アニ録ブログ

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「ふしぎの海のナディア展」レポート:アーカイブを必然に

*このレポートには「ふしぎの海のナディア展」の展示に関する記述があります。新鮮な気持ちで展示を鑑賞したい方は,まず展示をご覧になってからこの記事をお読みください。

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「ふしぎの海のナディア展」公式HPより引用 ©︎NHK・NEP

www.nadia-exhibition.com

1990年から1991年にかけてNHKで放映された『ふしぎの海のナディア』。『エヴァンゲリオン』シリーズの庵野秀明を筆頭とする錚々たるクリエイターが制作に携わっていたことに加え,波乱に満ちた物語や魅力的なキャラクター,さらには「島編」の伝説的なエピソードなども相俟って,30年経った今でも人気の高い作品だ。「ふしぎの海のナディア展」は,庵野の手書きメモやセル画など,貴重な資料を閲覧しながら「セルアニメ」の時代を回顧する機会を提供してくれる。

展示会データ(チケットやグッズ等については東京会場のもの)

【会期・会場】
以下の順で巡回。
【大阪】2021年2月17日(水)~3月8日(月):大丸ミュージアム<梅田>大丸梅田店15階
【新潟】2021年5月15日(土)~6月20日(日):新潟市マンガ・アニメ情報館
【東京】2021年9月10日(金)〜9月26日(日):東京ソラマチ® 5階 スペース634
*東京会場は当初2021年4月29(木・祝)〜5月9日(日)が予定されていたが,新型コロナウィルス感染拡大による緊急事態宣言発令のため開催中止となった。

【チケット】
前売券:1500円(税込)当日券:1800円(税込)公式図録引換券:2700円(税込)。詳しくはこちら

【グッズ】
展示会公式図録あり。その他,アクリルスタンド,クリアファイル,缶バッジ,トートバッグ,キャンバスアート,Tシャツ等の販売あり(原画をデザインしたクリアファイルはおすすめ)。タペストリーや複製原画など,一部の商品は受注生産。東京会場終了後,一部の商品は事後通販の予定あり。詳しくはこちら

【その他】
一部写真撮影可。音声ガイドなし(一部の資料ではナディアとジャンによる音声解説が上部のスピーカーから流れる)。鑑賞所要時間の目安は「やや急いで鑑賞」で1時間30分。「じっくり鑑賞」で2時間。なお,東京会場から「庵野秀明総監督の直筆メモ」が追加展示されている。

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オープニングアニメーション資料(撮影可能エリア)

『ふしぎの海のナディア』データ

SF小説の父・ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』(1870年)を原案とするTVシリーズアニメ。謎に包まれた少女・ナディアと発明好きの少年・ジャンとの偶然の出会いから始まり,神秘の石「ブルーウォーター」をめぐる壮大な物語を描いた冒険活劇である。1990年4月から1991年4月 にかけて,全39話がNHKで放映された。

【スタッフ】総監督:庵野秀明/監督:樋口真嗣(第23話〜第39話)/キャラクターデザイン:貞本義行/設定:前田真宏/美術監督:菊池正典,佐々木洋,小倉宏昌/色彩設定:高星晴美/編集:古川雅士,尾形治敏,薩川昭夫/音楽:鷺巣詩郎/音響監督:清水勝則/効果:野口透/アニメーション協力:グループ・タック,GAINAX,世映動画/アニメーション:東宝,KORAD/共同制作:NHKエンタープライズ,総合ビジョン/企画制作(第36話以降「制作著作」):NHK

【キャスト】ナディア:鷹森淑乃/ジャン:日髙のり子/マリー:水谷優子/グランディス:滝沢久美子/サンソン:堀内賢雄/ハンソン:桜井敏治/ガーゴイル:清川元夢/ネモ:大塚明夫/エレクトラ:井上喜久子

展示構成

展示資料数は約400点あり,以下のセクションに分けられて展示されている。アニメ本編の資料はストーリーに沿って展示されており,物語の流れを辿りながら鑑賞できる。

1. オープニング
2. イントロダクション
3. 第1部 エッフェル塔の少女 #1〜#3
4. 第2部 万能潜水艦ノーチラス号 #4〜#12
5. 第3部 ノーチラス最大の危機 #13〜#22
6. 第4部 小さな漂流者 #23〜#35
7. 第5部 星を継ぐ者… #36〜#39
8. エピローグ〜エンディング
ギャラリー

偶然のアーカイブからアーカイブの必然へ

総数約400点に上る展示資料は,主に庵野総監督のプロットメモ,絵コンテ,設定,原画,修正原画,セル画等から成る。30年前の作品としては保存状態もよく,初公開の資料も含まれるので見応え十分だ。最終話で使用されなかった原画など,極めてレアな展示もある。

この時代のアニメ作品の展示会となると,まず間違いなく目玉となるのはアナログ資料,とりわけセル画等の展示物だろう。本展示でも相当量のセル画の実物を目にすることができる。そしてこのセル画の保存の経緯については,ちょっとした興味深いエピソードがあったようだ。

当時の日本では,「トレスマシーン」という機械を用いてセルの裏側に原画を写しとり,同じ面に絵の具を塗っていた。ところが『ナディア』が動画以降の作業を外注していた韓国の制作会社では,「ゼロックスのコピー」を用いてセルの表側にトレスし,裏面に絵の具を塗るという方法がとられていた。この作業方法の違いが制作の初期段階で発覚したため,制作陣は少なからず慌てたようだ。その辺りの経緯を示す資料も展示されており,なかなか興味深い。

面白いのは,この“韓国方式”では絵の具がトレス線と違う面に塗られていため,線の劣化が生じず,結果として保存状態の良いままセルが残されることになったということらしい。「ゼロックスのコピー」という,当時の制作陣を少なからず混乱させたであろう要因が結果として30年間のアーカイブを可能にし,それによって今の僕らが当時の資料を目にすることができる。何という嬉しい偶然だろう。

しかし一方で,このエピソードからは,アニメ資料のアーカイブの重要性を再認識させられもする。やはりアニメ作品の資料の保存は偶然に任せていいわけではない。今後,日本のアニメが歴史とともに文化的な厚みを増していく中で,その「中間制作物」の資料価値はますます高まっていくだろう。多くの作業がデジタル化されつつあるとは言え,損失の可能性が皆無なわけではない。また紙ベースのマテリアルが使用されている現場もまだ多い。資料の保存・管理をより計画的に,よりシステマチックに行う方法が不可欠だ。

今回『ナディア展』の資料整理に協力した「特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構(略称:ATAC)」は,「アニメと特撮の文化を後世に遺し,継承していくこと」を目的としたNPO法人だ。YouTubeのチャンネルでは,『ナディア展』に関するATACの活動が動画で報告されている。


www.youtube.com


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今後,こうしたアーカイブ作業がいっそう大規模に行われていくことが期待されるが,当然,そのような作業にはそれなりの費用が必要となる。ATACでは随時「寄付サポーター」や「賛助会員」を募集しているので,興味のある方は公式HPをご覧になるといいだろう(ちなみに僕も「賛助会員」として活動を支援させてもらっている)。

atac.or.jp

制作者たちの手の跡

セルアニメ時代では,当然ほぼすべての作業はアナログで行われていた。結果,原画やセル画の中にアニメーターたちの生の手の痕跡が比較的はっきりと残る。背景を写しとるために鉄筆で線をトレスした痕など,当時の手作業を克明に残した資料もある。

現在のデジタル作業と比べると荒削りな部分が見られることも確かだが,だからこそ,そこに制作者たちの息遣いや制作過程の苦労をダイレクトに感じとることができる。これも本展示の大きな醍醐味の一つだろう。

庵野秀明のメモ

本展示会では,庵野秀明総監督によるメモがかなり大量に公開されている。制作初期段階での試行錯誤やテーマの推敲の経緯がわかるたいへん貴重な資料だ。

これらの資料は後述する「公式図録」にも掲載されており,資料の横にその旨が明記されたプレートが貼られている。とても親切で有益なアナウンスだ。もちろん会場ですべてに目を通して記憶することもできなくはないが,情報量の多い資料だけに,図録でじっくり考察するのが効率的だろう。

公式図録について

「公式図録」には約400点の展示資料のほぼすべてが掲載されている(一部未掲載の資料もある)他,主要キャストや主題歌を歌った森川美穂のインタビューも掲載されており,展示会そのものとは違った視点で作品を振り返ることができる。

先ほども述べたように,庵野秀明の直筆メモが大量に掲載されているのも大きなポイントだ。これを隈なく読むことで,『ナディア』を生み出すまでの庵野の思考回路を辿ることができるかもしれない。この点だけでも公式図録はぜひ手に入れておきたいところだ。

公式図録は,ローチケでチケットを購入する際に「公式図録引換券」を一緒に購入し,会場の受付で交換してもらうか,現時点ではグッズ売り場でも購入できる(ただし数に限りがあるため,早めに入手しておくのがよいだろう)。

 

アニメ作品の「中間制作物」を見ることは,アニメ本編とは違った楽しみを我々に提供してくれる。そこには作品そのものの歴史の他に,制作者たちの歴史,そしてアニメの歴史が刻み込まれている。『ナディア』の中の歴史の刻印を,ぜひみなさんにも目にしてもらいたい。

 

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