アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

アニメと一緒に読んだ本 2022

アニメは楽しい。それは間違いない。アニメという媒体は,それ自体で十分に楽しめる媒体だ。しかしその隣に,映画や音楽や書物などの別の媒体を置いてみよう。おそらく,単に楽しいだけだったアニメの中に,様々な含意や暗示や示唆が潜んでいることに気づくだろう。それは制作者が意図したことかもしれないし,まったくそうではないかもしれない。しかしそのようにして発見した細部をきっかけに作品の“読み”を広げていけば,通常の見方をしただけでは思いもよらない解釈に至る可能性が生まれる。言ってみれば,アニメと非アニメとの化学反応だ。だから僕はアニメと一緒に本を読む。アニメというビジュアルメディアのすぐ隣に,書物という文字メディアを併置することで,両者ともにそれまでとは異なる言語で語り始めることを期待する。

今回の記事では,2022年に掲載したアニメレビューに関連する書籍をいくつか紹介しよう。作品に直接関連するものもあれば,作品に登場したモチーフに触発されて,自由連想的に読み始めたものもある。

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松原仁『AIに心は宿るのか』

磯光雄監督『地球外少年少女』に登場する重要なキーワードである「フレーム」を始め,AIにまつわる基礎的な用語や問題を扱った入門書。手軽に読める易しめの新書でありながら,現代のAI技術に関する様々な知見に触れることができる良書だ。本書の中心テーマである「AIの心」は,吉浦康裕監督『イヴの時間 劇場版』(2010年)や同監督の『アイの歌声を聴かせて』(2021年),TVアニメ『Vivy -Fluorite Eye's Song-』(2021年春)など,AIと人との関係をテーマにした諸作品を解釈する上でも重要だ。近年盛んに作られている“AIモノ”アニメを深く考察するためにも,ぜひ一読されてみてはいかがだろうか。

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古川日出男訳『平家物語』

古川日出男による『平家物語』の現代語訳。山田尚子監督『平家物語』(2022年冬)の原作だが,古川の『平家』が複数の琵琶法師という視点を導入していたのに対し,山田の『平家』は「びわ」という一人称視点を導入していた。この差異は大きい。古川は多様な文体を用いることで,『平家物語』に内在するポリフォニックな要素,「文章の呼吸が変わる」*1 “断面”を意図的に強調する。ここに古川のユニークな語り口も相俟って,一般的な現代語訳とはかなり趣をことにする訳書に仕上がっている。そして読みやすい。いわば“超訳”版『平家物語』だ。山田の『平家物語』に心を打たれた方は,ぜひこの“原作”を紐解き,両者の語りの差異を味わって欲しい。

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古川日出男『平家物語 犬王の巻』

山田尚子『平家物語』と連動して制作された,湯浅政明監督の劇場アニメ『犬王』。こちらもやはり古川日出男を原作としている。ただし本書は『平家物語』とは違い,実在した能楽師・犬王の伝説を題材にしたフィクションである。それだけに,古川のユニークな語りをいっそう直接的に味わうことができる(もっとも,そのクセの強さに好き嫌いはあるだろうが)。湯浅は映画のラストに犬王と友魚(友有)の再会シーンを追加するなど,原作に新たな解釈を加えているため,やはり両者を比較してみるのも一興だろう。

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兵藤裕己『琵琶法師ー〈異界〉を語る人びと』

『平家物語』『犬王』のどちらにおいても重要な役回りを演じる「琵琶法師」。本書は,古代における起源から,現代の「最後の琵琶法師」の姿に至るまで,盲目の語り手たちのユニークな実像に迫った書物だ。作者の兵藤裕己は,膨大な資料に基づきながら,「異界」の声を聞き届ける異能者としての琵琶法師の姿を描き出していく。200頁程度の新書とはとても思えないほどインフォーマティブな内容で,個人的に今年最も刺激的な読書体験だったと言っても過言ではない。本書を読んでからあらためて『平家物語』と『犬王』を観返せば,「びわ」「友魚」などのキャラクター理解がさらに深まることは間違いないだろう。

 

津堅信之『日本アニメ史』

具体的な作品との関連で読んだ本ではないが,アニメ史を通覧できる良書として紹介しておこう。初の国産アニメが誕生した大正時代から,およそ100年以上にわたる日本アニメの歴史を辿る“歴史の教科書”的な書物である。それだけに,個々の作品の面白さには踏み込まないドライな文体だが,それこそが本書の本懐とも言えるだろう。庵野秀明の『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)や新海誠の『君の名は。』(2016年)などの有名作品をランドマークとして「アニメブーム」を定義するなど,やや印象論に走るきらいもあるが,アニメ史を手軽に知るには十分すぎる情報量である。

 

中野美代子『カニバリズム論』

最後に,今年読んだ中で“奇書”とも言える一冊を紹介しておこう。タイトルの論考を含む計9つの文章からなるエッセイ集だが,特に「カニバリズム論」は,その名の通り古今東西の「カニバリズム=食人」の例を実例・創作の双方から紹介しつつ,筆者独自の観点を披瀝した強烈な論考だ。中野美代子は「もし,スウィフトが生きていたら,『子供を食え』と言うだろう。そして,もし,魯迅が生きていたら,やはり『子供を救え』と言うだろう。どちらも,永遠の言葉である。だが,私はといえば,スウィフトのほうにより感応する人間であることを告白する」と豪語しつつ「良識」を嗤うつくしあきひと原作/小島崇史監督『メイドインアビス 烈日の黄金郷』(2022年)において,一片の躊躇なく仲間たちをカニバリズムの宿命に巻き込んだワズキャン,そして喰う/喰われるの「循環」に自ら身を投じつつ「成れ果ての村」を破壊し尽くしたファプタ。その法外なキャラクターを理解するためには,中野のように「良識」や「法」の彼岸に視座を構える必要があるのだろう。そしておそらく,「カニバリズム」のようなものを「良識」や「法」の名の下に断罪するだけでは,人間の本性の奥底に触れることすらできないのだろう。そうした意味でも,『メイドインアビス』のような作品は,単なる娯楽を超えた価値を持つのだと言える。

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以上,2022版「アニメと一緒に読んだ本」5冊を紹介した(ここに挙げた以外にも間接的に参照した本も多数あるが,今回は割愛した)。中には読み手を選ぶものもあるが,どれも読み応えのある名著だ。今回挙げたアニメ作品をご覧になった方は,上記の本もお読みになり,鑑賞の解像度をさらに上げてみてはいかがだろうか。

*1:古川日出男訳『平家物語』,p.9,河出書房新社,2016年