アニ録ブログ

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劇場アニメ『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(2020年)レビュー[考察・感想]:継がれる炎

*このレビューはネタバレを含みます。

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『鬼滅の刃』公式Twitterより引用 ©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

kimetsu.com


劇場版「鬼滅の刃」無限列車編 本予告 2020年10月16日(金)公開

圧倒的なアニメーション技術によって,2019年のTVアニメ界の話題を攫った『鬼滅の刃』(2019年春・夏)。その続編となる劇場アニメ『無限列車編』は,シネコンのスクリーンを文字通り“鬼滅一色”に染めながら興行を開始し,わずか10日間で100億超の興収を達成するという規格外の勢いとなった。

制作を手掛けたufotableは,『TYPE-MOON × ufotable プロジェクト』で培った独自の表現技法を加味しつつ,『鬼滅の刃』の真髄とも言えるキャラクターデザインを見事にアニメーションに落とし込み,原作の魅力を最大限に引き出すことに成功したと言える。

なお,TVシリーズのレビューについては以下の記事を参照願いたい。

www.otalog.jp

作品データ(リンクはWikipediaもしくは@wiki)

【スタッフ】
原作:吾峠呼世晴/監督:外崎春雄/キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃/脚本制作:ufotable/サブキャラクターデザイン:佐藤美幸梶山庸子菊池美花/プロップデザイン:小山将治/コンセプトアート:衛藤功二矢中勝樺澤侑里/撮影監督:寺尾優一/3D監督:西脇一樹/色彩設計:大前祐子/編集:神野学/音楽:梶浦由記椎名豪/アニメーション制作:ufotable

【キャスト】
竈門炭治郎:花江夏樹/竈門禰豆子:鬼頭明里/我妻善逸:下野紘/嘴平伊之助:松岡禎丞/炎柱・煉獄杏寿郎:日野聡/下弦の壱・魘夢:平川大輔

【あらすじ】

蝶屋敷での訓練を終え,「全集中の呼吸」を会得した炭治郎善逸伊之助の3人は,「無限列車」に乗車して炎柱・煉獄杏寿郎と合流し,多くの犠牲者を出し続ける鬼の討伐に向かう。鬼舞辻無惨によって力を与えられた下弦の壱・魘夢が彼らの前に立ちはだかり,夢を見せながら彼らの精神崩壊を目論む。辛くも術を打破した炭治郎たちは,無限列車の乗客たちを守りながら,魘夢と対峙する。 

風景の消失

映画は,鬼殺隊当主・産屋敷耀哉とその妻・あまねが隊士の墓参りをするシーンから始まる。

TVシリーズよりもいっそう細密に描かれた樹々を写した後,カメラは墓地の中をゆっくりと歩く2人の姿を捉える。鳥のさえずりと葉擦れの音の中,鬼との闘いで命を落とした剣士の名を噛み締めるように呟く耀哉。その歩みを支えるように寄り添うあまね。その周囲に,膨大な数の墓石が写しだされる。

アニメオリジナルとして挿入されたこの短いシーンは,産屋敷の隊士への想いを示すと同時に,風景と時間の伝統的な知覚のあり方を象徴しているかのように思える。かつて人は,歩行や馬車の移動など,相対的に“遅い”速度の中で風景の一つひとつを記憶に留めていた。耀哉とあまねは,ゆっくりと墓地の中を歩むことによって,残された僅かな己の生に自然の風景と墓石に刻まれた剣士たちの名を刻み込んでいるようである。

この伝統的な時空間体験に,鉄道という近代テクノロジーの時空間体験が対置される。これが『無限列車編』の舞台設定上の肝だ。

19世紀に発達した鉄道の機械的な速度は,人々の風景を一変させた。ヴォルフガング・シヴェルブシュによれば,「鉄道が風景の中を突っ走る速度と数学的な直線性が,旅行者と通過する空間の間の親密な関係を破壊する」。*1  かくして,ゆったりとした時間の中で,一つひとつの風景や音を慈しむように記憶した時代は終わりを告げる。

『鬼滅の刃』の舞台である大正時代の日本は,1914年(大正3年)に勃発した第一次世界大戦による「大戦景気」によって空前の好景気を迎えていた。*2 陸運市場が発展し,鉄道網も飛躍的に拡大していた時代だ。それは,近代的な知覚が,伝統的な知覚をますます圧倒していった時代でもあるのだ。

夢の空間

機械的速度の象徴たるこの鉄道を,鬼の魘夢と融合させたことも本作の設定の妙だ。外崎春雄率いる制作陣は,この異形のテクノロジーを3DCGで描画することにより,手描きによる自然の風景とは異なる質感を持ったオブジェクトに仕上げている。ufotableの『鬼滅の刃』では,主線の太いキャラ,細密な美術,3DCGといった異なる質感のオブジェクトを撮影段階での処理によって馴染ませていると思われるが,無限列車に関しては,“馴染みつつも異質”という絶妙なニュアンスが再現されているようだ。

闇夜を疾走する無限列車の周囲では,風景が存在感を失い,*3 外部の風景に代わって,内部(客室)に「夢と精神の世界」という異空間が現出する。天井の照明が「ジジジ…」と音を立てながら明滅する印象的なカットは,照明によって空間の異様さを演出するufotableの十八番とも言える表現法だ。撮影監督の寺尾優一によれば,車掌が切符を切った瞬間から徐々に室内の色味を変え,「ホラーテイスト」を加味しているのだという。*4

移動する乗り物の内部が外部の風景と遮断され,特殊な異空間と化すという設定はフィクションに少なからず見られるが,とりわけ鉄道という大道具を登場させた例としては『銀河鉄道999』(マンガ:1977-1981年,1996-1999年,TVアニメ:1978-1981年)などが連想されるだろう。無限列車は,星空以外の風景が存在しない宇宙空間を疾走し,客室を様々な伝奇的事件が発生する異空間に仕立てた「999号」の文化的後継者と言えるかもしれない(魘夢と融合した無限列車は,人工頭脳を搭載した999号の“闇堕ち版”と言えなくもない)。

このように,内部空間を強調した舞台設定の中で,本作はアクションシーンをふんだんに盛り込みながらも,それぞれのキャラクターの内面を掘り下げることに成功している。

『無限列車編』前半の見どころと言えば,「夢」と「無意識領域」によってビジュアル化された四者四様の心象風景であろう。夢=精神の世界をテーマとしたからこそ,キャラクターの内面をビジュアルとして表現することが可能になったわけだ。とりわけ,青空の下で炎が燃え盛る煉獄の無意識領域と,透徹した空と水の世界として描かれた炭治郎の無意識領域の対比は印象的だ。さらにこの2人の精神性は,彼らが使用する剣技においてもビジュアル化されている。監督の外崎によれば,煉獄が使用する「炎の呼吸」の剣技では,彼自身のメインカラーでもあるオレンジと赤の炎が,炭治郎の「ヒノカミ神楽」では「太陽のニュアンスが入った赤い炎」がエフェクトとして用いられている。*5 まったく異なる性格でありながら,屈することのない闘志にどこか似たものが感じられるこの2人の精神が,うまく色彩設計に落とし込まれている。 

燃える心

言うまでもなく,『無限列車編』は煉獄杏寿郎というキャラクターの物語である。本作は彼の夢と回想のシーンを連携させながら,観客の感情移入を誘引する巧みなストーリーテリングを行なっている。

煉獄が魘夢に見せられている夢は,炭治郎,善逸,伊之助のそれと異なり,願望というよりは回想に近い内容である。観客は,善逸と伊之助のコミカルな夢想で笑い,あり得たかもしれない家族との団欒に決別する炭治郎の意志に涙する一方で,煉獄家の父子関係と兄弟関係,そして母の不在という事実を知らされながら,煉獄杏寿郎の生を追体験する

それまで“表情の張り付いたよくわからないキャラ”だった煉獄の心の襞が次第に露わになってくる。この夢≒回想は,猗窩座との対決シーンにおける母の回想,そしてラストシーンの母の幻影へと繋がっていき,最終的に観客は彼の精神性に深く共鳴していくのである。

そして,この煉獄杏寿郎というキャラクターの生を語るにあたり,その強いインパクトを放つデザインは決定的であったと言ってよい。

いっぱいに見開かれ闘志を漲らせた赤い吊り目の上には,彼の心の炎を象るかのような眉がこめかみに向かって伸びていく。その先には,やはり燃え盛る炎の様な赤い前髪が,全身の闘気と同調するかのように上方に流れていく。

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『鬼滅の刃』公式Twitterより引用 ©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

「うまい!うまい!」を連発しながら弁当をかっ喰らう冒頭のシーンのインパクトもあって,ほとんど変化のない煉獄の表情は,当初はもっぱらコミカルな印象を与える。原作者の吾峠呼世晴によれば,煉獄杏寿郎のモデルは「作者個人の知り合いで一般の方」ということらしいが,*6 確かに序盤の煉獄からは“こういう人いるよね”という風情が感じられる。

しかし,ラストの猗窩座との対決シーン以降,この表情のデザインが大きな意味を担ってくる。

煉獄との闘いの最中,朝日を嫌って森に逃げ込んだ猗窩座に,炭治郎は渾身の力を込めて「お前の負けだ!煉獄さんの勝ちだ!」と叫ぶ。この時の炭治郎の,激しくもどこか悲しく滑稽な響きのある叫び声を,花江夏樹は見事に演じている。この炭治郎の姿を目にした時,力強く釣り上がっていた煉獄の眉がふっと下がる。柱合会議以来,“何を考えているのかわからない“という印象だった彼の顔に,炭治郎への優しい想いがはっきりと現れる。 

炭治郎に家族への伝言と奮励の言葉を託した後,煉獄は今際の際に母の幻影を見る。「俺はちゃんとやれただろうか」と問う杏寿郎に,母は優しく「立派にできましたよ」と答える。杏寿郎はその声を聞き,張詰めていたものが解けるように破顔微笑しながら息を引き取る。煉獄の心の物語を描くに当たって,この表情の変化の落差は重要である。

この時,生前の張付いたような彼の表情の意味も理解される。母に死なれ,父に見限られ,仲間を失いながらも,決して失われることのない闘志。*7 その奥には,彼の無意識世界に広がっていた青空と同じ,底抜けに明るい優しさが秘められていたのだ。生きる者の命を一つも失わせまいと命を賭ける,紛れもない英雄の姿である。

朝日が昇り,辺りに陽光が満ち,機械的な速度と夜の闇によって失われていた風景が再び蘇る。

炎は失われてしまったが,その志を受け継いだ少年たちの心にはより一層明るく燃えたぎる炎が灯された。やがてその炎は,日の光のように闇夜を照らすのだろう。

 

「全集中!」「心を燃やせ!」

“企業戦士”という言葉が死語となって久しい現代において,煉獄杏寿郎が口にするこれらの炎の如く熱いセリフは,それ自体が既にファンタジー要素なのかもしれない。現実の人間が現実の世界でこの様な台詞を言えば,もはや冗談にもならないだろう。しかし僕らは,“熱い闘志”への憧れを相変わらず心のどこかに秘めている。だからそれを,煉獄杏寿郎の様な命を張るヒーローに仮託するのだろう。その意味で『無限列車編』は,時代の願望をうまく汲み取っていると言えるかもしれない。

 

www.otalog.jp

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作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
5 5 5 4
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
5 4.5 3.5
独自性 普遍性 平均
4 3.5 4.4
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

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*1:ヴォルフガング・シヴェルブシュ著/加藤二郎訳『鉄道旅行の歴史 19世紀における空間と時間の工業化』,p.49,法政大学出版局,2011年(新装版)。

*2:当時の浅草の活況に驚く炭治郎たちの様子がTVシリーズ第七話「鬼舞辻無惨」に描かれている。

*3:3D監督の西脇一樹によれば,無限列車が走るシーンでは,周囲の風景も3DCGで描画しているという。「『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』劇場プログラム」,p.10,株式会社アニプレックス,2020年。

*4:同上,pp.11-12。

*5:同上,p.7。

*6:劇場特典・吾峠呼世晴『鬼滅の刃 零 煉獄零巻』,p.27,集英社,2020年。

*7:劇場特典の『鬼滅の刃 零 煉獄零巻』には,同い年の隊士を鬼に殺されながらも,その意志を継いで戦う彼の姿が描かれている。