アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメ・マンガ・ゲーム・フィギュアを中心としたカルチャー雑記

ドキュメンタリー映画『飄々~拝啓,大塚康生様~』(2015年)レビュー:ムーミンよ,永遠に。

f:id:alterEgo:20190808173331j:plain

トムス・エンタテインメント公式ブログより引用

作品データ

監督:宇城秀紀

出演:大塚康生おおすみ正秋小田部羊一高畑勲田中敦子月岡貞夫富沢信雄友永和秀,林雅子,道籏義宣,大塚文枝(大塚康生夫人)

語り:島本須美
(リンクはWikipedia,作画@wikiの記事)


大塚康生本人に加え,大塚にゆかりのあるアニメーターの証言を収集・記録したドキュメンタリー映画。「東京アニメアワードフェスティバル2015」の「トムスアニメ制作50周年記念シアター」にて特別上映された。2019年8月,トムス・エンタテインメント制作55周年を記念し,ユジク阿佐ヶ谷にて限定上映された。日本アニメ草創期のクリエイターの人柄,苦労話,愉快なエピソードなどを知ることができる,大変貴重なドキュメンタリーである。

大塚康生について

1931年島根生まれ。1957年,発足されたばかりの東映動画(現・東映アニメーション)に第1期生として入社し,アニメーターとしてのキャリアをスタートする。日本初のカラー長編アニメ『白蛇伝』(1958年),『わんぱく王子の大蛇退治』(1963年)などで原画を担当。『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968年)では作画監督を務める。以降,東京ムービーで『ムーミン』(1969 年版)や『ルパン三世(TV第1シリーズ)』(1971年)など,日本アニメーションで『未来少年コナン』(1978年),『じゃりン子チエ』(1981年)などの作画監督を歴任。現在では一線を退き,スタジオジブリを始め国内外のスタジオや専門学校で後進指導にあたっている。

なお大塚のキャリアについては,「月刊アニメージュ」の自伝的コラムをまとめた『作画汗まみれ』に詳しい。文庫版で手軽に読める他,電子版もあるので一読されるのもいいだろう。

作画汗まみれ 改訂最新版 (文春ジブリ文庫)

作画汗まみれ 改訂最新版 (文春ジブリ文庫)

 

拝啓,ムーミン様

映画に出演するおおすみ正秋によれば,ある日,大塚康夫は数枚の紙にさらさらと絵を描き,おおすみに見せた。そこには大塚の顔がムーミンに変化するパラパラ漫画が描かれていたという。おおすみが演出(当時のクレジットは大隈正秋),大塚が作画監督を務めた『ムーミン』(1969年版)制作前のエピソードである。*1

大塚によれば,この『ムーミン』(1969年版)におけるムーミンのキャラクターは,日本のマーケットに合わせて「丸っこい」デザインにしたのだという。*2 映画の中で,自宅の作業部屋にぽてっと座り,タバコを燻らせながら「飄々」と語る大塚の姿は,まさしく彼自身が描いた「丸っこい」ムーミンそのものだ。

この誰にも好かれる“丸さ”こそ,大塚康夫というアニメーターの最大のチャームポイントであり,最大の武器でもあったのだろう。彼自身のキャラクターがムーミンのように丸かったからこそ,彼の周りには人が集まり,彼から多くのことを学び得たのだ。

人に伝わりゆく技術

高畑勲は,大塚は「人に教えるのがうまかった」と述懐している。その一方で,「宮崎さんは下手だった」とバッサリ切っている。大塚と宮崎の対照的なキャラクターは大変興味深い。

宮崎駿のような超然とした天才がアニメ表現の水準を一段も二段も底上げし,それによって日本のアニメーションの技術レベルを世界に知らしめたことは間違いない。しかし,アニメーションは一人の人間だけで出来上がるものではない。多数の人間が共同作業で作り上げるからこそ,そこには技術の共有と伝達が不可欠だ。大塚の「丸っこい」キャラは,やさしく穏やかに技術を伝達するのにぴったりのキャラだったのかもしれない。その意味で,彼の後半生は彼の天命なのだと言える。

大塚康生の人材育成術を見ていて思い出すのは,京都アニメーションの企業理念だ。ブラックな状況が改善しないアニメーション業界にあって,京アニは従業員の正社員化や労働条件改善に努めつつ“人”を大切にし,人材育成に大変な力を入れてきた会社だ。京都アニメーションのホームページに掲載された企業理念には「人を大切にし,人づくりが作品づくりでもあります」とある。*3 人の技術が人に伝わり,進化し,素晴らしい作品を作り続ける。京都アニメーションの作品を1つでも観てみればわかるように,〈育成〉という理念はアニメ作りにおいて決定的な要素である。事件で亡くなった人たちの直接の仕事を観ることはもう叶わないが,彼らが伝えた技術は,間違いなく未来の京アニ作品の中に蘇って来るだろう。

大塚は絵そのものの美しさよりも,動きを演技そのものと捉え,大事にした。文字通りアニメーションの“生命”であるキャラクターの動き=演技の大切さを,大塚は『白蛇伝』の原画・森康二から学んだ。そして僕らは『白蛇伝』の中に表されている動き=生命を,間違いなく現在のアニメ作品の中に見出すことができる。それは大塚のような人が尽力した〈育成〉のお陰に他ならない。

www.otalog.jp

もう僕らは大塚自身が手がけたアニメを観ることはできないかもしれない。しかし,彼が後世に伝えた技術は,この先も数々のアニメーションの中に繰り返し立ち現れてくるはずだ。

 

*1:このエピソードはおおすみのブログ「おおすみ正秋の仕事場」の記事「楽しかったムーミンの制作現場」でも語られており,おおすみにとって印象深い出来事だったことが伺える。

*2:大塚康生『作画汗まみれ』文春ジブリ文庫,2013年,p. 186。ちなみにこの『大塚ムーミン』は原作のキャラクターとはかけ離れていたため,原作者側からは認められず,テレビ放映や新規のソフト販売などが行われなくなってしまった。

*3:京都アニメーション公式HP「企業理念」より