アニ録ブログ

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劇場アニメ『竜とそばかすの姫』(2021年)レビュー[考察・感想]:バーチャル/リアル二元論問題

*このレビューはネタバレを含みます。

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『竜とそばかすの姫』公式Twitterより引用 ©︎2021 スタジオ地図

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細田守監督オリジナル作品の第6作目であると同時に,『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム』(2000年),『サマーウォーズ』(2009年)に続いて“仮想世界を描いた『竜とそばかすの姫』。異なる世界を往来しながらアイデンティティを自問するというこれまでのテーマに,中村佳穂演じるベルの歌唱を加えることで,ミュージカル映画としての要素を打ち出した意欲作である。はたして『竜とそばかすの姫』は前作『サマーウォーズ』を「超える」ことができたのか。

 

あらすじ

高知の田舎町に住む高校生のすずは,幼い頃に母を亡くし,父と2人暮らしをしている。かつて大好きだった歌は母の死とともに歌えなくなり,父との関係もぎくしゃくしている。ある日,すずはインターネット上の仮想世界〈U〉に参加し,「ベル」という分身 ー「As」と呼ばれるー を作る。ベルとなった彼女は再び歌をうたう勇気を取り戻し,多くのユーザーから賞賛される歌姫として活躍するようになる。そんな時,彼女は〈U〉の世界を脅かす凶暴な存在「竜」と出会うのだった。

仮想世界と現実世界

物語はインターネット上の仮想空間〈U〉の描写から始まる。やや無機質に響く「ようこそ〈U〉の世界へ」という音声ガイドとともに,カメラは広大なバーチャルワールドに分け入っていく。

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『竜とそばかすの姫』公式Twitterより引用 ©︎2021 スタジオ地図

この冒頭シーンは『サマーウォーズ』のそれと(おそらく意図的に)同じ構造になっている。それは両者が連続した世界であることを暗示しているのかもしれない。ただし,『サマーウォーズ』の仮想都市「OZ」が丸みを帯びたややコミカルな世界観だったのに対し,建築家エリック・ウォンがデザインした〈U〉は直線的・抽象的で,より緻密で完成された仮想空間として描写されている。この空間に突如,巨大なクジラに乗ったベルが登場し,華麗な姿で「U」を熱唱する。壮大な映像とアップテンポな楽曲が観客を圧倒する。この冒頭数分間のシークエンスだけでも劇場で観る価値は十分にある。

その後,物語は不意に日常の世界へ戻る。そこはいくつかの〈欠落〉が存在する日常だ。マグカップの縁犬の前足,そしてすずの母。〈U〉の直線的で抽象的で完璧な世界とは打って変わって,有機的な植物が生い茂り,流動的で曖昧な入道雲が空に浮かぶ高知の田舎が舞台となる。

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『竜とそばかすの姫』公式Twitterより引用 ©︎2021 スタジオ地図

この〈U〉の仮想世界と高知の現実世界の明瞭な対比が『竜とそばかすの姫』という物語の基本構造なのだが,それは同時に,細田のメッセージ伝達にとって大きな足枷となった可能性がある。

Belle(美女)と竜(野獣)

ベルのキャラクターデザインを手がけたのは,『塔の上のラプンツェル』(2010年)や『アナと雪の女王』(2013年)など,ディズニー・アニメーションのキャラクターデザイナーを務めたジン・キムである。すずの“そばかす”をうまく取り入れた魅力的なデザインと繊細な表情は,この作品のクオリティを数段高める重要な要素となっており,本作に対するキムの貢献度の高さは計り知れない。

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『竜とそばかすの姫』公式Twitterより引用 ©︎2021 スタジオ地図

注目すべきは,ベルの風貌がディズニー・プリンセスの類型そのものである点だ。彼女は『アナと雪の女王』のアナやエルサに引けを取らない ーともすればそれ以上にー 美しく生き生きとしている。一方の竜も,粗暴でありながらも,一部の熱狂的なファンが付くくらいの“カッコよさ”を備えた魅力的な相貌だ。

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『竜とそばかすの姫』公式Twitterより引用 ©︎2021 スタジオ地図

ベルと竜の組み合わせはまさしくディズニー・アニメの金字塔『美女と野獣』(1991年)を彷彿とさせる。これは単なる偶然でも隠し味でもなく,細田が明示的に意図した一種の“オマージュ”である。彼は劇場プログラムに掲載されたインタビューの中で「僕は『美女と野獣』がすごく好きで,特に1991年のディズニー版が大好きなんです」と告白している。*1 また,両作品の主人公の名が「ベル」である点も無視できない。つまり細田は,本作の仮想世界を極めて自覚的に“ディズニー的物語世界”として描き出しているのである。

細田流“美女と野獣”は,少なくともビジュアル面においては確かに大成功を収めている。その点だけでも本作は高評価を受けるに値すると言える。しかし,ベルが唐突に竜に共感し,やがて2人が心を通わせるというプロットは,前世紀の子ども向けディズニー・アニメであれば通用するだろうが,2021年の細田守の劇場アニメーション映画としてはいささか説得力に欠ける。『美女と野獣』という借り物の設定に依存しすぎた感がある。

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『竜とそばかすの姫』公式Twitterより引用 ©︎2021 スタジオ地図

さらに,本作は“同調圧力”や“ネット叩き”といった仮想世界の現実を描いているようでありながら,結局はそれを“主人公対悪役”というファンタジーの類型に変換し,伝統的な物語構造の中に後退してしまっている嫌いがある。その点,「AIの暴走」というリアルな恐怖を描いた前作の『サマーウォーズ』の方が物語としてはるかにスリリングで魅力的だ。

総じて,『サマーウォーズ』と『竜とそばかすの姫』を比べてみた時,映像と音響の面では大きく進化したものの,物語の点ではやや後退したと言わざるを得ない。あるいは,同じくバーチャル・リアリティを描いた『ソードアート・オンライン』シリーズ(アニメ:2012年-)などは,仮想現実と現実の対比を描きながらも,AR(拡張現実)を題材として取り入れ*2,仮想現実と現実が重なり合う重層的な世界を描こうとしたという点で,よりリアリティに肉迫していたと言えるかもしれない。

バーチャル/リアル二元論問題

物語の終盤で,主人公すずは「ベル」という架空の姿を捨てる。彼女はオリジナルの姿のまま〈U〉の世界に降り立ち,オリジナルの姿のまま50億のユーザーを感動させる歌を歌い切る。そして現実世界の〈欠如〉=母の不在と向き合い,同様の〈欠如〉=心の傷を負った竜=恵を絶望から救い出す決意をする。

この超克と救済の物語自体は尊く美しい。しかしその前提となっているバーチャル/リアルの二元世界は,どこか時代錯誤的で新鮮味に欠ける。すでにAR的な技術によって仮想世界と現実とが相互浸透しつつある時代において,仮想現実と現実を虚構と現実のように対立させる発想自体が古めかしく響くのだ。そのアナクロニズムを象徴するかのように,ラストシーンではすずが四国から東京まで物理的に移動し,奇跡のように恵を発見し,身体的な抱擁で心を救うという,徹頭徹尾アナログな結末を迎える。まるで〈U〉という仮想世界が,最終的な救済とは無縁だと言わんばかりに。

おそらくこれは,細田自身が置かれているダブルバインドを示している。彼は基本的にネット世界を肯定的に捉える一方で,現実世界のリアルな触れ合いの中に大きな価値を見出してもいる。『サマーウォーズ』で,健二と夏希が縁側で手を握りあうカットや,幼い侘助が祖母・栄の手を握るカットを丁寧に描いている点からもそれは伺える。だからこそ細田は,2つの世界を往来することで両者の美点を示すという物語構造を取ろうとしたのであろう。しかし仮想世界と現実世界を,まるで虚構と現実のように泰然と別たれた世界として描き出してしまったがゆえに,どっちつかずでぎこちないメッセージ伝達に終始してしまった感がある。

近年,“細田守作品には本職の脚本家を立てるべきだ”という指摘を耳にすることが多くなった。確かに脚本家の奥寺佐渡子を起用しなくなった『バケモノの子』(2015年)以降,物語の粗が目立つようになった。『竜とそばかすの姫』でも,後半のストーリー展開の強引さやサブキャラクターの存在感の希薄さなど,いくつかの不備が目立っていたと言える。

しかし本記事で挙げた問題点に関して言えば,事の本質はもっと深いところに ーそれもおそらく細田守という個人の作家を超えたところにー あるように思う。 それを短いブログ記事の中で的確に名指すことはなかなか難しいのだが,おそらく問題は“バーチャル/リアル”“虚構/現実”“異世界/日常”などといった安易な二元世界の設定にあるのではないかと思う。それは近年,量産され続ける“異世界転生モノ”のマンネリズムとも深い関係があるかもしれない。この硬直した二元論を何らかの形で克服しない限り,細田守流仮想現実譚の次のステージは見えてこないのではないだろうか。

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】原作・脚本・監督:細田守/企画・制作:スタジオ地図/作画監督:青山浩行CG作画監督:山下高明CGキャラクターデザイン:ジン・キムCGキャラクターデザイン:秋屋蜻一CGディレクター:堀部亮CGディレクター:下澤洋平/美術監督:池信孝/プロダクションデザイン:上條安里/プロダクションデザイン:エリック・ウォン/音楽監督・音楽:岩崎太整/音楽:ルドヴィグ・フォシェル/音楽:坂東祐大/衣装:伊賀大介/衣装:森永邦彦/衣装:篠崎恵美

【キャスト】すず・ベル:中村佳穂/竜:佐藤健/しのぶくん:成田凌/カミシン:染谷将太/ルカちゃん:玉城ティナ/ヒロちゃん:幾田りら/ジャスティン:森川智之/イェリネク:津田健次郎/スワン:小山茉美/ひとかわむい太郎&ぐっとこらえ丸:宮野真守/吉谷さん:森山良子/喜多さん:清水ミチコ/奥本さん:坂本冬美/中井さん:岩崎良美/畑中さん:中尾幸世/すずの父:役所広司/すずの母:島本須美

【上映時間】121分

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
3 4.5 5 5
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
4 3 3
独自性 普遍性 平均
3.5 3.5 3.8
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

商品情報  

 

*1:『竜とそばかすの姫』劇場プログラムより。

*2:『劇場版ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』(2017年)