アニ録ブログ

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TVアニメ『メイドインアビス 烈日の黄金郷』(2022年夏)第7話「欲望の揺籃」の演出について[考察・感想]

 *この記事は『メイドインアビス 烈日の黄金郷』第7話「欲望の揺籃」のネタバレを含みます。

第7話「欲望の揺籃」より引用 ©︎つくしあきひと・竹書房/メイドインアビス「烈日の黄金郷」製作委員会

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つくしあきひと原作/小島正幸監督『メイドインアビス 烈日の黄金郷』は,前作の劇場版『深き魂の黎明』に続く,「深界第六層」の物語を描いた続編である。今回取り上げる第7話「欲望の揺籃」は,第六層でリコたちを迎える「成れ果ての村」の呪われた成り立ちが語られる重要な話数だ。『深き魂の黎明』以上に視聴者を戸惑わせる壮絶な物語だが,その詩的で隠喩に満ちた語り口は,本作の魅力をもっともよく表しているとも言える。今回は特に,その卓越した音作りと画作りに注目してみよう。

 

"聖母"の絶叫

子どもを身籠ることができず,呪われた子として打ち捨てられたイルミューイは,ワズキャン率いる「ガンジャ隊」に同行することになるが,ある時「水もどき」の毒に侵され瀕死の状態になる。彼女はガンジャ隊の一員ヴエコの提案で,生き物の願いを叶える「欲望の揺籃」を与えられ,かつて可愛がっていた原生生物「ヤドネ」に似た"子ども"を産み落とすようになる。しかしその子どもは食物の摂取器官をもたないため,すぐに死んでしまう。こうして,イルミューイの「子を産む」という欲望=願いは歪な形で叶えられる。性交渉を経ても子どもを産むことができないヴエコ=祖母(始祖の母)から,性交渉を経ずに子どもを産む"聖母"が誕生する。この"聖母"イルミューイの造形が新約聖書における「処女懐胎」をモチーフとしていることは明らかだ。ワズキャン・べラフ・ヴエロエルコを指す「三賢」という呼称は,いわゆる「東方の三賢人」からとられていると考えられる。イルミューイの子を食べる行為もイエスの聖餐を思わせる。

第7話「欲望の揺籃」より引用 ©︎つくしあきひと・竹書房/メイドインアビス「烈日の黄金郷」製作委員会

しかしこの物語で“聖母”の誕生を告知するのは,百合の花を携える天使ではなく,イルミューイ自身の悲痛な“叫び”であった。

第7話で特筆すべきは,イルミューイ&ファプタ役の久野美咲の演技だ。久野は可愛らしい"幼女ボイス"で定評のある声優だが,本作では幼女ボイスの非常に高いピッチのまま,“誕生”と"喪失"の苦しみの叫びを演じきるという離業をやってのける。

第7話「欲望の揺籃」より引用 ©︎つくしあきひと・竹書房/メイドインアビス「烈日の黄金郷」製作委員会

子どもを産み落とす瞬間の叫び,そしてその子ども失う刹那の叫び。どちらもアビス第六層の「呪い」そのものの叫びを聞くかのような感覚を覚える。そしてこのイルミューイの叫びを宥めるかのように,Kevin Penkinの美しい楽曲が静かに流れる。ヴエコ(寺崎裕香)の散文詩のような語り,ワズキャン(平田広明)の柔らかくも残酷な低音の声,Kevin Penkinの透明度の高い楽曲,そしてそれらをガラス片のように引き裂くイルミューイ(久野美咲)の叫び。この一連の音作りに注意しながら試聴してみると,この話数における音響設計が今期の作品の中でも抜きん出てレベルが高いことがわかるだろう。

 

ワズキャンの顔 VS ヴエコの顔

第7話の演出でもう1つ注目したいのは,ワズキャンとヴエコの表情の捉え方だ。アニメでは,ワズキャンの顔を見据えるヴエコを真正面から捉えたカットが2度挿入されている。この話数の中でももっとも印象的なカットだ。

第7話「欲望の揺籃」より引用 ©︎つくしあきひと・竹書房/メイドインアビス「烈日の黄金郷」製作委員会

このカットをつくしのマンガ原作と比べてみると面白い。ワズキャンの顔は原作・アニメともほぼ同じ構図である。しかしそれを畏怖の眼差しで見つめるヴエコの顔に関しては,原作では小さなコマやアオリで捉えているのに対し,アニメでは真正面からの表情を大写しで捉えているのだ。

左:つくしあきひと『メイドインアビス 8』【電子版】pp.70-71より引用 
右:同上,pp.90-91より引用
©︎AKIHITO TSUKUSHI/TAKESHOBO 2019

アニメ版におけるヴエコの表情の捉え方は,『メイドインアビス』という物語の構造を解釈する上で大きな意味を持つように思える。

これは前作のボンドルドに関しても言えることだが,彼らの残酷な振る舞いは,単に残酷であるというだけでなく,リコやヴエコの生存を可能にする必要条件にもなっている。つくしの度し難いストーリーテリングは,「残虐行為がなければ物語が成立しない」というロジックを成り立たせてしまっているのだ。しかしこのままでは,物語はもっぱら"負"の推進剤のみで駆動することになる(むろん,つくしにはその方向性で物語を成立させる力量もあるだろう)。1つの冒険物語として,物語の推力を"正"へと反転させるためには,負を負として否定的に見据える眼差しがどうしても必要だ。それが『深き魂の黎明』のボンドルドに対するリコ&レグの眼差しであり,『烈日の黄金郷』のワズキャンに対するヴエコの眼差しなのではないか。アニメ版は,この〈負に対峙する眼差し〉という側面を原作よりもいっそう強調しているように思えるのだ。

『メイドインアビス 深き魂の黎明』より引用 ©︎つくしあきひと・竹書房/メイドインアビス「深き魂の黎明」製作委員会

 

『メイドインアビス』には両義的な表現が満ち溢れている。呪いと祝福,死と生,絶望と希望。しかしこの作品では,それらは明示的に対立するのではなく,アマルガムのように曖昧に溶け合っている。それを象徴するのがヴエコが呟く「温かい闇」という言葉だ。物語は正と負,陰と陽をアマルガム状態で内包しながらも,少しずつ前に進んでいく。はたして,彼ら/彼女らの「憧れ」を待ち受けるのは,光なのだろうか。闇なのだろうか。

第7話「欲望の揺籃」より引用 ©︎つくしあきひと・竹書房/メイドインアビス「烈日の黄金郷」製作委員会

 

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作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:つくしあきひと/監督:小島正幸/副監督:垪和等/シリーズ構成・脚本:倉田英之/キャラクターデザイン:黄瀬和哉Production I.G),黒田結花/デザインリーダー:高倉武史/プロップデザイン:沙倉拓実/美術監督:増山修関口輝インスパイアード/色彩設計:山下宮緒/撮影監督:江間常高T2 studio/編集:黒澤雅之/音響監督:山田陽/音響効果:野口透/音楽:Kevin Penkin/音楽プロデューサー:飯島弘光/音楽制作:IRMA LA DOUCE/音楽制作協力:KADOKAWA/アニメーション制作:キネマシトラス

【キャスト】
リコ:
富田美憂/レグ:伊瀬茉莉也/ナナチ:井澤詩織/メイニャ:原奈津子/ファプタ:久野美咲/ヴエコ:寺崎裕香/ワズキャン:平田広明/ベラフ:斎賀みつき/マジカジャ:後藤ヒロキ/マアアさん:市ノ瀬加那/ムーギィ:斉藤貴美子/ガブールン:竹内良太/プルシュカ:水瀬いのり/ボンドルド:森川智之

【第7話スタッフ】
脚本:
倉田英之/絵コンテ:小島正幸/演出:小池裕樹/作画監督:北原安鶴紗LEE MinjaeIM SunheeKIM EunhaBAEK JiwonYU Minzi

 

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