アニ録ブログ

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TVアニメ『王様ランキング』(2021年 秋)第二話「王子とカゲ」の脚本・演出について[考察・感想]

 *この記事は『王様ランキング』「第二話 王子とカゲ」までのネタバレを含みます。

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『王様ランキング』公式HPより引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

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十日草輔原作の『王様ランキング』(2017年-)は,まるで絵本のようにシンプルで柔らかいタッチながら,*1 キャラクターたちの運命の明と暗を正面から描いたマンガ作品である。今クール(2021年秋)放映中の八田洋介監督のアニメ版は,オリジナルのシーンなどを盛り込みつつ,アクションシーンやキャラクターのモーションなどアニメ固有の見せ場を作ることで,極めて完成度の高い作品に仕上がっている。とりわけ第二話「王子とカゲ」は,原作を再構成しながらボッジとカゲの心情と関係性を極めてドラマチックに伝えることに成功した傑作回であった。ここではその魅力を簡単に振り返ってみよう。

 

カゲの運命

Aパートは主人公ボッジの親友となるカゲの過酷な過去が語られる。カゲの一族はもともと暗殺者集団であったが,あることがきっかけで兵に追われる境遇にあった。母を殺され孤独の身にあったカゲは,ある日町で一人の無頼漢に拾われ,窃盗の手伝いをさせられることになる。カゲは非道な扱いを受けながらも男を慕うようになるのだが,男は酒場での喧嘩で命を落とし,カゲは独り不遇をかこちながら,やがてゴロツキのような悪党に落ちぶれていく。

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『王様ランキング』第二話「王子とカゲ」より引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

この一連の回想パートでは,人の残酷・愛・非道・思いやり・思慕といった明と暗の思いが一息に描かれ,カゲの内面に複雑な感情体験が刻み込まれていることが明らかになる。

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『王様ランキング』第二話「王子とカゲ」より引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

“キッズアニメ”を思わせるシンプルな描線とは不釣り合いなほど,様々な感情体験がリアルに描写されており,このアニメが紛れもなく“オトナアニメ”の部類であることを伺わせる話数である(ただ私見を述べれば,こうした描写を子どもから遠ざける合理的な理由はないと思う)。

3つの“涙”

この作品は“泣き”の描写がうまい。特に第二話は複数の場面で泣きカットが挿入され,視聴者を的確に感情移入させる演出が施されていた。

まず,カゲを拾い,ぞんざいな扱いをしていた無頼漢の最期の涙だ。酒場で喧嘩相手に胸を刺された直後,カゲが駆け寄り愛おしそうに顔に触れる。無頼漢はカゲとの生活を思い出しながら涙を流し,やがて事切れる。

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『王様ランキング』第二話「王子とカゲ」より引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

クレジットに名前すら乗らないモブキャラではあるが,カゲの内面に深い影響を残したなかなかの名バイプレイヤーだ。

次に,ダイダとの剣術試合でめった打ちにされるボッジを見てカゲが流す涙だ。打ちのめされたボッジの姿を見たカゲは,無頼漢との生活やボッジとの出会いの中で抱いた他者への思慕を思い出し,涙を滲ませながらボッジの元へ駆け寄ろうとする。

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『王様ランキング』第二話「王子とカゲ」より引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

涙とともに大写しになったカゲの眼の表情が,ボッジに対する想いの決定的な変化を表している。

そしてこの話数で最も印象的なカットは,言うまでもなくラストシーンにおけるボッジの涙である。

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『王様ランキング』第二話「王子とカゲ」より引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

ダイダとの剣術試合に負けた上,ドーマスに「それは王の剣ではない」と否定されたボッジは,悔しさに身を引き裂かれんばかりの思いで,寝床の近くにある剣を持ち上げようとする。そこへカゲが姿を現し,「オレはこれからどんなことがあってもお前の味方になりたいんだ」と言うと,ボッジは堪えきれずに涙を流す。それまで悔し涙だったものが,カゲの温かい言葉によって嬉し涙へと変わっていく。この時のボッジの表情がとにかく素晴らしい。

ボッジの顔の半分は影になり,もう半分にはランプの明かりが当たっている。影の側では巻かれた包帯に涙が滲み,光の方では涙が美しく輝いている。顔の表情に光と影を乗せることにより,言葉を話せないボッジの心の襞を表した巧みな演出だ。

またこのカットは,回想の中でカゲの母が語る「私たちは自分を必要としてくれたその人のために尽くすの それが私たちの明かりなのよ」という言葉とも重なる。カゲにとってボッジは〈明かり=光〉であり,またボッジにってもカゲは〈明かり=光〉であるキャラクターの〈光と影〉,心情の〈陽と陰〉,物語の〈明と暗〉を暗示する象徴的なシーンと言えるだろう。

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『王様ランキング』第二話「王子とカゲ」より引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

なお,このシーンが『モブサイコ100』(第1期:2016年夏,第2期:2019年冬)のキャラクターデザインなどで知られる亀田祥倫が手がけたことも特記しておくべきだろう。このことは本人がTwitterで明かしている。

原画の亀田を始め,動画,色彩,撮影等,この類稀なシーンを実現してくれたすべてのスタッフに惜しみない賞賛を送りたい。

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】原作:十日草輔/監督:八田洋介/シリーズ構成:岸本卓/キャラクターデザイン・総作画監督:野崎あつこ/サブキャラクターデザイン・総作画監督:河毛雅妃/副監督:今井有文/チーフ演出:渕上真/メインアニメーター:大城勝小笠原真藤井望/美術監督:金子雄司/美術設定:藤井一志/色彩設計:橋本賢/撮影監督:出水田和人上田程之/編集:廣瀬清志/音楽:MAYUKO/音響監督:えびなやすのり/音響効果:緒方康恭/アニメーションプロデューサー:岡田麻衣子/アニメーション制作:WIT STUDIO

【キャスト】ボッジ:日向未南/カゲ:村瀬歩/ダイダ:梶裕貴/ヒリング:佐藤利奈/ドーマス:江口拓也/ベビン:上田燿司/アピス:安元洋貴/ドルーシ:田所陽向/ホクロ:山下大輝/ボッス:三宅健太/シーナ:本田貴子/魔法の鏡:坂本真綾/デスハー:下山吉光/デスパー:櫻井孝宏

【第二話「王子とカゲ」スタッフ】脚本:岸本卓/絵コンテ:八田洋介/演出:渕上真/総作画監督・作画監督:河毛雅妃/作画監督:荒尾英幸
 

 

www.otalog.jp

 

*1:実際,原作者の十日草輔は絵本作家をしていたことがあり,ボッジとカゲはもともと絵本のキャラクターだったらしい。遠回りが実ったマンガ家への道「王様ランキング」十日草輔(goriemon)インタビュー | マンバ通信 - マンバ