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劇場アニメ『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(2020年)レビュー[考察・感想]:"Violet Evergarden"

*このレビューはネタバレを含みます。

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『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』公式HPより引用 ©暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

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『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』本予告第2弾 2020年9月18日(金)公開


『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』本編冒頭シーン10分特別公開

TVアニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(2018年冬)劇場アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝 ー永遠と自動手記人形ー』(2019年)に続き,いよいよシリーズ完結編となった『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。この間,制作会社の京都アニメーションには様々な出来事があったことは言うまでもないが,本作は“京アニ復活”という水準を軽々と超え,美麗な作画のみならず,音楽・演出・声優の演技を含め,劇場アニメーションの極北を示し得たと言ってよいだろう。

作品データ(リンクはWikipediaもしくは@wiki)

【スタッフ】
原作:暁佳奈/監督:石立太一脚本:吉田玲子キャラクターデザイン・総作画監督:高瀬亜貴子世界観設定:鈴木貴昭美術監督:渡邊美希子3D美術:鵜ノ口穣二色彩設計:米田侑加小物設定:髙橋博行撮影監督:船本孝平3D監督:山本倫/音響監督:鶴岡陽太音楽:Evan Callアニメーション制作:京都アニメーション

【キャスト】
ヴァイオレット・エヴァーガーデン:石川由依/ギルベルト・ブーゲンビリア:浪川大輔/クラウディア・ホッジンズ:子安武人/ディートフリート・ブーゲンビリア:木内秀信/アイリス・カナリー:戸松遥/ベネディクト・ブルー:内山昂輝/カトレア・ボードレール:遠藤綾/エリカ・ブラウン:茅原実里/ユリス:水橋かおり/リュカ:佐藤利奈/デイジー・マグノリア:諸星すみれ

【あらすじ】
人の心と体に傷痕を遺した大戦が終わり,社会のあり方や街並みも徐々に変化しつつある中,「自動手記人形」ヴァイオレット・エヴァーガーデンは,手紙の代筆業で以前にも増して目覚ましい活躍を見せていた。しかしギルベルトへの想いを断ち切ることができない彼女の眼差しには,相変わらず憂いの影が差している。ある日,C.H郵便社の電話が鳴り,ヴァイオレットはある少年からの代筆依頼を受ける。一方,ホッジンズは「宛先人不明」の手紙が保存された保管庫で,偶然一通の手紙を見つける。そこに書かれていた文字は,彼にとって確かに見覚えのある筆跡だった。

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『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』公式Twitterより引用 ©暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

過ぎゆく時

冒頭,カメラは誰もいない道を写し出す。古時計の振り子の音が時を刻み続ける。その音はやがて現代風の壁掛け時計の秒針の音に変わる。カメラはマグノリアの邸宅にトラックアップしていく。邸宅の中に入るやいなや反転し,窓際のデイジー・マグノリアを写した後,壁の時計を捉える。

時計というツールによって,時の流れと時代の変化を同時に表した印象的なシーンだ。と同時に,この作品で強調されているのが〈過去〉であり,過去を生み出す〈時の流れ〉であることを予告した意味深い導入部でもある。

物語はヴァイオレット達の生きた時代の数十年後から始まる。

祖母を亡くしたばかりのデイジー・マグノリアは,その遺品の中に何通もの古い手紙を見つける。それは祖母が生前,毎年誕生日に受け取っていたという亡き曾祖母からの手紙だった。そう,デイジーは,かつてヴァイオレット・エヴァーガーデンが代筆依頼を受けたマグノリア家の娘,アン・マグノリアの孫だったのだ。*1 ヴァイオレットの存在を知ったデイジーは,彼女の足跡を知るべく一人旅に出る。

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『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』公式Twitterより引用 ©暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

このようにヴァイオレットの生涯を辿るデイジーの視点を導入することにより,本作の形式は〈伝記〉の趣を帯びる。僕らは,ヴァイオレットと同時代に生きるというよりは,デイジーの時代から“かつて存在した偉大な人”を追想するというレトロスペクティブな視点を得ることになるのだ。これはある種の“タイトル回収”でもある。この作品はヴァイオレット・エヴァーガーデンの〈伝記〉として完結するからこそ,『エジソン』や『キュリー夫人』などと同じように,『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』という固有名をタイトルに冠しているのだ。過去への憧憬や郷愁とともに,ヴァイオレットその人への〈敬慕〉の気持ちをも掻き立てる秀逸な演出である。

ヴァイオレットの時代とデイジーの時代とでは,街並みも人の服装もすっかり様変わりしている。いやそれどころか,ヴァイオレットの時代においてすでに,多くのものが過去に置き去りにされ,急速に時が流れていることが示されている。戦争は終わり,技術は進歩し,人々の日常も変わる。電波塔が建設され,電話というメディアがタイプライターのプレゼンスを脅かし,ガス灯の点消方は電灯を恨めしそうに見やる。

ただし,この作品はただ出来事の列挙によって無機質な時の流れを表すだけではない。等質で客観的な時間経過に加え,いわば〈主観的な時の流れ〉とでも言うべきものを丁寧に表したシーンがいくつか見られる。

自室でヴァイオレットが仕事をしている場面で,ふと左の義手が動かなくなる。義手を調整する彼女の脳裏に,ギルベルトとの別れの瞬間が蘇る。カメラは,じっと物想いにふけるヴァイオレットの背中を忠実に写し続ける。

ギルベルトが生きていることを知らされた場面では,ヴァイオレットが屋根の上に登り,沸き起こる感情を持て余すかのように街の灯りを見つめ続ける。ここでもカメラは,彼女の横顔をしばらく写し続ける。

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『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』公式Twitterより引用 ©暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

時が止まったかのような無音のカット。まるで彼女の心の動きに合わせて時の流れが淀み,滞留しているかのようである。しかし僕らは,その無音の時間の中で,ヴァイオレットの心が確かに動いているのを感じることができる。

さらに,クライマックスでヴァイオレットとギルベルトが再会するシーンも印象的である。数年ぶりに向かい合う2人の周りには,仄暗い海が広がっている。まるで2人しか存在していない世界の果てのようだ。ギルベルトはヴァイオレットに再度「愛してる」を告げる。しかしヴァイオレットは感極まり,「わたし…少佐…」という言葉を繰り返すことしかできない。映画はこのシーンにたっぷりと時間を費やし,ヴァイオレットとギルベルトの溢れる感情を残りなく写しとる。ヴァイオレットが人前で涙を流したことは何度かあるが,ここまでの感情の横溢を見せるのはこのシーンが初めてだろう。これまで人のために流してきた涙が集結し,彼女自身のための涙となって溢れ出たかのようである。

これらのシーンは,時の流れが単なる抽象的な“時間経過”ではないことを教えてくれる。時間には人の想いが充溢している。いやむしろ,人の想いの充溢の連続こそが,時の流れを作るのかもしれない。このような時間感覚を表現するのに,本作は尺を惜しみなく使っているのだ。時系列に沿った出来事の列挙ではなく,主観的な時間の流れに多くの尺を費やす。140分という長尺の必然性がここにある。

ヴァイオレット・エヴァーガーデンは,容赦なく移ろいゆく時代の中で,自分自身の感情で満たされたひとつひとつの時を生きる術を得た。それを可能にしたのが,かつて機械のように虚ろだった彼女の心にギルベルトが与えた,「愛してる」という言葉だったのであろう。

つながる距離

ヴァイオレットは不治の病を抱えたユリスから,彼の死後,両親と弟,そして親友のリュカに手紙を渡すという依頼を受ける。そんな中,ホッジンズはギルベルトが遠方のエカルテ島で存命中であるという情報を得る。ヴァイオレットはユリスからの依頼を半ばにして,ホッジンズともにエカルテ島へ向かう。

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『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』公式Twitterより引用 ©暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

この時生じた〈距離〉が,劇的な物語を生み出す。

ギルベルトを捜し求めてヴァイオレットとホッジンズが訪れたエカルテ島は,北欧の離島のような趣である。島民は,肥沃とは言えない土地で葡萄などを栽培しながら,慎ましくも幸福な生活を送っているようだ。しかし,彼らは先の大戦で働き手である男たちを奪われており,多くの人々が鰥寡孤独に暮している。この悲壮感に満ちたロケーションをラストシーンに選んだ石立太一監督のセンスには感服する。『外伝』と同様,TVシリーズよりも広いアスペクト比の画面が,島の寂寞とした風景をダイナミックに捉える。曇天によって彩度の抑えられたその風景は,テオ・アンゲロプロスやアンドレイ・タルコフスキーの映画の舞台を思わせる。島の海岸には郵便サービスも兼ねた灯台があり,そこには島の外部と連絡を取るための電信機がある。

島に滞在するヴァイオレットの元に,ユリスが危篤状態になったという知らせが電信で届く。ヴァイオレットはユリスの元へ駆けつけようとするが,どう急いでも彼の死際には間に合わない。そこでヴァイオレットは,電信でアイリスとベネディクトに連絡を取り,ユリスからリュカに宛てた手紙の代筆をしてもらうよう依頼する。アイリスとベネディクトはユリスの元に駆けつけるが,彼はすでに口述ができないほど弱っている。そこでアイリスは,彼女の曰く「いけすかない」電話でユリスとリュカをつなごうと奔走する。ユリスはリュカと電話で会話した後,静かに息を引き取る。その後,ユリスの父母と弟には,ユリスからの手紙が約束通り手渡される。

危篤のユリスとリュカを電話がつなぎ,彼らとヴァイオレットを電信がつなぎ,ユリスと両親を手紙がつなぐ。新旧3つのメディアが連携する見事なシークエンスだ。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』では,これまでにもいくつかの技術が〈つなぐもの〉として登場していた。TVシリーズ第11話では,飛行機がヴァイオレットとクトリガル国メナス基地の兵士をつないだ。第12話に登場した大陸縦断鉄道は,かつて敵対していたライデンシャフトリヒとガルダリクをつないだ。本作でも,葡萄を運ぶ手動式の機械がヴァイオレットの手紙をギルベルトに届ける。この作品に登場する数多くの技術が,〈人と人との媒介者=メディア〉として機能している。

時代とともにメディア技術が変われば,人の意識と社会も変化するだろう。マーシャル・マクルーハンを引き合いに出すまでもなく,メディアはそれ自体がメッセージだからだ。*2 タイプライターは女性に自立と誇りをもたらし,電話はプライベート空間への他者の侵入を可能にする。鉄道は風景の知覚を変容させる。

しかしだからと言って,メディアの本質である〈媒介者〉としての機能自体が変わることはない。

この作品では,手紙が宙を舞い街中を飛翔するシーンがしばしば登場する。手紙によって,言葉と想いが人々の間を自在に流通することを表した秀逸なイメージだ。もちろん,これはファンタジーである。こうした状況を本当の意味で実現するのは,手紙という旧メディアではなく,おそらく電子メディアだからだ。しかし,旧メディアであれ新メディアであれ,〈媒介〉という機能そのものは変わっていない。それを端的に表すのが,シリーズ中何度か繰り返される「届かなくていい手紙などない」という言葉である。飛翔する手紙のイメージは,メディアの〈媒介〉機能を象徴しているのだ。

もちろん,現代に生きる僕らにとって,〈つながる〉ことが幸福を無条件に確約するということはない。むしろ現代のメディア環境は,つながるからこそ,聞きたくもない人の心のノイズを聞いてしまうという事態をしばしば露呈している。しかし,ヴァイオレットの〈伝記〉が示しているように,人は,確かに〈つながる〉ことに無上の喜びを見出す存在なのだ。「愛してる」という抽象的な陳述の内実を他者と共有することにより,深くつながることを熱望する生き物なのだ。この作品は,ヴァイオレットとギルベルトのハッピーエンドの背後に,移ろいゆくメディア技術環境の奥底にある,人の根源的で不変的な欲望を確かに捉えている。そして「自動手記人形」ヴァイオレットは,愛という言葉を模索する中で愛という言葉を媒介するという,特異な人生を歩んだのである。

 

「愛してる」は,人にとって最も根源的な媒介者である〈言葉〉による,最も根源的な陳述に他ならない。

 

ラストシーンでは,冒頭と同じあの道が再び写し出される。今度は,ゆっくりと歩みを進めるヴァイオレットの姿が見える。彼女の歩みは,時計の音と正確にシンクロナイズしている。移ろいゆく時代の中で永遠を示した,敬愛すべき人の姿だ。

 

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
5 5 5 5
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
5 5 4.5
独自性 普遍性 平均
4 4.5 4.8
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

 

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*1:TVシリーズ第10話「愛する人はずっと見守っている」を参照。

*2:マーシャル・マクルーハン『メディア論』,pp.7-22,みすず書房,1987年。