アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

Colorful Anime:色と心の青春アニメたち

*このレビューは『氷菓』『四月は君の嘘』『色づく世界の明日から』『荒ぶる季節の乙女どもよ』に関するネタバレを含みます。気になる方は本編をご覧になってから本記事をお読み下さい。

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『四月は君の嘘』最終話「春風」より引用 ©︎新川直司・講談社/「四月は君の嘘」製作委員会

当ブログではこれまでにも何度かアニメの色彩について触れてきたが,アニメ表現における色彩の意味はいくら強調してもし過ぎることはないだろう。アニメは色を自在にコントロールできるという点で,マンガ・小説・映画などの他媒体に対して表現上のアドバンテージを持っている。とりわけ1990年代以降,制作工程のデジタル化が本格化されたことにより,彩色の工程は絵の具というフィジカルな制約から解放され,その表現の幅は事実上,無際限となった。その結果〈色彩〉そのものを主題として前景化する作品が増えてきたと言える。 

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とりわけカラフルな色彩は,恋愛や青春といったドラマとの親和性が高い。今回の記事では,比較的最近のTVシリーズアニメの中から〈色と青春〉というテーマを扱った作品をピックアップしてみよう。

『氷菓』(2012年春・夏):灰色から薔薇色へ

折木奉太郎は「やらなくてもいいことなら,やらない。やらなければいけないことなら手短に」をモットーに,省エネに徹した高校生活を送っている。第1話「伝統ある古典部の再生」の冒頭には,彼が「薔薇色」の高校生活と「灰色」の高校生活を対照的に語るシーンがあるが,この「灰色」は,名探偵ポワロの脳細胞の色であると同時に,彼自身の彩を欠いた高校生活の色でもある。

その彼の高校生活は,姉の指令によって「古典部」に入部し,千反田えると出会ったことにより一変する。第1話では,えるが遠慮会釈のない好奇心によって奉太郎を翻弄し,彼の生活に半ば強引に介入していく様が描かれる。第1話の舞台となる西日の差す部室は,奉太郎の「灰色」と同調するかのようにやや彩度が抑えられている。部室に閉じ込められていたことを知ったえるは,「わたし,気になります」という決め台詞(?)とともに奉太郎に解決を迫る。このシーンは,学校の日常風景を舞台とした作品とは到底思えないほど幻想的かつ豊かな色彩で演出されている。

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『氷菓』第1話「伝統ある古典部の再生」より引用 ©︎米澤穂信・角川書店/神山高校古典部OB会

この「灰色」と「薔薇色」という対照的な色彩コンセプトは,第1話から11.5話までのオープニングアニメーションの中にも暗示されている。

奉太郎の机に置かれた教科書から「薔薇」の文字が遊離し,波紋のようなものと溶け合って空を舞う。波紋はそこかしこに姿を現し,灰色の学校の風景を次々と色で染め上げていく。

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『氷菓』第1話「伝統ある古典部の再生」より引用 ©︎米澤穂信・角川書店/神山高校古典部OB会

同様に,奉太郎の「灰色」の高校生活も,えるという存在によってゆっくりと少しずつ「薔薇色」に染め上がっていくだろう。やがてそれは,彼らの真摯な恋愛感情へと変わっていくのである。

【メインスタッフ】
原作:米澤穂信/監督:武本康弘/シリーズ構成:賀東招二/キャラクターデザイン:西屋太志  /撮影監督:中上竜太

色彩設計:石田奈央美

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『四月は君の嘘』(2014年秋-2015年冬):命の音色

有馬公生は,かつて「ヒューマン・メトロノーム」 という異名で恐れられた天才ピアニストである。しかし彼は母の死後,自分の演奏の音が聞こえなくなり,ピアノの演奏をやめてしまう。そんなある日,彼はヴァイオリニストの宮園かをりと出会い,彼女の自由奔放な演奏と生き方に感化されていく。

本作の色彩設計のコンセプトは明快だ。規律,訓練,自己否定としての〈無彩色〉と,自由,恋,自己肯定としての〈有彩色〉との対比。前者は母の影,黒猫,ピアノの鍵盤,公生の黒縁眼鏡などによって,そして後者はかをりの髪色,黒猫の瞳,桜の花,演奏シーンにおける光の球などによって表されている。

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『四月は君の嘘』第1話「モノトーン・カラフル」より引用 ©︎新川直司・講談社/「四月は君の嘘」製作委員会

第1話「モノトーン・カラフル」では,その各話タイトルが表す通り,公生の「モノトーン」な内面と,かをりの「カラフル」な感性との劇的な出会いのシーンが,艶やかな色彩設計で表現されている。

まず,公生がかをりと出会う直前,桜の木の下を歩くカットが見事だ。逆光の影で暗い「モノトーン」になった公生の背中を,たっぷりと春の光を浴びた桜の花の「カラフル」が包み込む。

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『四月は君の嘘』第1話「モノトーン・カラフル」より引用 ©︎新川直司・講談社/「四月は君の嘘」製作委員会

彼の行き先には,かをりがいる。この後,彼女は文字通り命を燃やすような熱情的な生によって,公生の心の「モノトーン」を豊かに色づかせていくことになるだろう。

しかし,第13話「愛の悲しみ」で紘子が予見した通り,有馬公生の演奏家としての成長を促すのは「悲しみ」である。この物語が紛れもない“悲劇”である所以だ。

ガラコンサートの直前に倒れて以降のかをりは,髪や肌や唇の色の彩度がぐっと落とされた色彩設計になっている。その儚い姿が,病床に臥せっていた公生の亡き母と重なる。

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『四月は君の嘘』第14話「足跡」より引用 ©︎新川直司・講談社/「四月は君の嘘」製作委員会

最終話「春風」の東日本コンクールで,公生は色々な人からもらった〈音色〉を手術中のかをりの元に届けようと渾身の演奏をする。 やがて舞台は公生の心象風景に変わり,そこにヴァイオリンを手にしたかをりが姿を現す。彼女の髪や肌は元気だった頃の鮮やかな色に戻っている。しかし,その姿を見て,彼女との別離を予感した公生の顔には,深い悲痛の表情が浮かぶ。跳ねるように無邪気なかをりのヴァイオリンと,彼女に寄り添うように優しく音を奏でる公生のピアノを,無数の彩豊かな〈音色〉の光球が包み込む。

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『四月は君の嘘』最終話「春風」より引用 ©︎新川直司・講談社/「四月は君の嘘」製作委員会

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『四月は君の嘘』最終話「春風」より引用 ©︎新川直司・講談社/「四月は君の嘘」製作委員会

そして演奏を終えた公生は,万感の想いを込めて,かをりに「さよなら」を告げる。彼の心には,かをりという人間のカラフルな生が確かに足跡を遺したのだ。

しかし,最終話のかをりの手紙によって明らかにされたように,そもそも,彼女の心に〈色〉をもたらしたのは,幼い頃の公生の「24色パレット」のようなピアノの音色だったのだ。2人は〈色〉を与え合うことによって,互いの実存を己の内に刻み込んだ。『四月は君の嘘』は,悲劇であると同時に,限りある命の輝きを謳った“ハッピーエンド”の物語でもある。

【メインスタッフ】
原作:新川直司/監督:イシグロキョウヘイ/シリーズ構成・脚本:吉岡たかを/キャラクターデザイン:愛敬由紀子/撮影監督:関谷能弘(グラフィニカ),野澤圭輔(グラフィニカ)

色彩設計:中島和子

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  • 発売日: 2020/04/01
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『色づく世界の明日から』(2018年秋):心の色

魔法使いの一家に生まれた月白瞳美は,とある事件が原因で幼い頃に色の知覚を失い,あらゆるものがグレースケールにしか見えない。以来,彼女は魔法を使うことをやめ,他者との関わりを避けた孤独な生活を送っていた。ある日,彼女は祖母・月白琥珀の魔法の力によって60年前の過去に送り込まれ,そこで出会った葵唯翔の絵によって,再び色を見たいという欲求に突き動かされる。彼女は唯翔を含めた同年代の若者たちとの心の交流を通して,やがて「色づく世界」を取り戻していく。

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『色づく世界の明日から』第一話「キミノイクベキトコロ」より引用 ©︎色づく世界の明日から製作委員会

このプロットからも分かる通り,本作では色彩が心情の比喩としてだけではなく,物語のテーマそのものとして扱われている。

瞳美が「魔法写真美術部」の仲間と心を通わせ,唯翔と恋をすることによって色覚を取り戻していくというストーリーは,その根底に心の多幸感と外的世界の色彩との間の内的連想がある。本作では,日常的な風景に関しても意図的に彩度を高め,色の情報量を増やした色彩設計をしていると思われるが,それは客観的な色彩というよりは,瞳美の色への欲望を反映し,主観的に増幅された〈記憶色〉の世界に近いと言えるだろう。

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『色づく世界の明日から』第一話「キミノイクベキトコロ」より引用 ©︎色づく世界の明日から製作委員会

第十二話「光る光る この一日が光る」では,瞳美が束の間,色覚を取り戻す様子が描かれる。文化祭の後夜祭で琥珀が学校の屋上から魔法花火を打ち上げる。仲間とともに「魔法写真美術部」のイベントを成功させた瞳美は,仲間の前で「ドキドキするの。嬉しくて温かい。懐かしい気持ち」と心の喜びを吐露する。琥珀が「それって『幸せ』なんじゃない?」と指摘する。その時,瞳美がふと空を見上げると,それまで灰色だった魔法花火が色鮮やかに瞳美の目に映る。

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『色づく世界の明日から』第十二話「光る光る この一日が光る」より引用 ©︎色づく世界の明日から製作委員会

しかし,瞳美は色づく世界を取り戻すと同時に,60年後の未来の世界に戻ることで,仲間との別れ,とりわけ唯翔との別れを経験しなければならない。第十三話「色づく世界の明日から」で,60年後の世界に戻った瞳美に琥珀が「どう?楽しかったでしょ?」と尋ねると,瞳美はこう答える。

楽しかった。でも,悲しかった。不安で怖くなって,嫌になった。夢中になってドキドキしたり,嬉しくなって,切なくなって,怒ったり泣いたり,胸が締め付けられるほど苦しくなったり,帰りたくなくなるほど,恋しかったり。でも…幸せだった。

彼女にとって「幸せ」とは,単なる肯定的な感情の集積ではない。それは「楽しさ」「悲しさ」「不安」「恋」など,多様な感情によって成り立っている。他者との触れ合いから得た複雑な感情の複合体こそが,彼女にとっての「色」の本質だったのだろう。

物語は,他者からもらった〈色〉への想いを込めた瞳美のモノローグで締め括られる。 

海が青くてよかった/空が青くてよかった/あなたがくれた色/わたしの明日には/たくさんの色がある

 

『四月は君の嘘』と『色づく世界の明日から』の共通点は,主人公が恋愛によって〈色〉を取り戻すと同時に,愛する人との別れを運命付けられている点だ。〈色〉と〈恋愛〉というポジティブな連想に,〈悲しみの超克〉という試練が加味されることで,ドラマの重層性を高めている。こうした作品では,〈無彩色/有彩色〉〈悲/喜〉という反意概念が相互に排他的な関係にあるのではなく,両者を共に合わせた複合概念によって,人の感情の本来的な有様を描いているのだと言える。

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【メインスタッフ】
監督:篠原俊哉/シリーズ構成:柿原優子/キャラクター原案:フライ/キャラクターデザイン・総作画監督:秋山有希/撮影監督:並木智富田喜允

色彩設計:中野尚美 

色づく世界の明日から Blu-ray BOX 1

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『荒ぶる季節の乙女どもよ』(2019年夏):わたしたちの色

高校の文芸部に所属する小野寺和紗菅原新菜須藤百々子曾根崎り香本郷ひと葉は,ある日,新菜の発した「セックス」という言葉をきっかけに,性と愛を巡る現実と妄想に翻弄されていく。彼女たちは〈性〉の象徴の周囲をスラップスティックさながらにドタバタと駆け巡りながら,互いにぶつかり合い,そして互いを理解していく。

この作品は,前掲の3作品と比べれば全体的におとなしめの色彩設計だが,最終話「乙女心のいろいろは」では,〈色〉が明確に主題化されている。

「男女交際禁止令」によって,り香を退学処分にした校長と教頭に抗議すべく,和沙らは顧問のミロを人質にとって夜の学校に立て篭もる。しかし,和沙,和沙の彼氏である泉に告白しようとする新菜,新菜を慕う百々子との間で次第に感情がぶつかり合い,そこへ泉本人が入り込んだことにより収拾がつかなくなる。そこへ,和沙が唐突に「戦いませんか」と提案する。

この時,り香が発した「色情」という言葉からの連想で,顧問のミロが戦いの代わりに「色鬼」をすることを提案する。

色鬼は,主観と客観があやふやなところで,正解のジャッジを求められる。各々が自らの視点を晒しあうことで,話し合いに似た効果が生まれるのではないでしょうか。[中略]皆さんは今,新しく芽生えた感情に必死で名前をつけようとしている。その作業と同じように,色の名前を修飾語,それぞれの言葉で飾って,それぞれの心の色を晒け出すんですよ。

(強調は引用者による)

ひと葉の「明け方の空に軽くため息をついた満月の灰色」,百々子の「菅原氏のことを想って,夜も眠れない桃子の桃色」,新菜の「わたしたちは青い群れ」。鬼の心そのものであるそれぞれの〈色〉を探して,彼ら/彼女らは奔走する。〈色〉の持つ様々な含意-性愛,恋愛,情愛,多様性,心の動き-をドラマに盛り込んだ,含蓄のあるラストシーンだ。

かくして,彼女たちは仲間とのぶつかり合いから,自分独自の〈色〉を見つけ出し,無機質な学校の壁面をカラフルに彩る。

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『荒ぶる季節の乙女どもよ』最終話「乙女心のいろいろは」より引用 ©︎岡田麿里・絵本奈央・講談社/荒乙製作委員会

これが「荒ぶる乙女」たちの〈色〉だ。彼女たちは自分の〈色〉を見つけ出し,相手の〈色〉を理解しながら,少しずつ大人になっていくだろう。

今までこの校舎を牛耳ってた青が,白い光に照らされたら,色だらけになりました。これだけの色が,青の下に眠ってた。染まっていくんじゃない。汚れされていくんでもない。新しい気持ちに照らされると,自分でも気づいていなかった,もともと自分が持ってた色が,どんどん浮かび上がってくるん
だ。(和沙のモノローグより)

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『荒ぶる季節の乙女どもよ』最終話「乙女心のいろいろは」より引用 ©︎岡田麿里・絵本奈央・講談社/荒乙製作委員会

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【メインスタッフ】 
原作:岡田麿里絵本奈央/監督:安藤真裕塚田拓郎/脚本:岡田麿里/キャラクターデザイン・総作画監督:石井かおり

色彩設計:山崎朋子

 

以上,〈色と青春〉というテーマの4作品を挙げてみた。

無論,色の持つ意味は一義的ではない。有彩色にネガティブな意味を読み込む作品もありうるだろうし,無彩色を中心に据えた色彩設計も当然存在する。今後,アニメがその豊かな色彩表現力を武器に,他の媒体では不可能な独自の色彩解釈を繰出してくることを楽しみにしたい。