アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』ブックレビュー[書評]:「痛みを乗り越え,一歩を踏み出す」

 

2022年に公開された劇場アニメ『THE FIRST SLAM DUNK』は,原作者の井上雄彦自身が監督・脚本を務め,自作の大胆なリメイクに挑んだ作品として大きな注目を集めている。今回紹介する『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』(以下『re:SOURCE』)は,井上による作業過程やインタビューを掲載した一種の制作資料集である。映画を鑑賞しただけでは見えてこない試行錯誤の跡を知ることで,『THE FIRST SLAM DUNK』という作品の理解をいっそう深めることのできる良書だ。

 

制作資料:井上雄彦の“手つき”

実は,井上は企画当初から監督に就く予定だったわけではない。制作過程で様々なこだわりが生じた結果,最終的に脚本・演出を含めた全過程に関わることになったようだ。*1 『re:SOURCE』という書物の目立った特徴は,こうした多岐にわたる井上の制作工程を「新規作画」「演出」「作画調整」「動作監修」「動画仕上げ」に大別し,主要なカットやシーンを中心に詳細に図示した点である。微細な作画修正や大幅な構図の変更,芝居に関する細かい指示書きなどから,井上の制作の“手つき”を具体的にイメージできるようになっている。ファンだけでなく,アニメ制作関係者にとっても学ぶところが多いだろう。

左上:p.10/右上:p.36/左下:p.108/右下:p.28より引用
©︎I.T.PLANNING,INC. ©︎2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners

 

井上雄彦のインタビュー:マンガ≠アニメ映画

『THE FIRST SLAM DUNK』を観た多くの人が,“原作マンガの絵がそのままアニメになった”という感想を抱くだろう(そして作中でも実際そのような演出がなされている)。しかし井上のインタビューを読むと,事はそう簡単ではなかったことがわかる。

マンガではコマ割りや吹き出しの大小によって,表現に緩急をつけることができる。表情の描き込みなどによって,読者の目線を一つの絵に“立ち止まらせる”こともできる。しかしアニメではそういった手法に頼ることができない。すべてのカットが同じ大きさであり,すべてのシーンは同じ速度で流れていく。インタビューでは,マンガとアニメという媒体の過酷な差異に立ち向かった井上の“産みの苦しみ”が詳しく述べられている。

左:p.76/右:p.79より引用
©︎I.T.PLANNING,INC. ©︎2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners

そして,僕らのナイーブな作品イメージとは裏腹に,井上はこう語るのだ。

自分の描いた絵がそのまま映画のスクリーンに映ることはない。*2

もちろんこれは本作に限られたことではない。これまで,ほぼすべてのマンガ原作アニメの制作者が乗り越えてきた“壁”だ。しかし井上の立場が少々特殊なのは,原作者自身が監督を務めたことにより,マンガとアニメの本質的な差異を痛感せざるを得なかった点だろう。もちろん,『AKIRA』(1988年)の大友克洋の前例はある。しかし井上と大友の作風の違いを考えれば,両者を類例とみなすことは難しい気もする。ここではこれ以上立ち入ることはしないが,原作者とアニメ映画との関わりの違いという点で,『THE FIRST SLAM DUNK』と『AKIRA』を比較してみるのも面白いかもしれない。

 

『ピアス』:原点の物語

そして『re:SOURCE』の最大の目玉は,『THE FIRST SLAM DUNK』における宮城リョータの物語の原点ともなった『ピアス』が掲載されている点だ。この作品は,1998年に「週刊少年ジャンプ」に掲載された読切マンガで,これまで単行本未収録だった。原作の『SLAM DUNK』に対してパラレルな関係にある作品のため,『THE FIRST SLAM DUNK』とも若干異なる設定になっているが,宮城リョータに対する井上の想いを知る上で貴重な作品だ。

左:p.135/右:p.160より引用
©︎I.T.PLANNING,INC. ©︎2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners

宮城リョータを主人公に据えた『THE FIRST SLAM DUNK』のテーマ関し,井上は「痛みを乗り越え,一歩を踏み出す」ことと述べている。*3 だとすれば,本作を手がけた井上の仕事自体が,このテーマを体現しているとも言える。アニメ映画制作という“異世界”を体験した井上雄彦は,今後どのような技を繰り出してくるだろうか。『re:SOURCE』を読むと,『THE FIRST SLAM DUNK』がいっそう面白く感じられると同時に,井上の今後の仕事への期待感も高まる。

 

書誌情報

出版社:SHUEISHA
発売日:2022年12月20日
判型:B5判
ページ数:176
ISBN:978-4-08-792602-6
定価:1980円(税込)

 

*1:『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』,p.130,SHUEISHA,2022年。

*2:同上,p.81。

*3:同上,p.79。