*このレビューはネタバレを含みます。
『少女革命ウテナ』や『輪るピングドラム』など,独自のアニメ表現で作家性を発揮する幾原邦彦。彼の本格的な経歴は『美少女戦士セーラームーン』(1992-1993年)に始まる。本記事では,TVシリーズのファーストシーズン(無印)における幾原邦彦演出回に注目し,その魅了を紹介していく。なお,BD/DVDにはブックレット「Episode Guide」が特典として付属しており,執筆者,高橋和光のコンパクトながらも的確な解説は作品鑑賞の上で大変参考になる。本記事でも折に触れて参照していくことにする。なお,『R』『S』『SuperS』の幾原演出回,および『劇場版R』のレビューについては以下の記事を参照頂きたい。
- 『美少女戦士セーラームーン』(1992-1993年)幾原邦彦演出回一覧
- 第6話「守れ恋の曲! うさぎはキューピッド」
- 第11話「うさぎとレイ対決?夢ランドの悪夢」
- 第15話「うさぎアセる!レイちゃん初デート」
- 第21話「子供達の夢守れ!アニメに結ぶ友情」
- 第26話「なるちゃんに笑顔を!うさぎの友情」
- 第31話「恋されて追われて!ルナの最悪の日」
- 第36話「うさぎ混乱!タキシード仮面は悪?」
- 第46話「うさぎの想いは永遠に!新しき転生」
『美少女戦士セーラームーン』(1992-1993年)幾原邦彦演出回一覧
第6話「守れ恋の曲! うさぎはキューピッド」
幾原邦彦のシリーズ初演出となるこの話数は,BGMを効果的に用いながら,大人の恋とうさぎの無邪気さを対比させ,ユニークな雰囲気を生み出している。高橋のブックレットによると,幾原は「最初は勝手を掴めず思った以上にハードな仕上がりになってしまった」*1 とのことだが,漫符を用いたコミカルな表現,絵画的な妖魔の登場シーン,車のマフラーのカットを反復したシーンなど,その後の幾原アニメを彷彿とさせる演出がいくつも見られる。若本規夫のコミカルな演技にも注目だ。
なお,この話数に関する幾原邦彦のTweetをまとめた記事が「animate Times」にあるので紹介しておこう。
【その他のスタッフ】
脚本:隅沢克之/美術:鹿野良行/作画監督:只野和子(リンクはWikipediaもしくは@wiki。以下同様)
第11話「うさぎとレイ対決?夢ランドの悪夢」
うさぎとレイのライバル関係をコミカルに描いた話数。地場衛がパンダさんの汽車に乗って登場するなど,幾原らしいギャグ要素を盛り込んだ賑やかな回である。また,螺旋状のジェットコースターのカットを何度も挿入しており,幾原お得意の〈反復の美学〉も垣間見れる。なおブックレットによると,この回でのタキシード仮面の退場シーンは第1話のものを再利用しており,これを高橋は「ズームバックやパンを駆使した止め絵のドライブ感と合わせて,効率的な作画枚数配分を計算し尽くす幾原演出の妙技」*2と評価している。
【その他のスタッフ】
脚本:柳川茂/美術:大河内稔/作画監督:安藤正浩
第15話「うさぎアセる!レイちゃん初デート」
衛に猛烈にアタックするレイと,それを追跡するうさぎのコメディが楽しいギャグ回。レイの強引なモーション,うさぎのデフォルメ顔,うさぎと海野の絡みなどがテンポよく展開され,終始笑いを誘う。高橋によると,レイが衛に踏みつけられるシーンは「幾原邦彦ならではの“ドS演出と,放送当時からファンの語り草となっていた」*3 とのことである。コミカルなシークエンスと亜美のシリアスなエピソードが好対照を成しており,こうした回を積み重ねることによって,うさぎ・レイ・亜美のキャラを立たせることに成功した作品であることを改めて実感させる。
【その他のスタッフ】
脚本:隅沢克之/美術:大河内稔/作画監督:松本清
第21話「子供達の夢守れ!アニメに結ぶ友情」
架空の劇場アニメ『セーラーV』(この時点でセーラーヴィーナスは未登場)の制作現場「スタジオダイブ」を舞台としたメタアニメ的なエピソード。「誰かあたしもアニメにしてくんないかなー」と言ううさぎに,ルナが「そんな愉快なアニメを作る人がいたら会ってみたいわ」と突っ込むなど,自己言及的なメタ構造を意識した演出が成されている。
「スタジオダイブ」は実在するスタジオ・ライブがモデルとなっており,ゲストキャラクターの「松野浩美」「只下和子」は,本話数で作画監督を務めた松下浩美と只野和子*4 の名前をもじったものである。高橋によれば,幾原自らスタジオ・ライブにロケハンに赴くなど,現場の雰囲気の再現に徹底してこだわった話数のようである。*5アニメの中でアニメ制作現場を描くという点では,近年の『SHIROBAKO』(2014-2015年)や『映像研には手を出すな!』(2020年)の“走り”と言ってもいいだろう。
【その他のスタッフ】
脚本:隅沢克之/美術:橋本和幸/作画監督:只野和子,松下浩美
第26話「なるちゃんに笑顔を!うさぎの友情」
愛するネフライトを失い傷心する大阪なるを,うさぎと海野のコンビが慰める回。多くのファンの涙を誘った第24話のネフライトとなるの悲劇味を引きずりながらも,うさぎ&海野のギャグシーンや,妙な英語と名古屋弁混じりの妖魔・ボクシーのキャラなど,コメディ要素をしっかり組み込んでくるのが流石の幾原である。特に,レイに足をつねられてうずくまる亜美を1コマ打ちで動かすカットなど,幾原のマニアックなこだわりは必見だ。オルゴールを聴くうさぎのシルエットが夜空に変わっていくラストのカットも印象的である。
【その他のスタッフ】
脚本:富田祐弘/美術:橋本和幸/作画監督:中村明
第31話「恋されて追われて!ルナの最悪の日」
すべてのカットに幾原邦彦の軽妙洒脱なセンスが詰め込まれた,シリーズ中の最高傑作コメディ回と言っていいだろう。この話数を観ずして幾原邦彦を語るなかれ,と言えるほどである
ルナと敵キャラゾイサイトの受難を描いた珍しい話数であり,タキシード仮面の代わりにブサネコのレッドバトラーが登場したり,ゾイサイトが大量のネズミに追われたりと,コミカルシーンがテンポよく連発する。その一方で,妖魔に変化したレッドバトラーが転落しかけたルナを救うシーンなど,心を動かすドラマ性もしっかりおさえている。
この話数の最大の見どころと言えば,やはりムーン,マーキュリー,ジュピターのかしまし3人娘のギャグシーンと,レイと雄一郎のバックで看板が変化するシュールなシーンだ。
ゾイサイトを追って狭い路地に入り込んだ3人が,ポーズを決めようとしたり必殺技を繰り出そうとしたりしてテンヤワンヤになるシーンは,SNS等でも度々話題になるほどの名場面である。このシーンの原画担当は,後に『少女革命ウテナ』(1997年)において制作チーム「ビーパパス」の構成員となる長谷川眞也。高橋によれば,「ジュピターがマーキュリーのスカートの中を目撃して顔を赤らめる」という演出も彼のアイディアらしい。*6
レイと雄一郎が偶然街で出会って駆け引きをするシーンは,バックの映画看板の顔とセリフを2人の内心に合わせて変化させるという極めてシュールなシーンである。キャラクター自身の傍白を用いず,背景に心情を語らせるという斬新なアイディアに,当時の視聴者もさぞ驚かされたことだろう。
その他,セーラーVのゲームを発見して振り返るうさぎを1コマ打ちにしたカットなどは,第26話の亜美のカットとも通じるが,幾原流のマニアックなこだわりを感じさせる非常に面白い演出である。
また,原画担当の伊藤郁子,爲我井克美,川合幸恵,長谷川眞也らによる贅沢な作画も大きな見どころである。
【その他のスタッフ】
脚本:隅沢克之/美術:鹿野良行/作画監督:伊藤郁子
第36話「うさぎ混乱!タキシード仮面は悪?」
タキシード仮面を奪われ失意のどん底に沈むうさぎ。ファーストシリーズのクライマックスに向けてシリアス度を増していく中,幾原はうさぎのカットを中心にギャグ風味を盛り込むことも忘れていない。また,美奈子がうさぎの髪を梳かしてやるシーンなどは,ロングの金色(黄色)髪コンビの美麗な作画が大いに唸らせる。高橋のブックレットによると,今回初お披露目となるヴィーナスのメイクアップシーンは,幾原が絵コンテ・演出,長谷川が原画を担当しており,*7 この回を一際リッチに彩っている。
【その他のスタッフ】
脚本:富田祐弘/美術:大河内稔/作画監督:松本清
第46話「うさぎの想いは永遠に!新しき転生」
ファーストシーズンの最終回とあって,これまでのようなコメディ要素はほとんど見られないが,全編にわたって幾原の映像センスが遺憾無く発揮された傑作回である。
前半の見どころは,悪堕ちしたエンディミオン=地場衛をうさぎが救うシークエンス。うさぎの差し出したオルゴールに触れた刹那,孤独だった子ども時代の姿に戻る衛。うさぎが優しく語りかけ,2人のキスシーンが大写しになる。うさぎの慈愛と母性を強調したこのシーンでは,これまでのうさぎと衛の庇護の関係性が逆転しているようにも見え,極めて印象的な場面に仕上がっている。
うさぎの胸の中で事切れる衛のシーンでは,タキシード仮面を象徴する薔薇の花が散るカットが挿入される。この紛れもない幾原流の演出がとても美しく切ない。当時の子どもたちはこうしたシーンを直視できたのだろうか…
「スーパーベリル」とうさぎの最終決戦では,巨大な敵とそれに果敢に立ち向かううさぎとの物理的な大きさの違いを強調した構図が印象的だ。強大な敵を打ち倒すことで大きなカタルシスがもたらされ,「普通の生活」への想いを語るうさぎの独白,そして奇跡的な「転生」へと繋がる。最終回にふさわしい見事なシークエンスだ。
【その他のスタッフ】
脚本:富田祐弘/美術:橋本和幸/作画監督:只野和子
こうしてシリーズを通して観てみると,当初の“コメディ担当”から最終回の大取りを務めるに至るまでの,幾原邦彦演出の進化と発展が窺い知れるように思える。ここからさらに『ウテナ』や『輪るピングドラム』,さらには最新作の『さらざんまい』(2019年)を観返した時,幾原演出の中に新たな魅力を見出すことができるのではないだろうか。なお上でも記したように,引用した高橋和光のブックレットは大変参考になる逸品である。『セーラームーン』ファンの方は,ぜひBlu-ray/DVDを入手することをお勧めする。