日本動画協会が毎年発行している「アニメ産業レポート」は,国内外のアニメ市場の動向を知ることのできる貴重な資料だ。当ブログでは,アニメを〈産業〉という観点から俯瞰することによって,より広い視座から作品を鑑賞できるようになるという考えのもと,一昨年から継続してこの資料を紹介している。
本記事で紹介する「アニメ産業レポート2020」は,2019年の市場を分析したものである。したがって,2020年のアニメ市場に最も大きな影響を及ぼしたと考えられるコロナ禍と『鬼滅の刃 無限列車編』に関する言及は少ない(コロナ禍については部分的に言及があるが,市場の数値への具体的な影響は来年の「2021」版で詳述されるはずだ)。本記事でも,この2つの要因についてはほとんど取り上げていないことにご留意願いたい。
予想外の続伸
2019年の「アニメ産業市場」 *1 の規模は2兆5112億円,前年比15.1%の伸びとなった。
正直,この数字には少なからず驚かされた。少子化による国内市場の低迷,海外市場成長の鈍化,中国の規制など,市場の成長にブレーキをかける要因は多くあったからだ。ところが,蓋を開けてみれば予想外の続伸,それもこれまでにない成長率での続伸となったのだ。
執筆者の増田弘道によれば,とりわけ多くの割合を占める海外市場において,中国市場の減退の影響が予想ほど大きくなかったこと,および欧米において配信が促進されたことが原因らしい。*2 このことは,世界市場における日本アニメ市場のプレゼンスの高さを示しているとも言え,日本アニメの底力を大いに感じさせる。これに加え,2019年は映画市場の伸びが目覚ましかった。2020年の『鬼滅の刃 無限列車編』などの現象も勘案すると,後述するTVアニメ市場の減退を補って余りあるポテンシャルを秘めているかもしれない。
TVアニメから配信へ?
さらにジャンル別の市場の動向を仔細に見ていくと,一視聴者としてなかなか無視できない傾向が見て取れる。
上図に基づいて各ジャンルの前年比増減率をまとめると,以下のようになる。
2019年ジャンル別増減率(前年比)
【増加】映画162.4%,配信115.1%,商品化116.2%,海外119.0%,遊興112.8%,ライブエンタテイメント109.0%
【減少】テレビ84.8%,ビデオ95.9%,音楽94.1%
これを2018年の増減率と比べるとわかりやすいかもしれない。
2018年ジャンル別増減率(前年比)
【増加】テレビ107.0%,映画103.9%,配信110.2%,音楽104.1%,海外101.4%,遊興105.5%,ライブエンタテイメント123.1%
【減少】ビデオ76.7%,商品化権95.6%
最も顕著なのは,これまで1100億円台付近を推移してきたTVアニメが,ここへ来て970億円と1000億円を割り,前年比で84.8にまで落ち込んだことだ。同時に,制作分数は2018年の130,347分から107,006分へ,タイトル数は350から314へと大幅に減少している。増田は中国でのセールスが減速したことや,劇場アニメや配信に視聴スタイルが移行したことなどが影響したと見ている。*3
この中でも,アニメファンとして最も気になるのは,TVアニメと配信アニメのバランスの変化だろう。
近年,配信プラットフォーム各社はアニメ市場にますます積極的になりつつある。中でも最も目立った動きをしているのはNetflixだ。2018年にProduction I.G.,ボンズと包括的業務提携を結んだことを皮切りに,2019年にはアニマ,サブリメイション,デイヴィッド・プロダクションと,2020年にはANIMA&COMPANY,MAPPA,サイエンスSARU,および韓国のスタジオミールと契約している。
NetflixがプロダクションI.G、ボンズ、WITスタジオと包括業務提携 新作アニメで協業 | アニメーションビジネス・ジャーナル
Netflix、アニマ、サブリメイション、デイヴィッドの3社と提携 オリジナルタイトルも多数発表 | アニメーションビジネス・ジャーナル
MAPPA、サイエンスSARUなど Netflixが日本と韓国のアニメ制作会社4社と提携 | アニメーションビジネス・ジャーナル
最近では,チーフプロデューサーの櫻井大樹が「アニメのメジャー化宣言」を行い,合計16タイトルものオリジナルアニメの制作を発表したばかりだ。
日本アニメの「メジャー化」宣言、Netflixが挑むアニメ産業の“再生”の道筋 | WIRED.jp
「岸辺露伴は動かない」「極主夫道」など全16作品。Netflixの2021年新作アニメが注目作揃い | ハフポスト
増田は,TVと配信の市場バランスは3年後には逆転し,配信がアニメ流通の中心メディアとなるだろうと予測している。*4 配信が主流となることにより,アニメがTV放送のスケジュールから解放されれば,作品ユニットの構成も変わっていくだろう。「クール」「12〜13話構成」「リアタイ視聴」といった既存の視聴概念が変容(あるいは消滅)していく可能性もある。これは僕の漠然とした予感なのだが,現在でもコアなファンを中心に行われている「同時上映会」(複数の人が自宅でBlu-rayなどを同時に視聴し,SNSなどで感想を語り合う小規模のイベント)が配信をメインに行われるようになり,TVの「リアタイ視聴」にとって代わるということもあるかもしれない。配信への移行は,我々アニメファンの視聴スタイルに少なからず影響を及ぼしていくことだろう。
TVアニメの制作本数の減少に関しては,数土直志が興味深い分析をしている。数土によれば,2019年は継続タイトルは増加し,反対に新規タイトルは減少しているが,それは人気作の続編制作によってビジネスリスクを避ける傾向が増えたからだという。*5
「商品である前に作品」であるアート作品などと違い,アニメは「作品であると同時に商品」である。売れなければ話にならない。そういう意味では,製作サイドが“売れ筋”に絞ってリスクを回避するのは当然の選択だ。しかし一視聴者としての意見を言わせてもらえば,やはりシリーズアニメには新規作品,とりわけオリジナル作品を製作するリスクを負い続けてもらいたい。アニメを表現物という側面から見るならば,オリジナルアニメはその多様化に寄与する可能性を持っているからだ。2019年には,『さらざんまい』『星合の空』『ケムリクサ』など,ユニークなオリジナル作品が数多く見られた。そうした文化的土壌を絶やしてはならない。
もちろん,Netflixのような配信事業会社も潤沢な資金を武器にオリジナル作品を多く手がけるだろう。以前はSFやアクションに偏りがちだったジャンルも,近頃ではより“日本的”な要素を取り入れながら多様化している。しかし,Netflixという会社の性質上,“外向き”の眼差し,つまり海外の視聴者を意識した眼差しがどこかに残る(先述の櫻井大樹が自社の作品を寿司の「カルフォルニアロール」に例えているのは興味深い *6)。必ずしも,日本のTVアニメと同じ文化土壌とは言えないかもしれない。TVアニメができること,やるべきことは,まだまだたくさんあるだろうと僕は考える。
劇場作品の堅調
そうした意味でも,今後大いに期待したいのが劇場アニメだ。
劇場アニメは順調に成長し続けている。とりわけ2019年に“劇場アニメラッシュ“が訪れることは,2016年においてすでに予見されていた。この年に空前の大ヒットを飛ばした新海誠監督の『君の名は。』によって劇場アニメの潜在力が示されたことにより,多くの新企画が立ち上げられ,2019年に集中的に公開されることが予想されたからだ(もちろんそのような作品ばかりではないが)。結果,それまで興行収入の最高値であった2016年の663億円をはるかに上回り,2019年は692億円となり,過去最高を更新した。制作本数も,2018年の74本から91本へと大幅に増加している。
2019年の劇場アニメで顕著だったのは,『天気の子』のような幅広い視聴者層を呼び込める作品や『名探偵コナン 紺青の拳』のようなキッズ・ファミリー向けの作品だけでなく,『Fate/stay night [Heaven's Feel] II. lost butterfly』『プロメア』『コードギアス 復活のルルーシュ』『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝ー永遠と自動手記人形ー』など,深夜アニメの続編やコアファン向け作品(いわゆるオトナアニメ)が興行収入を伸ばしたことである。このことは,TVにおけるオトナアニメ市場減退の一部を劇場アニメが補完しているということを意味するだろう。とりわけ『プロメア』はマンガやライトノベルに原作を持たない純オリジナル作品だ。こうした成功例に倣って多くの劇場オリジナルアニメ企画が立ち上がるようになれば,極めて面白い状況になるだろう。広告・宣伝の戦略如何ではTVアニメよりも確実に収入を見込める劇場作品において,オトナアニメの土壌が維持されていくことを期待したい。
2020年は…
劇場アニメや配信の健闘で予想外の成長となった2019年だが,果たして2020年の数値はどうなるだろうか。
当然のことだが,コロナ禍が市場の成長に水を差すことは間違いない。デジタル作業や現場での様々な工夫のおかげで,2020年後半におけるコロナ禍の影響は最低限に抑えられた印象があるが,そうは言っても,市場全体への影響は計り知れないものがあるだろう。2020年の状況を踏まえ,今年2021年に業界がどう対応していくか。注視していきたい。
その一方で,2020年の劇場アニメの盛況はコロナ禍を吹き飛ばすくらいの勢いがあった。言うまでもなく『鬼滅の刃 無限列車編』の功績だ。これが単なる“突然変異”的なアクシデントに終わらないであろうことは,『君の名は。』以降の状況から十分に推察される。『鬼滅の刃』の勢いに倣って,今後も多くの劇場作品が制作されることを期待したい。
【ダウンロード版】
【書籍版】