アニ録ブログ

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TVアニメ『お兄ちゃんはおしまい!』(2023年冬)第2話の演出について[考察・感想]

 *この記事は『お兄ちゃんはおしまい!』「#02. まひろと女の子の日」のネタバレを含みます。

「#02. まひろと女の子の日」より引用 ©︎ねことうふ・一迅社/「おにまい」製作委員会

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現在(2023年冬)放送中のねことうふ原作/藤井慎吾監督『お兄ちゃんはおしまい!』(以下『おにまい』)は,“お兄ちゃんが妹になる”というTSF設定の妙に加え,OP/EDを含めた卓越したアニメーション技術がコアなファンの間で話題となっている。とりわけ伊礼えりが手がけた「#02. まひろと女の子の日」は,構図や芝居などの点でひときわ見応えのある話数となった。詳しく見ていこう。

 

(異)空間描写

この話数でまず目を引くのは,ユニークな空間描写だ。屋内のシーンを中心に,随所で広角レンズを用い,空間を広く切り取っている。

「#02. まひろと女の子の日」より引用 ©︎ねことうふ・一迅社/「おにまい」製作委員会

広い画角によって室内の多くのプロップが画面内に収められ,まひろとみはりの〈日常感〉が彩り豊かに視覚化されている。それと同時に,空間に極端な歪みが生じることにより,ある種の〈ファンタジー感〉も生まれているように思える。この辺り,『Sonny Boy』(2021年夏)第8話や『王様ランキング 第2クール』(2022年冬)第21話などの異界描写を彷彿とさせるが,『おにまい』では〈日常感〉と〈ファンタジー感〉が共存しているところが面白い。監督の藤井慎吾が手がけた1話にも広めの画角の構図は見られるが,2話では意図的に多用されているようだ。

左:『Sonny Boy』第8話「笑い犬」より引用 ©︎Sonny Boy committee 
右:『王様ランキング 第クール』第二十一話「王の剣」より引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

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一方で,通常の画角が用いられる際も,キャラクターとカメラの間にプロップを配置するなど,かなり大胆な構図が用いられている。細々としたプロップの雑多感が,まひろとみはりの生活圏にリアリティを加味している。

「#02. まひろと女の子の日」より引用 ©︎ねことうふ・一迅社/「おにまい」製作委員会

またこのような構図は,カメラの物理的実在を意識させる効果もある。視聴者は,2人の生活圏の内部に入り込み,あたかも隠しカメラで2人の生活を覗き見ているかのような感覚を覚える。視聴者を作品内へと引き込む上手い空間描写だ。

 

「お兄ちゃんはおしまい!」

『おにまい』は“男から女へ”というTSFを基本としつつ,そこに“兄妹から姉妹へ”というロールチェンジの要素も盛り込まれている。2話では,銭湯でのまひろとみはりのシャンプーシーンが印象的だ。

「#02. まひろと女の子の日」より引用 ©︎ねことうふ・一迅社/「おにまい」製作委員会

ここでもカメラはユニークな構図で2人の様子をダイナミックに切り取っており,たいへん見応えのあるシーンに仕上がっている。それに対して,みはりがまひろの髪を洗う所作や,それを嫌がるまひろの表情などは,驚くほど繊細かつ丁寧に仕上げられている。2人の“姉妹”らしさをよく表した優れたシーンだ。

「#02. まひろと女の子の日」より引用 ©︎ねことうふ・一迅社/「おにまい」製作委員会

脱衣所ではしゃぐ子どもたち(どうやら兄妹らしい)を見たまひろは,かつて自分もみはりの髪を洗ってやっていたことを思い出す。この辺りの描写は,原作では比較的淡白なのだが,アニメでは劇伴なども活用し,エモーショナルなシーンに仕上げている。なおこの銭湯のシーンに関しては,横手美智子の脚本に負うところが大きいことを監督自身が語っている。*1

この作品の基本テイストは間違いなく“ちょいエロギャグTSF”なのだが,女性化したまひろがエロを抑制するキャラになっているのが興味深い(1話の「ショックで頭が壊れてパーになっちゃうからね」というみはりの“呪い”の言葉が設定上のリミッターとして機能している)。

「#02. まひろと女の子の日」より引用 ©︎ねことうふ・一迅社/「おにまい」製作委員会

男が女としての自分の身体を堪能するというテンプレート(新海誠の『君の名は。』ですらこのテンプレートを採用しているわけだが)に陥ることなく,ロールチェンジと異性理解(まひろの“初潮”の件)を中心に物語を成り立たせている。こうした点も本作の魅力なのだろう。伊礼もこの辺りを考慮してか,ややシリアス・エモーショナルよりの演出でこの話数を構成している印象がある。

 

伊礼えりの技

この話数の絵コンテ・演出を手がけた伊礼えりは,制作会社マカリアに籍を置くアニメーターだ。これまで『ウマ娘 プリティーダービー』(2018年)や『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(2020)など多くの作品に携わった経歴を持つが,最近で言えば『ヤマノススメ Next Summit』第9話Bパート「ひなた一家と,いざ鎌倉!」の演出(脚本・絵コンテは山本裕介)が記憶に新しい。作画・芝居ともに極めてクオリティの高い話数で,大人と子どもの対比,親と子の類似を繊細な芝居と表情で表現していた。

『ヤマノススメ Next Summit』「#9B ひなた一家と,いざ鎌倉!」より引用
©︎しろ/アース・スター エンターテイメント/『ヤマノススメ Next Summit』製作委員会

第1話と第2話のテイストの違いを見るに,本作は比較的各話担当に采配を任せる方針をとっている可能性がある。だとすれば,今後,伊礼以外の制作者の“技”を楽しむことができるかもしれない。『おにまい』はそんな楽しみ方もできる優秀なアニメだ。

 

 

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作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:ねことうふ/監督:藤井慎吾/シリーズ構成:横手美智子/キャラクターデザイン:今村亮/美術監督:小林雅代/色彩設計:土居真紀子/撮影監督:伏原あかね/編集:岡祐司/音響監督:吉田光平/音響効果:長谷川卓也/音楽:阿知波大輔桶狭間ありさ/プロデュース:EGG FIRM/制作:スタジオバインド

【キャスト】
緒山まひろ:
高野麻里佳/緒山みはり:石原夏織/穂月かえで:金元寿子/穂月もみじ:津田美波/桜花あさひ:優木かな/室崎みよ:日岡なつみ

【「#2. まひろと女の子の日」スタッフ】
脚本:
横手美智子/絵コンテ・演出:伊礼えり/総作画監督:今村亮/総作画監督補佐:ヘイン/作画監督:山﨑匠馬/作画監督補佐:内田百香五藤有樹株式会社マカリア),西野佳佑mockingbird

 

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