左)。照明の変化などはないのだが,カラオケ室内のモニターからの光が濃い影を作り出しており,この場面の不穏な雰囲気にマッチしている。その後,室内は完全に“睦/モーティスの部屋”へと切り替わる。“モーティス”の衣装もAve Mujica仕様になり,カラオケのモニターは例のブラウン管テレビに変化する(上図:右)。カラオケの部屋という狭小空間と照明を効果的に利用した,実に巧みな演出である。“モーティス”だけがあたかも「人間」のように生き生きと動き回り,“睦”と祥子が「人形」のように身動きをしなくなるというアイロニーも面白い。

この場面では,“モーティス”の「睦ちゃんなんて,最初からいないよ?」という謎めいた言葉と共に,“睦/モーティス”のペルソナがすべて「演技」であったことが明かされる。

「#8 Belua multorum es capitums.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

飾られた人形のようにおとなしい“睦”,社交性のある芸能人の娘としての“睦”,お受験用の“睦”,そして祥子用の“睦”。どのペルソナもすべて彼女の演技によって生み出されたものだった。この場面は睦&祥子とにゃむ&森みなみの場面のカットバックで演出されており,「#3 Quid faciam?」「#5 Facta fugis, facienda petis.」におけるにゃむの直感(“睦”の演技力に圧倒され,舞台出演のオファーを断る)が証明された格好にもなっている。

ここでのポイントは,祥子を含め誰もが(おそらく視聴者も)念頭に置いていたであろう,“睦=真/モーティス=偽”という序列的人格構造が単なる思い込みであり,実際はすべてのペルソナが等価的に“睦”という人物を構成していたという事実である。いや,構成している主体すら存在せず,彼女にとっては生きることそのものが演技である。大女優の森みなみすら圧倒する,純度100%の演技力。

“睦”には表も裏もない。“睦”という存在には,いわば表面=仮面しかない。仮面そのものが実在であるような,中身のない〈人形〉としての“睦”(この記事で“睦”と“モーティス”を引用ふに入れたのはそのためである)。その中の1つのペルソナが,ギターと出会うことで“睦ちゃん”という特権的な権能を与えられていた。だとすれば,今後のAve Mujicaとしての物語において重要な要素の1つとなるのは,“睦”のギターということになるのだろう(後述する通り,それを見抜いたのが海鈴である)。

ちなみに,すでにSNS等で指摘されていることだが,カラオケのシーンで“睦”が歌うPastel*Palettes「もういちど ルミナス」のMVには,メンバーがフィギュアのようにブリスターにパッケージングされるシーンがある。〈人形〉としての“睦”が歌う歌として意味深長である。


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物語が終盤に向かう中で明かされた,「彼女たち」という“睦”の複数性と空虚な在り方。それは凄まじいとすら言えるキャラクター造形であり,“睦”が『Ave Mujica』という作品の中でも特異な存在であることは間違いない。しかし「多頭の怪物」は,はたして“睦”だけなのか。

 

八方美人とマルチ媚び

八幡海鈴はとても「綺麗な顔」(「#1 Sub rosa.」のにゃむち談)をしている。しかしその美貌は,どうやら彼女が並々ならぬ努力をして作り上げたもののようだ。

「#8 Belua multorum es capitums.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

毎日決まった時間にサプリメントを摂取し,おそらくはそれなりのトレーニングもしているのだろう。油断をすればその美貌が容易に消え失せるであろうことを,スマホに写る母の姿が残酷に暗示する。「#4 Acta est fabula.」における「私,食べても太らないので」というセリフの欺瞞が明かされる。4話越しの“伏線回収”というわけだ。

海鈴はバンド解散=収入減のリスクヘッジとして,複数のバンドを掛け持ちしている。文字通り“八方美人”の体で,それぞれのバンドで卒なく小器用に振る舞っているようだ。しかし1つのバンドに責任を持ってコミットしないためか,彼女は周囲から心からの信頼を得ることがない。彼女の八方美人もまた,空虚な「多頭」という実存の在り方を物語っている。

「#8 Belua multorum es capitums.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

しかしこの話数の海鈴は,これまでの完璧美人とは少々違う一面を見せた。睦と祥子に振られたショックで衝動買いをしてウィングガンダム化したかと思えば,ジンジャーエールをやけ飲して昔語りをする。そして調和のとれた美貌がゲップ寸前の表情で乱される。これも『Ave Mujica』らしい美意識と言えようか。

一方の祐天寺にゃむは「媚び」ている。彼女も海鈴と同様,Ave Mujicaという1つの場所に定住するよりは,「マルチタレント」としての自分にアイデンティティを感じている。

「#8 Belua multorum es capitums.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

アパレルとコラボし,舞台のオーディションも気にかけ,海鈴のAve Mujica再結成の誘いにも薮さかではない。彼女の生き方もやはり「多頭」的である。

さてその海鈴は,「多頭」としての生き方を改めつもりなのか,Ave Mujicaという“定住地”を作ろうとしている。その手始めとして,キーパーソンである“睦/モーティス”*1 を取り込もうとする。海鈴は“睦/モーティス”にギターを握らせ,「本物」の真似をすることで「本物」になるよう促す。はたして“睦/モーティス”は「本物」として,「人間」として生きることができるのか。

「#8 Belua multorum es capitums.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

しかしこの話数の最後に流れるナレーションは,そんな海鈴の企みの致命的な欠陥を突くように,こう締めくくる。

いくら飾り立てたとしても,本物にはなれない。人形は所詮,人形なのだから。

「人形」とは誰のことなのか。“睦/モーティス”なのか,海鈴なのか,にゃむなのか。あるいは祥子なのか。はたまたAve Mujicaに関わる者すべてなのか。ひとまず,「人形は所詮,人形なのだから」というセリフのタイミングで画面に映るのが,三角初華の姿だということを覚えておこう。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど

【スタッフ】
原作:ブシロード/監督:柿本広大/シリーズ構成:綾奈ゆにこ/脚本:綾奈ゆにこ後藤みどり小川ひとみ和場明子晴日たに/キャラクター原案:ひと和植田和幸/キャラクターデザイン:信澤収もちぷよ/アニメーションキャラクターデザイン:茶之原拓也八森優香Shin Joseph/CGスーパーバイザー:奥川尚弥/モデリングディレクター:武内泰久寺林寛/リギングディレクター:矢代奈津子柏木亨/色彩設計:北川順子石橋名結松下由佳/撮影監督:奥村大輔/美術監督:山根左帆対馬里紗/美術設定:成田偉保/編集:日髙初美/音響監督:柿本広大/音楽:藤田淳平Elements Garden),藤間仁Elements Garden/音楽制作:ブシロードミュージック/アニメーションプロデューサー:松浦裕暁保住昇汰/アニメーション制作:サンジゲン

【キャスト】
三角初華/ドロリス:佐々木李子/若葉睦/モーティス:渡瀬結月/八幡海鈴/ティモリス:岡田夢以/祐天寺にゃむ/アモーリス:米澤茜/豊川祥子/オブリビオニス:高尾奏音

【「#8 Belua multorum es capitums.」スタッフ
脚本:後藤みどり/絵コンテ・演出:森田紘吏アニメーションキャラクターデザイン:茶之原拓也八森優香Shin Joseph/CGディレクター:山之口創

 

この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

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*1:実はカラオケ店のシーンで,“睦”が“モーティス”を襲うような場面があるため,ここでの彼女が“睦”なのか“モーティス”なのか判然としないところがある。

2025年 冬アニメ 中間評価[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品の現時点までの話数の内容に言及しています。未見の作品を先入観のない状態で鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

 

猛烈な寒波の合間に日差しの温もりが感じられるようになった今日この頃,2025年冬アニメも早くも後半の話数に差し掛かり始めている。今回の記事では,当ブログ独自の観点から2025年冬アニメ注目の作品を振り返りたい。これまで通り五十音順に(ランキングではないことに注意)注目作品をいくつか取り上げよう。

なお「2025年 冬アニメは何を観る?」の記事でピックアップした作品は,タイトルを水色にしてある。

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1.『悪役令嬢転生おじさん』

tensei-ojisan.com

【コメント】
おじさん→悪役令嬢という転生モチーフそのものに目新しいものはないが,おじさんの人柄によって悪役令嬢が悪役でなくなってしまうというキャラの妙味が面白い。また転生モノには珍しく,現実世界の家族が転生者に積極的に関わる設定にも新鮮味がある。さほど動かすアニメではないものの,作画に安定感があってたいへん観やすいアニメでもある。これまで凡百の異世界転生ものが生み出されてきたわけだが,昨今ではオーディエンスを飽きさせない叙述上の工夫がなされているものも多く見られるようになった。本作も高い評価を受ける作品となるだろう。

 

2.『沖縄で好きになった子が方言すぎてツラすぎる』

okitsura.com

【コメント】
まったくもってタイトル通りの作品なのだが,その天真爛漫さ故にヒロインというよりは沖縄の“精霊”のような飛夏(ひーなー)と,主人公・照秋(てーるー)に密かに心寄せるという意味で真のヒロインたる夏菜(かーなー)のキャラの取り合わせが面白い。存在感の強い主線や濃い影などによって沖縄らしい強い陽光を表現しており,画作りにおいても面白い描写が見られる。また,多少の誇張はあるだろうが,“観光地”としての沖縄ではなく“生活圏”としての沖縄を知ることができるという意味で,文化的価値の高い作品とも言えるのではないだろうか。

 

3.『俺だけレベルアップな件 Season2』

sololeveling-anime.net

【コメント】
主人公・水篠旬の身体能力が上がるほどにスタイリッシュになるアクション3D空間の描写もダイナミックで,とても見応えのある作画だ。特に第18話のハイオーク戦などは,広めのダンジョン空間を活かした迫力あるアクション作画が披露され,『俺レベ』らしい話数に仕上がっていた。この世界の謎にまつわる情報が徐々に開示され,物語面でも惹きつける要素が多い。韓国発の作品として,大きな成功を収める作品となりそうだ。

 

4.『薬屋のひとりごと 第2期』

kusuriyanohitorigoto.jp

【コメント】
安定の作画と安定の面白さ。
それだけに,却って1期第4話のような“サプライズ”を期待してしまうのだが(下の記事を参照),今期は安定感を追求する演出方針なのかもしれない。猫猫壬氏の活躍・関係性を中心に,玉葉やぶ医者小蘭らのキャラの妙味を楽しむ作品であるだけに,一定の安定感が要求される作品であることは確かだ。とはいえ,本作は長期展開になることが予想されるため,どこかでアニメ作品ならではの“弾けた”演出が観られることを期待したい。

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5.『全修。』(オリジナル)

zenshu-anime.com

【コメント】
第2話の“板野サーカス”の召喚を筆頭に,サプライズ演出と先の読めない展開でアニメファンの界隈を賑わせている秀作。オリジナルとしての強みを大いに活かした作品と言えるだろう。一方で,サプライズだけに頼るのではなく,ストーリーをしっかりと作り込んでいるのも好印象だ。特に第6話におけるナツ子の“成長”,それを受けての第7話の回想など,終盤に向けて動き出す物語に期待が持てる。今期のオリジナル作品の中でも有望株と言えそうだ。

 

6.『チ。-地球の運動について-』 

anime-chi.jp

【コメント】
オクジーバデーニが死に,ヨレンタが死に,地動説という「知」の遺伝子は移動民族の少女・ドゥラカへと受け継がれた。“個”という限られた命が,文字通り命を犠牲にしながら紡ぎ出すhi/story=歴史/物語。『チ。』という作品は,史実のカリカチュアでありながら,歴史というものの本質的な価値とその残酷な有り様をリアルに描き出している。アニメでは,キャラクター一人ひとりに生きた芝居が付けられ,声優たちの優れた演技が乗せられることにより,“個”の物語はまさにanimate=生命を吹き込まれた。物語はいよいよ終盤に入る。最後まで見届けよう。

 

7.『Bang Dream! Ave Mujica』

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【コメント】
激しく曲折する物語,強烈なキャラ,キャラ同士が紡ぐ複雑な相関図,乱高下する感情値,そして楽曲の強い存在感。どれを取っても『Bang Dream!』 史上,いやガールズバンドアニメ史上,最高ーーあるいは“最狂”ーー傑作と言ってよい完成度だ。とくに第6話における若葉睦/モーティスの“対話劇”と“階段落ち”は,本作に相応しい狂気と演劇性を備えた,極めて優れたシーンに仕上がっていた。第7話では,豊川祥子高松燈らがCRYCHICとして“和解”したわけだが,『Ave Mujica』という作品がそう易々とカタルシスを提供してくれるとは思えない。さて後半の話数はどう狂い咲くか。www.otalog.jp

 

8.『メダリスト』

medalist-pr.com

【コメント】
フィギュアスケートを舞台に,結束いのりを中心とした“子どもの想い”と明浦路司を中心とした“大人の願い”が寄り添う様を描いた傑作。アニメではいくつかのオリジナル描写を挿入することでアニメ作品として観やすく再構成しているが,原作の熱量や感動は忠実に再現している。スケートシーンの3DCG描画もクオリティが高く,それ自体が本作の“見せ場”となり得ていると言えるだろう。第5話などは,レンズによる空間描写やカメラワークに変化をつけることで三家田涼佳(ミケ)と狼嵜光の技量の差を強調するなど,なかなかに芸が細かい。SNS等での話題性も高く,後半の話数も楽しみな作品だ。

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9.『もめんたりー・リリィ』(オリジナル)

sh-anime.shochiku.co.jp

【コメント】
各キャラクターの癖の強い口癖や脈絡のない「割烹」など,ややもすると視聴者を置いてけぼりにしかねないほど異様なテンションを持ったオリジナルアニメだ。しかしそれだけに,GoHands/鈴木信吾の個性が強力に打ち出されたユニークな作品でもある。アクションシーンを中心とした派手な演出やきつめのパースなど,作画・美術面での見どころも多い。また,河津ゆりという“死者”=非存在を中心に各キャラクターの行動が方向づけられるなど,物語面でも目を引く要素があり,深いテーマ性を予感させる。オリジナル作品だけに先が読めないが,後半の話数にも期待しよう。

 

10.『わたしの幸せな結婚 第二期』

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【コメント】
第一期に引き続き,毎話繊細で美しい作画・演出を披露している良作。第二期では,斎森美世の親友となる陣之内薫子が登場した一方で,甘水直という最大の強敵が彼女の前に立ちはだかる。明と暗が交代しながら展開していく物語の中で,美世は徐々に主体的な生を生きる心の強さを得ているように見える。過酷な運命の渦中で,美世と久堂清霞の「幸せな結婚」はどのような顛末を迎えるのか。

 

以上,「アニ録ブログ」が注目する2025年冬アニメ10作品を挙げた。

今回期待のオリジナル作品としてピックアップしたのは『全修。』『もめんたりー・リリィ』の2作品のみだが,どちらも強い個性を持った見応えのある作品だ。特に『もめんたりー・リリィ』は,先述の通り視聴者を置いてけぼりにせんばかりの独自路線を行っているが,それだけに制作会社のカラーが強く出ており,とても興味深い作品である。

そして今期はとりわけ『Ave Mujica』の存在が際立つ。『Bang Dream!』プロジェクトの一作ではあるが,ほぼオリジナル作品と言ってもいいだろう。予測のできない展開やキャラの強度など,ガールズバンド作品の中でも異彩を放っている。当ブログではあまりピックアップすることのないジャンルだが,本作に限っては,最終話まできっちりと追っていきたい。

 

最終的なランキング記事は,全作品の放映終了後に掲載する予定である。

 

TVアニメ『BanG Dream! Ave Mujica』(2025年冬)第6話の脚本と演出について[考察・感想]

*この記事は『BanG Dream! Ave Mujica』「#6 Animum reges.」のネタバレを含みます。

「#6 Animum reges.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

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近年のガールズバンドジャンルの中でも一際異彩を放つ,柿本広大監督『BanG Dream! Ave Mujica』。「史上最狂のバンドアニメ」の謳い文句通り,放映当初から鮮烈かつ激烈な話数を次々と繰り出している。今回の記事では「#6 Animum reges.」を取り上げる。“あなたは心を支配する”と題されたこの話数では,〈ペルソナ〉〈演劇性〉というコアモチーフを軸に,若葉睦/モーティスのエピソードを印象深く描き出している。脚本は和場明子,絵コンテは奥川尚弥,演出は古賀公一郎である。その狂気の演出術を詳しく見ていこう。

 

上履きという“善意”,その違和

バンドをやれば幸せになれるとでも仰りたいんですの?だとすれば,思い違いも甚だしいですわ。

高松燈が心から絞り出した「祥ちゃん,バンドやろう!」という叫びに,豊川祥子はこう言い放つ。この言葉をメタレベルで解釈するなら,ガールズバンド史上最高の鬱アニメ『Ave Mujica』という作品の性質をこれ以上に的確に言い表したものはない。

「#6 Animum reges.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

これまで多くのガールズバンド作品では,バンド=多幸感という等式が多かれ少なかれ成立していた。しかしヒロインの不遇と怨嗟を発端とする本作においては,「幸せ」という言葉が綺麗に収納される空間はもはや存在しない。否,「言ったでしょう。残りの人生,私にくださいと」(「#1 Sub rosa.」での祥子のセリフ)と語っていた際の祥子は,燈の「一生バンドを続ける」という想いとは同調していたのかもしれない。しかしそのバンドという縁すら唐突な解散劇によって否定されてしまった今,燈の「祥ちゃんは幸せ?」というナイーブな問いに打ち響く心の琴線は,祥子から,そしてこの作品そのものからほぼ完全に失われている。

前作『It's MyGO!!!!!』であれば,「幸せ」という言葉も“心の叫び”としてそれなりの居場所 ーーライブであれ抹茶であれ“ゆべし”であれーー を得ていたはずだ。しかし『Ave Mujica』においては,それは血の池の傍にあつらえられたお花畑のようにむず痒い違和感を放つ。ちょうど燈が前話から履き続けている上履きのように。上履きの“屋内を汚さない”という良心的配慮は,無論,屋外ではまったく意味を成さない。まして欧米的土足文化に馴染んだ豊川家では,それは“無用な善意”に他ならない。その意味で,上履きを履きながら「幸せ」をナイーブに説く燈の姿は,己の“場違いな存在”を二重に露呈してしまっている。燈は『Ave Mujica』的世界観においては“違和”そのものなのだ。

ガールズバンドというジャンルが持つ多幸感,キラキラ感,肯定感の否定。ガールズバンドそのものによるガールズバンド的価値観の否定。これこそ,『Ave Mujica』が『BanG Dream!』史上ーー否,ガールズバンド史上と言っていいだろうーー「最狂」のアニメたる所以である。

 

ペルソナの告白

そしてその狂気の世界観において一際強い存在感を放つのが,若葉睦/モーティスというキャラ(クター)である。

睦は祥子の生み出したAve Mujicaの世界観を演じるにあたって,「モーティス(Mortis: 死)」という人格(ペルソナ)を与えられていた。それを象徴するのが仮面(ペルソナ)であることは言うまでもない。「#1 Sub rosa.」では,祐天寺にゃむの奸計によってその仮面が剥がされてしまうのだが,睦の「モーティス」というペルソナはそれで消え去ったわけではなかった。

「#1 Sub rosa.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

注目すべきは,モーティスの仮面の面積である。おそらく祥子が睦に配慮したのだろう,モーティスの仮面は他のメンバーよりも顔を覆う面積が大きい。有名人の娘として公に晒されることを嫌う彼女は,自らを隠蔽する仮面/ペルソナを誰よりも欲していたはずだ。彼女は己の素性を隠匿する仮面によって,かろうじて守られていたのだ。しかし物理的な保護防壁を失った今,彼女は別の手段で自らを隠匿しなければならない。結果,睦は「モーティス」の人格を内面化していく。

「#3 Quid faciam?」より引用 ©︎BanG Dream! Project

「#3 Quid faciam?」では,祥子との摩擦とMujica崩壊によって「モーティス」の人格が肥大化し,睦のそれを飲み込んでしまう。モーティスは睦に永遠の眠り=死を宣告する。モーティスの人格が徐々に顕在化する。

ちなみに,仮面(ペルソナ)を身につけることによって別の人格(ペルソナ)が姿を現すというモチーフは,『仮面ライダーシリーズ』(1971年-)の一部の作品や,映画『マスク』(1994年),ゲーム『ペルソナシリーズ』(1996年-)など枚挙に暇がない。*1 『Ave Mujica』は,この仮面=人格という伝統的モチーフをガールズバンドのジャンルに導入したという点で画期的であり,また睦/モーティスというキャラ(クター)造形は,先述したガールズバンド的価値観の否定を象徴していると言える。

さてそのモーティスは,こともあろうに,どちらかと言えば不仲のはずの長崎そよを三日三晩自室に「軟禁」し,自分の中の睦を“起こす”よう懇願する。仲良し同士ではなく,敢えて不仲の2人をペアリング(それも三日三晩)する辺り,いかにも『Ave Mujica』らしい筋立てである。『It's MyGO!!!!!』では,燈を中心に人と人との“引力”が機能していたと言えるが,『Ave Mujica』では,むしろ人と人との“斥力”が物語を駆動する。

「#6 Animum reges.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

祥子への不満を零しながら,絵本の表紙を赤いクレヨンで打ち消そうとするモーティス。そのタイトル「いじわるな青い魔女」は,彼女の中では祥子のことに他ならない。この場面で劇伴として使われている穏やかなピアノ曲は,モーティスの狂気を却って際立たせている。場面の雰囲気とは真逆の曲調の劇伴を使用する手法はよく見られるが,ここでも絶大な効果を示していると言ってよい。場面と劇伴との違和が,モーティス(睦)とそよとの不和に対応している。

 

“階段堕ち”

そよの「みんなとギターを弾いてみるのはどうですか?」という提案を受け,RiNGに向かうモーティス。そこで彼女は,自分の人格の二重性を直観的に見抜く要楽奈と出会い,強く惹かれるーーというよりも,“懐く”。

「#6 Animum reges.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

ギターに「歌」を歌わせることができる楽奈の才能に触れ,モーティスの中の睦が俄かに目覚め始める。

「#6 Animum reges.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

しかし,目覚めた睦とモーティスは,祥子との関わり方をめぐって激しく対立し始める。この際のモーティスの表情作画(上図下右)が絶妙だ。3DCGによる隙のない美少女作画が左右非対称に歪んだ時,そこに生じる美醜の違和に肌が粟立つような怖気を覚える。これぞ『Ave Mujica』の作画だ。

これまで内面に伏在していた睦とモーティスの対立は,今や目に見える形で身体表面に顕在化する。“一人対話”に没頭した睦/モーティスは,RiNGの大階段で足を踏み外して転げ落ちる(下図左)。

左「#6 Animum reges.」より引用/右『Bang Dream! It's MyGO!!!!!』「#10 ずっと迷子」より引用/©︎BanG Dream! Project

この“階段落ち”のシーンは,本作における〈急落〉の象徴的描写と解釈できるだろう。バンドの解散,祥子の没落,そして睦の人格解離。『Ave Mujica』における数々のダウナー要素をこれほどまで簡潔に要約したシーンはない。

ちなみに前作『It's MyGO!!!!!』「#10 ずっと迷子」には,階段から落ちそうになる燈を三角初華が救うシーンがある(上図右)。『It's MyGO!!!!!』の世界観に住まう燈は,『Ave Mujica』的な〈急落〉の命運から免れているのだ。しかし『Ave Mujica』的命運に支配された睦は,図らずも〈急落〉という現象を身をもって体現してしまう。その意味でも,睦/モーティスは『Ave Mujica』という作品の象徴的存在であると言える。

ところで“階段落ち”と言えば,『戦艦ポチョムキン』(1925年),そのオマージュとしての『アンタッチャブル』(1987年),『ジョーカー』(2019年)など,多くの作品で用いられる伝統的演出だが,なかでも,つかこうへい作・演出の戯曲『蒲田行進曲』(初演:1980年/深作欣二監督の映画版:1982年)が有名だろう。「新撰組」の撮影現場を舞台とした本作では,終盤の「池田屋事件」の場面で,大部屋役者のヤスが“階段落ち”を敢行するシーンが登場する。見栄えや壮絶さの点で,極めて演劇性の高い演出である。

「#6 Animum reges.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

さて,我らが睦/モーティスの場面に戻ろう。“階段落ち”のシーンを挟み,2つのペルソナの奇妙な“対話劇”が披露される。目まぐるしく交代するペルソナ,それを切り返しで把捉するカメラ(上図左)。アオリ気味の構図は斜めにとられ,睦の内的均衡が喪失されていることを暗示している。

睦/モーティスの対話は衆目に晒されるも,それはAve Mujicaの復活を願う人々によって“パフォーマンス”と解釈される(上図右)。“階段落ち”と“対話”の演出そのものが演劇的であると同時に,それが劇中で“劇”として認識されるわけだ。この意味でも,睦/モーティスは,ガールズバンドに演劇パフォーマンスを導入したAve Mujicaの世界観を体現していると言ってよい(一種の“劇中劇”という二重構造をとっている点において,先述の『蒲田行進曲』とも構造が類似している)。

「#6 Animum reges.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

結局,モーティスは「嫌なもの」(ぬいぐるみの類らしい)をぶつけて睦を再び閉じ込めてしまう。モーティスを甲斐甲斐しく世話するそよ。姉妹,あるいは母娘のようなその様子からは,かつて2人の間にあった不和は感じられない。睦とは不仲のそよも,モーティスとは通じ合うということなのかもしれない。

一方,学校の教室で睦/モーティスの“狂演”を知った祥子は,自分が彼女を壊してしまったという自責の念に駆られて懊悩する。その時,階段の上から燈と千早愛音に呼び止められる。

「#6 Animum reges.」より引用 ©︎BanG Dream! Project

階段を挟み,燈と愛音は上に,祥子が下に位置している。この位置関係は,そのままIt's MyGoとAve Mujicaの命運に対応している。象徴的なカットだ。

この時,祥子はCRYCHIC,Ave Mujica,さらには睦のことをすべて「知りませんわ」と言って否定する。彼女は再びオブリビオニス=忘却の仮面を身にまとう。はたして,祥子のペルソナは同一性を保ち続けることができるのか。それとも睦/モーティスのように解離してしまうのだろうか。

Ave Mujicaはこのまま堕ち続けるのか。“斥力”が“引力”に反転する時は来るのか。そこに「幸せ」という言葉が入り込む余地は生まれるのだろうか。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど

【スタッフ】
原作:ブシロード/監督:柿本広大/シリーズ構成:綾奈ゆにこ/脚本:綾奈ゆにこ後藤みどり小川ひとみ和場明子晴日たに/キャラクター原案:ひと和植田和幸/キャラクターデザイン:信澤収もちぷよ/アニメーションキャラクターデザイン:茶之原拓也八森優香Shin Joseph/CGスーパーバイザー:奥川尚弥/モデリングディレクター:武内泰久寺林寛/リギングディレクター:矢代奈津子柏木亨/色彩設計:北川順子石橋名結松下由佳/撮影監督:奥村大輔/美術監督:山根左帆対馬里紗/美術設定:成田偉保/編集:日髙初美/音響監督:柿本広大/音楽:藤田淳平Elements Garden),藤間仁Elements Garden/音楽制作:ブシロードミュージック/アニメーションプロデューサー:松浦裕暁保住昇汰/アニメーション制作:サンジゲン

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三角初華/ドロリス:佐々木李子/若葉睦/モーティス:渡瀬結月/八幡海鈴/ティモリス:岡田夢以/祐天寺にゃむ/アモーリス:米澤茜/豊川祥子/オブリビオニス:高尾奏音

【「#6 Animum reges.」スタッフ
脚本:和場明子/絵コンテ:奥川尚弥/アニメーションキャラクターデザイン:茶之原拓也八森優香Shin Joseph/CGディレクター・演出:古賀公一郎

 

この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

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*1:別人格の解離という点では,フョードル・ドストエフスキー『二重人格』(1846年)やロバート・ルイス・スティーヴンソン『ジキル博士とハイド氏』(1886年)などの古典文学作品がこれらに先行する。

TVアニメ『メダリスト』(2025年冬)第5話の脚本と演出について[考察・感想]

*この記事は『メダリスト』「score05 名港杯 初級女子FS(後)」のネタバレを含みます。

「score05 名港杯 初級女子FS(後)」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

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つるまいかだ原作/山本靖貴監督『メダリスト』各話レビュー第2弾として,今回は「score05 名港杯 初級女子FS(後)を取り上げる。ミケの〈キャラ〉と〈キャラクター〉を掘り下げつつ,ミケと光の演技のカメラワークに大きな差をつけ,光の圧倒的な力量を見せつける。主人公いのりのシーンは少ないものの,サブキャラクターの魅力をたっぷり伝えた優れた話数である。脚本は花田十輝,絵コンテは上原秀明,演出は福元しんいち。その技を詳しく見ていこう。

 

ミケの〈キャラ(クター)〉

ミケこと三家田涼佳のキャラは,紛れもなく“猫”だ。髪型は猫耳状,コスチュームのグローブには肉球らしきデザイン,振り付けにも猫要素を取り入れ,万人を「可愛い」と思わせるルックスだ。三河弁と「オレ」という一人称もキャラのアクセントとして効いている。この現在のミケのキャラを〈ミケ猫〉時代と呼んでおこう。

「score05 名港杯 初級女子FS(後)」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

しかしミケは最初から〈ミケ猫〉だったわけではない。もっと幼い頃は,まるで野生児のような性格ー原作者のつるまによれば「黒猫」*1 ーだったのだ。原作マンガでは小さなコマで示されているこの〈黒猫〉時代のミケを,アニメでは1つのエピソードとして取り上げている。

「score05 名港杯 初級女子FS(後)」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

粗暴な振る舞いから大人を味方につけることができず,すべてを自分独りで解決しようとしてきたミケ。結果,周囲の人間を遠ざけてしまい,せっかく友達になったいのりとの関係にも致命的な罅が入る。

「score05 名港杯 初級女子FS(後)」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

ミケは演技中の連続ジャンプ失敗をきっかけに,この性格を打ち消したいという願望に駆られる。自分の中の〈黒猫〉すべてをリセットし,いわば〈白猫〉になろうとする。その結果彼女が犯したのが,連続ジャンプのやり直しという愚行だった。

「score05 名港杯 初級女子FS(後)」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

しかしコーチのナッチンこと那智鞠織は,ミケが自己否定しようとした〈黒猫〉を「アンタの長所だ」と言って全肯定する(ここではミケとナッチンの出会いのシーンがアニオリとして挿入されている)。彼女はミケの「芯のある生意気な奴」という性格を「個性」として評価するのだ。この後登場するいのりの「私,ミケちゃんが話しかけてくれて,一緒に練習してた時すごく楽しかったの」というセリフも,ミケにとって深い肯定感をもたらすものだっただろう。

ミケの自己否定から〈ミケ猫〉というキャラクターの再肯定へ。ここまで,アニメではたっぷり尺を使いとても感動的なシーンに仕上げている。主人公のライバルであるミケのキャラクターもおざなりせず,きちんと掘り下げる。それによって,いのりとの関係性にも機微が生まれ,結果として人物相関が豊かになる。本話数におけるミケのエピソードは,登場人物の多い本作の演出方針の核心を垣間見せたと言ってよいだろう。

ちなみに『メダリスト公式ファンブック』には,ミケとナッチンが最初に出会う場面の「未発表ネーム」が収録されている。大変面白いエピソードなので,原作と併せてご覧になることをお勧めする。

『メダリスト公式ファンブック』,pp.131-142,KODANSHA,2025年。

なお,当ブログ記事における〈キャラ〉と〈キャラクター〉の違いについては,以下の記事をご参照いただきたい。

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光の演技,踊るカメラ

しかしこの後登場する狼嵜光の演技は,そんなミケの経緯を余所に,残酷なまでに圧倒的な迫力を見せつける。

「score05 名港杯 初級女子FS(後)」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

光とミケの間には,演技だけではなく,2人の演技を写すカメラワークにもえげつないほどの差がつけられている。ミケの演技が標準レンズで描画されているのに対し,光のそれは広角寄りのレンズで描画されている。比較してみると,同じリンクとは思えないほど空間の広がりに差がつけられていることがわかる。

また光の演技では,カメラの動きもはるかにダイナミックだ。アオリの構図を多用して光の姿を大きく写し,その存在感を強調している。アオリ,フカン,アップの構図がリズミカルにスイッチし,カメラの振りも大きくスピード感がある。ミケのカメラがミケを対象化する“道具”だとすれば,光のそれは,光と共に演技する“共演者”のようだ。光とカメラの関係性そのものが美しいシーンである。「scene01」もそうだったが,制作会社ENGIの3DCG技術が遺憾無く発揮された名シーンと言えるだろう。

 

黄色い瞳

狼嵜光のキャラを際立たせているのはその黄色い瞳だ。特に演技最後のポーズで見せる鋭い眼光は,まるで網膜に輝板を持つ夜行性動物のまなざしのように,闇の中から射抜くような迫力を持っている。まさしく“狼”の眼光だ。

「score05 名港杯 初級女子FS(後)」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

実は『メダリスト』では,瞳が黄色く描かれたキャラクターは少なくない。ミケ,ナッチン,司らの瞳も黄色に近い色で彩色されている。

左から光,ミケ,ナッチン,司の瞳
「score05 名港杯 初級女子FS(後)」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

しかし彼らの瞳が比較的リアルに描かれているのに対し,光の瞳は異なる色相の輪が同心円状に重ねられたデザインになっている。グラデーション(影)も抑えめで,全体的に明度もやや高い。眼光の印象を強調したデザインであることは明らかだ。

さらに光の場合は,黒髪と濃紺のコスチュームとのコントラストによって,〈黄色い瞳〉の存在感がいっそう強調されている。まるでゴッホの「星月夜」の月のように。

フィンセント・ファン・ゴッホ「星月夜」

周知のように,フィンセント・ファン・ゴッホにとって黄色はトレードカラーのようなものだった。「ひまわり」のような黄色一色の配色も印象的だが,「星月夜」「黄色い家」「夜のカフェテラス」など,夜空の濃紺との対照性によって黄色の存在感が際立つ作品も美しい。黄色という色は〈幸福〉〈陽気〉〈警告〉〈狂気〉〈高貴〉など多義的な意味を持つが,ゴッホの作品における闇夜に浮かぶ黄色は,彼の半生の印象もあってか,一種の狂気じみた神秘性を感じさせもする。濃紺のコスチュームに黄色い瞳を浮かび上がらせた光も,ゴッホの「星月夜」と似て,あたかも神秘的なまなざしで下界を見下ろしているかのような印象を受ける。

そしてこれと同じ鮮烈なコントラストをまとった人物がこの話数に登場している。光の影のコーチ,夜鷹純である。

「score05 名港杯 初級女子FS(後)」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

“鷹”の名にふさわしく,暗闇から小動物を狙うかのような黄色い瞳。黒髪と黒い服とのコントラストも,光のそれと酷似している。

つるまいかだ『メダリスト』電子版 第2巻表紙 KODANSHA,2024年。©︎TSURUMAIKADA 2021

マンガ第2巻の表紙イラスト(上図)からもわかるように,この色彩設計は原作の設定通りなのだが,アニメで彩色を施されると2人のデザインの相似性が際立つ。

「score05 名港杯 初級女子FS(後)」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

言葉で説明されずとも,夜鷹のスケートの“遺伝子”が光に受け継がれていることがわかる。人物の相関を画で伝えた優れたデザインだ。

しかし光と夜鷹は,性格(キャラクター)の点では対照的だ。光はコミュニケーション能力が高い上,心根が優しく柔らかい印象だ(市ノ瀬加那のキャスティングも的確である)。一方,夜鷹は粗野で高圧的な性格だ。この正反対のキャラクターがいかにして出会い,いのりと司にどう影響を及ぼしていくか。この点が今後の話数の見どころの1つとなるだろう。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど

【スタッフ】
原作:つるまいかだ/監督:⼭本靖貴/シリーズ構成・脚本:花⽥⼗輝/キャラクターデザイン:⻲⼭千夏/総作画監督:亀山千夏伊藤陽祐/フィギュアスケート振付:鈴木明子/フィギュアスケート監督・3DCGディレクター:こうじ/3DCGビジュアルディレクター:戸田貴之/3DCGアニメーションスーパーバイザー:堀正太郎/3DCGプロデューサー:飯島哲/色彩設計:山上愛子/美術監督:中尾陽子/美術設定:比留間崇小野寺里恵/撮影監督:米屋真一/編集:長坂智樹/音楽:林ゆうき/音響監督:今泉雄一/音響効果:小山健二/アニメーションプロデューサー:神戸幸輝/アニメーション制作:ENGI

【キャスト】
結束いのり:春瀬なつみ/明浦路司:大塚剛央/狼嵜光:市ノ瀬加那/夜鷹純:内田雄馬/鴗鳥理凰:小市眞琴/三家田涼佳:木野日菜/那智鞠緒:戸田めぐみ/大和絵馬:小岩井ことり/蛇崩遊大:三宅貴大

【「score05 名港杯 初級女子FS(後)」スタッフ
脚本:花田十輝/絵コンテ:上原秀明/演出:福元しんいち/総作画監督:伊藤陽祐亀山千夏/作画監督:亀山千夏田中栞里MIGHTY MAX MOVIEKim Hyeon-ahLee Seong-jinPark Seo-jeongSo Eun-ji/作画監督補佐:fincrossed

原画:亀山千夏斉藤愛美武川陽須田力也竹内広幸黄翔麟MIGHTY MAX MOVIEKan Hyeon-gukLee Seong-jin
 

この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

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商品情報

【Blu-ray】

 

【原作マンガ】

 

 

*1:「メダリスト公式ファンブック」,p.47,KODANSHA,2025年。

「アニメーション映画『ルックバック』原画集」ブックレビュー[書評]:アニメーターたちに賛歌を

*この記事にネタバレはありませんが,未見の作品を先入観のない状態で鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。またほとんどの引用画像にはボカシを入れてあります。鮮明な画像をご覧になりたい方は商品の実物をご参照ください。

当ブログの「2024年 アニメランキング」で1位として挙げた,藤本タツキ原作/押山清高監督『ルックバック』。今回紹介するのは,その制作過程で描かれた原画を収めた原画集である。発行元は雑誌「アニメスタイル」の株式会社スタイル。“アニメ様”こと小黒祐一郎の企画・編集というだけあって,他の類似書籍とは一線を画す情報量である。巻末の押山監督インタビューも含め,『ルックバック』という作品の成り立ちや背景情報を知る上で,大変貴重な資料である。

 

原画資料:「絵描きへの賛歌」

本書は原画集本体(以下「本体」)と「Flip Book」2冊の計3冊で構成されている。本体に収められた原画には,レイアウト,レイアウト修正,ラフ原画,修正ラフ原画,修正原画が含まれる。「Flip Book」はパラパラマンガ形式で画の動きを楽しめるようにした本で,「vol.1」 には押山監督の原画を,「vol.2」には井上俊之の原画を収録している。

『ルックバック』では,全カットの原画のうちおよそ半分を押山監督が,1/4を井上俊之が,それ以外を小原秀一下司祐也北田勝彦タサン綾子新沼拓也(以上,担当パートの早い順)が担当している。本体にはそれぞれの原画の担当者の名前が記載されており,資料的価値も高い。なお,原画担当(クレジットでは「原動画」)のうち,井上と秦のみ紙で制作しており(したがって赤い修正用紙が使われている),他はデジタルである。この辺りも含め,各アニメーターそれぞれの手つきを堪能できる。

左上:下司祐也の原画(p.26)/右上:井上俊之の原画(p.147) /下段:それに対する押山監督の修正 ©︎藤本タツキ/集英社 ©︎2024「ルックバック」製作委員会 ©︎株式会社スタイル2014

押山監督は全原画のおよそ半分を担当した上で,かつ多くの原画の修正も行ったというから,58分の短編とは言え相当な作業量になる。本体にはそれぞれのアニメーターの原画と押山監督による修正が並列されているため,監督の演出意図などを読み取りやすい。監督のコメントは文字が小さいのでそのままだと読みづらいが,文字つぶれはほとんどない鮮明な画像なので,ルーペなどを使うか,スマホで写真を撮って拡大すれば十分読むことができる。

話題となった藤野の“スキップ”のシーン。押山監督の原画(p.182)©︎藤本タツキ/集英社 ©︎2024「ルックバック」製作委員会 ©︎株式会社スタイル2014

ほぼすべての原画が収録されているため,閲覧しているだけで映画を脳内再生できてしまう。原画を観ながら配信で映画を鑑賞するのもいいだろう。個人的にはコマ送りをしながら原画と照らし合わせたいので,ぜひともBlu-ray販売をお願いしたいところだ(本記事執筆中の2015/01/30時点では発売の報はなし)。

レビュー記事でも言及したが,『ルックバック』は原画のタッチをそのまま完成画面に残す演出方針をとっている。改めて,劇場用パンフレットのインタビューから監督の言葉を引用しておこう。アニメ制作の「コンセプト」を問われた監督は,以下のように答えている。

具体的には「藤野の努力を,作中できちんと見せたい」ですね。僕自身も絵描きなのでこう言うとむず痒いですが,この作品が絵描きへの賛歌になって欲しい。その表現手段として,アニメーターの原画をダイレクトに映像にしています。[中略]原画をそのまま使うことで,描き手の気持ちがそのまま画面に乗ることを期待しました。 *1

ちなみに誤解のないよう付言しておくと,押山監督は原画の主線を“ラフ”にすることを自己目的にしていたわけではない。その辺りについては,本書の巻末に掲載されたインタビューで詳しく語られている。小黒編集長に「押山さんは『線は重要だ』という派閥なんですね」と問われた監督はこう答えている。

どちらかと言ったら,そうでしょうね。ただ,今回は線を汚したいわけじゃなかったんですよ。今の時代だと,動画に撒く場合に運が悪いと,正確に動画トレスや中割りがされないこともあります。いい動画さんに渡るかどうかというのはギャンブルなんです。そのギャンブルをしたくないんです。原画の段階でかたちは確実に捉えられてるので,原画の線が多少汚れててもですね,かたちが崩れないことを優先させたんですよね。 *2

つまり「画」を優先させるさせるために「線」を残さざるを得なかったということであって,「線」そのものは二次的だということだ。

しかしいずれにせよ,「原画をダイレクトに映像に」した作品の原画そのものをつぶさに鑑賞できるというのは,この作品のファンとしてこの上なく喜ばしいことだ。原画を一つひとつ鑑賞しながら,この傑作に寄与したアニメーターたちに心の内で「賛歌」を贈りたいものである。

 

インタビュー:制作秘話

p.393 ©︎藤本タツキ/集英社 ©︎2024「ルックバック」製作委員会 ©︎株式会社スタイル2014

本体巻末に掲載された押山監督のインタビューには,先ほどの主線の件以外にも,『ルックバック』アニメ化の企画段階の経緯,58分という尺とスタジオの懐事情,劇中の映画館に“カメオ出演”する井上俊之の話,その井上俊之の原画に対する修正の話など,おそらく他の媒体では触れられていない“制作秘話”の数々が語られている。この辺り,さすが小黒編集長の聞き上手ぶりが遺憾無く発揮されているというところだろうか。『ルックバック』ファン,アニメファン必読の内容である。

 

Flip Book:アニメイトされる原画

最後に「Flip Book」についても触れておこう。先述した通り,「vol.1」 には押山監督の原画が,「vol.2」には井上俊之の原画が収録され,パラパラマンガのように原画を動かして楽しむことができる。これが意外なほど楽しい。パラパラマンガというのは,“アニメーション=絵に命を吹き込むこと”の原型のようなものだ。押山と井上の手になる力強い原画を,自分の掌の中で動かせるということの喜び。例の藤野の“スキップ”のシーンや,京本が藤野に「見たい見たい見たい!」と迫るシーンなども掲載されている。ぜひ何度もパラパラしてもらいたい。

「Flip Book vol.2」より,井上俊之の原画のパラパラマンガ ©︎藤本タツキ/集英社 ©︎2024「ルックバック」製作委員会 ©︎株式会社スタイル2014

通常の作品であれば「中間生産物」という扱いを受ける原画だが,事この作品に関しては,原画がある種作品の“オジリン”であるかのような存在感を持っている。それをビビッドに体感してもらうためにも,多くの人に本書を手にとってもらいたいと思う。

 

 

書誌情報

出版社:株式会社スタイル
発売日:2025年1月20日
判型:原画集本体 A4変型,Flip Book A5変型
ページ数:原画集本体 408頁,Flip Book 2冊合計 510頁
ISBN:978-4902948660
定価:9900円(税込)

 

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*1:『ルックバック』公式パンフレット,p.19。

*2:「アニメーション映画『ルックバック』原画集」,p.399,STYLE,2025年。

TVアニメ『メダリスト』(2025年冬)第1話の脚本と演出について[考察・感想]

*この記事は『メダリスト』「score01 氷上の天才」のネタバレを含みます。

「score01 氷上の天才」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

medalist-pr.com

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「2025年 冬アニメは何を観る?」の記事でもおすすめ作品としてピックアップした,つるまいかだ原作/山本靖貴監督『メダリスト』。3DCG,カメラワーク,手描き作画など,初手から目を見張る作画・演出技術を披露し,すでに“名作”の風格を見せている。脚本は花田十輝,絵コンテ・演出は山本靖貴監督。その技を詳しく見ていこう。

 

3DCGの演技,手描きの逃亡

結束いのりは学校の勉強も余所に,テレビ画面に映る1人の少女の演技を真剣な面持ちで見ている。その演技は力強く美しく,彼女の心を完全に虜にしているようだ。

第1話のアヴァンにこのシーンを置いたのには,おそらく2つの意味があるだろう。1つは,まもなくいのりの前に好敵手として姿を現すことになる狼嵜光の圧倒的な演技力を見せつけること。そしてもう1つは,本作の持ち味である高い技術の3DCGを視聴者に印象付けることだ。そしてこの2つの要素は,このシーンにおいて密接不可分な関係にある。

「score01 氷上の天才」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

制作会社のENGIは,CGアニメーションの制作に長けたスタッフを多く擁し,「ハイブリッドデジタルアニメーション」をモットーにデジタル作画と3DCGを融合した画作りを目指している。本作はそのENGIの制作方針が前面に押し出された作品と言えるだろう。冒頭のスケートシーンの描画は,もはや“やむなく3DCGを使用した”というレベルではない。氷上での滑らかかつダイナミックなアクションの描画にとって,3DCGが最適解であると感じさせる説得力を持っている。さらにCGによる安定した描画は,無駄も乱れも迷いもない演技という光のキャラ性とも相性がよい。今後の話数でも,スケートシーンにおける3DCGの描画力には要注目だ。

そしてこのシーンと好対照を成すのが,手描きで作画されたいのりの“逃亡”シーンである。

「score01 氷上の天才」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

明浦路司にリンクの料金のことを追求され,にわかに走り逃げるいのり。身体の動きは無軌道的で,特にランダムな手の表情が面白い。アヴァンの光の演技とは好対照を成している。

「score01 氷上の天才」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

いのりの目のクルクルもあって,シーン全体の雰囲気はコミカルなのだが,身体描写そのものはリアル寄りに作画されている。

「score01 氷上の天才」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

第1話の“見せ場”の一つが手すりスライドのシーン(上図)だろう。深くしゃがみ込んでからの高い跳躍,安定した滑降,着地時の衝撃吸収という一連の流れが,リアルな身体動作と共に描き出されている。ここでもやはり手の表情が面白い。

ちなみにこの一連のシーンは,原作(下図)では概ねマンガ的に記号化された描写がなされている。いのりのエキセントリックなキャラ性が表れた,とても面白いシーンだ。

つるまいかだ『メダリスト(1)』電子版,pp.16-17,KODANSHA,2024年。©︎TSURUMAIKADA 2020

アニメではこれを比較的リアルな身体動作に変換することで,いのりの体幹や弾性の強さを強調し,彼女の「天才」という設定に説得力を持たせている。原作に則りつつ,原作とは違う形で見せる。アニメーション作品として的確な演出方針だと言えるだろう。3DCGによる光のスケート演技と,手描きによるいのりの逃亡シーンは,本作アニメ化における付加価値の一端を示していると言ってよい。

 

大人の後悔,子どもの想い

ちなみに身体描写ということでは,司の身体の描き方も目を引く。

「score01 氷上の天才」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

いのりに「スケーティング」を説明するシーン(上図)では,主に司の足の筋肉が美しく作画されており,“フィギュアスケートのコーチ”というキャラクター性にも説得力が出ている。しかしこの時,いのりは青ざめた表情で「足長い…」と独りごつ。彼女は司の大人としての身体性に怯えているのだ(原作では「コワイ…」という手書きのセリフが加えられている)。

司は当初,子どもたちにとって“怖い大人”の象徴として現れる。多くの小学生が滑るリンクの上で,司の姿は少々浮いている。原作にもあるモブ児童の激突シーンでは,チルトアップ,アオリ,フカンといったカメラワークによって,司と子どもたちとの身長差が強調されている(下図)。

「score01 氷上の天才」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

さらにいのりとの出会いのシーンでは,司が仁王立ちになるカットを挿入(アニオリ)することで,いのりに対する司の威圧感が加味されている(下図)。

「score01 氷上の天才」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

これらのシーンが示しているのは,大人と子どもの目線の“ズレ”である。この時点では,司といのりはごく一般的な“大人と子ども”の関係状態にある。

しかし逃亡シーン直後の対話やクラブのロッカールームの対話(下図)では,いのりと司の目線が同じ高さになるカットが多く見られるようになる。

「score01 氷上の天才」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

司はいのりの目線に合わせ,正面から彼女に向き合う。彼の過去の後悔の念が,いのりの現在の想いと共鳴し,二人の心の目線が徐々に重なっていく。“大人と子ども”から“コーチと生徒”へ,そしてそれを超えた“心の同志”へ。2人の関係性のアークがカメラワークと構図によってうまく表現されていると言えるだろう。

 

泣き,笑い,叫び

本話数のもう1つの見せ場は,いのりの“感情解放”のシーンだろう。

「score01 氷上の天才」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

「自分にはスケートしかないのだ」という想いを,涙ながらに母にぶつけるシーン。この際の,子どもの心の叫びを伝えた春瀬なつみの演技は逸品だ。このストレートな感情の吐露に,司も心を動かされる。しかしこのシリアスなシーンの直後に,司の「もうさっさとやらせましょう」という雑な返しでオチをつけるのも本作の魅力の1つだ。このシーンに限らずだが,司の天然っぷりによるギャグのテンポ感もとても小気味よい。

「score01 氷上の天才」より引用 ©︎つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会

その後,自らコーチを引き受けることを宣言し,いのりにスケートを継続させることを懇願する司。この辺りは原作の作画の描線に凄まじほど勢いがあり,司の心の叫びを描線で伝えている。しかしマンガの荒々しい描線は,アニメではどうしても“クリーンナップ”せざるを得ない。それを補って余りあるのが,大塚剛央の演技だ。勢い余って噛み気味・裏返り気味になったその演技は,例えば『【推しの子】』のアクアのような沈着冷静なキャラとは好対照だ。大塚の演技の幅の広さを窺わせる。第1話の締めくくりとして,この春瀬と大塚の演技の貢献度は極めて高い。

この通り優れた演出術を示した第1話だが,このクオリティで最終話まで走りぬけば,制作会社ENGIにとって飛躍の作品となるかもしれない。今後も応援していこう。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど

【スタッフ】
原作:つるまいかだ/監督:⼭本靖貴/シリーズ構成・脚本:花⽥⼗輝/キャラクターデザイン:⻲⼭千夏/総作画監督:亀山千夏伊藤陽祐/フィギュアスケート振付:鈴木明子/フィギュアスケート監督・3DCGディレクター:こうじ/3DCGビジュアルディレクター:戸田貴之/3DCGアニメーションスーパーバイザー:堀正太郎/3DCGプロデューサー:飯島哲/色彩設計:山上愛子/美術監督:中尾陽子/美術設定:比留間崇小野寺里恵/撮影監督:米屋真一/編集:長坂智樹/音楽:林ゆうき/音響監督:今泉雄一/音響効果:小山健二/アニメーションプロデューサー:神戸幸輝/アニメーション制作:ENGI

【キャスト】
結束いのり:春瀬なつみ/明浦路司:大塚剛央/狼嵜光:市ノ瀬加那/夜鷹純:内田雄馬/鴗鳥理凰:小市眞琴/三家田涼佳:木野日菜/那智鞠緒:戸田めぐみ/大和絵馬:小岩井ことり/蛇崩遊大:三宅貴大

【「score01 氷上の天才」スタッフ
脚本:
花田十輝/絵コンテ・演出:山本靖貴/総作画監督:亀山千夏/作画監督:田守優希横山香月増井良紀青沼ひかり亀山千夏

原画:竹内あゆみ福田希彩木村衣里小澤明日美角道春乃斉藤愛美武川陽山本悠内田百香増井良紀竹内広幸秋山絵梨田中桃子田村万有林高明

 

この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

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2025年,未来に自分をぶん投げる

*この記事は『ネガポジアングラー』『響け!ユーフォニアム 3』『劇場版 進撃の巨人 完結編 THE LAST ATTACK』に関するネタバレを含みます。必ず作品本編をご覧になってからこの記事をお読みください。

 

新年明けましておめでとうございます。

 

マルティン・ハイデガーの実存哲学の用語に「投企(Entwurf)」というものがあって,ジャン・ポール・サルトルの哲学のコア概念でもある。人間はこの世界に受動的に投げ込まれている。これを「被投性(Geworfenheit)」という。しかし同時に人間は,己の可能性に向かって開かれた存在でもある。常に自己を未来の可能性に向かって「投げる」存在。それが人間なのだ。僕はこの「投企」という言葉を2024年のアニメレビューの中で何度か用いた。それはおそらく〈時間性〉,とりわけ〈未来〉を描いた作品が目立ったからだろう。

2024年のオリジナル作品の中でも僕がとりわけ高く評価したのが,上村泰監督の『ネガポジアングラー』だ。病を患い余命2年と宣告された主人公・佐々木常宏が,鮎川ハナや躑躅森貴明といった釣りをこよなく愛する面々と出会い,釣りを通して前向きに生きることの価値を知っていくという話だ。病気という被投性=ネガを負った常宏が,釣りの“キャスティング”という前方投企=ポジの動作を反復することで,徐々に未来へと牽引されていく。結局,彼の病気は完治しなかったかもしれない。しかしそれでも,彼は病気と向き合うことで,仲間と楽しく釣りをしながら未来に生きることを主体的に選択した。人の「被投的投企」という在り方を爽やかに描いたアニメだった。

堂々の完結を迎えた『響け!ユーフォニアム 3』では,主人公・黄前久美子らが高校3年生になったことで,〈現在〉(レビューでは「演奏の時」と呼んだ)だけでなく〈未来〉(レビューでは「社会の時」と呼んだ)にも志向していく様が描かれた。真由というライバルの出現とオーディションでの敗北という運命を受け入れつつ,強い思想と豊かな感情を得た久美子は,それらを胸に抱きながら“高校教師”という未来へと自らを力強く投企する。最終話で2024年の久美子が教師として活躍する様子が描かれたことで,吹奏楽部時代が“回想”だったという時間構造がとられていたのも面白い。7年前に久美子が未来投企した久美子は,僕ら視聴者にとってリアリティを持った存在になった。2025年の今も,黄前久美子は京都のあの高校で顧問として活躍しているのかもしれない。

これと非常によく似た時間構造をとっていたのが,『劇場版 進撃の巨人 完結編 THE LAST ATTACK』である。2023年にTV放送されたものの再構築版だが,重要なのは,原作にあった“現代編”が追加されたことだ。そこに登場するエレン・ミカサ・アルミンは,どうやら『進撃の巨人』を“過去の物語”として鑑賞している。あの“大木”のカットが挿入されたことにより(原作にはないアニメオリジナル),現在と過去の同質性が強調されている。憎しみと争いと流血の連鎖の中で積み上げられた文明。そこに築かれたきらびやかな大都市の只中,最高の劇場環境で『進撃の巨人』の完結編を鑑賞するという壮絶な〈歴史の皮肉〉。ポップコーンを頬張りながら『進撃の巨人』を観るエレン・ミカサ・アルミンの姿は,『進撃の巨人』を観る僕らにとっての“鏡像”に他ならない。僕らが生きるこの文明にも,血塗られた過去がある。そして僕らが深夜アニメ鑑賞に興じている今この瞬間にも,人類は無数の悪を累々と積み上げている。

結局,エレンにとっての〈未来〉は“人類”ではなかったのかもしれない。あの壮絶な戦いの後も,人類は戦いをやめなかったのだから。彼にとっての〈未来〉は,“人類”という匿名の悪魔ではなく,“ミカサ”や“アルミン”というかけがえのない固有名と,そのミニマルな生活世界だったのかもしれない。僕らが守るべきものは,“人”ではなく,“この人”であるべきなのかもしれない。

 

21世紀も四半世紀が経つ。2001年の僕らは,はたしてどんな未来を見ていただろうか。その未来は現実となっただろうか。2025年の僕らが自らを投じる先の未来が,どうか誰も傷つけることのない「優しい世界」(『ダンダダン』第7話のアイラの言葉より)でありますように。