アニ録ブログ

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劇場アニメ『羅小黒戦記』(2019年)レビュー:国境を越える〈かわいい〉のコード

*このレビューはネタバレを含みます。

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公式Twitterアカウントより引用 ©北京寒木春華動画技術有限会社

heicat-movie.com

中国の漫画家でありアニメーターでもあるMTJJが,2011年から動画サイトで公開を始めたフラッシュアニメ『羅小黒戦記』。本国のネット上で徐々に人気を博し,この度の劇場アニメ化にまで至ったスマッシュヒット作品である。日本でもアニメーターの入江泰浩や井上俊之らの高評価を受けて人気が高まり,上映館も拡大されている。

監督のMTJJは日本アニメを研究しつくした人であり,本作は内容の面白さもさることながら,現時点での中国アニメと日本アニメの“距離感”を知る上でも貴重な作品となったと言えるだろう。

 

作品データ

  • 監督:MTJJ木頭
  • 脚本:MTJJ木頭
  • 制作:寒木春華スタジオ

猫の妖精である小黒(シャオヘイ)は,人間の開発によって,楽しく幸せに暮らしていた森を追われてしまう。人間に憎悪を抱きつつ都会にひっそりと暮らしていた小黒は,同じく人と対立する妖精・風息(フーシー)の一味と出会い,仲間として温かく迎えられる。ある日のこと,彼らのもとに妖精と同格の力を持つ人間・無限(ムゲン)が現れ,小黒を「館」へと連れ去ろうとする。道中,無限は小黒の潜在能力を見抜き,彼に術を教える。無限を憎んでいた小黒は,「館」の真の存在理由を知るにつれ,徐々に心を開いていく。

〈かわいい〉コードの集大成としての小黒

子猫の形態時は黒目がちな大きな瞳,二頭身の丸い体型,ハイピッチの鳴き声。人間の形態時は子どもらしい丸く柔らかい体型に,頭には御丁寧に猫耳が付いている。*1 小黒のキャラクターはありとあらゆる〈かわいい〉の記号が総動員され,ほとんど“ケモナーロリショタ”を具現するデザインと言っても過言ではない。

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公式Twitterアカウントより引用 ©北京寒木春華動画技術有限会社

小黒というキャラクターを構成しているこの〈かわいい〉の記号群は,紛れもなく現代の日本アニメが作り上げてきた描写のコードに則っている。例えば,美味しい料理を食べた時に小黒の目がキュピーンと星形に光る表情などは,ごく最近の「日常系」アニメに頻出する描写として,日本ではよく知られたものだ。

劇場版の前身となるWeb版では,この〈かわいい〉コードがさらに前面に押し出されているのが興味深い。YouTubeに公式チャンネルがあり,日本でも手軽に視聴できるのでぜひ一度ご覧頂くとよいだろう(日本語字幕付き)。

www.youtube.com

Web版では,ほのぼのとした愛らしさが背景美術を含めた画面の端から端までを覆い尽くしており,どちらかと言えば「日常系」のカテゴリーに入る作風となっていることがわかる。よりアドベンチャー要素を濃厚にした劇場版でも,その〈かわいい〉要素がほぼ希釈されることなく表現されている。

前述したとおり,これらの〈かわいい〉コードはもっぱら日本のアニメ文化の中で培養されてきたものと言ってよい。しかしだからと言って,『羅小黒戦記』が“日本アニメの模倣”のレベルに留まっているかと言うとそうでもない。映画を観ればすぐにわかることだが,独自の効果音の使用やリズム感とも相まって,日本アニメにはない間合いでコードを使いこなしている感がある。そもそも,表現のコードはその効果が普遍的であればあるほど容易に国境を越え,多様な文化の中に根付く力を持っている。

カンフー映画の呼吸

このことは,本作において〈かわいい〉要素とスタイリッシュなアクションシーンとがみごとに融合した点に最もよく表わされているように思える。文字通り目にも止まらぬ速さで繰り広げられる格闘シーンは,『ドラゴンボール』『NARUTO』『ワンパンマン』など,海外でも人気の日本アニメの影響もあるだろう。しかし同時に,そこには中国映画独特の間合いや呼吸のようなものが感じられる。例えばキャラクターが高速移動後にピタッと立ち止まる刹那,目線を横に流す仕草などは,中国の実写映画の中でよく見られる描写だ。

師匠(無限)が後ろ手に静かに立ち,無駄な動作を一切せず,ちょこまかと悪足掻きをする弟子(小黒)を法術によって翻弄するーー〈静と動〉の対比によって圧倒的な力の差を演出するこのような手法も,まさしく中国・香港が得意としたカンフー映画そのものだ。もちろんこうした描写にしても,前述したような日本のアクションアニメにも見られるものであり,監督がこれらの作品にインスパイアされている事実もあるのだろう。しかし『ドラゴンボール』や『ワンパンマン』にしても,その表現手法の源泉はやはりカンフー映画にある。かつてのディズニーアニメと手塚アニメの間の相互影響関係に似たものがここに伺える。

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公式Twitterアカウントより引用 ©北京寒木春華動画技術有限会社

“ジブリ”の向こう側へ

これだけ魅力的な『羅小黒戦記』だが,何から何まで諸手を挙げて賞賛できるかと言えばそうでもない。多くの物語に触れてきた人にとっては,ややテーマ設定の面で物足りなさを感じてしまうところがある。

終盤,かつて家族のように慕っていた風息が,自分の力を利用して人間から力づくで世界を取り戻そうとしていることを知った小黒は,逆にかつて敵として憎んでいた無限と力を合わせ,風息と対峙することになる。風息は二人によって倒され,再び人と妖精との共生が図られる。

このプロットはそれ自体魅力的であり,ラストで小黒が風息を「師匠!」と呼んで抱きつくシーンは,この作品のテーマである「共生」の達成を象徴しているかのようでもあり,観客の涙を誘わずにはいない。

しかし,これを現代の日本アニメの複雑な物語構成と比較してしまうと,どうしても“無難な”路線を選択したという印象がぬぐえないのだ。 特に「人と精霊(自然)との対立と共生」というテーマは,『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)や『もののけ姫』(1997年)といったジブリアニメの反復に他ならず,むしろ『羅小黒戦記』からは高畑勲や宮﨑駿のような毒気やアクが抜かれている分,乳児向けの流動食のような物足りなさを感じずにはおれない。

もちろんここには中国独自の事情がある。この国では,どんなに優れた技術と潤沢な資金があったとしても,共産党当局に睨まれてしまえば国内での作品発表の場を持つことは難しい。自然,“歴史戦記”や“環境問題”など,当たり障りのない無難路線でテーマ設定をせざるを得なくなる。“表現の自由”からは程遠い現実が,この国のアニメの表現の幅を狭めてしまっている。

しかしサブカルチャーに貪欲になった現代の中国人たちが,いつまでもこの状況に甘んじているとは考えにくい。今後,彼らはアイディアを絞り,規制の範囲内で極上のコンテンツを生み出してくるかもしれない。*2 あるいは,共産党当局自体が規制を緩和する可能性も否定できない。そうなれば,彼らは豊富な人材を武器に多用な物語を生産してくることだろう。そもそも,ジブリの呪縛から逃れ得ず,暗中模索の状態に陥っているのは当の日本アニメも変わらない。

言うまでもなく,もはや“中国アニメが日本アニメを後追いしている”という状況ではない。かつてのように,ささやかな優越感に浸っていてよい時代ではないのだ。

とは言え,僕個人としては「中国アニメが日本アニメに追いついた/追い越した」というような話題には興味がない。ただそこに,日本アニメにはないテイストを持つ高品質なアニメがあるという事実が大事なのだ。

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
5 5 4.5 4.5
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
4 3.5 3.5
独自性 普遍性 平均
3 4 4.1
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

 

*1:これについては,わざわざ「変化に慣れていないために耳を隠せない」という設定によって説得力を持たせているのが憎い

*2:すでに中国では『羅小黒戦記』に先立って『哪吒之魔童降世』が上映されており,メガヒットとなっている。