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劇場アニメ『天気の子』(2019年)レビュー:矮小なる“オレ”の選択

  ※このレビューはネタバレを含みます。

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公式HPより引用

tenkinoko.com

『君の名は。』(2016年)で劇場アニメのあり方を決定的に変えた新海誠監督が,「世界の形を決定的に変える」ことの意味を改めて問うた本作。公開直後から,『君の名は。』に劣らぬほどの賛否を巻き起こした作品となっており,その意味でも今夏必見の映画だと言える。

 

作品データ

原作:新海誠

脚本:新海誠

監督:新海誠

制作:コミックス・ウェーブ・フィルム

(リンクはWikipediaの記事)

高校1年生の帆高は,離島での鬱屈した生活から逃れるべく家出をし,東京に向かう。東京は異常気象により連日雨が降り続け,世界は重苦しく湿りきっていた。怪しげな編集プロダクションを経営する須賀の元でアルバイトをしながら貧窮生活を送る帆高は,ある日,祈りによって天気を晴れにすることができる不思議な少女,陽菜と出会う。

〈世界〉への反抗

まあ気にすんなよ,青年

世界なんてさ―どうせもともと狂ってんだから

物語の終盤で須賀が帆高に対して言ったこのセリフは,本作における〈大人の世界〉を端的に要約している重要なセリフだ。世界は最初から狂っていて,何も変わらない。このある種の諦念とも言える気分は,冨美*1 の「だからさ-結局元に戻っただけだわ,なんて思ったりもするね」というセリフにも表されている。

監督の新海誠は,劇場パンフレットの中で,近年の世界の在り方について以下のように述べている。

今回の作品の柱としていちばん根底にあったのは,この世界自体が狂ってきたという気分そのものでした。世界情勢においても,環境問題においても,世の中の変化が加速していて,体感としてはどうもおかしな方向に変わっていっている。[…]当たり前のことですが,僕たち大人はこういった世界の在りようについてそれぞれなんらかの責任を負っている。でも一方で若い人たちにとっては,今の世界は選択の余地すらなかったものです。生まれた時から世界はこの形であり,選択のしようもなくここで生きていくしかない。*2

だとすれば,須賀の「世界なんてさ―どうせもともと狂ってんだから」は,この世界をこの世界たらしめた張本人である大人の責任放棄であり,「大人が作った世界でおとなしく生きていろ」という受動性の強要に他ならない。当然,若者である帆高はそのような受動的世界容認に反発するだろう。では,帆高は〈大人の世界〉にどう能動的に反抗していくか。前作『君の名は。』(2016年)では,主人公自身が〈大人〉になり,世界を救うという結末を選択した。少なくともこれが,2016年時点での新海の選択だったはずだ。ところが彼は,『天気の子』においてベクトルを真逆に振り向けた。そしてそこにこそ,この作品の青臭くも瑞々しいジュヴナイルフレーバーが濃縮されているのだと言える。

〈年齢差の逆転〉というトリック

『天気の子』は公開直後から,〈ボーイミーツガール〉,〈選択とルート分岐〉を想起させるストーリー展開,〈セカイか少女か〉というクライマックスの決断など,いわゆる“ゼロ年代エロ[ギャル]ゲ”との類似点が指摘され,ネットを中心に話題になっている。

togetter.com

ちなみに〈選択とルート分岐〉に関しては,評論家の小野寺系までもが,「もしも帆高が陽菜を救い出せていなかったとしたらどうだろうか」などと問いを立てた上で,陽菜が風俗店で客をとらされ帆高がヒモになる展開を想像しているくらいだ。およそエロ[ギャル]ゲとは無関係な批評の文脈において〈選択とルート分岐〉が言及されているのはたいへん興味深い。*3

しかしもちろんそこには大きな違いもある。それは,本作が〈年齢差〉という,中高生の人間関係構築においては少なからず大きな影響力を持つ要素を盛り込みながら,それをあえて逆転させることで,エロ[ギャル]ゲにおいてしばしば見られる〈父性的優位(「僕がこの娘を守って[所有して]あげよう」)〉を突き崩した点だ。

年齢差と父性的優位については,『CLANNAD』(2004年(PC版ゲーム),2007年(京都アニメーション版TVアニメ))の古河渚と岡崎朋也の関係を考えてみるとわかりやすい。病弱で授業を休みがちな渚は高校を留年しているため,朋也たちよりも1歳年上である。しかし朋也はまるで自分の方が年上であるかのように振る舞い,その様子は渚の父親にそっくりである。渚が年上のように振る舞おうとすることもままあるが,彼女の気弱な性格もあって,結局は朋也に“父親のように”守られるキャラクターとして落ち着いてしまう。ここには,〈年下の女性を庇護する〉という関係性を〈あえて年上の女性を庇護する〉という関係性に変換し,〈父性的優位〉を強化するカラクリが用いられている。

新海誠の前作『君の名は。』(2016年)も,この〈年齢差による父性的優位の強化〉という『CLANNAD』的手法を踏襲していた。立花瀧はタイムトリップのような現象で3つ年上の宮水三葉と関わり,やがて彼女と彼女の町(世界)を救う選択をし,それに成功する。瀧と三葉はいったんは離ればなれにされるが,過去作である『ほしのこえ』(2002年),『雲のむこう,約束の場所』(2004年),『秒速5センチメートル』(2007年)とは異なり,2人はやがて都会の町中で奇跡的な再会を果たす。

年齢差によって強化された〈父性的優位〉が留保され,少女と世界を救うという選択がなされていたという点では,『君の名は。』も確かにゼロ年代エロ[ギャル]ゲの作法に則っていたのだと言える。

一方で,『天気の子』はこの〈年齢差〉をあえて逆転させている。当初,陽菜は年齢を18歳と偽り,帆高もそれに騙され,彼女を“姉”的な存在として扱う。ところがその後,帆高はリーゼントの刑事から陽菜が実は15歳であったことを聞かされ,「なんだよ…俺が一番年上じゃねえか…」と言いつつ,“自分が彼女を守ってやれなかった”というある種の挫折感を味わうのだ。

加えて,帆高が陽菜の小学生の弟・凪を「先輩」と呼んで慕っている点も重要だ。帆高というキャラクターからは,立花瀧に見られるような,少女を守る立場としての〈父性性〉が剥ぎ取られ,ある種の〈剥き出しの少年〉として描かれているのだと言える。

剥き出しの少年:オレが世界を選択したんだ!

『君の名は。』は,主人公のキャラクターの中に〈父性性〉を保持したことによって,立花瀧が〈父になる=社会化する〉という契機を残した作品だった。だからこそ,彼は宮水三葉という少女を守ると同時に,世界を救うという選択をすることができた。

しかし『天気の子』において新海は,この〈社会正義としての父〉という要素を放棄した。その代わりに登場したのは,父性性を払拭され,「少女を救いたい」という動機だけを駆動力に前に進む〈剥き出しの少年〉だ。“大人が選択した狂った世界は,本当はオレが選択したのだ”という偽悪。まさに,彼を補導したリーゼント刑事をして「うっぜぇ」と言わしめるほどの“厨二病ぶり”だ。そのようにして彼が選んだ「なにも足さず,なにも引かない世界」は,父としての権威を放棄し,社会的責任から解放された未熟な楽園なのかもしれない。

さて,これを“ゼロ年代セカイ系メンタリティへの回帰”と要約すべきだろうか。

僕は少し違うと思う。この作品は,ささやかではあるが,今現在の社会において有意味なメッセージ性を持ちうる作品に仕上がっていると思うのだ。もちろん,“家父長制度への批判”と言えるほどの批評性はこの作品にはないだろう。しかし,ともすれば生真面目な市民主体が“社会正義”の名の下に意識を肥大化させ,他者に対してオフェンシブになりがちな現代において,『天気の子』を一種の批判要素を持つ作品として評価することは無理なことではないだろう。

人の理性が不条理を抱えている以上,人類愛と正義によって肥大化した自意識の中にも,“世界よりもこの人が大事なのだ”という矮小化した自意識が存在するはずなのだ。それを認めようとせず,“狂った世界は何を犠牲にしてでも絶対に正すべきである”と思考するのは,社会正義という強迫観念によって不自然に捻じ曲げられ,肥大化した自意識であり,それ自体が狂気である。「調和が戻らない世界で,むしろその中で新しい何かを生み出す物語を描きたい」*4 と語る新海は,このような“正義の狂気”にささやかながら反抗しているように思える。

 それはとりもなおさず,新海誠自身が自己のうちに抱えている矛盾なのかもしれない。『君の名は。』で世界を救う選択をし,『天気の子』で世界を救わない選択をした新海は,おそらく次作でもそのダブルバインドに囚われることになるだろう。そしてそれは,『君の名は。』と『天気の子』の両作品に共感を覚えた僕らが,今後もずっと抱えていく矛盾でもあるのだ。

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
3.5 5 5 4
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
3.5 4 5
独自性 普遍性 平均
4 4.5 4.3
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

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*1:『君の名は。』の立花瀧の祖母。本作には,立花瀧,宮水三葉,宮水四葉,勅使河原克彦(テッシー),名取早耶香(サヤちん)といった『君の名は。』の登場人物がゲスト出演している。

*2:「劇場用パンフレット」第1弾,p. 13。

*3:「『君の名は。』との共通点と相違点から、新海誠監督最新作『天気の子』の本質を探る」リアルサウンド映画部より

*4:「劇場用パンフレット」第1弾,p.13。