アニ録ブログ

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TVアニメ『アクダマドライブ』(2020年秋)「#12 カンゼンバン」レビュー[考察・感想]:お前たちは生きろ

*このレビューはネタバレを含みます。

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『アクダマドライブ』「#12 カンゼンバン」より引用 ©︎ぴえろ・TooKyoGames/アクダマドライブ製作委員会

2020年冬クールに放映された『アクダマドライブ』は,一般的なTVシリーズの水準を超える映像美と骨太のストーリーによって,最近のオリジナルアニメの中でも高い評価を受けた作品である。

www.otalog.jp

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2021年5月28日に発売されたBlu-ray/DVD第6巻には,最終話「#12 アクダマドライブ」のディレクターズカット版である「カンゼンバン」が収録された。TV放映版ではカットされていた処刑課・弟子と後輩のシーン等が追加されており,彼女たちの〈正義〉をめぐる葛藤がより前景化されている。今回の記事では,追加シーンを中心に順に追いながら,放映版よりもさらに深められたテーマを読み解いていきたい。

シンカンセン襲撃直後の処刑課弟子,後輩,所長の会話

Aパート冒頭には,「#11 WAR GAMES」で描かれたシンカンセン襲撃を処刑課・弟子と後輩が眺めるシーンが追加されている。

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『アクダマドライブ』「#12 カンゼンバン」より引用 ©︎ぴえろ・TooKyoGames/アクダマドライブ製作委員会

この時の後輩の「ああ…シンカンセンが…先輩,いくらなんでもこの作戦はやり過ぎでは…」「でもシンカンセンごと狙うなんて,あまりにも恐れ多いのでは」というセリフからは,彼が処刑課・所長のやり方に疑念を抱いていることが伺える。それに対し,所長の「シンカンセンは所詮人工物だ。あれをありがたがってるのは無知な民衆だけだ」というセリフは,処刑課の本質的な悪性をはっきりと露呈している。これにより,物語終盤における弟子&後輩と所長の立ち位置の差異がより明確になっている。

運び屋vs処刑課の戦闘中の弟子と後輩

運び屋と処刑課・弟子が一騎討ちをした直後,後輩の立ちすくむ姿を見た弟子は,師匠から受け継いだ十手を握りしめる。

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『アクダマドライブ』「#12 カンゼンバン」より引用 ©︎ぴえろ・TooKyoGames/アクダマドライブ製作委員会

これをはじめとして,追加シーンには弟子が師匠の十手を握り締めながら懊悩するカットが多い。ますます醜悪になる処刑課の有様と,師匠が貫いた〈正義〉との齟齬に苦しむかのような表情が印象的である。

民衆の暴動を前にした弟子と後輩,妹の覚悟,弟子の叫び

後輩を銃で撃った少女を取り押さえる弟子。目前には処刑課の所業に暴動を起こす民衆。背後で倒れる後輩が,弟子の中にわだかまる何かを否定するかのようにゆっくりと首を振る。

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『アクダマドライブ』「#12 カンゼンバン」より引用 ©︎ぴえろ・TooKyoGames/アクダマドライブ製作委員会

運び屋のバイクに乗ろうとする妹に目をやる弟子。妹は弟子が落とした十手を徐に拾い上げ,挑むような目で弟子に切先を向ける。

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『アクダマドライブ』「#12 カンゼンバン」より引用 ©︎ぴえろ・TooKyoGames/アクダマドライブ製作委員会

この姿を見た弟子は,再び師匠の十手を握りしめ,「違う…!処刑課は…こんなのじゃない!」と苦痛に満ちた表情で叫ぶ。

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『アクダマドライブ』「#12 カンゼンバン」より引用 ©︎ぴえろ・TooKyoGames/アクダマドライブ製作委員会

アクダマ側に与する妹に自身の十手を突きつけられ,処刑課の“正義”の欺瞞を確信する弟子。師匠の十手を握りしめる手は,彼女が縋るべきものが組織としての“正義”ではなく,個人の信念としての〈正義〉であることを確信したことを示しているようだ。

所長と弟子の対峙

カンサイ警察署の通天閣をビームで倒壊させ逃走しようとする運び屋に,敵意と悪意をむき出しにした所長が襲いかかる。それを体当たりで阻止する弟子。弟子は「これは…こんなのは,処刑課のあるべき姿ではありませんよ!」と言って所長を諭す。

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『アクダマドライブ』「#12 カンゼンバン」より引用 ©︎ぴえろ・TooKyoGames/アクダマドライブ製作委員会

彼女は所長に目の前の惨劇を直視させる。銃を持った少女が目の前にいる。彼女は「これが今の処刑課がしたことです。あの子は,アクダマですか?」と問う。後輩が「ごめん,こんなことさせて,ごめん…」と言いながら少女を抱きしめる。

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『アクダマドライブ』「#12 カンゼンバン」より引用 ©︎ぴえろ・TooKyoGames/アクダマドライブ製作委員会

所長との対峙を終え,心の中のわだかまりを解消した弟子は,再び師匠の十手に手をやり「お前は生きろ,か…」と独り言つ。もちろんこれは「#06 BROTHER」で今際の際に師匠が弟子に対して投げかけた言葉のリフレインである。この時,弟子が後輩に「弟子」と呼びかけ,後輩が弟子に「師匠」と呼びかけているのも印象的だ(これに合わせ,エンドロールのキャスト・クレジットも「師匠」「弟子」になっている)。遠い未来を見やるかのような弟子の表情は,これまでとは一転して,まるで憑き物が落ちたかのように晴れやかである。

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『アクダマドライブ』「#12 カンゼンバン」より引用 ©︎ぴえろ・TooKyoGames/アクダマドライブ製作委員会

この一連のシーンは,追加映像の中でも最も長い。“弟子&後輩”の関係に“師匠&弟子”の関係をダブらせつつ,〈正義〉の内実をめぐる弟子の葛藤とその解消をじっくりと描いている。サブキャラクターの心情だけでなく,〈正義〉という中心テーマも掘り下げているという点で意味深いシーンだ。また,文字通り命がけでアクダマを処刑する使命を負い,死の烙印を押されたかのような処刑課・弟子の口から「お前は生きろ」という言葉が発せられたことにより,生=未来というテーマがより強調されているように思える。

運び屋と兄妹の逃走シーン

TV放映版では,これ以前のシーンでも多用されていた書割のような場面転換だったが,「カンゼンバン」では住宅街からトンネルを抜けていくまでのシーンが丁寧に描かれている。

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『アクダマドライブ』「#12 カンゼンバン」より引用 ©︎ぴえろ・TooKyoGames/アクダマドライブ製作委員会

これによってTV版よりもシリアスさが増し,クライマックスの雰囲気に沿ったシーンに仕上がっている。

ラストシーンの花びら

最後に,追加映像ではないが,兄と妹がシコクへ向かうラストシーンにも触れておこう。ここでは,2人の足元を舞う花びら(おそらく桜)のカットが変更され,その存在感がより強調されている。

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『アクダマドライブ』「#12 カンゼンバン」より引用 ©︎ぴえろ・TooKyoGames/アクダマドライブ製作委員会

わずかな変更ではあるが,この直前の戦闘シーンに見られる枯木とのコントラストが明確になり,兄妹の〈未来〉が明るいものになることをよりはっきりと予感させるカットになっている。

処刑課・弟子による「お前は生きろ」というセリフのリフレインと,ラストカットの桜の花びら。この2つを結んでみた時,アクダマたちの命を犠牲としながらも,全体として物語が未来を志向していたことが見て取れる。アクダマたちの命は失われたが,それを代償に得られた兄と妹の未来は無条件に美しい。弟子のセリフと花びらは,この物語に潜む残酷な両義性を補強しているように見える。

 

田口智久監督のコメントによれば,この他にも手を加えたシーンやカットが無数にあるとのことだ。とりわけ,通天閣倒壊後から運び屋死亡までのシーンは相当グレードアップしている印象だ。

総じて「カンゼンバン」は物語の印象を大きく変えるものに仕上がっていると言える。田口監督の言うように,いずれ配信でもこの「カンゼンバン」が鑑賞できるようになることを期待したい。 

「#12 カンゼンバン」メインスタッフ(TV放映版と同じ)

脚本・絵コンテ・演出:田口智久/作画監督:Cindy H. Yamauchi立川聖治稲留和美/アクション・エフェクト作画監督:菅野芳弘

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