*この記事は『タコピーの原罪』「第3話 タコピーの告解」のネタバレを含みます。また,作中のセンシティブな描写についても触れていますので,作品の主旨をご理解いただいた上で,十分ご注意の上,本記事をお読みいただくようお願いいたします。

タイザン5原作/飯野慎也監督『タコピーの原罪』各話レビュー第2弾として,今回は「第3話タコピーの告解」を取り上げる。しずかの“魔性”とそれに翻弄されるタコピーと直樹,そしてタコピーの「告解」へと至る流れが美しく描かれた名話数だ。特にタコピーへの感情移入を誘う演出が巧みで,原作勢をも唸らせる出来栄えと言っていいだろう。脚本は飯野慎也監督,絵コンテ・演出は『お兄ちゃんはおしまい!』(2023年)など数々の名作に参加経歴のある率華。その技を詳しく見ていこう。
魔障
アヴァンはタコピーによるまりな殺害直後のカットから始まる。小学生が主人公のアニメにとって考えうる限り最悪の導入だが,『タコピーの原罪』という物語にとっては,この上なく的確な導入である。


このときタコピーは,おそらく「本当にこれでよかったっピか?」と自問しようとするのだが,しずかの「ありがとうタコピー,殺してくれて」というセリフに遮られてしまう(実際の台詞は「本当にこれでー」)。ここでタコピーは,1話の「自殺」という言葉に続き,「殺す」という言葉を認知するーまるで「善悪を知る者」となったかのように。*1 彼はこの台詞によって,自らの罪を「殺す」という名称で名指し,それを省みるきっかけを得るのだが,同時にその罪の自問は,しずかの魔性のような笑顔に打ち消される。タコピーは再び「しずかちゃんが笑ってくれた…」という,ハッピー星人のナイーブな本能に飲まれていく。


この際のしずかの涙ながらの笑顔(上図・左)は,原作では2頁にわたって大写しで描かれているが,アニメでは複雑な表情の動きがアニメートされ,その印象をいっそう強めている。片目を瞑る表情はタイザン5のマンガの特徴だが,そこはかとなく“悪意”の滲出を感じさせる絶妙な表情だ。
そしてしずかのこの笑みは,一度ならず二度も,タコピーの罪悪感の芽生えを砕いているのだ。




「へんしんパレット」によってまりなの姿になったタコピーは,まりなの死体を隠すこと,自分がまりなの代わりになることに関して「あのっ これっていいんだっピよね?」と問いかける。しかし結局タコピーは再びしずかの笑顔に絆され,彼女の言いなりになってしまう。
このとき,しずかはタコピーの問いかけに対して「タコピー,その話し方,ばれちゃう」と話題を逸らしている。このしずかの“当事者意識・罪意識の欠落”という描写は,この後もいくつかのシーンで見られる。




東京へ行く作戦会議の間も,計画の立案はそっちのけでお絵描きや虫捕りに興じるしずか。やがてその“当事者意識のなさ”はタコピーと東直樹にも感染し,3人はあたかも普通の小学生のように夏休みを満喫してしまう。特に彼らの日常を点描したシーンはたっぷりと尺が使われ,ポップな劇伴がつくことによって,原作以上に「ハッピー」に演出されている。まりなの死という現実とのアンバランスがいっそう際立つ。こうして,しずかの当事者意識を欠いた微笑みは,タコピーを罪の意識から遠ざけ,偽りの「ハッピー」へと誘ってしまうのだ。
そして,しずかの魔性の微笑みに絆された人物がもう1人いる。
歪んだ世界


東直樹は黒縁眼鏡をかけている。アニメではフレームが太めに描かれており,その存在感は原作よりも大きい。上図・右のカットはアニメオリジナルだが,よく見ると,レンズを通した足元の像が大きく歪んでおり,かなり度の強い眼鏡だということがわかる。後の話数で語られるはずだが,この眼鏡は勉強のしすぎで視力の落ちた直樹に母が贈ったものである(ちなみに兄の潤也は眼鏡を必要としなかった)。度の強い眼鏡は直樹の努力の結果なのだ。しかしその努力は,医者になることでも,兄に勝つことでも,学校で優越感を得ることでもなく,ひとえに母からの賞賛を得ることが目的だった。この眼鏡による像の歪みは,彼の母への強い想いの象徴なのだ。



しかしその母は,期待に応えられない直樹に決して微笑むことはない。やがて直樹は,母への感情を,同じ眼差しを持つしずかへと転位するようになる。




母とよく似た眼差しを持つ女の子が,母が決して見せない期待の眼差しを向けてくれる。母が決して見せない笑顔を見せてくれる。これが直樹にとって大きな心の救いになったことは想像に難くない。しかししずかの笑顔への執着は,彼を文字通り視野狭窄へと陥らせる。彼はしずかのサディスティックな指令に安易と従い,殺人隠蔽の片棒を担ぎ,東京行きの計画を立て,はては潤也の指輪を盗むことを企ててしまうのだから。
結局これは,母からの過度の期待・束縛による世界の歪み,心の歪みがもたらした事態なのかもしれない。そうだとすれば,直樹がその歪みから逃れるために必要なのは,母からもらった眼鏡とは違う眼鏡なのだろう。しかしこれは後の話である。
主観カット:タコピーの告解
タコピーの話に戻ろう。
まりなの死体を埋めた後,まりなに変身したタコピーはまりなの家に帰宅する。タコピーが家に入る際の主観カットは,この話数の中でも最も印象的である。


まりな(タコピー)がドアを開ける瞬間,映像が完全主観カメラに切り替わる。玄関に入り,靴を脱ぎ,廊下を歩き,リビングのドアを開けるまでの移動と所作が,まりな(タコピー)の目線で描写される。タコピー・まりな・視聴者の視線が重なる。ここで視聴者は,タコピーの眼を通して,まりなの日常の一場面を垣間見ている。はたしてその三位一体のカメラアイに写ったものは,両親の壮絶な言い争いの現場だった。*2
この主観カメラのカットは数秒程度のものだが,その映像的効果は絶大だ。この仕掛けによって,視聴者は共感対象をしずかからまりなへとパンし,同時に,タコピーと自己同定することを促されるのだ。
そしてこの演出は,ラストの「告解」シーンにおいて大きな効力を発する。



まりなの母は,まりな(タコピー)が本物のまりなでないことを直感的に見抜く。「完璧」なはずの変身は,重く深い親の愛情を前にもはや通用しない。「まりなを返してください」「大切な娘なんです」という涙ながらの訴えに,ようやくタコピーは己の罪の深さを省みることになる。ここで,リフレクション=反射・内省のカットがいくつか挿入されていることに注目しておこう。これはラストの場面の布石にもなっている。






タコピーは,かつてまりながこの家で過ごした日常の風景を“幻視”する。両親に愛されながらまりなが育つ場面はたっぷりの光量で描かれ,父と母の幸せそうな表情がクロースアップで捉えられている。原作よりも多幸感の大きい描写だ。その背後で,暗い影をまといながら呆然とするタコピーの佇まいも印象的だ。やがて明るい日常に影が差し,逆にタコピーに仄暗いスポットが当たる(上図・右下)。光量の増減と影を巧みに利用した優れたシーンだ。



場面はまりなの自室に移る。タコピーは幸せいっぱいの家族写真に触れながら,涙ながらにまりなとまりなの両親に許しを乞う。この時のタコピーの台詞(原作通り)は,この「告解」のシーンにおいて極めて重要な意味を持つ。
まりなちゃん ごめんなさい
まりなちゃんのパパとママ まりなちゃんじゃなくてごめんなさい
いっしょにいられなくしてごめんなさい
まりなちゃん
殺してごめんなさい
タコピーはここでようやく,自らの罪を「殺す」という言葉で名指し,かつ反省するに至る。この台詞がタコピーの独白の声ではなく,まりな自身の声で語られているというのも,場面にアイロニカルな悲壮感を加味している。これもアニメならではの効果と言えるだろう。
そしてアニメでは,この場面で再びタコピーの主観カット(アニメオリジナル)を挿入している。



タコピーは姿見の前で立ち上がり,自分の全身を映し出す。そして「考えなきゃ ぼくは何をしちゃったのか どうすればよかったのか これからどうすればいいのか」と深く内省する。リフクレクション=反射・内省というモチーフがここでリフレインされる。*3
こうしてタコピーは罪の「告解」を成就する。そして同時に僕らは,この話数でタコピーの罪の意識と共感するよう促されていることに気づく。この物語は「しずかの原罪」でもなければ「まりなの原罪」でもなく,「タコピーの原罪」なのだから。
率華の技
最後に,本話数の絵コンテ・演出を担当した率華について簡単に紹介しておこう。以前は「伊礼えり」の名義でクレジットされていた韓国出身のアニメーターで,現在は『タコピー』制作のENISHIYAに所属している。多くの優れた作品に参加経歴があるが,近年では『ヤマノススメ Next Summit』(2022年)第9話Bパート,『Do It Yourself!! -どぅー・いっと・ゆあせるふ』(2022年)第5話,『お兄ちゃんはおしまい!』(2023年)第2話の演出などが記憶に新しい。大胆な構図を多用する一方で,繊細な芝居と表情でキャラの心情を伝えることに長けたアニメーターである。当ブログでは,『お兄ちゃんはおしまい!』第2話の各話レビューで紹介したことがある。下記の記事を参照頂きたい。
作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど
【スタッフ】
原作:タイザン5/監督・シリーズ構成:飯野慎也/キャラクターデザイン:長原圭太/プロップデザイン:10+10,中井杏/2Dワークス:アズマ,10+10/美術監督:板倉佐賀子/色彩設計:秋元由紀/CGディレクター:茂木邦夫/カラースクリプト:大谷藍生/撮影監督:若林優/編集:坂本久美子/音響監督:明田川仁/音楽:藤澤慶昌/アニメーション制作・プロデュース協力:ENISHIYA
【キャスト】
タコピー:間宮くるみ/しずか:上田麗奈/まりな:小原好美/東:永瀬アンナ
【「第1話 2016年のきみへ」スタッフ】
脚本:飯野慎也/絵コンテ・演出:率華/作画監督:率華,新井博慧,飯田剛士/総作画監督:長原圭太/プロップ作画監督:10十10
原画:simo,矢田梓,dong hoon,まなもと,村田大亮,ふじいりな,坂口翔哉,安藤誠,范言新,北田久登,中島大智,井上香蓮,兼子慎哉,Raumil Nerurkar,横田拓巳,和谷興,新井博慧,みやち,Girardin Solal,超級豆仁,町野倫太,金井亜希子,率華,山田奈月,さんざし飴,五藤有樹
この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。
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【原作マンガ】
