*このレビューはネタバレを含みます。
『バジャのスタジオ』(2017年)の続編『バジャのスタジオ〜バジャのみた海〜』は ,京都アニメーションのファンブック『私たちはいま!!全集2019』に収録されたオリジナルアニメ作品である。
前作に続き,監督は三好一郎(木上益治)。ユニークな水(海)の描写や,有彩色と無彩色の対比を中心とした物語構成が見どころである。前作の『バジャのスタジオ』と比べるとキャラクターデザインのコンセプトに明確な変化が見られ,この辺りに三好のアニメ制作に対する思想の一端を窺い知ることができる興味深い作品だ。
なお,前作『バジャのスタジオ』に関するレビューは以下の記事をご覧頂きたい。
あらすじ
バジャとアヒルのガーちゃんは,毎夜追いかけっこやかくれんぼをし,モチモチフワフワ楽しく暮らしている。一方,スタジオでは相変わらず『ほうき星の魔女ココ』の制作が進行中であり,監督のカナ子はストレスの絶えない日々を送っている。ある日,バジャはカナ子から「海」の話を聞いて興味を抱き始める。ココは魔法を使ってバジャたちに「青い海」を見せてやるのだが…
強調されたアウトライン
前作の『バジャのスタジオ』と『バジャのみた海』を比べてみると,キャラクターのデザインコンセプトに大きな変化が生じていることに気づく。とりわけ興味深いのはアウトラインの処理である。
『バジャのスタジオ』では,撮影段階でキャラクターのアウトラインに“途切れ感”を出す処理が施され,「世界名作劇場」のような,手描き時代のアニメの柔らかい質感が生み出されていた。ちなみにこれは『リズと青い鳥』(2018年)の中の「絵本の世界」でも用いられていた手法である。
一方,『バジャのみた海』ではアウトラインがはるかに太く描かれている。存在感のはっきりした黒色系のアウトラインに囲われることによって,多様な有彩色が“キャラクター”としてよりはっきりと形象化されている。こうしてキャラクターの輪郭と存在感が強調され,背景との境界が明確になることによって,ある意味,キッズアニメらしい“わかりやすい”デザイン設計になっていると言える。
ココの色とギーの色
強調された黒いアウトラインが有彩色を囲むというデザインコンセプトは,『バジャのみた海』の物語的なテーマとも共鳴している。
海を見たことがないバジャのために,ココは魔法で「青い海」を召喚する。トロリとした質感の海の水が辺りを満たしたかと思うと,たちまちスタジオから溢れ出し,やがて星全体を覆い尽くしていく。バジャとガーちゃんは,いつの間にか海の水に覆われた小さな惑星にプカプカと浮かんでいる。
ココの海は極彩色と言えるほど色彩の情報量が多い。海中には色とりどりの魚やサンゴの姿が見え,空には黄色い太陽と色鮮やかなほうき星が浮かんでいる。それは現実的な海というよりは,絵本やファンタジーの中に登場する海の色であり,ココの記憶の中で彩度が増幅された“記憶色”の世界である。ココは有彩色を司どるキャラクターなのだ。
一方,ギーが司どるのは無彩色だ。彼は黒を愛するキャラクターであり,自ら黒衣を纏うだけでなく,「半分黒い」バジャを手下にしようとする。ギーはノートパソコンにドロリとした黒い荒海を映し出し,「これが本当の海の姿だ」と言ってバジャに見せる。
アニメにおいて色彩がテーマになる時,このように有彩色と無彩色の対比が用いられることは少なくない。近年では,灰色の世界しか見えない主人公が仲間との交流を通して色彩を取り戻す様を描いた『色づく世界の明日から』(2018年秋)や,無彩色を効果的に用いて心の停滞感を表した『イエスタデイをうたって』(2020年春)などが記憶に新しい。
これらの作品でもそうだが,無彩色は単なる消極的な色の不在ではない。 それはそれ固有の存在感によって,世界や心情を積極的に“彩る”力を持つ。時に有彩色とは異なる知覚世界を暗示し,時に人の心の暗部に寄り添い,情景として外化する。
だからこそ,ギーは黒を「綺麗だ」と言うのだ。この作品で面白いのは,ギーが賢しらに世の理の両義性を言い当てるところだ。ギーの海の教え方に苦言を呈したココに,彼は「裏と表がひとつだと教えて何が悪い」と言い返す。彼の言う「裏と表」とは,直接的にはギーの黒々とした荒海と,ココの美しい青い海のことを指している。しかし同時にそこでは,ムードの浮沈や心の悲喜という内面的な明暗も連想されている。ガーちゃんをインクで黒く染め,黒い荒海の中へ放り出した後,途方に暮れるバジャに向かって「楽しいことと悲しいことは同じものの裏と表だ」と言うのである。
有彩色と無彩色は,それぞれ相手の存在があってこそ,その価値を発揮する。黒いアウトラインと色彩の組み合わせがキャラクターの存在感を際立たせる。そしてそれはココとギーの関係性そのものでもある。ギーはココと対立するように見えながら,その実,己の無彩色の世界とココの有彩色の世界の表裏一体性を強調してもいる。ココはギーと戦う時,「いつものやつね!」と嬉しそうに言い,ギーは渋々ながらもそれに応じる。どうやらこの“対決”はずっと以前から2人の間で繰り返されているようだ。結局この2人も,対立しながら寄り添う表裏一体の存在なのだろう。さらに言えば,バジャとガーちゃんの関係も同じだ。バジャのボディカラーは黒と白,つまり無彩色であり,ガーちゃんは黄色,つまり有彩色である。
『バジャのスタジオ』は,京都アニメーション作品の中でもとりわけ明確に“子ども向け”として制作された作品だ。三好は〈価値の両犠牲〉という,やや難解なテーマを導入しながら,それを視覚的イメージに落とし込み,子ども向けにわかりやすく伝えようとしたのかもしれない。
デザインに込められた三好一郎の想い
アウトライン以外にも,バジャの表情や背景美術にコンセプトの変化と見受けられるものがいくつか見られる。例えば,『バジャのスタジオ』よりもバジャの表情はコミカルかつ豊かになっている。
背景美術のデフォルメも特徴的だ。バジャが外を眺める時にしばしば登場する窓枠は,『バジャのスタジオ』では常に直線的に描画されていたが,『バジャのみた海』では極端に歪められた面白い構図になっている。
こうしたデザインコンセプトの変化のはっきりとした理由は定かではないが,それをほのめかす三好監督の発言が『私たちは,いま!!全集2019』に収録されたインタビューに見られる。
この作品において一番大事にしているのはかわいらしさなので,続編を作る機会があったら,どんどんかわいくしようと思っています!『バジャのみた海』でも,かわいくしようとするあまり全体的にキャラクターが丸くなって,みんながぽっちゃり体型になってしまったのですが(笑)*1
強調されたアウトライン,バジャの表情,事物のデフォルメは,すべてこの「かわいらしさ」に向かっていたのかもしれない。リアリズムよりも,わかりやすさを求めた設計と言ってもよいだろう。
いかに子ども向けにわかりやすく映像と物語とメッセージを伝えるか。これは,三好と京都アニメーションが抱える大きな課題でもあったのだろう。同じインタビューの中で,三好は続けて以下のように述べている。
当社のスタッフが,バジャのような線数が少なくて丸みのあるキャラクターを描き慣れていないこともあってか,「みんな,苦労しているな」と感じる部分はありました。[…]情報量が少ないキャラクターを描くには,その本質をつかむまでにとても時間がかかるんです。かなり描き込まないと,キャラクターの描き方が見えてきません。[…]頭身が高くて線数の多い,作画的に密度の高いアニメだけではなく,『バジャ』のような作品も並行して制作できると,スタッフの成長にもつながるとは思います。*2
京都アニメーションに対する三好の“親心”のようなものが窺える言葉だ。『バジャ』の制作理念には,“京都アニメーションにもっと成長してもらいたい”という三好の想いが込められていたのだろう。
先ほどの引用からもわかるように,三好は『バジャのスタジオ』の続編制作に意欲的だったようだ。だが,2019年の事件が,彼の命と共にその可能性を奪い去った。
『バジャのスタジオ』は三好の作品だ。それは間違いない。しかし同時に,彼の遺したものを今の京都アニメーションは確かに受け継いでいると僕は思う。だとすれば,『バジャのスタジオ』の続編を今の京都アニメーションのスタッフが制作することには大きな意味があるだろう。それが,三好一郎こと木上益治への,最高の手向となるのではないだろうか。
作品データ
*リンクはWikipediaもしくは@wiki
【スタッフ】監督:三好一郎/演出補佐:澤真平/動画検査:藤田奈緒子,黒田比呂子,松村元気/色彩設計・色指定:宮田佳奈,石田奈央美/特殊効果:大當乃里衣,三浦理奈/美術監督:長谷百香/3D美術:鵜ノ口穣二,篠原睦雄/撮影監督・CG演出:植田弘貴/3D監督:髙木美槻/音響監督:鶴岡陽太/アニメーション制作:京都アニメーション
【キャスト】バジャ:吉田舞香/ガーちゃん・ギー:田村睦心/ココ:田所あずさ/カナ子:金元寿子
作品評価
『バジャのスタジオ〜バジャのみた海〜』のBlu-rayは,先述した『私たちは,いま!!全集2019』に収録されている他,2020年10月には単体で発売される予定である。
『私たちは,いま!!全集2019』は,2017年から2019年の間に製作された京アニ作品に関するスタッフたちのインタビュー,描き下ろしイラスト,制作素材などが収録されたファンブックで,資料価値もそれなりに高い。2020年8月14日現在,京アニショップでは在庫品が販売されているので,興味のある方は早めに入手しておくとよいだろう。