アニ録ブログ

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劇場アニメ 映画『ゆるキャン△』(2022年)レビュー[考察・感想]:大自然の中心で「ゆる」く集う△

*このレビューはネタバレを含みます。必ず作品本編をご覧になってからこの記事をお読みください。

アニメ『ゆるキャン△』シリーズ公式公式Twitterより引用 ©︎あfろ・芳文社/野外活動委員会

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あfろの同名マンガを原作とし,2018年(第1期)と2021年(第2期)にTVアニメ化された『ゆるキャン△』。今回の劇場版は,TVシリーズで高校生だった主人公たちの約10年後の姿を描いたオリジナルストーリーだ。時の経過とともに様々なものが移ろいゆく中,"キャンプの楽しさ"という素朴な価値観を大切に受け継ごうとする彼女たちのひたむきな姿を描いている。

 

あらすじ

高校を卒業してから約10年後。各務原なでしこ志摩リン大垣千明犬山あおい斉藤恵那の5人は,社会人としてそれぞれ別々の場所で別々の道を歩んでいた。ある日,千明からとある施設の再利用の話を聞いたリンは,軽い気持ちで「キャンプ場にすればいいじゃん」と提案する。やがて彼女たちは故郷・山梨の高下(たかおり)に集合し,手探りでキャンプ場作りを始めることになる。

 

〈変化〉:さよならシニヨン

物語のトリガーとなるのは,名古屋の飲み屋での千明とリンの会話だ。

千明はかなり前に東京のイベント会社を辞め,今は山梨県の「観光推進機構」に勤めている。どうやらリンはそのことを知らなかったらしく,社会人になってからの彼女たちの微妙な距離感がうかがえる。千明は山梨の高下にある,閉鎖された「青少年自然センター」の再利用計画に従事している。「そんなに広い敷地なら,キャンプ場にでもすればいいじゃん」というリンの言葉に触発された千明は,強引にリンを山梨に連行して施設の様子を見せる。この辺りの千明の無鉄砲な行動力が物語の推進力になっているのも面白い。

さて重要なのは,この施設のビジュアルだ。千明によれば,この施設は閉鎖されてから5年ほどが経っている。建物はさびれ,雑草が生い茂り,大量の廃棄物がうち捨てられている。時の移ろいを即物的に視覚化したこの廃墟は,彼女たちが高校を卒業した後の歳月をも目に見える形で具象化しているように思える。

映画『ゆるキャン△』公式Twitterより引用 ©︎あfろ・芳文社/野外活動委員会

廃墟だけではない。この作品は様々な部分に〈時の移ろい〉を写し込んでいる。主人公たちの身長は伸び,恵那の飼い犬「ちくわ」は年を重ね,ジンジャーくんは(僕らのペッパーくんと同様)倉庫の片隅でうなだれる。あおいの勤める小学校は閉校になり,人類の歴史そのものを告げる土器が発掘され,もはやリンたちの頭にシニヨンはない。どちらかと言えば変化の幅の小さな日常を描いていたTVシリーズと比べると,その違いは明らかだ。〈小さな変化〉から〈大きな変化〉へ。この物語がTVシリーズとはまったく異なる時間感覚の中で展開されていることがわかる。そして彼女たちは,この〈変化〉と折り合いをつけつつも,それにささやかに抵抗しながら成長していこうとする。

 

〈共通価値〉:伝播するガスランタン愛

リンは営業部から転属になった編集部の仕事に慣れるため,日々奮闘している。あおいは,自分が勤める小学校の閉鎖という悲しい事実を殊勝にも受け入れる(閉校式の日,千明と話すあおいの"作りホラ吹き顔"には胸を打たれる)。恵那は老いたちくわの体力に合わせて,以前よりもゆっくり散歩をする。3人のこの振る舞いは,抗いようのない変化と折り合いをつけ,それを受け入れようとする振る舞いである。

一方で,ジンジャーくんを〈再起動〉し,廃墟化した施設を〈再生〉しようとする彼女たちの振る舞いは,時の変化への能動的な抵抗だ。縄文人が割れた土器を〈再生〉したのとちょうど同じように,時の移ろいにささやかに抗うレジスタンスの振る舞いである。むろん,お金をかければ真新しい施設を作ることはできる。しかし地方自治体の予算は無限ではない。限られた予算の中,時とともに朽ちていく事物たちを蘇らせようと奮闘するところに,彼女たちの行動のリアリティと豊穣なエネルギーが同時に表されている。そしてこのように描かれるからこそ,“キャンプの楽しさを伝える”という行為はよりいっそう光り輝いて見えるのだろう。

映画『ゆるキャン△』公式Twitterより引用 ©︎あfろ・芳文社/野外活動委員会

『ゆるキャン△』という作品の根底に流れているのは,いわば〈共通価値の継承〉とでも呼ぶべき理念だ。リンからキャンプの楽しさを学んだなでしこは,今ではアウトドア用品店の店員となり,かつての自分と同じようにガスランタンを羨望の眼差しで見つめる女子高生たちに的確な助言を与える。そして今や彼女たちは,自らキャンプ場を作ることで,キャンプの楽しさを地元の人たちにまで伝えようとしている。こうして彼女たちの〈共通価値〉は,個人間という狭い領域を超え,コミュニティという一定の範囲へと広がっていく

その意味で,温泉のシーンでなでしこがリンに語ったセリフは,この作品の中心にあるテーマをこの上なく的確に要約している。

私たちが今,楽しいって思ってることがいろんな人に伝わって,その人たちがまた次の人たちに楽しさを伝えていく。そういうことがたくさん起きるような場所を作ったりとか。私たちがやろうとしてたことって,そういうことなんじゃないかな。

映画『ゆるキャン△』公式Twitterより引用 ©︎あfろ・芳文社/野外活動委員会

価値観が極端に多様化し,エクスクルーシブな島宇宙の中で矮小な"自己責任論"の言説に引きこもりがちな現代において,誰もが楽しめるキャンプのように,ほどよく「ゆる」いインクルーシブな趣味を共有することには一定の意味がある。キャンプという「ゆる」い〈共通価値〉は,"common good"(公共の利益,共通善)を基底とするコミュニティを形成する上で,その一歩手前のミニチュア版として機能しうるかもしれない。キャンプ(そしてキャンプ場作りやその維持管理という作業)を通して人々が集い,対話し,共通の利益=善について語らい合える場ができるとすれば,その公共的意義は決して小さくないだろう。

この観点で見た時,山梨県高下市というミニマルな舞台も非常に重要な意味を持つ。

京極義昭監督によれば,当初はストーリーのモデルとして「海外でキャンプ」や「日本一周キャンプ」のようなアイデアもあったそうだ。しかし「海外」や「日本一周」というエクステンシブな物語は,『ゆるキャン△』という作品のコンセプトに合わないと判断されたらしい。

『ゆるキャン△』は自分たちが住んでいる場所でのストーリー展開が主なので,「ちょっと『ゆるキャン△』らしくないね」という話になったんです。*1

そこで舞台として選ばれたのが,山梨県高下という小さなコミュニティだ。名古屋,横浜,東京に散り散りになっていたなでしこたちは,故郷の山梨に回帰し,地元の人たちの助けを借りながらキャンプ場作りに勤しむことになる。県外のキャンプ場への移動を除けば,ほぼ山梨のローカルな世界で完結していたTVシリーズとは違い,一度離れていた彼女たちが再び集まるという〈離→合〉の過程が,山梨というコミュニティの特別な意義をいっそう際立たせる。小さなコミュニティの輪の中だからこそ,地元の人たちをキャンプ場作りに巻き込みつつ,"キャンプは楽しい"という価値観を確実に共有し継承していくことができる。もちろんそこには,別の地域や海外から訪れた人に"キャンプの楽しさ"を伝達し,価値観をエクステンシブに広げていく可能性もあるだろう。しかし,まずは相対的に小さなコミュニティの中で〈共通価値〉の継承を確実に成功させることが重要だ。映画の最後で,リンの祖父がリンに「いいキャンプ場だ」と満足気に語るシーンは,この〈共通価値〉の世代間継承が確かに成功したことを意味している。

しかしだからと言って,この作品が"みんなで一緒に楽しむことこそが善"というコミュニティ至上主義に陥っているわけではない点も見過ごしてはならない。彼女たちが作ろうとしているキャンプ場には,リンの愛する“ソロキャン”のスペースも確保されているからだ。ソロが好きな人,犬連れの人,子連れの人,遺跡が好きな人,いろいろな価値観を持った人たちが“キャンプ”という〈共通価値〉の下に集まることができる。その意味でも,この〈共通価値〉はほどよく「ゆる」い。

大きすぎず小さすぎず,ほどよい「ゆる」さのコミュニティ。現代の日本人が同調圧力に陥らずに互いに輪≒和を再形成していくためには,このくらいの「ゆる」さが理想的なのかもしれない。この映画の実践的な教訓は思いのほか大きい。

 

ちなみに地方のコミュニティへの〈回帰〉をモチーフとした作品としては,長井龍雪,岡田麿里,田中将賀からなる「超平和バスターズ」の“秩父三部作(『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』『空の青さを知る人よ』)”なども挙げられるだろう。これに関しては以下の記事を参照頂きたい。

www.otalog.jp

 

〈崇高〉:彼女たちの "Rückenfigur"

そんな人々のミニマルな営みを,人間のスケールと対置された大自然=富士山が見守る。この〈極大/極小〉の構図も本作ならではのものだ。

映画冒頭のカットに戻ろう。松竹のオープニングロゴの富士に,劇中の富士が重なる仕掛けが面白い。その後,富士は巨大な自然存在として人々の営みを見下ろし始める。ラストカットでは夕焼けの富士が大写しになり,エンドロールには「ダイヤモンド富士」を遠景にした5人のカットが挿入される。富士に始まり,富士に終わるという一種の枠構造だ。まるで悠久の時を内包する富士が,小さな彼女たちのひたむきな努力を静かに見守るかのような構造である。

ちなみに『ゆるキャン△』では,富士を始めとする自然の風景をキャラクターの背後から映す構図が多い。すでに第1期の第1話で,このようなカットが使われていたことを思い出そう。画面全体に比して小さく描かれたリンとなでしこが,同じような構図で静かに富士を眺めるシーンが印象的である。

『ゆるキャン△』第1話「ふじさんとカレーめん」より引用 ©︎あfろ・芳文社/野外活動委員会

上述したエンドロールのカットを含め,同様の構図は映画版ラストにもいくつか見られる。一見何気ない画に思えるが,これを絵画の構図,とりわけカスパル・ダーフィト・フリードリヒ(カスパー・ダーヴィト・フリードリヒとも)(1774-1840)の風景画の構図などと照らし合わせてみると面白い。

フリードリヒはドイツのロマン主義を代表する風景画家だ。壮大な自然の風景によって宗教的・哲学的な崇高美を表現した画家として知られるが,彼の作品の中にも,風景とともに人物を背後から捉えた“Rückenfigur(背面像)”と呼ばれる構図が多く見られる。

カスパル・ダーフィト・フリードリヒ
左:『雲海の上の旅人』/右:『朝日の中の婦人』

広大な自然に対して,人物は相対的に小さく描かれ,大自然に対する人間界の極小が強調される。さらに風景の中の人物の視線と重ね合わせることにより,鑑賞者は壮大な自然に対する主観的・内省的な感情を共有することができる。上に挙げた『ゆるキャン△』の構図にも同じ効果がある。僕らは彼女たちと同じ目線で,富士という崇高な自然美に感動を覚えることができるのだ。

ちなみに先述した第1話では,なでしこが月明かりに照らされた富士を見て心を奪われ,呆然とする表情が大写しになるが,正面から描かれることのなかったフリードリヒの人物たちも,ひょっとしたらこんな表情をしているのかもしれない。

『ゆるキャン△』第1話「ふじさんとカレーめん」より引用 ©︎あfろ・芳文社/野外活動委員会

ところで映画評論家の蓮實重彦は,かつてある対談の中で,スマホ時代においてあえて「劇場で映画を見る意味」を問われ,以下のように答えている。

自分より見ているものが小さいと,軽蔑が働くんです。だから自分より大きいものだと,軽蔑がどこかで削がれるわけです。ですから,大きなスクリーンで見なければいけないと思いますね。*2

「軽蔑が削がれる」というのはいかにも蓮實御大らしい拗けた言い回しだが,要するにフリードリヒが描いたあの〈崇高〉への感情を否定神学めいたレトリックで表現しているわけだ。映画館で「自分より大きいもの」を前にした時,僕らは「軽蔑」を反転させ,崇高への畏怖に近い感覚を覚える。おそらく劇場で映画を観る習慣のある人であれば,少なからずそれに似た感情を抱いた経験があるのではないだろうか。

だとすれば,なでしこたちと同じ目線で『ゆるキャン△』の富士を見て,彼女たちと同じ感情を共有するためには,やはり「自分より大きい」富士を目にするべきだろう。映画『ゆるキャン△』を劇場で観るべき理由は明白である。

 

富士という極大の自然を遠景に,大きすぎず小さすぎない,ほどよく「ゆる」いコミュニティが温かなスポットライトを浴びている。本作のテーマを絵画的に要約するとそんなところだろう。彼女たちが作ろうとした「ゆる」いコミュニティは,僕らのこれからの生き方にも大きなヒントを与えてくれるかもしれない。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:あfろ/監督:京極義昭/脚本:田中仁伊藤睦美/キャラクターデザイン:佐々木睦美/プロップデザイン:井本美穂堤谷典子/メカデザイン:遠藤大輔丸尾 一/色彩設計:水野多恵子(スタジオ・ロード)/美術監督:海野よしみ(プロダクション・アイ)/撮影監督:田中博章(スタジオトゥインクル)/デジタルワーク:C-Station digital/CGワーク:平川典史(M.S.C)/音響監督:高寺たけし/音響制作:HALF H・P STUDIO/音楽:立山秋航/音楽制作:MAGES./アニメーション制作:C-Station

【キャスト】
各務原なでしこ:花守ゆみり/志摩リン:東山奈央/大垣千明:原紗友里/犬山あおい:豊崎愛生/斉藤恵那:高橋李依/土岐綾乃:黒沢ともよ/鳥羽美波:伊藤静/各務原桜:井上麻里奈/犬山あかり:松田利冴/各務原静花:山本希望/各務原修一郎:大畑伸太郎/志摩 咲:水橋かおり/志摩渉:櫻井孝宏/刈谷:利根健太朗/編集長:青山穣/小牧店長:依田菜津/白川:上田燿司/ナレーション:大塚明夫

 

作品評価

キャラ

モーション 美術・彩色 音響
5 4

4

4
CV ドラマ メッセージ 独自性

5

4 4.5 3.5
普遍性 考察 平均
4.5 5 4.4
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

商品情報

『ゆるキャン△』Blu-ray BOX

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  • 各務原なでしこ CV: 花守ゆみり
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*1:映画『ゆるキャン△』劇場プログラム スペシャルエディション,p.30,FuRyu,2022年。

*2:「蓮實重彥+岡田秀則対談 スマホ時代の映画体験」