アニ録ブログ

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「今石洋之の世界」展レポート:螺旋の中心には

*このレポートには「今石洋之の世界」の展示構成に関する記述があります。新鮮な気持ちで展示を鑑賞したい方は,まず展示をご覧になってからこの記事をお読みください。

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「今石洋之の世界」公式HPより引用 ©︎中島かずき・今石洋之・プロジェクト「グレンラガン」 ©︎TRIGGER・中島かずき/キルラキル製作委員会 ©︎TRIGGER・中島かずき/XFLAG ©︎カラー ©︎nihon animator mihonichi LLP. ©︎TRIGGER・今石洋之/宇宙パトロールルル子製作委員会☆彡 ©︎2003 Imaitoonz/Production I.G/MANGA ENTERTAINMENT ©︎TRIGGER Inc. ©︎今石洋之の世界

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『天元突破グレンラガン』(2007年春・夏)や『プロメア』(2019年)などで知られる今石洋之は,現代のアニメ監督の中でも突き抜けた個性を発揮するユニークな作家だ。そんな彼の四半世紀にわたる足跡をたどる個展が,所沢のEJアニメミュージアムで開催されている。日頃お目にかかれない貴重な資料を楽しみながら,今石の強烈な個性の原点をたどることのできるたいへん魅力的な展示会である。

展示会データ

会期:2021年5月29(土)〜6月27日(日)

会場:EJアニメミュージアム(角川武蔵野ミュージアム3F)

チケット:土日祝日は日時指定制。それ以外の平日は日時指定なし。限定グッズ付きチケットあり。詳しくはこちら

グッズ:展示会図録あり(6月2日(水)現在では制作中。後日受注販売あり)。その他,「ねんどろいど 纏流子 スカジャンVer.」,Tシャツ,アクリルスタンド,缶バッジ,クリアファイル,キャンバス等の販売あり。詳しくはこちら

その他:出口付近のフォトスポットを除き写真撮影不可。音声ガイドなし。鑑賞所要時間の目安は「やや急いで鑑賞」で1時間30分。「じっくり鑑賞」で2時間強。映像資料をじっくり観ると,予想以上に時間がかかる可能性があるので注意が必要。

今石洋之プロフィール

1971年10月4日,東京都生まれ。多摩美術大学卒業後,ガイナックスに入社し,1996年に『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年秋-1996年冬)の動画でキャリアをスタートする。『スレイヤーズ NEXT』(1995年春・夏)で原画マンとしてデビュー。その後,『彼氏彼女の事情』(1998年秋・冬),『フリクリ』(2000-2001年),『アベノ橋魔法⭐︎商店街』(2002年春)などの作品に参加した後,『DEAD LEAVES』(2004年)で監督デビュー。『天元突破グレンラガン』(2007年春・夏)や『Panty&Stocking with Garterbelt』(2010年秋)などのオリジナル作品で監督を務めた後,2011年にガイナックスを退社。同じくガイナックスに在籍していた大塚雅彦,舛本和也とともに株式会社トリガーを設立。以来,『キルラキル』(2013年秋-2014年冬),『宇宙パトロールルル子』(2016年春),『プロメア』(2019年)など個性的でアクの強い作品を生み出し続けている。2022年には,Netflixオリジナルアニメ『Cyberpunk: Edgerunners』(ポーランドのゲーム『Cyberpunk 2077』のスピンオフ作品)にて監督を務める。

展示構成

展示はほぼ1作品毎にセクションに分けられ,下記の順で展示されている。

① エントランス・シアター
②『プロメア』(2019年)の世界
③『宇宙パトロールルル子』(2016年)の世界
④『キルラキル』(2013年)の世界
⑤『Panty & Stocking with Garterbelt』(2010年)の世界
⑥『天元突破グレンラガン』(2007年)の世界
⑦『SEX and VIOLENCE with MACHSPEED』(2015年)と『OVAL×OVER』(2005年)と『DEAD LEAVES』(2004年)の世界
⑧ いろいろの世界
⑨ 今石洋之の世界
⑩ 今石洋之の螺旋

「今石洋之」という螺旋

展示冒頭,真っ先に目に飛び込んでくるのは,今石監督の最新作『プロメア』(2019年)の「絵コンテメモ」だ。脚本をもとに監督がイメージを描き出した ーあるいは“掻き出した”と言った方がふさわしいかもしれないー 「絵コンテメモ」は,いわば絵コンテの前段階に相当するものだ。脳髄からダイレクトに迸り出たかのような描線が,手描きのコマ割りの中に所狭しと描かれている。それは絵コンテそのものよりもエネルギッシュで,まるで子どもの絵のような奔放さがある。この「絵コンテメモ」から,絵コンテ決定稿,原画と,徐々に完成形に近づいていく経緯が豊富な資料とともに的確に展示されている。

そして次の『宇宙パトロールルル子』(2016年)のセクションに足を踏み入れた時,誰もが少しの違和感を覚えるはずだ。そう,この展示は監督の処女作から最新作まで成立年を下るのではなく,逆に遡っていく構成になっているのだ。

今石はこれまで数々の作品を生み出しながらも,常に「今石洋之」という作家性を形作る何かを中心に据えているように思える。彼のアニメ制作は,幼児のような自由奔放さで高速回転しながらも,その中心から逸脱することがない。まさしく彼の制作キャリアそのものが“螺旋”の形状を成している。僕らはこの展示によって,今石洋之という人の脳髄に出来た螺旋を遡るかのようにして,次第に彼の原点へと至るのである。

螺旋の中心

その螺旋の中心にあるものは何だろうか。

ケレン味,ヴァイオレンス,エログロ,ハッチャケ…今石の作品を形容する言葉はたくさんある。それらを「金田イズム」「反骨精神」「衝動」という3つのキーワードで整理することができるだろう。

今石は金田伊功(1952年-2009年)の影響を強く受けた,いわゆる「金田フォロワー」の一人として知られる。金田伊功と言えば,制約の多かった日本アニメの制作環境において,大胆なパースや身体のデフォルメ等,独自の表現技法を生み出した伝説のアニメーターだ。今石は,そうした「金田イズム」を自覚的に取り入れながら,それを自前の内臓器官で消化・吸収し,自身のテーマ表現の媒体と成すことに成功した作家だ。「今石洋之アニメ画集」に収められたインタビューによれば,彼はとりわけプロのアニメーターになって以降,金田的な要素(今石によれば「金田モドキみたいな部分」)を意識的に全面に押し出しているそうである。*1

今石の作品には下ネタが多い。しかし彼は,下ネタそのものに価値を置いているのではないようだ。同じインタビューの中で,今石は次のように述べている。

下ネタとかお下劣さみたいなのって,意図して入れている「刺激」のひとつなんです。分かりやすく「これは変なものだぞ」とか「この作品は尖っているぞ」と思ってもらうために必要だと思って入れています。僕は下ネタとかお下劣さも,かっこよさや可愛らしさと同じ「アニメのうまみ」だと思っているんですけどね。[中略]下ネタやお下劣さが本当に好きなんじゃなくて,言っちゃいけないことを言ったりするのが好きなんだと思います。反骨精神みたいなものですよね。*2

『Panty & Stocking with Garterbelt』や『SEX and VIOLENCE with MACHSPEED』などのエログロは,特にある世代の人たちの目には受け入れ難いものに映るかもしれない。しかしそれにもかかわらず,これらの作品が女性を含めた多くのアニメファン(実際,本展示には女性客も多いように見受けられた)から評価されているのは,モラルを嗤う「反骨精神」がスタイルとして確立されているからなのかもしれない。

そして「金田イズム」「反骨精神」のさらに奥底を流れていると思われるのが,最後の「衝動」である。本展示の前置きとして掲げられた今石の言葉を引いてみよう。

作品のスタートは,いつもメモ書きや落書きから始まります。自分の手を通して初めてそこに自分の感情が乗るからです。これは面白そうなのか,まだ足りないのか。手を動かして絵や文字にすることで,自分が,他人が,どう感じているか見えてきます。そして制作が始まれば,絵コンテや原画などもっといろいろなものを描くことになります。
手を動かし続けていると頭の中でアドレナリンが出る瞬間があります。「アニメ作るの楽しい」と思う瞬間です。そんな調子で仕事を続けて25年余り。描いたものがこれだけ貯まりました。どれも自分の「アニメって楽しいな」という気持ちに火をつけてくれたものばかりです。来場された方と「アニメは楽しい」という思いを共有できたらとてもうれしいです。*3

「手を動かす」という単純な行為と「アニメは楽しい」という単純な喜び。これらの言葉には,今石を創作へと突き動かす原初的な「衝動」のようなものを感じる。そしてこれこそが,今石洋之という螺旋運動の中心を貫く一本の線に他ならない。

この「衝動」の原点のありかを照らし出すかのように,展示の終盤には,今石のアマチュア時代の資料が展示されている。美大生時代の作品,中学生時代のマンガ,そして小学生時代の絵本マンガなどを辿っていくと,やがて僕らは今石の原初的な衝動へと誘われていることに気づく。このセクションが本展示の中でもっとも面白い部分であることは言うまでもない。

さいごに:「今石洋之」を作った男たち

これは今石の作品に限ったことではないが,アニメは(おそらく実写映画以上に)“共同作業”という側面が強い媒体だ。どれだけ強い作家性があったとしても,それを絵として具体化する才能が多数存在しなければ作品にはならない。「今石洋之の世界」展では,その一人ひとりの作り手に敬意を表するかのように,ほぼすべての展示物に制作者の名前が明示されている。吉成曜,すしお,雨宮哲などのトリガー同僚からフリーランスのアニメーターに至るまで,錚々たる固有名がキャプションに記されている。その1つひとつに目を留めながら,「今石洋之」という個性を中心とした人脈の広がりに想いを馳せるのも面白いだろう。

海外のアニメと比較して,日本のアニメは“天才的な作家”によって作られることが多いと言われる。確かに,宮﨑駿や庵野秀明のような天才・鬼才の活躍を見ればそのような印象を抱くことはあくまでも自然だ。そして今後,そうした才能の足跡を振り返るための個展が増えていくことも予想される。そうなれば,アニメファンとして嬉しいことこの上ない。最近で言えば,2019年に開催された「幾原邦彦展」などは,TVシリーズに軸足を置いた監督の個展として,「今石洋之の世界」と同傾向の企画だったと言えるだろう。

しかし上でも述べたように,作家が“作家性”を発揮するためには,数多くの制作者(アニメーター)の存在が不可欠だ。そしてそうした制作者の固有名と仕事をつぶさに確認できるのも,今回のような個展の重要な意義である。これから展示をご覧になる方,あるいは再訪する方は,複数の固有名が織りなす「今石洋之」という作家を改めて味わってほしいと思う。

 

「今石洋之の世界」では未公開の資料展示も多く,小黒祐一郎のツイートによれば,『今石洋之アニメ画集』(株式会社スタイル,2020年)に未掲載の資料なども展示されている。これだけ資料価値の高い展示を目にできる機会は今後しばらくないかもしれない。会期も一月程度あるので,今石作品を1つでもご覧になったことのある方は,ぜひ来場することをお勧めする。

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www.otalog.jp

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*1:「今石洋之アニメ画集」,p.222,株式会社スタイル,2020年。

*2:同上。

*3:「今石洋之の世界」公式HPより。