アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

Webアニメ『愛してるって言っておくね』(2020年)レビュー[考察・感想]:12分間のミニマリズム

*このレビューはネタバレを含みます。

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『愛してるって言っておくね』公式HPより引用 ©︎2020 Oh Good Productions

ifanythinghappensiloveyou.com


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『愛してるって言っておくね』(原題:If Anything Happens I Love You)は,娘を失った夫婦が,娘との思い出を通して徐々に立ち直っていく物語である。実話に基づかないフィクションではあるが,アメリカで頻発する銃乱射事件をモチーフにしており,そのリアリティはアメリカ人のみならず,多くの人の心を打つ。2021年に授賞式が行われた「第93回アカデミー賞」にて「短編アニメ映画賞」を受賞している。

 

作品データ(リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど)

【スタッフ】監督:ウィル・マコーマックマイケル・ゴヴィア/脚本:ウィル・マコーマックマイケル・ゴヴィア/アニメーション・ディレクター:ヤングラン・ノー

【上映時間】12分

【製作国】アメリカ合衆国

【あらすじ】食事をする夫婦。二人の間には決定的な距離があり,会話はない。ある時,ふとした偶然から,空っぽの娘の部屋のレコードのスイッチが入り,キング・プリンセスの『1950』が流れる。二人はそれを聴きながら,娘との思い出に浸り始める。サッカーに夢中になる娘,誕生日を迎える娘,初めてのキスをする娘,そして銃乱射事件によって命を落とす娘…

アニメは「野蛮」なのか

1798年,アメリカ政府はフランスとの戦争勃発に備えるべく,発明家イーライ・ホイットニーに一万丁のマスケット銃の生産を発注した。

深刻な人手不足に悩まされる一方で,伝統的な労働様式に固執する職人階級が存在しなかった当時のアメリカでは,機械による生産の合理化が早くから追求されていた。そうした時代的土壌の中で,ホイットニーはマスケット銃の互換部品の生産効率化を実現し,いわば〈殺戮兵器の合理的大量生産〉の先駆となった。*1

テクノロジーと合理化と大量殺戮は共犯関係にある。テクノロジーが進歩すれば,殺戮の方法も合理化される。かつてアウシュヴィッツが殺人を合理化したように。理性と野蛮は結託している。その出自からして既に技術大国であったアメリカが,科学に基づく理性の国として発達してきたと同時に,“銃社会"としても発達してきたという事実は,皮肉な真理なのだ。

だから『愛してるって言っておくね』のような作品が世に出た時,僕らはテオドール・W・アドルノの有名な警句 *2 をもじりつつ,こう問わねばならないのだろう。“それ自体が技術の所産であるアニメーションが銃器事件を表象することは,はたして「野蛮」なのだろうか"と。はたして『愛してるって言っておくね』という作品は,アメリカ社会に内在するこの「野蛮」にどう挑んだのであろうか。

unfinished, empty 

『愛してるって言っておくね』にはセリフがほとんどない。ラフスケッチのような線画,一部のアクセントを除けばほぼモノトーンの色彩設計,そしてとりわけ,コマを大胆に落としたラフなモーション。“フルアニメーション"による滑らかな動きを主とした往年のディズニーアニメなどとは対極にある作りだ。

本作のアニメーション・ディレクターであるヤングラン・ノーは,ある記事のインタビューで「ちょうどスケッチのように未完成な」ルックに仕上げたかったのだと述べている。*3 ノーは同じインタビューの中でこのようにも言っている。 

私は彼ら[作中の夫婦のこと]がどう感じているかを想像しようと努めました。すると心の中が空っぽだと感じたのです。空っぽだと感じました。だから私はこの映画を最小限の背景,最小限の色で,この上なく空っぽに仕上げたかったのです。*4

描線と色彩の不在を,ノーは「未完成」「空っぽ」と呼ぶ。おそらく彼女の思想は,コマの不在にも表れている。人物たちの身体は,時間と空間を隈なく埋め尽くすというよりは,無数のコマの不在をあえて顕在化させるかのようにぎこちなく動いていく。彼女は,コマと色彩によって満たされていない〈空虚〉に,娘を失った夫婦の“喪失感"という内的状態を表すための積極的な価値を見出しているのだ。“空"の中に有意味な価値を見出すなど,まるで東洋哲学のような感性をアメリカ映画が打ち出してきたことには正直驚きを隠せない(ただし,アニメーションディレクターのヤングラン・ノーが韓国籍であることは付記しておくべきだろう)。

ノーは『愛してるって言っておくね』に関わる以前,ディズニーやピクサーとは対局にある自分の表現スタイルに自信が持てず,韓国に帰国することすら考えていたのだという。*5 そんな彼女の才能に目をつけたのが,監督のウィル・マコーマックとマイケル・ゴヴィアだった。ひょっとすると,彼らにはアメリカで支配的なアニメーション・スタイルに対抗する思惑もあったのかもしれない。

いずれにせよノーの〈空虚〉は,単なる一表現技法である以上に,描線と色彩とコマが画面の隅から隅までを埋め尽くすアニメーションへのアンチテーゼとしての意味を持つことは間違いない。それはアニメーション作品でありながら,同時にアニメーションの最先端技術に対する批判を行う。日本のアニメ・シーンでは“リミテッド(制限された)"と呼び習わされてきたものに,この作品は積極的な批判力を見出しているのだと言える。

リアリティへの繋留

そして『愛してるって言っておくね』が優れているのは,このようなミニマリズムが現実社会から遊離してしまうことを慎重に(というよりも大胆に)避けたことである。 

夫婦の娘が銃乱射事件の被害に遭うシーンではーほとんど唐突にと言ってもよいだろうー 教室のドアの上の星条旗が写し出される。生々しい銃撃音が,その背後で惨劇が行われていることを示している。

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『愛してるって言っておくね』より引用 ©︎2020 Oh Good Productions

周囲の淡白な校内風景からすればあまりにもビビッドな色合いのそれは,観客を睥睨するかのように,画面の中央に数秒間鎮座し続ける。まるで「これがアメリカなのだ」と言わんばかりに。

娘がスマートフォンに(おそらく両親に宛てて)打ち込む“If anything happens I love you(何かあった時のために,愛してる(って言っておくね))"というメッセージは,2018年に起こった「マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校銃乱射事件」である生徒が両親に宛てて書いたものをヒントにしていると思われる。*6。ここにも,観客を現実世界へ繋留する仕掛けが施されている。こうして観客は(とりわけアメリカ人の観客は)ミニマルに節約された架空の世界に安住することを許されず,自らの生活に潜む野蛮な事実に直面させられることになるのだ。

両親の絶望を救うのは,“娘の影"という架空の存在である。告白な現実の中で,心の支えとなるものが虚構的存在であるというのは,本当の意味での“救い"から程遠いと感じるのは僕だけだろうか。

この作品の“12分間のミニマリズム"に触れた観客は,現代文明の野蛮を見せつけられながら,後に残された者たちの絶望を感じると同時に,「影」というフィクションによってほんの少しの希望を与えられる。ひょっとしたら,史上最も残酷で温かいショートフィルムなのかもしれない。

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
4 5 4.5 5
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
3.5 4
独自性 普遍性 平均
4 4.5 4.3
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

 

*1:ジョン・エリス著(越智道雄訳)『機関銃の社会史』,pp.32-38,平凡社,1993年。

*2:「アウシュヴィッツ以降,詩を書くことは野蛮である。」テオドール・W・アドルノ(渡辺祐邦・三原弟平訳)『プリズメン』,p.36,ちくま学芸文庫,1996年。

*3:Mashable: The sketch-style of Netflix's 'If Anything Happens I Love You' is rapturous

*4:同上。

*5:同上。

*6:Students Texted Their Parents Goodbye During the Florida Shooting | Teen Vogue