アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

アニメレビュー覚書:『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)におけるゲーテ『ファウスト』のテキスト

前回の記事では『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』(2020年)(以下『マギレコ』と省略)における〈タイポグラフィー〉に言及した。それは洗練されたデザインとして作品を装飾すると同時に,「魔法少女の願い事」という作品の主題にも関わる重要なファクターでもあった。

www.otalog.jp

この記事でも言及したが,『マギレコ』の原作にあたる『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)(以下『まどマギ』と省略)の第2話には,魔女の潜む廃ビルの壁にヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『ファウスト』(第一部1808年,第二部1833年)のテキストが記されているシーンがあり,本作のいわば“裏ネタ”に『ファウスト』の物語があることが暗示されていた。

ただし脚本の虚淵玄によれば,『まどマギ』におけるファウストのモチーフは,劇団イヌカレーが映像の中に取り入れたということらしい。逆に言えば,脚本段階では虚淵の念頭にはなかった要素ということだ。虚淵は以下のように述べている。

イヌカレーさんがモチーフとして入れたばかりに「『ファウスト』がこの物語の下敷きになっている!」みたいに言われて「知らんがな」と思って(笑)。あの辺は全部イヌカレーさんが裏モチーフとしていれて画像の設計に取り入れていったことで,結果的に深読みの余地がたくさん生まれて素晴らしいテコ入れになったんですけど,そこで俺を褒められても困るという(笑)*1

したがって,『ファウスト』が『まどマギ』の“元ネタ”あるいは“原作”であると考えるのは少々穿ち過ぎで,部分的なモチーフとして用いられているに過ぎないというのが実情のようだ。

とはいえ,映像媒体であるアニメの中に文字情報が使われているというのは面白い演出である。それが『ファウスト』のような古典作品であれば,一定の効果はあるだろう。ここで改めて,『まどマギ』の該当シーン,『ファウスト』の該当箇所,その対訳を併せて以下に掲載しておこう。なお『ファウスト』の本文は「プロジェクト・グーテンベルク」で閲覧することができる。日本語訳は,手塚富雄訳のゲーテ『ファウスト 悲劇第一部』(中公文庫,2019年)を使用した。

 

『魔法少女まどか☆マギカ』における『ファウスト』のテキスト

f:id:alterEgo:20200108012542j:plain

『魔法少女まどか☆マギカ』第2話より引用 © Magica Quartet/Aniplex・Madoka Partners・MBS

 

ゲーテ『ファウスト』 の該当箇所と対訳

* 赤字=上掲キャプチャー画像の上/青字=下(黒字は影で隠れている部分)

Geisterchor unsichtbar.

Weh! weh!
Du hast sie zerstört,
Die schöne Welt,
Mit mächtiger Faust,
Sie stürzt, sie zerfällt!
Ein Halbgott hat sie zerschlagen!
Wir tragen
Die Trümmern ins Nichts hinüber,
Und klagen
Ueber die verlorne Schöne.
Mächtiger
Der Erdensöhne,
Prächtiger
Baue sie wieder,
In deinem Busen baue sie auf!
Neuen Lebenslauf
Beginne,
Mit hellem Sinne,
Und neue Lieder
Tönen darauf! *2

 

霊たちの合唱 (姿は見えず)

いたまし,いたまし。
美しき世は
毀たれぬ,
たくましき拳もて。
世界は倒れ,世界は崩る。
なかば神なる人これを砕きぬ。
砕かれしそのこなごなを
われら虚空に運びて,
失われし美を
なげく。
地上の子のうちの
力すぐれしものよ!
いやまさりて美しく
新しき世界を建てよ,
おんみの胸にうち建てよ。
新しき生の歩みを
踏みいだせよ,
惑いなき心もて。
さらば新しき歌
湧きて起こらん。*3

該当箇所はメフィストフェレスが「身内の子供たち」と呼ぶ「霊(Geister)」の合唱であるが,なぜこの部分が引用されたかは定かではない。「霊≒魔女」という解釈は不可能ではないが,特別な意味はなく無作為に引用された可能性もある。

他にも「悪魔メフィストフェレス≒キュゥべえ」および「グレートヒェン≒鹿目まどか」の類似,「契約」「ワルプルギスの夜」といったモチーフの使用など,確かに『まどマギ』には『ファウスト』を暗示する要素は少なくない。こうした点についてはすでにネット上でも様々な考察がなされている*4 ので,本記事では内容的な解釈にこれ以上立ち入ることはしない(そもそも『ファウスト』の内容を知ることによって『まどマギ』の理解が深まるわけではないだろう)。

このような,アニメ作品における文字の使用が面白いとすれば,演出上の意図や効果,その歴史的変遷なのではないかと僕は考える。もちろん,本記事でこれ以上踏み込めるテーマではないので,ここでは,今後アニメにおける文字使用を分析するにあたり有意味だと思われる問題設定を示唆するに留めておこう。

① 文字は単なる背景か,それとも何かを暗示する記号か。
② 後者だとすれば,物語の主題との関わりはどの程度か。
③ 「キッズ・ファミリー向けアニメ」と「オトナアニメ」での文字使用傾向の違いはどうか。
④ 文字の使用の歴史的変遷はどうか。

〈アニメと文字〉というテーマについては,今後も折に触れて考察していきたいと考えている。

*1:「ユリイカ 総特集 魔法少女まどか☆マギカ ー魔法少女に花束を」,p.59,青土社,2011年。

*2:Faust: Eine Tragödie [erster Teil] by Johann Wolfgang von Goethe on Project Gutenberg

*3:ゲーテ『ファウスト 悲劇第一部』手塚富雄訳 p.131-132,中公文庫,2019年

*4:例えばネタバレ考察/モチーフ/ファウスト - 魔法少女まどか☆マギカ WIKI - アットウィキ