アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

劇場アニメ『Fate/stay night Heaven’s Feel[II lost butterfly]』レビュー:〈桜〉という多義性に魅入られて

※このレビューはネタバレを含みます。

f:id:alterEgo:20190114231716j:plain

公式HPより引用 ©TYPE-MOON・ufotable・FSNPC ©TYPE-MOON


www.fate-sn.com

キャラ モーション 美術・彩色 音響
5 5 5 5
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
5 4 4
独自性 普遍性 平均
4.5 4 4.6
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

〈桜〉の多義性

かつて僕らは,セイバーと凛との淡い恋物語を味わい,“桜ルート”へと至った時,軽い衝撃を覚えたものだ。そこに現れたのは,セイバー=〈清廉/可憐〉,凛=〈ツン/デレ〉のような両義性を嘲笑うかのように,〈愛嬌〉〈美〉〈醜〉〈慎み〉〈貪欲〉〈強さ〉〈脆さ〉〈聖〉〈邪〉〈純潔〉〈穢れ〉といった,大量の記号を多義的に内包した〈桜〉というキャラだったからだ。

今回の劇場版は,桜に内包されるこの豊穣な記号の充溢を見事に描き切っていたと言っていい。〈桜〉は,もはや“可愛い後輩”という安定したマスコットキャラであることをやめ,様々な記号の間を絶えず揺れ動きながら物語を不穏な運命へと導いて行く。そして多数の記号を貪欲に飲み込んだ〈桜〉というフィクショナルな〈女〉を前に,僕らは士郎と同様,恋い焦がれながらも傷つけられ,死に瀕しながらも愛しむことになるのだ。

エロティシズム

とりわけ,比喩も婉曲もないエロティシズムの描写は際立っていた。匂い立つような桜の身体表現や濡れ場のカットは,エロゲー時代の『Fate』への原点回帰かと思わせるが,こと桜というキャラの造形に関しては,このエロティシズムが必然であったのだと再認識させられる。彼女のエロティシズムは,士郎の“正義”への渇望を断ち切り,物語を己のルートへと分岐させるほどに,強力かつ妖艶でなければならないからだ。

こうして贅沢に意味付与された〈桜〉は,まるでお姫様が無邪気にお菓子を食べるかのように,人々を,英霊を喰らう。そしてやがては士郎までをも。絶望的なまでのファムファタルだ。

士郎の決断:収められた刃

事ここに及んで,衛宮士郎が未だ「正義」という言葉に縋るのはやや滑稽にも思える。と同時に,やはりこの物語では,彼の一途な精神論に最後の救いを求めざるを得ないのだとも思い至るのだ。彼はこともあろうに「桜だけの正義の味方になる」という,「正義」という言葉の定義とは明らかに矛盾する台詞を言い放つわけだが,少なくともこの決断によって,彼は切嗣から受け継いだ「多数のために少数を犠牲にする」という功利主義的な呪いからは解放される。

この決断は,士郎が「ベッドに横たわる桜に向けた刃を収める」シークエンスによって表されるが,本作でもこの決定的なシーンの描写は実に丁寧に作り込まれていた。とりわけ,料理好きの士郎がこだわりをもっていたであろう包丁の描画を写実的に行っていたことには大きな意味がある。そもそも士郎は,「凜ルート」において,自身であるアーチャーに倣い,短剣「干将・莫耶」をトレースし,自身であるアーチャーに打ち勝つことになる人間だ。彼にとって短剣は己の「正義」を貫くための象徴であり,包丁はその代理物に他ならない。魔に飲まれゆく桜を前にそれを収めたということは,彼が自らの「正義」に背叛し,「桜だけの正義の味方」という幸せな矛盾を選択したことを意味するのだ。この描写の作り込みは決定的である。

www.otalog.jp

言葉なき戦い

第一章[presage flower]に続き,戦闘シーンは圧巻である。とりわけセイバーオルタとバーサーカーの戦いは,スピード感や音響からエクスカリバー・モルガンのエフェクト描画に至るまで,あらゆる要素が現時点でのアニメーションの最高水準に達していたと言ってよい。

この戦闘シーンの最大の特徴は,いわゆる“説明台詞”に相当するものが皆無だったことだ。例えばバーサーカーが復活する場面でも「ヘラクレスには蘇生スキルがあって云々」のような野暮な説明は一切なく,イリヤが「バーサーカー!!!」と憐れな声で叫ぶだけである。これによって戦闘シーンが濃密になり,視聴者の意識も戦闘描写そのものに集中できる。“画で語る”という映像表現の王道を行ったことは高く評価できるだろう。 

Aimerの主題歌

Aimerの声質は桜役の下屋則子の声質とは明らかに異なる。にもかかわらず,エンドロールで流れる主題歌『I beg you』は,まるで彼女に桜が乗り移ったかのように,桜の入り組んだ心情を見事に表現している。桜の多層的な内面と膨張する魔力をなぞるかのように蠢きながら進行する複雑な旋律を,Aimerは見事に歌い上げている。


Aimer 『I beg you』(主演:浜辺美波 / 劇場版「Fate/stay night [Heaven's Feel]」Ⅱ.lost butterfly主題歌)

これはもはや,単に本編を彩るための“主題歌”であるというよりは,Aimerの歌が本編の一端を担う役者であったとさえ言えるだろう。彼女の歌声は,それくらい『Heaven's Feel』という作品の一部になっている。

 

第二章は,アンリマユと一体化した邪悪な〈桜〉のビジュアルでエンディングを迎えた。仮に結末を知っていても,この先に訪れる不穏な展開には心がざわつく。

 

第三章『spring song』のレビューに関しては,以下の記事を参照頂きたい。

www.otalog.jp

劇場版「Fate/stay night [Heaven's Feel] I.presage flower」(完全生産限定版) [Blu-ray]