アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

アニメの産業と業界を知るための3冊

今回は,近年のアニメ産業と業界の動向を知る上で役立つ,3冊の本を紹介したいと思う。

アニメ作品そのものを鑑賞することが楽しいのは言うまでもないが,制(製)作や業界の事情を知った上で鑑賞することでアニメの見方に奥行きと広がりができ,楽しさが増すこともある。作品の背後にどのような人がいて,どのように動いているのか。日本のアニメに対して,海外の市場はどのように反応しているのか。そうした,アニメ作品そのものの「外部」を知ることで,作品の応援の仕方も変わってくるのではないだろうか。

もっと言えば,視聴者はアニメを観ることにより,アニメ市場に多かれ少なかれ関与しているのだから,業界の内情を知ることは,自分のアニメ鑑賞の習慣を顧みるいい機会にもなるはずだ。

数土直志『誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命』(星海社,2017年)

(新書,全224ページ,電子版なし)

著者の数土直志(すどただし)はブラジル生まれのジャーナリスト。ウェブサイト「アニメ!アニメ!」を設立(現在は携わっていない)し,国内外のアニメビジネスの事情に精通した人物である。

ここで紹介する『誰がこれからのアニメをつくるのか?』は,中国企業やNetflixやAmazonなどアメリカ配信企業の日本アニメ市場への参入,宮崎駿以降のクリエイターとプロデューサーの世代交代とそれによる影響,日本国内の企業の展開と進化など,驚くほど豊富な情報とデータに基づき,現状を客観的に分析し,今後の動向を予測した良書である。

以下のような構成で書かれている。

はじめに

第1章:中国が「日本のアニメ」をつくる時代

第2章:配信ビジネスの黒船上陸 NetflixとAmazonが与えた衝撃

第3章:アニメビジネスの新たな主役たち

第4章:アニメビジネスを変える企業

第5章:世界の中の日本アニメ,10年後に向けてサバイバル*1

客観的な現状分析が中心だが,数土独自の予測が端々に見られたり,場合によってはアニメ業界に対する熱い思いも伝わってきたりもする。

特に第5章「世界の中の日本アニメ,10年後に向けてサバイバル」では,世界のアニメ産業における日本のアドバンテージが熱く語られている。少し長くなるが引用しておく。

日本のアニメは国内はもとより,世界からこんなに愛されている。それが求められている限り,消えることはありえない。世界のアニメの未来は,日本の中にあるとすら考えている。

日本には才能豊かな作り手がたくさんおり,日々あたらしいことに挑戦している。そして,世界のどこにもない映像や表現,時に新しいビジネスの仕組みすら飛び出す。それゆえに,日本アニメはいまでも,他にない独自性を持っている。こうした特別な日本アニメは,これから未来もまだまだ世界のポップカルチャーシーンをひっぱっていくはずだ。*2

少子化による市場縮小,経済低迷,アニメ業界そのものにおける不安定要素。これらを前に,「アニメ業界はだめだ」と悲観的になるのは簡単だ。しかし,日本アニメがすぐれた文化コンテンツであり,それを世界中の人が認めていることもまた客観的な事実である。僕ら視聴者も,アニメを誇れる自国文化の1つとして自負していきたいところだ。

福原慶匡『アニメプロデューサーになろう! アニメ「製作」の仕組み』(星海社,2018年)

(新書,全328ページ,電子版なし)

著者の福原慶匡(ふくはらよしただ)は,いわずとしれた制作会社ヤオヨロズの取締役。2017年にたつき監督とタッグを組んで『けものフレンズ』を制作した。福原は学生時代に川嶋あいのマネージャーを務めており,もともと音楽業界からさまざまな実務を重ねていった人物。2013年の『直球表題ロボットアニメ』からアニメプロデューサーを始め,その後,同年の『てさぐれ!部活もの』,2014年の『みならいディーバ』,2017年の『けものフレンズ』を手がけた。

福原の主著『アニメプロデューサーになろう!』は,彼の多岐にわたる実務経験を元に書かれた“プロデューサー育成のための教科書”だ。構成は以下の通り。

はじめに

第1章:自己紹介 音楽のプロモーターだった私が『けものフレンズ』に至るまで

第2章:問題設定 アニメ制作会社はなぜ自転車操業を強いられ,アニメーターは極秘から脱出できないのか?

第3章:アニメ制作の流れ

第4章:知っておきたい関連業界のビジネスモデル

第5章:知っておきたい著作権と契約の骨格

第6章:アニメーションプロデューサーになるには?*3

「『製作もわかる制作プロデューサー』育成」*4を目的とした本書は,タイトルから予想される以上に実用面にこだわった内容になっている。製作委員会の功罪から,ファイナンスの具体的方法,声優のランク制度,著作権を中心とした法律周り,はては飲み会でのマナー(焼酎のお湯割りの作り方が書かれているのは驚きである)など,アニメプロデューサーとして知っておくべき知識や実務が詳細に語られている。かく言う僕はアニメプロデューサーになる予定はないのだが,業界の細部まで知ることができて大変勉強になった。

そんな福原の思いが込められた一文を引用しよう。

産業規模を大きくし,メジャーリーガーやYouTuber,IT企業の社長のように,子どもが憧れる『お金を持っていて,格好よくてモテる仕事』『なりたい職業』にアニメーターやアニメ監督,プロデューサーがランクインするようにしなければ,この業界に未来はない。*5

まったくその通りだと思う。日本はクリエイティヴな仕事に十分なお金を払う経済観念が薄いと言える。特にアニメーターやマンガ家などには「好きなことをやっているのだから金など欲しがるな」という認識を持つ人がいまだに多い。しかしそれは完全に間違った考え方だ。アニメ制作には多くの人材が必要である。お金が集まるから優秀な人が集まり,優秀な人が集まるからすぐれた作品ができる。若い人が福原さんの著書を読んでどんどん成功し,成功譚を世間に広め,ますます多くの優秀な若者がアニメ業界に流れ込んでくることを期待したい。

アニメプロデューサーになろう! アニメ「製作(ビジネス)」の仕組み (星海社新書)
 

増田弘道『製作委員会は悪なのか?アニメビジネス完全ガイド』(星海社,2018年)

(新書,全208ページ,電子版なし)

著者の増田弘道(ますだひろみち)は,アニメ産業研究家として知られ,キティ・レコード,トド・プレス(現ソトコト),株式会社ブロンズ新社などを経て,2000年には株式会社マッドハウス代表取締役,2008年には株式会社ビデオマーケット取締役などを務め,現在ではビデオマーケットの常勤監査役として勤務している。一般社団法人日本動画協会によるアニメ産業の統計データ調査『アニメ産業レポート』の編集統括も務めるなど,アニメ産業における“統計”に関しては,権威的な存在といってもいいのではないだろうか。

その増田の主著『アニメビジネス完全ガイド』は,上述の『アニメ産業レポート』のデータをもとにした,いわばアニメビジネスの啓蒙書と言える。僕らがアニメ産業や業界に関して漠然と抱いている印象(時に誤謬)を,統計データによって補完・修正する書,というイメージだ。構成は以下の通り(各章は「Q(問い)」という形になっている)。

序章

Q1 アニメビジネスは成長しているのか?

Q2 「アニメ」は成長し続けるのか?

Q3 アニメはどのように作られるのか?

Q4 製作委員会は悪なのか?

Q5 アニメーターは低賃金なのか?

Q6 アニメに携わる仕事とは?*6

この中でも,本書の目玉は「Q4 製作委員会は悪なのか」および「Q5 アニメーターは低賃金なのか」だろう。近年,製作委員会の問題点がマスコミによって取り沙汰され,「作品がいくら売れてもアニメーターに還元されない」「アニメ業界はブラックである」ということが盛んに言われる。確かに,製作と制作が分離している現状において,著作権を持つ製作委員会が(作品が当たれば)二次利用で儲けを見込めるのに対し,著作権も二次利用の窓口も持たない制作会社は,製作委員会から払われる制作費以上の儲けは見込めない。しかしだからと言って,「製作委員会から支払われる制作費が低すぎる」というのは間違いだと増田は言う。むしろ増田によれば,以前のような放送局・代理店中心の製作方式よりも,「制作費は間違いなく上がっている」*7ということらしい。

また増田は,「アニメーター低賃金問題」に関しても,数あるアニメーターの職種の中でももっとも年収の低い動画職(年収110万程度)がマスコミによってセンセーショナルに取り上げられたために,「若手アニメーターの年収は平均110万」という風評が広まってしまったと述べる。実際には,上位職の監督(年収650万程度)や総作画監督(年収560万程度)であれば,はるかに高い収入になるので,「年収110万」という情報ばかりを鵜呑みにするのは危険と言える。

もちろん,そうは言っても,実質的に原画マンへの登竜門にもなっている動画職の給与が低いことは問題であるし,国際標準で見た場合,アニメーターに払われる報酬が決して高くないことはやはり問題だ。しかし,きちんとした統計データを参照することなく,耳目を引きやすい情報を鵜呑みにして印象論に陥るのは大変危険でもある。増田は以下のように言う。

現在,アニメの作品論に関する本は山のように出ていますが,産業論はほとんどありません。データが希薄なため,「日本のアニメは空洞化している」「高齢化が進み若手人材が育っていない」などの産業危機論,「アニメスタジオはブラック企業」「アニメーターは製作委員会やスタジオに搾取されている」といった労働環境や産業構造に関する議論が裏付けもなく先行しているように見受けられます。*8

僕もSNSやネットで「少子化だからアニメ産業は縮小する」と言ったような乱雑な悲観論を見かけることがよくあるのだが,小首を傾げざるを得ない。僕らがアニメを「日本の文化」として自認するのであれば,アニメ産業の統計面にもきちんと目を向けて,客観的に状況を分析する必要があるだろう。

ちなみに,「アニメ産業レポート」は「一般社団法人 日本動画協会」のHPで購入できる(ダウンロード版もあります)。やや値が張るが,資料価値は大変高い。無料のサマリーもあるので,ぜひ覗いてみてほしい。

製作委員会は悪なのか? アニメビジネス完全ガイド (星海社新書)

製作委員会は悪なのか? アニメビジネス完全ガイド (星海社新書)

 

さいごに

2015年,NetflixとAmazon Prime Videoが日本市場に参入し,国内の配信ビジネスを震撼させた。

2016年,新海誠監督の『君の名は。』が公開され,日本アニメの市場規模の潜在能力を見せた。

一方,その翌年の2017年には,NHKの『クローズアップ現代+』で「2兆円↑アニメ産業 加速する“ブラック労働”」と題された特集が放映されたことにより,制作会社とアニメーターの現状を巡り,広く議論がなされるようになった。

このように,日本のアニメを単に作品としてばかりでなく,「産業」として意識せざるを得ないような大きな出来事が,この数年間で立て続けに起こったことになる。

今回紹介した3冊は,どれも2017年と2018年に書かれたものだ。上で述べたビッグ・イベントに反応して書かれたことは間違いないだろう。僕も2016年以降,アニメを観ながら業界に大きな変化が生じていることは感じていたが,それはやはり素人の肌感覚以上のものではなかった。今回,この3冊を読み終えて,このわずか数年に起こったことの内実をより明瞭に理解できたと思う。

同時に,アニメの鑑賞の仕方も微妙に変化したことを実感している。これまではあくまでも個人の趣味として鑑賞してた。しかしこの3冊に触れたことにより,今まさにこうしてブログ記事を書いている通り,業界や市場で起こっていることを多くのアニメファンの間に広め,みんなで一緒に業界や市場を盛り上げていきたいと思うようになった。このブログはまだPVも微々たるもので,非力極まりないが,少しでもこの目標に近づきたいと考えている次第である。

*1:数土直志『誰がこれからのアニメをつくるのか?』目次より。星海社,2017年

*2:同上,p.210-211。

*3:福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』目次より。星海社,2018年

*4:同上,p.274。

*5:同上,p.22。

*6:増田弘道『アニメビジネス完全ガイド』目次より。星海社,2018年

*7:同上,p.120。

*8:同上,p.6。