※この記事は幾原邦彦監督作品に関するネタバレが少々含まれます。気になる方は作品を先にご覧になってから本記事をお読み下さい。
去る大型連休に開催された「幾原邦彦展」,および開催期間中に行われた「『さらざんまい』トークショー」を訪れた。開催地も開催期間も限定的だったのが残念だが,たいへん充実した内容であった。もし他の地域でも開催されることがあれば,是非オススメしたい展示会である。
展示会データ
開催期間:2019年4月27日〜2019年5月6日(10:00~17:00)
会場: 東京ソラマチ®スペース634
幾原邦彦プロフィール
1964年生まれ。1986年に東映動画(現在の東映アニメーション)に入社後,『メイプルタウン物語』(1986年)の制作進行としてキャリアをスタート。『もーれつア太郎』(第2作,1990年)にて演出,『美少女戦士セーラームーン』シリーズ(1992年~)では演出およびシリーズディレクターを務め,実績を重ねる。この東映動画時代,『メイプルタウン物語』や『美少女戦士セーラームーン』のシリーズディレクターであった佐藤順一に師事している。
その後1996年に東映動画を退社し,オリジナル作品である『少女革命ウテナ』(1997年),『輪るピングドラム』(2011年),『ユリ熊嵐』(2015年),『さらざんまい』(2019年)を手がける。“幾原作品”と言えば,まずこの4作品が挙がるだろう。
幾原作品の時代感覚
本展示は,『少女革命ウテナ』以降のオリジナル作品の企画案,イメージボード,絵コンテ,原画,幾原監督の創作ノートなどの資料を中心に,『美少女戦士セーラームーン』の原画や,さらには監督が高校生の時に描いたマンガなど,幾原の活動を総覧する内容になっていた。多作のクリエーターではないために,展示会の規模としては比較的小ぶりだったが,幾原ワールドを振り返り,かつ深く理解するのに十分な情報量だったと言えるだろう。
しばしば指摘されることだが,幾原作品は〈時代意識〉が強いと言われる。1997年の『少女革命ウテナ』では,世紀末の閉塞感とそこからの解放,2011年の『輪るピングドラム』では,1995年の「地下鉄サリン事件」と,それに対する次世代の人々の引き受け方,2015年の『ユリ熊嵐』ではネット時代のコミュニケーションにおける〈排除〉という問題。『ウテナ』から20年以上経った今,幾原がオリジナル作品に込めてきた時代への思いをいったん振り返るタイミングとしては,最適の時期だったかもしれない。
そんなことを考えながら展示作品を観てみると,絵コンテの指示や原画の監督修正に格別の思いが込められているようにも思えてくる。幾原邦彦の世界において,ポップでかわいいキャラクターデザインや美術と,〈閉塞感〉〈過去の事件〉〈排除〉といった息苦しい時代意識は,矛盾も対立も反発もしていない。むしろ前者があるからこそ後者が成り立つという不思議さこそが彼の作品の魅力だ。原画に記されたペンギンの口の開け方に関する指示(監督自身による指示かどうかは不明)は,〈過去を引き受ける〉というテーマと直接関係することはないだろう。しかしペンギンがあのように口を開けるからこそ,冠葉と晶馬の陽毬はあのように過去を引き受けるのだろうと思わせる,不思議な説得力が彼の作品にはある。
〈幾原邦彦〉という作品
本展示は個別の“作品展”ではなく,“幾原邦彦展”である。
辻村深月の『ハケンアニメ』(2014年)に登場するイケメンアニメ監督「王子千晴」や,『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)の「渚カヲル」のモデルともされる幾原邦彦。その“ビジュアル系”の佇まい(ただし最近はあまり派手な服装をしていないようだ)やルックス(現在でも素敵なおじさまだが,展示の中にある東映時代の写真を見ると,間違いなくイケメンだったことがわかる)は,彼自身が作品のキャラとして成立するほどの存在感を持っていることを証明している。
そんなこともあってか,幾原はしばしば「天才・奇才」と称される。確かに彼の風貌と作品から醸し出されるクリエーターとしてのイメージはそのようなものだろう。しかしいくつかのインタビューやオーディオコメンタリの発言から僕が感じたのは,むしろ「極めて実直で繊細な努力家」というイメージである。
例えば本展示にもあった『もーれつア太郎』の絵コンテを見ると,(初めての演出作品ということもあったろうが)実に綿密で細やかな指示をしているのがわかる。また,いくつかの作品のビデオグラム特典オーディオコメンタリなどを聞くと,特に人物の心理ロジックを説明する際,一つ一つ言葉を丁寧に選びながら話しているのがよくわかるのだ。
トークショーにて:〈家族〉というテーマ,そして『さらざんまい』へ
本展示では,図録やグッズの購入特典として,サイン会と「『さらざんまい』トークショー」の応募シリアルコードが与えられた。僕はサイン会の方は残念ながら落選してしまったのだが,トークショーはめでたく当選。今年の運は早々に使い果たした感がある。
これまでにもオーディオコメンタリで監督の軽妙な語り口は耳にしていたが,トークショーでも実に楽しい話が聞けた。幾原監督は基本的に楽しい話が好きである。小ネタやギャグなども交えながらのトークショーは,とても90分とは思えないほど早く過ぎてしまった。
トークでは,現在放映中の『さらざんまい』に関する初期の資料(イメージボードや設定資料等)が紹介された。当初「ケッピ」がアザラシやカバとして発案されていたり,不気味な怪物に変身する案が出されていたりと,放映中の作品に関しては通常まずお目にかかれない資料を目にすることができた。
ショーの後半では,参加者やツイッターのフォロワーから募集された質問コーナーが設けられた。さまざまな質問がなされる中,〈家族〉というテーマに関する質問と監督のコメントは特に興味深かった。
幾原は子どもの頃に父親を失っており,母子家庭で育っている。家庭環境として恵まれていなかったわけではないが,母子家庭という環境が,「家族がつながるとはどういうことか」を考えるきっかけになったかもしれないと述べていた。
また,以前は学校や会社というコミュニティの力が強かったものが,その力が次第に弱まったことで,相対的に家族への意識が強まったのではないかとも述べていた。
周知の通り,幾原の作品に登場する〈家族〉は,血のつながりで保証されるような伝統的な家族観でできあがったものではない。しかし物理的なつながりがないからこそ,心でつながろうとする強い意志がそこには表されている。現在放映中の『さらざんまい』第5皿(第5話)でも,このテーマが強く打ち出されていた。〈家族〉〈つながり〉というモチーフは未だ幾原監督の中でアクチュアルな問題だということだ。
さらに,これまでの作品では女の子が登場することが多かったのに対し,『さらざんまい』では男の子のキャラが多いことに関しても質問があった。これに対し幾原は「魂を削って戦う姿が美しいと感じている。そこに男女の違いはない。以前から男の子が中心の作品はやりたいと思っていた」と答えていた。
一稀が,悠が,燕太が,〈つながり〉を求め魂を削りながら戦う(そして尻子玉を抜く!)姿にこれからも注目だ。
補足:販売グッズについて
会場では「幾原邦彦展」図録や「チョコマシュマロ」が販売された他,2018年に開催された「少女革命ウテナ TVアニメ放送20周年記念展~薔薇と革命の記憶,絶対運命黙示録~」のグッズも一部復刻販売されていたが,多くのグッズは受注販売(会場で売り切れになった「図録」「チョコマシュマロ」も含む)の形をとっていた。販売内容は以下の写真の通りである。
会場での受注販売ということなので,現在では入手不可だが,「ウテナ展」と同様,今後のイベントで復刻販売がなされる可能性はある。興味のある方は公式ツイッターや公式HPをこまめにチェックされるといいだろう。
「幾原邦彦展」公式Twitter
「幾原邦彦展」公式HP(グッズ販売に関するご案内)
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