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劇場アニメ『プリンセス・プリンシパル Crown Handler 第3章』(2023年)レビュー[考察・感想]:壁,力,愛

*このレビューはネタバレを含みます。必ず作品本編をご覧になってからこの記事をお読み下さい。

『プリンセス・プリンシパル Crown Handler』公式HPより引用
©︎ Princess Principal Film Project

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『プリンセス・プリンシパル Crown Handler』シリーズ3作目となる第3章では,アーカム公(リチャード)という“新たな力”が本性を現したことで,アルビオン王宮内の情勢はいよいよ混乱を極め,ノルマンディー公という“壁”が彼ら/彼女らの前に立ちはだかる。己の正義を貫こうとする「白鳩」たちにとって,真の敵は“力”か,それとも“壁”か。アクションシーンが少ない反面,緊張感のあるストーリー展開と繊細な演出が目を引く優れた章となった。

 

あらすじ

リチャード暗殺事件によって暗雲立ち込めるアルビオン王室。その内情を探るべくコントロールからの命を受けたアンジェドロシーは,使用人として王室内に潜入する。一方,王位継承権第一位となった幼いメアリーは,次期女王としての重責に押しつぶされそうになりながらも,日々健気に勤めを果たしていた。そんな彼女に,アーカム公の魔の手が伸びる。

 

メアリーの笑顔

次期女王としての重圧に耐えながら日々を送るメアリー。その表情は常に節目がちで悲しげだ。本章には,そんな彼女が笑顔を見せる場面がいくつかある。特に印象的な2つのシーンを見てみよう。

1つは,プリンセスがメアリーに本を届ける冒頭のシーンだ。

勉強に励むメアリーを訪れたプリンセスは,「私が小さかった頃,友だちが読んでくれた本なの」と言って“THE WHALE IN THE CLOUDS”というタイトルの本を手渡す。いわゆる“仕掛け絵本(飛び出す絵本)”の類で,メアリーが頁を開くと,異国風の街並みと空を飛ぶクジラの絵が飛び出す。それを見たメアリーは,「わぁ!」と言いながら,年相応の子どもらしい笑顔を見せる。

『プリンセス・プリンシパル Crown Handler』第3章 本編冒頭映像より引用
©︎ Princess Principal Film Project

ちなみにこの時プリンセスが「友だち」と言っているのは,もちろんアンジェ(当時の真シャーロット)のことである。*1 すでに第2章でも示されていたが,プリンセスはメアリーの中に,かつて王宮での息苦しい生活に押しつぶされそうになっていたアンジェの姿を重ねており,2人の間には擬似的な“姉妹”関係のようなものが生まれている。プリンセスにとってメアリーの笑顔は,失われたアンジェの笑顔そのものなのかもしれない。

もう1つは,使用人に扮したドロシーがメアリーにお茶を給仕するシーンだ。

それまで机上で書き物をしていたメアリーは,ドロシーの姿を見るや,ふわりと舞うように駆け出してティーテーブルのソファに座る。彼女は茶を給仕してくれたドロシーに野花のような笑顔を見せ,「ありがとう,ドロテア(筆者注:ドロシーの偽名)さん」と声をかける。一介の使用人の名前を覚えて感謝の言葉をかけるその心遣いに,ドロシーも思わず「いい子じゃん。肩入れしちゃいそう」と独り言つ。ひょっとしたら,ドロシーもメアリーの笑顔の中にアンジェの笑顔を見ていたのかもしれない。

メアリーは王室内の最年少でありながら,次期女王としてあらゆる子どもらしい振る舞いを否定されたキャラクターだ。その彼女が見せるささやかな笑顔は,彼女に残された最後の子どもらしさなのかもしれない。そしてプリンセスにとって,その笑顔はメアリーの笑顔であると同時に,アンジェの笑顔でもあり,その似姿たる自分自身の笑顔であり,とりも直さず,アルビオンに住むすべての子どもたちの笑顔なのであろう。

『プリンセス・プリンシパル』「case 20 Ripper Dipper」より引用
©︎ Princess Principal Project

メアリーの笑顔は,子ども時代のアンジェとプリンセスの大きな笑顔には及びもつかない,小さな“蕾”のような笑顔だ。そしてプリンセスは,いつかこの蕾を大きく花開かせたいと思っているはずだ。しかし,そんな蕾を無下にも摘み取ろうとするものがある。“壁”と“力”である。

 

“壁”と“力”

ノルマンディー公は王国の秩序を維持することにすべてを賭けた「因習の壁」(第2章におけるアーカム公の言葉)だ。彼はあらゆるものを壁の中に閉じ込め,締め付け,とりわけメアリーから子どもらしい天真爛漫を奪う。ノルマンディー公はメアリーに新しい家庭教師・ピーブルスをつけ,以前にも増して厳しい教育を施す。ピーブルスが窓から逃げ出そうとしたメアリーを平手打ちし,「必要な時は体罰も辞さぬようにと申しつけられました」と言うシーンがあるが,その命を与えたのがノルマンディー公であることは言うまでもない。祝賀会に向かう前の着替えの場面で,侍従がメアリーにコルセットを締め付けるカットも象徴的だ。メアリーはノルマンディー公という“壁”の中で因習と規律に呪縛され,笑顔を失う。

『プリンセス・プリンシパル Crown Handler』第3章 本編冒頭映像より引用
©︎ Princess Principal Film Project

一方,アーカム公は貴族制度という悪しき因習を破壊しようと目論む「革新の風」(第2章におけるアーカム公自身の言葉)だ。その思想そのものはプリンセスのそれに通じるものがあるが,その実,彼は目的のためとあらば家族であろうと手をかける荒々しい“力”の権化である。プリンセスがメアリーと接触したことを知って激高した彼が,廊下の壺を薙ぎ倒していくシーンが象徴的だ。その手口は,プリンセスの思う理想とは完全に矛盾する。

プリンセスがアーカム公に真の目的を問うと,彼は「世界を修正したいんだ」と答える。彼は「貴族の傲慢さ」を憎み,「あらゆる民族はもっと平等であるべきだ」と唱える。彼が新大陸出身の先住民と思われる「隊長」を引立てているのもそれが理由だろう(しかしこの「隊長」にしても,あらゆる妨害を“力”で排除するキャラクターとして描かれている)。

アーカム公の話を聞いたプリンセスは,「壁の内側と外側」でしか考えていなかった自分に対し,彼が「世界」を見据えていたことに衝撃を受け,心を揺らす。しかし2人の思想が真っ向から対立することは言うまでもない。「壁の破壊」=「世界の修正」=「平等の実現」という大きな理想のために個の命を犠牲にするアーカム公と,メアリーやアンジェという個を守るために壁を取り除こうとするプリンセス。ここで,〈種としての人類〉と〈個としての人間〉という,ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』以来のジレンマが再演されていることに注目しよう(以下の『地球外少年少女』のレビュー記事を参照)。「世界」=「人類」のためであれば,「個」=「人間」の犠牲も厭わないのか。あるいは,あくまでも「個」への愛を貫くのか。プリンセスたちが後者の思想の持ち主であることは言うまでもないだろう。

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“キービジュアル詐欺”,あるいは…

やがてアーカム公の魔の手は,彼にとって文字通り“目の上の瘤”たるメアリーに伸びていく。プリンセスとアンジェたちはメアリーを守るため,壁を越えて彼女を共和国側に亡命させようとする。しかし亡命計画はノルマンディー公の秘書・ガゼルに見破られており,アンジェたちは捕えられ,投獄されてしまう。彼女たちは国を隔てる“壁”を越えられず,牢獄の“壁”に囚われてしまう。ノルマンディー公=“壁”の圧倒的な支配力を改めて見せつけたラストシーンだ。

ここで僕らは,第3章のキービジュアルに予め騙されていたことに気づく。このビジュアルには,プリンセスとメアリーの背後から巨大なアーカム公が手を伸ばし,彼女たちを手中に収めようとしている姿が描かれている。あたかもアーカム公が“ラスボス”であるかのように。しかし実際には,さらにその背後の王宮の“壁”=ノルマンディー公が彼ら/彼女らを捕えているのである。スパイ物語らしい周到な“嘘”がここに仕掛けられている。

『プリンセス・プリンシパル Crown Handler』公式HPより引用
©︎ Princess Principal Film Project

しかし,『プリンセス・プリンシパル』という物語はまだまだ僕らを騙し続けるに違いない。ノルマンディー公に捕えられてなお,余裕の笑顔を崩さないアーカム公。彼にはまだ「隊長」という“力”と,新大陸から到着する直属部隊という“力”が残されている。はたして“壁”を打ち破るのは物理的な“力”なのだろうか。あるいはアンジェとプリンセスの“愛”なのだろうか。

 

 

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作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
監督:橘正紀/シリーズ構成・脚本:木村暢/キャラクター原案:黒星紅白/キャラクターデザイン:秋谷有紀恵西尾公伯/総作画監督:西尾公伯/コンセプトアート:六七質/メカニカルデザイン:片貝文洋/リサーチャー:白土晴一/設定協力:速水螺旋人/プロップデザイン:あきづきりょう/音楽:梶浦由記/音響監督:岩浪美和/美術監督:杉浦美穂/美術設定:大原盛仁谷内優穂谷口ごー実原登/色彩設計:津守裕子/HOA(Head of 3D Animation):トライスラッシュ/グラフィックアート:荒木宏文/撮影監督:若林優/編集:定松剛/アニメーション制作:アクタス

【キャスト】
アンジェ:古賀葵/プリンセス:関根明良/ドロシー:大地葉/ベアトリス:影山灯/ちせ:古木のぞみ/L:菅生隆之/7:沢城みゆき/ドリーショップ:本田裕之/大佐:山崎たくみ/ノルマンディー公:土師孝也/ガゼル:飯田友子メアリー:遠藤璃菜/リチャード:興津和幸

【上映時間】60

 

作品評価

キャラ

モーション 美術・彩色 音響
4.5 4

4

5
CV ドラマ メッセージ 独自性

4

4 5 4
普遍性 考察 平均
4 4 4.3
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

商品情報

*1:TVシリーズ「case 20 Ripper Dipper」(TV放送第8話,ビデオグラム第9話)で,スリの少女・ジュリにお話を求められたアンジェが「空を飛ぶクジラの話はどう?」と言うシーンがある。