*この記事はネタバレを含みます。
今期(2023年春)の学園アニメの中でも大きな注目を集めている高松美咲原作/出合小都美監督『スキップとローファー』。絶妙なキャラクターメイキングと繊細な演出・芝居が光る良作だ。今回の記事では,本作の主人公・岩倉美津未(以下「みつみ」)の〈キャラ(クター)〉を分析してみたい。ポイントは〈内面キャラ〉〈黒沢ともよ〉〈土地の記憶〉である。
なお,本記事における〈キャラ〉と〈キャラクター〉という用語に関しては,以下の記事を参照頂きたい。
〈キャラ〉としてのみつみ
ザ・普通
みつみのルックとしての〈キャラ〉は,一言で言えば“普通”だ。素朴な髪色に,ストレートなミディアムヘア。瞳は他のキャラよりも小さく描かれている。どの点をとっても,典型的な“アニメ美少女”としては描かれているとは言い難い。というよりも,典型的なアニメ美少女になることを慎重に避けたデザインと言った方が適切かもしれない。
この“成長したちびまる子ちゃん”風のヒロインは,造形そのものはシンプルだが,時折見せるデフォルメ顔や伊藤潤二風ホラー顔など,くるくると変化する表情が豊かで面白い。彼女の表情の変化が作品全体にコミカルで心地よいリズムを生みだしている。
OPの中のみつみ
さらに,みつみの〈キャラ〉造形に関してはOPの役割も非常に大きい。出合小都美監督が絵コンテ・演出を手がけたOPアニメーションでは,本編ではあまり見られないみつみの〈キャラ〉の魅力がたっぷり表現されている。
特に主題歌のサビとともに始まるダンスシーンでは,出合監督ならではのポップな色調の中,みつみのキュートな側面が強調されているのが印象的だ。黄色いワンピースに赤いメリージェーン。小さなヘアピンがシンプルなセミロングのアクセントになっている。素朴だが,みつみのナチュラルな笑顔によく似合う装飾だ。一緒に踊る志摩の青いシャツとのコントラストも映える。
みつみと志摩が踊るダンスは,第1話でみつみが妄想したアヒルの親子を模したものだろうか。2人の日常的な関係性がファンシーな舞台の中で寓話化されたような,多幸感と青春感に満ち溢れた素晴らしいアニメーションだ。
アニメの視聴者がOPアニメーションから受け取る情報の量は思いのほか多い。特に本作のOPはある種の“刷り込み”として,あらかじめみつみを“可愛いキャラ”として提示している点が特徴だ。原作マンガにはない,アニメ独自の仕掛けと言える。
ただどちらにしても,この手のキャラを元にしたグッズ展開はお世辞にも簡単とは言えないだろう。現に,現時点で『スキップとローファー』のグッズはあまり多くはない。ただし,アニメの人気次第では,今後の商品化が期待できるかもしれない。
黒沢ともよ:「ポヤ〜」の魅力
しかし実際のところ,みつみの〈キャラ〉が際立つのは,ルックというよりはその言動や性格だろう。入学初日から「吐いた人」と呼ばれ,自己紹介でのギャグを壮大に滑らせた挙句に「裏番」の異名をとり*1,かと思えば「キャラメル&塩」の奇行で対照的な友人2人を結びつけてしまう。*2 素朴な見た目とは裏腹に,周囲を賑わせ笑顔にするそのマイペースな天然ぶりーー学校一のストイック女子・高嶺十貴子曰く「ポヤ〜」ーーこそが,みつみというキャラの主成分であると言える。みつみのこの「ポヤ〜」=心の遊びが,東京の高偏差値高校の若者たちを惹きつけ,学校一のストイック女子すら感化してしまうのだ。*3
要するに,みつみの〈キャラ〉は,その〈外面〉というよりは〈内面〉において構成されていると言ってよい。後日,作品の全体レビューでも言及するつもりだが,これは『スキップとローファー』という作品のメインテーマとすら言っていいのではないかと僕は考える。
そしてこの「ポヤ〜」の要素に新たな命を吹き込んだのが,声優・黒沢ともよである。黒沢はこれまでにも『響け!ユーフォニアム』(2015年-)の「黄前久美子」,『宝石の国』(2017年)の「フォスフォフィライト」,『アクダマドライブ』(2020年)の「詐欺師/一般人」など,“表面的には平凡だが,特殊な潜在能力を秘めたキャラ”を演じることが多かった。彼女が中音域で出す少々脱力感のある声質は,この手のキャラに絶妙にマッチする。おそらく,みつみというキャラの“アベレージ感”や「ポヤ〜」要素を演じさせたら,彼女の右に出る者はいないだろう。少なくとも,アニメ版のみつみの〈キャラ〉の大半の部分は,黒沢の演技によって成り立っていると言っていい。
〈キャラクター〉としてのみつみ
ふみ:「ポヤ〜」の起源
みつみは「石川県のはしっこのほう」(第1話冒頭のセリフより)にある「鈴市」から東京の高校に進学している。故郷の場面では,家族や友人たちが能登方言の穏やかなイントネーションで話す様子が描かれる。おそらく東京よりも時の流れは遅く,多すぎる人と人との間に生じるストレスも少ないだろう。都会人からするとややのんびりとしたみつみのテンポ感は,間違いなくこの田舎町に起源がある。みつみの〈キャラクター〉は「鈴市」という土地と不可分だと言ってよいだろう。
第4話「ピリピリ カツカツ」では,この田舎町を体現する幼馴染のふみが,みつみに「ポヤ〜」=心の遊びの大切さを教えるシーンが描かれる。受験勉強で心の余裕も失い,食事も喉を通らなかったみつみに,ふみが餃子を食べに行こうと誘う。餃子を食べながら,プレッシャーですっかり強張ったみつみの表情が,ふみの素朴な笑顔によって解きほぐされていく。
ふみはみつみが東京へ出てからも,常にみつみのことを気にかけている。おそらくふみと幼い頃に出会ったことが,みつみという〈キャラクター〉にとって大きな意味を持っている。ふみはみつみの〈キャラクター〉の一部であり,彼女を故郷へと繋留する“絆”に他ならない。
「過疎」という現実
「石川県のはしっこ」ということでは,劇中でみつみも言及する「過疎」という現実も,みつみの〈キャラクター〉を理解する上で欠かせない要素だ。みつみの故郷である石川県「鈴市」は,実在の珠洲(すず)市をモデルにしていると考えられる。珠洲市は本州の中で最も人口が少ない市であり,「過疎」が現実的に進行中の地域だ。ここでみつみの〈キャラクター〉に一定のリアリティが加味されていることは注目に値する。
みつみは「T大」(おそらく東京大学だろう)の法学部に進学し,将来は官僚として地方の過疎対策に取り組むことを夢見ている。これが単なる夢想でないことは,第4話で彼女が志摩に自分の夢を真剣に語るシーンがあることからも伺える。
みつみが将来,故郷の過疎対策にどれほどコミットしていくのか,そしてそれがこの作品でどの程度具体的に描かれることになるのか,それは今のところわからない。しかし少なくとも,彼女の〈キャラクター〉には,「鈴氏」という土地のリアリティが色濃く反映しているのだ。ちなみに黒沢ともよも,インタビューの中で「彼女は石川県を背負って東京に来ているので,そういう背景を忘れないようにしました」と述べている。*4
ただし注意したいのは,この作品では“田舎vs都会”といったような安直な対立構図は採用されていないという点だ。みつみはふみという存在によって故郷に繋留されながらも,自然に都会の生活に馴染んでいく。第3話「フワフワ バチバチ」のラストシーンで,みつみは仲間たちと渋谷の街を歩きながらこう独白する。
土地の記憶は人の記憶だと思います なのでーー 私はきっとこの場所を好きになります
みつみは「鈴市」の現実を抱えながら,やがて東京と,そこに住む人々に深い愛着を抱くようになるのだろう。みつみという〈キャラクター〉の中では,ある意味で〈田舎と都会の融和〉が生じていると言っていいかもしれない。
みつみという〈キャラ(クター)〉は,派手なアクションやスペクタクルとは無縁だが,その代わりに視聴者を確実に惹きつける〈キャラ〉の強度と〈キャラクター〉のリアリティを備えている。今後もこのユニークな〈キャラ(クター)〉に注目していこう。
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作品データ
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【スタッフ】
原作:高松美咲/監督・シリーズ構成:出合小都美/副監督:阿部ゆり子/キャラクターデザイン・総作画監督:梅下麻奈未/総作画監督:井川麗奈/プロップ設定:樋口聡美/美術監督:E-カエサル/美術監修:東潤一/美術設定:藤井祐太/色彩設計:小針裕子/撮影監督:出水田和人/3D監督:市川元成/編集:髙橋歩/音響監督:山田陽/音楽制作:DMM music/音楽:カッパエンターテインメント,若林タカツグ/アニメーション制作:P.A.WORKS
【キャスト】
岩倉美津未:黒沢ともよ/志摩聡介:江越彬紀/江頭ミカ:寺崎裕香/村重結月:内田真礼/久留米誠:潘めぐみ/ナオ:斎賀みつき/迎井司:田中光/山田健斗:村瀬歩/兼近鳴海:木村良平/高嶺十貴子:津田美波
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