アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

アニメ『宝石の国』レビュー:心と記憶の在処

※このレビューはネタバレを含みます。 

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公式HPより引用 © 2017 市川春子・講談社/「宝石の国」製作委員会

land-of-the-lustrous.com

キャラ モーション 美術・彩色 音響
5 5 5 4
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
5 3 3 3.5
独自性 普遍性 平均
5 4 4.25
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 オレンジの功績

本作は,近年増加しているCGアニメの中でも,最も成功した作品の1つだったと言っていいだろう。「アニメCGの現場2018 CGWORLD特別編集版」に詳しいが,宝石たちの質感と輝きを魅力的に表現しようという,制作オレンジの気合の入れようはすさまじいものがある。*1 もちろん,市川春子の手になる原作の筆致もすばらしいのだが,アニメでは,各宝石の個性として色彩表現と3DCGならではのモーションとを最大限に活かし,原作にはない「キャラ」としての魅力を存分に表現し得ていた。

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主人公フォスフォフィライト(第1話より引用) © 2017 市川春子・講談社/「宝石の国」製作委員会

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ダイヤモンド(第2話より引用) © 2017 市川春子・講談社/「宝石の国」製作委員会

また,月人とその攻撃方法のあのシュールレアリスティックな雰囲気は,まさにCGの描画が得意とするところだ。“CGもここまで出来るようになった”ではなく,“これはCGでないと出来ない”という水準を見せつけられたように思う。オレンジは本作で元請けデビューということだが,その存在感を大いに見せつけたのではないだろうか。

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「月人」の攻撃シーン(第1話より引用) © 2017 市川春子・講談社/「宝石の国」製作委員会

 アンチ・ビルドゥング

一方,この作品の物語レベルにおける最大の魅力が,常時超展開とも言える設定の奇抜さにあることは言うまでもない。かつての「人間」と思われる存在が滅び,骨(宝石)・肉(アドミラビリス)・魂(月人)に別れて,それぞれ別の世界で別の生態系を営んでいるという終末的世界設定に加え,こともあろうに魂分担の「月人」が好戦的に骨と肉に襲いかかるというシニカルなストーリー。皮肉なことに,思いやりや勇気といった,いわゆる「心」を宿しているのは,魂ではなく,骨である宝石と肉であるアドミラビリスだというのだ。

宝石が身体を欠損すると記憶を失うという設定も面白い。僕らは心身二元論をナイーブに信じ,「身体と魂・心・記憶は別個の実体である」という“常識”を素朴に共有しているが,果たしてそうなのか。肉体と魂が分離した時,それぞれが心と記憶を宿すとしたらどうか。極めて奇抜なアイディアではあるが,僕らの生命観の常識に対し批判的に挑み,それを根底から問い直す強烈なインパクトがそこにはある。

そして何より,主人公フォスフォフィライトの“成長”の描き方が独特である。僕らは多かれ少なかれ,物語の主人公は統一した“内面”とそれに調和した“身体”を持ち,それを土台に,ゆっくりと時間をかけて成長していくものだと考えている。ところがこの作品は,内面の成長の間鈍さをあざ笑うかのように,異常な速度で身体の変化が起こる。フォスフォフィライトは,ある時まったくの偶然でアゲートの脚と韋駄天のような疾走力を手に入れる。その後,これまた偶然に金・白金の合金の腕を手に入れ,結果として,誰にも真似できないような奇妙な戦闘技法を身につけるに至る。

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変容するフォスフォフィライト①(第8話より引用) © 2017 市川春子・講談社/「宝石の国」製作委員会

こうした身体性の異常な変化速度は,伝統的な「教養・人間形成(ビルドゥング)」のリアリズムから完全に逸している。それが故に,「主人公のあまりの変わりようについていけない」という感想をまま見かけるのだが,それはこの作品を低評価する批判としてあまり妥当とは言えない。というのも,身体の変化に内面が従属するような“非現実的”―あるいは“アンチ現実的”―設定こそが,この作品の真の狙いだと思われるからだ。内面の一貫したキャラを“描けていない”のではなく,“敢えて描かない”ことがこの作品の魅力なのである。「身体性と内面の統一」という前提は,教養小説的なリアリズムとして確かに古典的意味を持つのだが,それだけに捕らわれていれば,表現の可能性は狭まるだろう。そこから敢えて逸脱し,読者・視聴者が思いもよらない設定や世界観に軽やかに飛翔していく作者の想像力には,実に驚嘆すべきものがある。

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変容するフォスフォフィライト②(第9話より引用) © 2017 市川春子・講談社/「宝石の国」製作委員会

“黒沢ともよ”という個性

しかしあまりに異常な身体の変化は,アニメ作品として必須の“キャラ”の概念から逸脱してしまう可能性がある。実際,フォスフォフィライトは主人公であるにもかかわらず,そのビジュアルが定まらないため,やや捉えどころのないキャラになっていることは否めない。ところが,ここでマンガ原作では実現し得ない,アニメ独自の要素が決定的な役割を果たすことになる。黒沢ともよという声優の演技である。

黒沢の近年の活躍が目覚しいことは,ことさら強調するまでもないだろう。『響け!ユーフォニアム』の黄前久美子でも,独特の声質と演技でその卓越した個性を発揮していたが,この『宝石の国』では,“絶対にこの人にしかできない”という演技を見せつけた。京極尚彦監督自身が,宝石たちのキャラクター理解の際に「『あ,これだ』と感じられたのが,黒沢さんのフォスの声がはまった瞬間」だったと述べているくらいだ。*2 また制作過程も,まずビデオコンテを見ながら声優がアフレコを行い,アフレコ音声に基づいてモーションキャプチャーとアニメーション制作を行う,というワークフローを採用したという。*3 まず“声ありき”の制作だったわけだ。

アニメ声優の類型にはまらない黒沢の台詞回しは,フォスフォフィライトというキャラに強烈な個性を与えた。マンガ原作では,ややもするとその超現実的な成長速度に置いてけぼりをくらいそうなそのキャラも,彼女の声が宿ることにより,一本の筋が出来上がる。かくして,伝統的なキャラ造形を破壊すると同時に,キャラとしての一貫性をもたせるという,一見すると矛盾するかに思える課題が達成されることになったのだ。

現在,原作は月人と金剛先生の関係を中心に恐るべき展開を迎えている。アニメも2期制作を期待してよいだろう。というより,制作してくれないと困る。とりわけ月のシーンをあのクオリティでアニメ化すれば,いっそう素晴らしい作品になることは間違いない。

宝石の国(1) (アフタヌーンコミックス)

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アニメCGの現場 2018 ーCGWORLD特別編集版ー

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ニュータイプ 2018年1月号

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*1:「アニメCGの現場2018 CGWORLD特別編集版」p. 18-85。ボーンデジタル,2017年

*2:「月刊Newtype JANUARY 2018」p.36。KADOKAWA,2017年

*3:「アニメCGの現場2018 CGWORLD特別編集版」p. 20-21。同上