*このレビューはネタバレを含みます。
ufotable制作の映像の“高級感”を支える撮影部門,そしていくつものビッグタイトルで撮影監督を務めてきた寺尾優一の功績は,どれだけ強調してもし過ぎることはない。
11月27日に発売された『鬼滅の刃』Blu-ray/DVD第五巻の封入特典「鬼殺隊報」には,寺尾優一のインタビューが掲載されている。以下,寺尾の言葉を引用しながら重要なポイントを列挙していく。
輪郭線について
まず,監督の外崎春雄やキャラクターデザインの松島晃も各所で言及している輪郭線。寺尾もこのインタビューで興味深い発言をしている。
線を太くするバージョンや,線を濃くするバージョン,あるいは鉛筆タッチの処理を加えるバージョンや,カメラからの距離に合わせて色合いを変えるバージョンなど。最終的には原作の絵が動く印象を大切にして,撮影処理を加えることにしました。
キャラクターの輪郭線については,実際には原作の吾峠呼世晴の線よりもはるかに太く描画されており,この作品の表情を極めてユニークなものにしている。それだけに背景美術とのすりあわせには相当気を遣ったことが想像されるが,それについて寺尾は「背景についても原作の絵を再現するために,思い切って,線の太いキャラクターの絵に近づける方向性にしています」と述べている。
輪郭線のこだわりに関する外崎・松島の発言に関しては,以下の記事を参考にして頂きたい。
『無限列車編』のレビューについては以下の記事を参照して頂きたい。
「水の呼吸」について
「水の呼吸」は劇中に何度も,何種類も出てくるのですが,登場するたびに新しい演出になっていて,過去に作ったエフェクトを兼用していないんです。良い言い方をすれば,カットごとのオートクチュール(=オーダーメイド)。こういうことが出来たのは,動画の精度が高かったからで,若手の動画スタッフが,何度も描き直して,とても良い動画を上げてくれた。動画が良いと,撮影チームとしてはいろいろな手法を選択できるようになるんですよ。
これは大変興味深い。「水の呼吸」は本作の前半を彩る“華”として頻出する重要なアクションだが,それを各カット「オートクチュール」でエフェクト処理しているのだ。このこだわりが,何度反復されても飽きないアクションを生み出している。“反復の美学”とも言えるバンクシーンとは対極にある思想と言えようか。
またこの引用で,寺尾が若手の動画スタッフの仕事に敬意を表しているのも印象的だ。動画職は原画職に昇格するまでの修行段階のように捉えられがちだが,それは昨今の繊細な動きを重視した作品を考えてみるに,必ずしも妥当なイメージではない。少なくとも動画と原画の間に貴賤のような差はない。各部門の綿密な連携が傑作を生み出すということを寺尾の言葉が示唆しているように思える。
家族の回想シーン
炭治郎が家族を思い出すときは,温かい色合いにしようと心掛けていました。本編の中でも一番明るくて,暖色が映える,優しい映像にしたいなと。
ufotableと言えば『Fate』シリーズなどの深い闇のシーンなどが印象に強いが,『鬼滅の刃』の回想シーンは確かにそれと好対照を成す明るい画作りをしている。〈明るさと暗さのコントラスト〉は『鬼滅の刃』という作品の魅力のひとつと言えるかもしれない。それを原作から引き出したufotableの功績は大きい。
ヒノカミ神楽
第十九話の「ヒノカミ」は,近年のTVシリーズアニメの中でも群を抜く高いクオリティを示した話数だが,「ご自身のお仕事で印象に残っているカットは?」と問われた寺尾もこのシーンを挙げ,次のように述べている。
ヒノカミ神楽,爆血,累の血の糸と,三色の赤が重なり合うんですよ。絵コンテ・演出の白井(俊行)さんからも,それぞれの色に差をつけたいという話があって。ヒノカミ神楽は炎というよりも「太陽」,爆血は「紫」というように,赤の中に個性をつけていきました。
右下の炭治郎と累が激突するシーンでは,炭治郎の「太陽」と禰豆子の「紫」が溶け合い,絶妙な色彩になっている。
なお,ここに掲載した画像はTV放送の映像をキャプチャーしたものであり,後述するようにハーディング・チェックが施されている。オリジナルの色味とは異なることをお断りしておく。
吉川冴と吉田遥
寺尾によると,ufotableの撮影チームには「新人から勤続15年にベテランまで,幅広い年齢層のスタッフが在籍」しているらしいが,中でも吉川冴と吉田遥を「印象に残る仕事をした撮影スタッフ」として挙げている(リンクは「アニメ@wiki」)。吉川は『Fate/stay night [Unlimited Blade Works]』(2014-2015年)や『活撃 刀剣乱舞』(2017年)で撮影監督補佐,『衛宮さんちの今日のごはん』(2018-2019年)で撮影監督を担当している。吉田は新人らしいが,寺尾は「ベテラン勢にも見劣りしない仕事」と高評価している。
寺尾の技を継承したスタッフが育ってくれるのはアニメファンとしても嬉しい限りだ。吉川・吉田両氏の名前は今後も要チェックである。
ハーディングチェックについて
寺尾によれば,TV放送された映像はハーディング・チェック(いわゆるパカパカチェック)によって輝度調整がなされており,特に第十七話「ひとつのことを極め抜け」における善逸の「霹靂一閃・六連」と第十九話の「ヒノカミ」のオンエア映像は,オリジナルと色合いが異なっている部分があるということだ。この記事を執筆している時点では,上記の話数を収録したBlu-ray/DVD第七巻(1月29日発売)と第八巻(2月26日発売)は発売されていないため未確認だが,是非オリジナルの色味を味わいたいものである。
寺尾撮影班の仕事の機敏を味わうためには,やはりTV放送用にチェックする前のオリジナル映像を観る必要がある。その意味でも本作のBlu-ray/DVDを購入する価値は十分にあるだろう。特典も充実しているのでオススメである。
アニメの撮影については以下の記事も参照して頂きたい。