アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

アニメレビュー覚書:〈集合生命体〉のヴァリアンツ

*この記事は『ドラゴンボールZ』『新世紀エヴァンゲリオン Air / まごころを,きみに』『ガン×ソード』『キルラキル』『シドニアの騎士』『PSYCHO-PASS』の内容に触れています。ご注意下さい。

他者を取り込み,他者を排除することで,唯一絶対の存在になろうとする〈集合生命体〉のキャラクター類型。マンガ・アニメ史においてほぼ常に主人公と対峙する“敵”として描かれてきたこの類型には,マンガ・アニメなどの表象文化における〈個/非-個〉に関する問題意識が色濃く反映している。

 

『ドラゴンボール』セル,魔人ブウ

ドクター・ゲロの作り出した人造人間「セル」は,他の人造人間を吸収することにより進化し,最終的に「完全体」となる。また魔導師ビビディの作り出した「魔神ブウ」も,界王神や己自身を吸収することで「純粋」体へと進化していく。

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「完全体」となったセル(『ドラゴンボールZ』第161話より引用) ©️バードスタジオ/集英社・フジテレビ・東映アニメーション

「敵を吸収することによって強くなっていく」という設定は〈集合生命体〉の類型としては最もシンプルなものだが,これは「一戦ごとに勝者が敗者を排除しながら頂点を目指し,最後に一者だけが勝者となる」という勝ち抜き戦のメタファーに他ならず,ジャンプ作品の代名詞とも言える「トーナメント方式」をキャラクターとして体現している興味深い例である。

ちなみに悟空の側も味方と「フュージョン」することで強力な力を得るという技を持つが,これはどちらかと言えば元の個体の個性を残した〈協力〉関係に近く,アニメでは合体後の声を2人の声を二重にするなど,合体前のそれぞれの人格が保持された状態を演出している。セルや魔神ブウのような,他者を完全に取り込んでしまう〈吸収〉とは対照的である。 

『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air / まごころを,君に』(1997年):サードインパクト後の人類

物語の終局において,世界の惨劇に絶望し発狂するシンジ。彼の搭乗するエヴァ初号機を依代として発生した「サードインパクト」の後,全人類は個体としての存在を保てなくなって液状化し,その魂は「黒き月」へと集められていく。しかしそのその刹那,シンジは「“他人”の恐怖」を受け入れ,心の壁=ATフィールドが個と個を分つ世界への回帰を望む。

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『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air / まごころを,君に』より引用 ©カラー/Project Eva. ©カラー/EVA製作委員会 ©カラー

本作における「人類補完計画」はアニメ史上最大の謎であり,その仔細は未だ不明である。しかしそれがどのような形を取るのであれ,「個としての人間存在を無化し,集合個体へ進化すること」が事の本質であるように思われる。このような〈個の無化〉をシンジはきっぱりと否定する。それは好きな人の首を絞め,好きな人から「キモチワルイ」と言われてしまう世界だが,“みんな”という〈個〉が存在を保っている。この世界を守ることこそが(この時点での)本作の主人公の選択だったのだ。 

『ガン×ソード』(2005年)カギ爪の男

 「カギ爪の男」の目的は「宇宙創成を初めからやり直し,全人類に自らの思想を共有させること」であり,その“超展開”的プログラムは〈集合生命体〉の意志そのものである。その不気味な理想は,彼が穏やかな声で語る「みんなで同じ夢を見ればいい」という言葉の中に表されている。そこでは個人の具体的な苦悩と幸福は捨象され,ディストピアさながらの「幸福」の元にすべてが抽象化されてしまっている。

これに対峙する主人公・ヴァンとその一行は,高邁な理想も夢も共有していない,いわば烏合の衆だ。カギ爪の男からすれば矮小な存在に過ぎない彼ら小市民たちが,小さいけれどもかけがえのないものを守るために戦う。本作は〈非-個〉に抗う〈個〉という『エヴァンゲリオン』のテーマを継承しつつも,それをより明朗に“人間臭く”描いた名作であった。

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第13話より引用(キャラクターデザインの木村貴宏によるイラスト) ©2005 AIC・チームダンチェスター/ガンソードパートナーズ

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『キルラキル』(2013-2014年)生命戦維

地球外生命体である「生命戦維」は太古の地球に飛来し,人類に寄生してその進化を促した後,人類に「服を着る」という習性を残して休眠状態に入った。人類の進化が十分達成された今,生命戦維は人類の生命エネルギーを取り込んで地球を覆い尽くし,新たな種子を宇宙に拡散させて繁殖しようとしている。そんな生命戦維の目論見に加担するのが鬼龍院皐月の母・鬼龍院羅暁である。

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第21話より引用 ©TRIGGER・中島かずき/キルラキル製作委員会

母・羅暁の野望を阻止すべく立ち上がる皐月は,主人公・纏流子にこう語る。

世界は一枚の布ではない。“何だかよくわからないもの”に溢れているから,この世界は美しい*1

彼女の言葉に表されているのは,「何だかよくわからない」が,かけがえのない小世界を守ることの尊さであり,満艦飾家のような「何だかよくわからない」市井の人々を意図して丁寧に描くのもそこに理由がある。

『シドニアの騎士』(2014-2015年)落合

この作品に登場する「融合個体」は,科学者・落合が未知の生命体「奇居子」 と人間と掛け合わせから作り出した新生命体であり,複数の他者を吸収することで進化する生命体というわけではない。しかし「融合個体」に意識を転送し,シドニアの民を無き者にしようとした落合の目的は,自らが究極の生命体となって永遠に生き存えることにより「人類という種族全体の救済」を実現することであった。これはまさしく「人類補完計画」や「カギ爪の男」と同じ〈集合生命体〉のプログラムに他ならない。

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弐瓶勉『シドニアの騎士』十四,p.2。講談社,2015年。 ©︎Tsutomu Nihei 2015

主人公の谷風長道ら「シドニアの民」たちは落合の野望を打ち砕き,彼が蔑んだ「限りある命と世代交代」によって種を存続する道を選ぶ。

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『PSYCHO-PASS』シビュラシステム

市民の精神状態を「サイコパス」と呼ばれる数値で管理し,個人の能力に適した職業適性と幸福実現の手段を提供する「シビュラシステム」。犯罪者になる危険性を「犯罪係数」として数値化し,値が高い人物を「潜在犯」として事前に処理することで,極めて高度な治安維持を実現している。

しかしその実態は,ユニット化された人間の生体脳による高度な演算システムであり,シビュラシステムによって犯罪係数を計測できない=システムの外部にいる「免罪体質者」の生体脳を取り込むことで,その外縁を常に拡張し続けている。

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第17話より引用 ©サイコパス製作委員会

シビュラシステムの1ユニットと化したかつての潜在犯・藤間幸三郎の悦に入った講説は,まさに〈集合生命体〉の欲望そのものである。

他者の脳と認識を共有し,理解力と判断力を拡張されることの全能感!神話に登場する預言者の気分だよ。何もかもがわかる。世界のすべてを自分の支配下に感じる!*2

一方,藤間にシビュラシステムに参与するよう求められながらもそれを拒否した槙島聖護は,その異常な行動とは裏腹に,『ガン×ソード』や『キルラキル』における市井の人々と同じ“人間的,あまりに人間的”なキャラクターである。

僕はね,この人生というゲームを心底愛しているんだよ。だからどこまでもプレイヤーとして参加し続けたい」*3 

自己にとって異質な外部を取り込むことでより完璧なシステムへと更新され,かつ社会を成立させるための“システム”として人間社会を覆い尽くし,個を内包してしまうシビュラシステムは,〈集合生命体〉の狡知として最も洗練されたものに他ならない。ある者はあくまでもその外部に留まらんと死を望み,ある者はその内部で踊らされ,ある者は敢えてその内部でシステムに抗う。〈集合生命体〉をキャラクターではなく世界設定そのものに仕立て上げた本作のアイディアは大いに称賛に値する。

 

今後も〈集合生命体〉の系譜を継ぐキャラクターはいくつも生み出されていくことだろう。それは相変わらず生の人間の“敵”であり続けるのか,それとも時代と共に社会意識が変化し,その距離感も変わっていくのか。

*1:『キルラキル』第22話の鬼龍院皐月のセリフより。

*2:『PSYCHO-PASS』第17話の藤間幸三郎のセリフより。

*3:『PSYCHO-PASS』第17話の槙島聖護のセリフより。