*この記事は『小市民シリーズ 第2期』第21話「黄金だと思っていた時代の終わり」のネタバレを含みます。
米澤穂信原作/神戸守監督『小市民シリーズ』各話レビュー第2弾として、今回は「第21話 黄金だと思っていた時代の終わり」を取り上げる。これまでもっぱらロジカルな関係を築いてきた2人が,初めて感情に基づいた行動を見せる。その意味でも,『小市民シリーズ』において画期的な話数と言える。脚本は『さらざんまい』(2019年)などでシリーズ構成・脚本を務めた,ラパントラック共同代表の内海照子。絵コンテ・演出は『化物語』(2009年)や『輪るピングドラム』(2011年)など数々の傑作に参加経歴があり,本作でも第2話「おいしいココアの作り方」などを手がけた武内宣之。また高野やよいが演出・作画監督・原画・第二原画を務めるという,特異な話数でもある。その卓越した技を見ていこう。
「紅白」と「おわあ」,そして触れ合い
Aパートの大半は,3年前の轢き逃げ事件捜索と現在の小鳩の状況に関する客観的な語りになっている。そのトーンが俄かに変わるのが,Aパート終盤の場面である。
小鳩常悟朗と小佐内ゆきの夜の逢瀬を妨げていたのは,食後の“水”だった。聡くも睡眠薬の混入を疑った小佐内は,「夜,お花に水をあげてください」と書き置きを残していた(前話)。小佐内の警告に気付いた小鳩はそれに従い,夜の昏睡を免れる。かくして2人は,大晦日の夜再会を果たす。



近くの病室から漏れ出てくる「紅白歌合戦」の演歌とともに,小佐内が病室に登場する。小鳩が「こんばんは」と声をかけると,小佐内は少し驚いたように「おわあ,こんばんは」と答える。この件は小佐内の「おわあ,こんばんは」も含め,ほぼ原作通りの演出だ。しかし久しぶりの再会という,それなりに心的温度が高いはずの場面に,「紅白歌合戦」と「おわあ」という少々呑気な“音響”が加わることにより,このアニメらしいユーモアが生まれている。
最初,2人はふだん通りに即物的な言葉を交わす。しかし小佐内の「もっと早く警告することだってできたのに。ごめんね」という謝罪の言葉をきっかけに,2人の感情の温度に変化が生じ始める。


轢き逃げ事件の際に小佐内を突き飛ばし,食べていた鯛焼きを台無しにしてしまったことを謝る小鳩。小佐内はそれを遮るように,「鯛焼きなんてどうでもいい」と言いながら小鳩の手を握り,自分を助けてくれたことへの感謝,そして小鳩の命が助かったことへの喜びを伝える。物理的に触れ合う2人の手の描写が美しい。病室の限定された光源によって手に濃い影が落ち,その造形の美しさが際立っている。このブログではこれまでにも何度か手の作画について触れてきたが(下の記事などを参照),本話数の手の描写も“殿堂入り”としたいところだ。
込み上げる感情に思わず涙する小鳩。それを見て優しく微笑む小佐内の表情が美しく描写されている(上図・右の最終カット,下図・右)。甘い物好きのーーそれも度を越すほど甘い物好きのーー小佐内が,鯛焼きへの言及を間髪いれずに「どうでもいい」と遮り,小鳩への想いを伝えることを優先する。これまでの小佐内のキャラを覆すほどの感情値の高さに,感動を覚えずにはいられないシーンだ。
事実,このシーンを観た視聴者の多くが,“手を握る”という小佐内の行動に少なからず驚いたはずだ。彼女はこれまでの「互恵関係」において,ここまで小鳩に感情的に接近したことはーー少なくとも目に見える形ではーーなかったからだ。そしてなお驚くべきは,この“手を握る”という行動が原作にはないことである。
原作では,この場面での小佐内の行動に関して「小佐内さんは,ベッドに横たわるぼくに顔を近づける」という描写があるのみである。さらにこの際の小佐内のセリフは,「わたしは軽い打ち身だけだったし,鯛焼きなんてどうでもいい。小鳩くんが気になるなら,今度買ってきてあげる。わかったら,わたしの話を聞いて」となっており,どちからと言うとふだんのロジカルで説明的な小佐内の語り口に近い。*1
アニメでは“手を握る”という動作を挿入することにより,この場面を極めて感情的温度の高いものに仕上げている。おそらく,武内らアニメ班によるこの演出判断は,それなりの決意を要したのではないかと察する。というのも,先述した通り,この行動は小佐内のキャラを変質させるほどインパクトのあるものであり,延いては小鳩と小佐内の「互恵関係」を逸脱する恐れを孕むからだ。しかし,おそらく原作勢を含めた多くの視聴者が,この演出に少なからず心を動かされたはずだ。



なぜか。ここに“視聴者はこういうのが見たかったんでしょ”という意図を読み取るシニカルな態度をとることもできるだろうが,その程度の動機だったとすれば,リスクが高すぎる判断だ。やはり理由はこの場面そのものの魅力にある。小佐内の表情作画,先述した手の演出,小鳩の涙の芝居,羊宮妃那と梅田修一郎の演技が,すべて説得力のある美しさで描出されていたからである。
個人的な意見だが,演出家の武内宣之というと,シャフト作品や幾原邦彦監督作品のような,ジオメトリックでスタイリッシュな演出の印象が強い。事実,『小市民シリーズ 第1期』「第2話 おいしいココアの作り方」では,そのような傾向がかなり強く見られた。しかしこの話数のこのシーンでは,画面構成の幾何学性よりも,より有機的でエモーショナルな演出に振り切ったようだ。






それぞれの媒体には,それぞれに見合った“美意識”がある。推理小説は文字媒体のロジックで語ることが“美”であり,アニメは作画の巧みと声優の演技の温度で伝えることが“美”である。おそらく武内を始めとする制作班は,それぞれの媒体の特性を理解した上で,アニメーション作品としての最適解を提示したのだろう。だからこそ,これほど短い尺のシーンであるにもかかわらず,多くの視聴者を魅了したのだ。
浄玻璃2
再び即物的な対話に戻る小鳩と小佐内。小鳩は,車椅子でトイレに連れて行ってもらうよう小佐内に頼む。小鳩は肋骨を骨折しているため,車椅子の車輪を操作することができず,小佐内に車椅子を押してもらう他ないからだ。小鳩の移動の主導権が小佐内に委ねられる。



トイレまでのルートを確認した後,病室に戻る。2人は,明らかに怪しい様子でそこに佇む日坂英子と出くわす。



小鳩に睡眠薬の件を問いただされ,とぼける日坂。しかし小鳩が名前を問うと,その表情が俄かに気色ばむ。この際の日坂の凄みのある表情作画,影の描写などが印象的だ。



小鳩に近づいていく日坂。危険を察し,ハンドルを握る小佐内の手に力が入る。小佐内は日坂と距離をとるべく,ゆっくりと車椅子を後退させていく(なお,この描写は原作にはない)。“小鳩を守ろうとする小佐内”という構図が生まれる。
小鳩が「日坂英子」の名を指摘すると,場面は唐突に転換する。3人がいるのは,とある喫茶店の店内である。そこには大きな〈鏡〉があり,3人の姿を静かに映し出している。






この喫茶店は「第19話 小鳩くんと小佐内さん」に登場する喫茶店と同じである。しかし第19話では,そこにあるはずの〈鏡〉が周到なカメラアングルによって隠されていた(上図・下)。第21話では,それを敢えて映し出すアングルに変わっている。だとすれば,この場面において,この〈鏡〉には演出上の意味があるということだ。
その答えを僕らはすでに知っている。武内が手がけた「第2話 おいしいココアの作り方」を振り返ってみよう。


冒頭のシーンでは,小佐内が背後から近づく小鳩の存在に〈鏡〉を媒介として気づく様子が描かれている(上図・左)。また,堂島健吾の家には鏡付きのキャビネットが置かれ,そこに映し出された小鳩と堂島が互いに相手の“本性”を暴く顛末が描かれた(上図・右)。要するに,〈鏡〉は“暴露”という象徴的意味を担っていたのである(下の記事を参照)。
「第21話」では,鏡による“暴露機能”の矛先は日坂に向けられている。彼女は小鳩という〈魔境〉によって「日坂英子」という正体を暴かれ,轢き逃げという犯行を暴かれる。そして小鳩に車の投棄の件までをも見抜かれ,いよいよ日坂は追い詰められる。



この時,小佐内が前に歩み出て,小鳩を守る態勢をとる(上図・中,右)。先ほどの車椅子を後退させる場面と同様,この行動も原作には描写がない。つまりアニメでは,“小鳩を庇護する小佐内”という関係性が強調されているわけだ。
これまで小佐内のキャラを構成していた要素は〈可愛い〉〈大胆〉〈冷徹〉といったものだったが,ここで〈庇護〉という要素が加わり,2人の間にエモーショナルな関係性が加わる。小説でこれを描写するには,言葉で説明する他ないわけだが,その場合,やや野暮でくどい描写になった可能性は否めない。アニメではそれをキャラクターの行動で示すことができる。やはりここでも,アニメという媒体の特性が活かされている。
さて,『小市民シリーズ 第2期』も佳境に入った。日坂英子の動機は何か。小鳩がホテルで会った男の正体は何か。今後の話数では,それらの謎の“答え合わせ”が行われていくだろう。ロジカルな語りの前後に置かれた小さな“アクセント”として,このエモーショナルなエピソードは確かな存在感を放っている。
作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Twitterアカウントなど
【スタッフ】
原作:米澤穂信/監督:神戸守/シリーズ構成:大野敏哉/キャラクターデザイン:斎藤敦史/サブキャラクターデザイン・総作画監督:具志堅眞由/色彩設計:秋元由紀/美術監督:伊藤聖(スタジオARA)/美術設定:青木智由紀,イノセユキエ/撮影監督:塩川智幸(T2studio)/CGディレクター:越田祐史/編集:松原理恵/音楽:小畑貴裕/音響監督:清水勝則,八木沼智彦/音響効果:八十正太/アニメーションプロデューサー:渡部正和/ラインプロデューサー:荒尾匠/制作会社:ラパントラック
【キャスト】
小鳩常悟朗:梅田修一朗/小佐内ゆき:羊宮妃那/堂島健吾:古川慎/瓜野高彦:上西哲平/仲丸十希子:宮本侑芽/氷谷優人:山下誠一郎
【第21話「黄金だと思っていた時代の終わり」スタッフ】
脚本:内海照子/絵コンテ:武内宣之/演出:高野やよい/総作画監督:具志堅眞由(Production I.G.新潟)/作画監督:高野やよい/作画監督補佐:髙橋道子
原画:高野やよい,髙橋道子,橘由美子,坂祐太,内田百香,中川雅文,縫田修,伊東佳宏,DJ,小氷
この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。
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【原作小説】
*1:米澤穂信『冬季限定ボンボンショコラ事件』,東京創元社,2024年。下線は引用者による。