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TVアニメ『天国大魔境』(2023年春)第1話の演出について[考察・感想]

 *この記事は『天国大魔境』「〈#01〉天国と地獄」のネタバレを含みます。

『天国大魔境』「〈#01〉天国と地獄」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

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石黒正数原作/森大貴監督『天国大魔境』は,「大災害」によって廃墟と化した世界を舞台に,異形の化物と戦いながら「天国」を探し求める2人の若者の姿を描いたポストアポカリプス作品である。すでに第1話から優れた作画と演出で視聴者を魅了し,SNSを大いに賑わせている話題作である。今回の記事では,その「〈#01〉天国と地獄」の演出について詳しく見ていく。

 

天国と地獄

まず目を引くのは美術だ。トキオミミヒメらの子どもたちは,近代的な建物と技術で構成された,清潔でいかにもホスピタブルな環境世界に暮らしている。しかし彼らが壁によって「外」から隔離されている様子からは,どことなくディストピア感も漂う(「眠れないならお薬を出そうか」というセリフもその印象を強めている)。この世界の美術はきっちりとした,潔癖な描線で描かれている。

『天国大魔境』「〈#01〉天国と地獄」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

一方,マルキルコが旅をする外の世界は,「大災害」によって廃墟と化し,インフラも絶望的に絶たれたポストアポカリプス世界だ。この世界の美術は,水彩画のような“絵っぽさ”をあえて強調したラフな描線で描かれている。

「天国と地獄」という対比を視覚情報で的確に伝えた見事な美術だ。世界観提示の役割を持つ第1話の見せ方としても完璧と言える。本作の美術監督は金子雄司。金子と言えば,比較的最近の作品に限って見ても,『ジョゼと虎と魚たち』(2020年)『王様ランキング』(2021-2022年)『アイの歌声を聴かせて』(2021年)『TRIGUN STAMPEDE』(2023年)と,美術が印象的な作品の多くに携わっている。さすがの手腕と言ったところだろう。今後も本作の美術には要注目だ。

 

地獄の中の“日常”

僕がアニメの“モーション”を観る時,最も注目するのは日常芝居だ。もちろんアクションシーンも優れたものは面白いことは間違いない(事実,この『天国大魔境』第1話におけるマル&ミルコ vs 暴漢のアクション作画は非常に優れている)が,日常芝居こそ,ごまかしの効かない真の表現技術が要求される見せ場だと思う。それも,単に動きがリアルで細かいというだけでなく,シーンや作品全体,人物同士の関係性のコンテクストの中で意味を持った時に,日常芝居が大きな力を持つ。そういう意味では,『天国大魔境』第1話の日常芝居もたいへん見応えがあった。

『天国大魔境』「〈#01〉天国と地獄」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

例えば,廃墟の家屋に入り込もうとしたキルコがマルを探すカットだ。目線の送り,首の振り,髪のなびきが丁寧に描かれている。ややオーバーアクション気味の芝居だが,不意に姿を消したマルを本気で心配するキルコの心情がよく表されている。「便利屋」としての仕事を超えた,キルコの“私情”がほんの少し垣間見られるカットだ。

『天国大魔境』「〈#01〉天国と地獄」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

2人が「天国」を求めて町中を移動するシーンは,まるでのんびりとピクニックに出かけるカップルのようだ。しかし彼らを捉えるカメラのフレーム内には,常に「大災害」の爪痕としての廃墟が写り込んでいる。この日常感と非日常感のコントラストがまたいい。

ちなみに僕には〈廃墟〉に関する持論がある。〈廃墟〉という存在の本質的な魅力ーーそれを“魅力”と言ってよければだがーーは,“かつて生きた人間がいたはずの場所にもう人がいない”という決定的な不在の状況の中に,今を生きる人間が存在してしまうという点にある。いわば〈生の欠如態の中の生〉という矛盾した状況だ。

『天国大魔境』「〈#01〉天国と地獄」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

マルとキルコが廃墟となった家屋の中で日用品を漁ったり,キャンプをしたりする様子は,まさしくこの〈生の欠如態の中の生〉を体現している。もちろん,このような描写は他の多くのアニメにもあるが,本作は金子の卓越した美術とアニメーターたちの丁寧な作画によって,廃墟=地獄と,その中での生=日常のコントラストが的確に描かれている。

『天国大魔境』「〈#01〉天国と地獄」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

ちなみにこの話数で僕が一番好きなのは上のシーンだ。疲れたキルコがドサっと地面に倒れ込み,右手をヒラヒラさせながらぶつぶつ文句を言う。荒廃した世界の夕暮れを背景に,地面に倒れ込む際のキルコの身体の動きや肉感がリアルに描かれている。「地獄」の中で,彼女たちが確かに一個の生として存在しているという,ある種の"重量感"が表されているようにも思える。手をヒラヒラさせる所作は特定の意味を伝達しているわけではないが,とてもリアルな日常所作だ。廃墟という「地獄」の中だからこそ,こうした日常芝居が映える。観ていて実に心地のよい芝居だ。キルコが枕代わりにしていたザックをマルが引き抜くカットで,キルコのデフォルメ顔を挿入する“小技”も効いている。

このシーンの原画を手掛けたのは榎本柊斗。『とある魔術の禁書目録Ⅲ』(2018-2019年)『映像研には手を出すな!』(2020年)『犬王』(2021年)などで作画監督を務めた経歴を持つ。要注目のアニメーターの一人だ。

 

“刃ー傷”

マルとミルコは探索の途上で偶然見つけた「八巣旅館」に泊まることになる。この場面の演出もたいへん見応えがある。

『天国大魔境』「〈#01〉天国と地獄」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

マルとミルコの背後から女将が登場する。野良仕事を終えた後か,その手にはらしきものが握られている。ここだけ切り取って見るならごく平凡なカットだ。しかしこの鎌のカットは,しばらく後,マルとキルコが「ヒルコ/人食い」の話に触れた時に女将が包丁を握るカットにつながっていく。最初の鎌のカットの意味合いがここで変わってくる。2つのカットのアソシエーションから,“女将とヒルコ/人食いには何かある”ことを匂わせた卓越した演出だ。なお,このシーンの伏線はおそらく次回の話数で回収されると思われる。   

この鎌と包丁という2つの刃物の暴力的なイメージは,キルコの身体に刻まれた無数のへとつながっていく。「大災害」後の世界で彼女が経てきた過酷な運命を,傷という視覚イメージで視聴者に伝達している。

『天国大魔境』「〈#01〉天国と地獄」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

さらにミルコの傷のイメージは,ミルコの身体を映す鏡の罅に受け継がれる。キルコの傷が廃墟の傷と重ね合わせられる。鎌ー包丁ー傷ー罅というアソシエーションが,キルコの謎めいたエロティシズムとコントラストを成し,視聴者に両義的で神秘的な印象を抱かせる。第1話の伏線の貼り方として申し分のない演出だ。

 

のっけから卓越した技術を披露してきた『天国大魔境』。今後の話数でもアニメ班の卓越した技が見られることを期待しよう。

 

 

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作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:石黒正数/監督:森大貴/シリーズ構成:深見真/キャラクターデザイン:うつした(南方研究所)/ヒルコデザイン:古川良太/プロップデザイン:富坂真帆澤田譲治/銃器デザイン:髙田晃/メカデザイン:常木志伸/色彩設計:広瀬いづみ/美術監督:金子雄司/美術設定:ブリュネ・スタニスラス伊井蔵上田瑞香平澤晃弘高橋武之/3D:directrainIG3D5(five)/モーショングラフィックス:大城丈宗/2DW:CAPSULE濱中亜希子/撮影監督:脇顯太朗/編集:坂本久美子/音響監督:木村絵理子/音楽:牛尾憲輔/アニメーション制作:Production I.G

【キャスト】
マル:佐藤元/キルコ:千本木彩花/稲崎露敏:中井和哉/トキオ:山村響/コナ:豊永利行/ミミヒメ:福圓美里/シロ:武内駿輔/クク:黒沢ともよ/アンズ:松岡美里/タカ:新祐樹/園長:磯辺万沙子/猿渡:武藤正史/青島:種﨑敦美

【「〈#01〉天国と地獄」スタッフ】
脚本:
深見真/絵コンテ・演出:森大貴/バトルシーンコンテ:竹内哲也/作画監督:吉田優子古川良太渡辺愛作画監督補佐:具志堅眞由

 

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