アニ録ブログ

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TVアニメ『アポカリプスホテル』(2025年春)第11話の脚本と演出について[考察・感想]

*この記事は『アポカリプスホテル』「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」のネタバレを含みます。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

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春藤佳奈監督『アポカリプスホテル』は,2025年春クールの中でも一際異彩を放つ傑作オリジナルアニメである。“人類のいなくなった地球”という終末的世界観をベースにしつつ,毎話ナンセンスとも言えるほど奇想天外なエピソードを繰り出しているが,その根底には,ヒューマニティに対する確かな“哲学”があることを感じさせる。今回レビューする「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」は,これまで怒涛のように流れてきた時間と物語をいったん滞留させ,ヒロイン・ヤチヨと「アポカリプス」の世界との関わりを一層深めた話数である。その静謐な時間の流れは,さながら上質な映画のような趣があり,これまでの話数とは明らかに一線を画している。脚本は,本作でシリーズ構成を務める村越繁。絵コンテは『ウマ娘 プリティーダービー ROAD TO THE TOP』(2023年)監督の廖程芝,演出は廖程芝春藤佳奈監督城戸康平西願宏子谷本頼洋が担当している。その類まれな技を観ていこう。

 

銀ぶら:合理的演算の外側へ

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

これはヤチヨが銀座の本屋に入る際の作画だ。床に置かれた本を避けながら,恐る恐る歩みを進めるヤチヨの様子が丁寧に描かれている。ほんの数秒程度の短いカットだが,よく観ると,バランスを崩したヤチヨの姿が一瞬挿入されている(上図・右)。振り回す手の所作がオバケで表され,表情もコミカルに描かれている。ロボットがバランスをキープする挙動としてはいささかオーバーアクションだが,本作をここまで観てきた視聴者にとって,この芝居はいかにもヤチヨらしいと感じられることだろう。

左:「#1 ホテルに物語を」より引用/右:「#2 伝統に革新と遊び心を」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

そもそもヤチヨは,〈無駄〉の多いロボットである。シャンプーハットがなくなったと言ってはガッツリ凹み,何の脈絡もなく「エキストラミッション」が達成されたかと思えば,要るのか要らないのかよくわからない「新機能」が追加される。ロボットである以上,彼女たちの“主人”である人類が何らかの意図をもってその機能を追加したのだろうが,ホテリエロボットにそれが必要なのかと言えば大いに疑問が残る。しかしこの〈無駄〉こそが,ヤチヨというキャラの主成分になっていることも確かなのだ。

そしてこの第11話は,彼女の〈無駄〉をこそライトモチーフにした話数だ。偶さか労働基準法を学んだポン子が,ヤチヨに「ホテリエ」の仕事を休むよう忠告する。ヤチヨはホテリエの制服の代わりに,カジュアルな私服(ポン子が用意したのだろうか)を身につける。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

機能的な制服と比べると,オーバーサイズのパーカーは,ホテリエロボットにとって〈無駄〉な着こなしかもしれない。しかしそれは,ヤチヨのキャラクターデザインと不思議なほどマッチしている。当初,ヤチヨは与えられた〈無駄〉,あるいは〈暇〉を持て余し,うっかりいつも通りの業務を遂行してしまう。しかしアラートによって自らのシステム異常を知ると,交換パーツを探すためにホテルを出る。この行動そのものは,ホテリエロボットとしてひとまず合理的であると言える。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

しかしなぜか彼女は,ポン子たちが作った温泉に向かう。緩やかに流れる時。“パーツ探し”という目的からは逸脱した〈無駄〉な時だが,ユーモア溢れるとても豊かな演出である。

左:「#8 おしおきはグー!なかなおりはパー!」より引用/右:「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

ちなみにこの作品の各話タイトルは,原則として執務室に掲げられた「銀河楼十則」からとられている。しかし「#11 」の「穴は掘っても空けるなシフト!」と,ヤチヨがグレて一時的にホテル業務から離れる「#8 」の「おしおきはグー!なかなおりはパー!」の2つは,ポン子が付け加えたと思しきモットー(?)が元になっている(上図・右)。ホテル業務という“ルール”から逸脱した“エクセプション”ーーただし,それこそがヤチヨの魅力の本質であるーーとして,この2つの話数は対応していると言っていいかもしれない。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

ヤチヨは廃棄されたロボットの中から雑誌を見つける。そこには「休日はレトロモダンと最先端の文化が手を取り合う街・銀座をぶらぶらと歩いてみてください!きっと何かが見つかるはず!」と書かれている。ヤチヨはそれを見て,銀座の街を探索しに出かける。ヤチヨにとってその「何か」とは,差し当たりパーツのことを指すのだろうが,温泉に立ち寄ったヤチヨの振る舞いを見た後では,それ以外の何かを期待せざるを得ない。

 

〈可愛い〉という剰余

はたして彼女が訪れたのは,デパートのアパレルショップの跡地だった。彼女はそこに無造作に置かれた洋服のいくつかを“試着”し,鏡に映る自分の姿を眺める。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

その表情に大きな変化はないが,最後のカット(上図・右下)は少し驚いた表情に見える。着せ替えによる自身の変化を意外に思ったのだろうか(もっとも「#8」のレディースへの変化と比べれば微々たるものだと思うが)。

ヤチヨのキャラの〈可愛い〉という成分を抽出した演出だ。猫耳ニット帽を含め,カジュアルな〈可愛い〉は,本来ホテリエロボットの要素としては〈無駄〉,あるいは〈剰余〉だ(フォーマルな〈綺麗〉であれば必要だろう)。しかしこの〈可愛い〉という剰余こそが,ヤチヨの魅力の本質を成している。この演出によって,ヤチヨが単なるロボットではなく,本作の“メインヒロイン”であることを改めて視聴者に印象付けることに成功しているとも言えるだろう。

 

サビ(錆と寂)

しかしそのヤチヨの姿を映す鏡には,大きなが何本も走っている。彼女の〈可愛い〉を侵食する「アポカリプス」の悲哀が,すでにここに暗示されている。

次にヤチヨは,「竜光有動尊」という名のパワースポットに足を運ぶ。これはおそらく,松屋銀座の屋上にある「龍光不動尊」の祠をモデルにしていると思われる。しかしいずれにせよ,祠はすっかり廃れており,かつての姿は見る影もない。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

「銀河楼」の繁盛を願うのだろうか,ヤチヨはもはや流通しなくなった人類の札束を“賽銭”として納める。二拝二拍手一拝の作法を丁寧に行うヤチヨ。しかしその作法を守ることを彼女に命じる人類は,この地球上にいない。

これ以降,カメラはヤチヨがポン子らと過ごした思い出の場所を次々と映し出していく。ほぼすべての事物が崩壊し,人工物を自然が覆い尽くそうとしている。『天空の城ラピュタ』(1986年)の「ラピュタ」のような静謐な美しさ。静かなピアノ曲とのマッチングもとても心地よい。ちなみにヤチヨがホテルのベッドで横になって以降,ほぼ全編にわたってセリフらしいものはなく,環境音と穏やかな劇伴だけがこの話数の音響を構成している。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

この辺り,廃墟好きにはたまらない描写だ。しかしそれらの事物には,“人類の不在”という物悲しさがびっしりとこびり付いている。これは持論だが,廃墟という事物を美しく感じさせるのは,人の不在そのものではない。むしろ,かつてそこに人が存在したという事実の強烈な暗示だ(新海誠監督『すずめの戸締まり』(2022年)の廃墟描写なども同様の思想が根底にある。下の関連記事を参照)。

左:「#4 食と礼儀に文化あり」より引用/中・右:「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

かつてポン子と一緒に訪れた砂漠地帯が,すっかり緑に覆われている。人の命が営まれた場所に,自然の命が芽生えている。この生命の力強さを,ヤチヨはどう感じただろうか。

左・中:「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用/右:OPアニメーションより引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

カフェのテラス席に座るヤチヨの表情が,OPアニメーションの寂しげな表情と重なる。存在していた命の温もりがもはや存在していないこと。それこそが廃墟の〈寂〉の本質なのだろう。『アポカリプス』のこの場面には,そうした意味での〈寂〉が美しく表現されている。本作の表面的な体裁は喜劇だが,その奥底には,“人類の不在を通してその存在を省みる”という哲学が潜んでいるように思える。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

 

「心に余裕(ヒマ)があるロボット」

ヤチヨはカラオケ店でカラオケの真似事をし,パチンコに興じ(?),道すがら拾ったキャンプ用品で動物たちと“ゆるキャン”を楽しみ,アザラシたちに花火を披露する。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

ポン子の「休暇を取れ」という指令には従ったことになるだろうが,パーツ探しという目的からは完全に逸脱している。しかしこの辺りの突飛な行動も,ヤチヨというキャラの面白さに他ならない。

ちなみに「銀ぶら」という言葉は,「銀座をぶらぶら歩くこと」を意味する俗語としてかつてよく使われた。これに関し,とある銀座の老舗コーヒー店が自店のPRのために「銀座でブラジルコーヒーを飲むこと」が語源であるという誤説を広め,一時期問題になったことがある。個人的には「銀座でぶらぶらした後にブラジルコーヒーを飲めばよいではないか」と思ってしまうのだが,ヤチヨもひょっとしたら同じ思いだったのかもしれない。もっとも彼女が「沸騰ポット」機能で作ったコーヒーがブラジルコーヒーだったかどうかはわからないし,どちらにしても,彼女の口には合わなかったようなのだが。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

やがてヤチヨは,自分と同じ姿をした一体のロボットを発見する。彼女は完全に故障しており,もはや修理不可能だが,頭部にはヤチヨが探していたパーツがある。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

「該当するパーツがあります」というシステム表示に悲しげな表情を見せるヤチヨ。おそらくこの時,彼女はこの故障したロボットを“事物”として見ていない。ヤチヨはこれまでも廃棄されたロボットなどからパーツを拝借して“存命”してきたのだろうが,その回収対象が自分と同じ“人の似姿”をしたロボットになるとは思わなかったのだろう。彼女は申し訳なさそうにしながらも,意を決してロボットからパーツを継承する。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

そこはかとなくカニバリズムを思わせる場面だが,もちろん彼女の行為を咎める人の法はここにはない。しかしそれにもかかわらず,ヤチヨは「竜光有動尊」の時と同じように深々とをする。悲しげな表情を見せるという行為も,この礼も,ロボットの行為としては〈無駄〉だが,彼女がある意味で“人の子”として描写されていることを示す印象深いシーンだ。

さらにこのシーンは,ヤチヨもこのロボットのように廃墟の一部になる可能性があるという事実を暗示している。廃墟の〈寂〉が,ヤチヨ自身の筐体にも予示されていることに気づかされる。

さて銀ぶらの旅も終わり,ヤチヨは客の宇宙人が連れてきたペガサスに顔を噛まれ,新機能「寄り目」をゲットする。言うまでもなく〈無駄〉極まりない機能だ。そして〈無駄〉だからこそ,この「寄り目」機能はヤチヨのキャラをさらに魅力的にすることだろう。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

人間の無駄な振る舞いに「心に余裕(ヒマ)がある生物 なんとすばらしい!!」と感嘆の声を漏らしたのは,岩明均『寄生獣』(1990-1995年)の「ミギー」だった。*1 温泉に入り,おしゃれをし,誰も見ていないのに悲しげな表情をし,礼をし,「寄り目」が得意になったヤチヨは,さしずめ「心に無駄=余裕(ヒマ)があるロボット」 だ。

ただし,ミギーは死への悲しみに心の「ヒマ」を見たのに対し,ヤチヨは生への喜びに「ヒマ」を見出す。だから彼女は,ポン子に「お休みどうだった?」と聞かれ,最後にこう言うのだ。

生きている感じがしました。

「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」より引用 ©︎アポカリプスホテル製作委員会

この時,ヤチヨは一度目を閉じて思いに耽り,明るい笑顔でこのセリフを言った後,ほんの少し寂しそうな表情になる。それは,「銀ぶら」の中で生じた彼女の心の起伏を無言で要約しているようでもある。

「生きている感じ」という言葉をロボットが口にする。しかしそこに僕らは違和を感じない。なぜなら,この話数における彼女の振る舞いに,確かに生の温もりが感じられたからだ。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど

【スタッフ】
原案:ホテル銀河楼 管理部/監督:春藤佳奈/キャラクター原案:竹本泉/シリーズ構成・脚本:村越繁/キャラクターデザイン:横山なつき/美術監督:本田こうへい/色彩設計:砂子美幸/3D監督:中野祥典/撮影監督:岡﨑正春/編集:神宮司由美/音楽:藤澤慶昌/音響監督:飯田里樹/音響制作:dugout/音楽制作協力:SCOOP MUSIC/アニメーション制作:CygamesPictures

【キャスト】
ヤチヨ:白砂沙帆/ポン子:諸星すみれ/ドアマンロボ:東地宏樹/環境チェックロボ:三木眞一郎/オーナー:木下浩之/ブンブク:チョー/マミ:本田貴子/フグリ:田村睦心/ムジナ:榊原良子

【「#11 穴は掘っても空けるなシフト!」スタッフ
脚本:
村越繁/絵コンテ:廖程芝/演出:廖程芝春藤佳奈監督,城戸康平CygamesPictures西願宏子谷本頼洋/演出補佐:橋本有加/総作画監督:野田康行/作画監督:CygamesPictures村田駿井上廉太新村杏子西願宏子],長沼智也王國年KAGO岡崎滉滝吾郎矢永沙織前川葵塚本あかね李信英槙田路子
原画:百藤車車人鹿戸大介大泉勇斗ズグマユンJijiLee Min wooすももチェ・ジユン李信英樂園KassandraChapaKAGOAoiSora7ginji64gJDGE伊藤史華少隆CygamesPictures蔡尚東Chen Zitu柳野未来川南佑華],Chuckle Mouse StudioMixemirai],ProductionIG新潟スタジオ渡部由紀子],STUDIO CHRONO9Jubei9GabrielMartÍnezZETA

 

この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

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商品情報

【Blu-ray】

 

 

*1:岩明均『寄生獣』(10),p. 217,講談社,1995年。