*この記事は『瑠璃の宝石』「第9話 190万トンのタイムカプセル」のネタバレを含みます。

渋谷圭一郎原作/藤井慎吾監督『瑠璃の宝石』は,キラキラしたものが好きな女子高生・谷川瑠璃が,鉱物学を研究する大学院生・荒砥凪と出会ったことがきっかけで鉱物の世界に興味を持ち,身の回りの世界の捉え方を変えていく物語だ。鉱物学という学究の世界とカジュアルなガールズトークの取り合わせがユニークな上,良質な作画や演出も相まって,今期の作品の中でも注目を集めている作品である。とりわけ今回紹介する「第9話 190万トンのタイムカプセル」は,〈可愛い〉〈用具(人工物)〉〈自然(研究対象)〉という本作固有のテーマ設定を質の高い作画で伝えた,極めて優れた話数となった。脚本は谷内直人,絵コンテ・演出は藤井慎吾監督『お兄ちゃんはおしまい!』(2023年)でメインアニメーターの1人を務めたみとんである。その技を詳しく観ていこう。
〈学術研究〉×〈可愛い〉
この話数では,瑠璃の“キラキラ好き”というややミーハーな衝動はオパールに向かう。
瑠璃は凪と一緒にオパール採取に向かうが,結局,見つけることができずに一日が終わる。その翌日,瑠璃と瀬戸硝子は図書館で夏休みの自由研究に取り組んでいる。真面目にレポートを作成する硝子の傍らで呑気に居眠りをする瑠璃。彼女は前日に凪と採取に行ったオパールの夢を見ている。



目前に広がる大量のオパールの山。いわば“夢で巨大ケーキにかじりつく”の鉱物バージョンだ。“キラキラしたものが好き”という瑠璃の“欲望”がストレートに現れた場面である。オパールを前にはしゃぎ,掘り漁る瑠璃。夢の中の世界というだけあって,作画の崩し方,芝居の弾け感,画面全体のファンシー感など,非リアルよりの演出が面白い。『お兄ちゃんはおしまい』のメインアニメーター・みとんらしい画作りと言えるだろう。

図書館を出た後,硝子の前でビニール傘を手にくるくると舞う瑠璃。瑠璃の無邪気な少女性がよく表された芝居だ。作画のクオリティも良好で,短いが目を引くカットである。
そもそも『瑠璃の宝石』は,“鉱物学”という硬派なフィールドとガーリーな要素の取り合わせが魅力の作品だ。そしてこの話数でそれが最もよく現れているのが,凪の“着せ替えシーン”である。



いつも同じ服装しかしない凪に,後輩の伊万里曜子が「荒砥先輩はもっとおしゃれすべき!」と言って,持参した服を凪に無理やり着せる。普段,飾り気のない“合理的な”服装しかしない凪が,次々とおしゃれに衣替えする様子が面白い。

ところがメイド服を着てもなお,凪はドワーフさながらにハンマーを振るう。いかにも彼女のキャラらしい振る舞いだが,ここには〈おしゃれ=可愛い〉〈岩石=自然(研究対象)〉〈ハンマー=人工物(用具)〉という,本作固有の味わいを構成するレシピが明確に打ち出されている。本来,根っからの研究者肌である凪にとって,おしゃれ=可愛いという要素は無用な装飾に過ぎないのだが,敢えてそれを加えることで,キャラも作品全体もまろやかな風味を醸し出してくる。“鉱物学”という硬派な学究世界に,華やかなまろみが生まれる。この着せ替えシーンは単行本未収録の短編ということで,本来,本筋とは関係のない挿話だ。*1 アニメ班が敢えてこれを拾ったのは的確な判断と言える。単なる“サービスシーン”以上の価値があると言ってよいだろう。
ちなみに余談だが,ここでみとんが参加した『お兄ちゃんはおしまい!』第2話の髪型チェンジや第3話の水着チェンジなどが想起されるかもしれない。




本来“お兄ちゃん”であるはずのキャラクターのガーリーな着替えと,“飾り気のない女子”というキャラクターのガーリーな着替え。“可愛い”という調味料が日常系の作品にもたらす味付け効果は,決して過小評価すべきではない。
媒介する〈用具〉
上掲の凪のメイドシーンもそうだが,この作品は,鉱物採取用のハンマーの取り扱いを丁寧に描写しているのも特徴的だ。

いったんこの話数から離れて,「第1話 はじめての鉱物採集」のカット(上図)を見てみよう。ロングショットにもかかわらず,凪がハンマーを肩から外す際の手と腕の動き,ハンマーの重量感,身体の重心移動などが細やかに作画されている。巨大なハンマーを前に,少し怯えるような瑠璃の反応もいい。

次に「第8話 黄昏色のエレジー」のカット(上図)を見てみよう。廃工場でジンカイトを発見した瑠璃一行は,その採取を硝子に託す。瑠璃がハンマーを硝子に渡す。硝子が恐る恐る受け取り,瑠璃が手を離す。ハンマーのヘッド部がいったん自重でわずかに下がるが,それを硝子がぐっと握り直す。鉱物採取というほんの少しの重責,それへのほんの少しの決意。ハンマーという人の用に供する用具と,それに関わる人の心情が細やかに表された,素晴らしい作画芝居である。


この作品では,特に研究室の場面などでプロップ類を手前に置いた構図が多用される。そうした画作りからも,道具の〈用具性(人に使われるということ)〉がよく現れている。この作品のキャラたちは,〈用具〉に囲まれ〈用具〉と関わり,〈用具〉の媒介を経て〈自然〉と関わっているのである。


本作で度々登場する廃墟や廃棄物の描写も,用具性から外れた事物をクロースアップすることで,逆にそれらがかつて有していた用具性を際立たせているようにも思える。
キャラと用具の関わりを丁寧に描くこと。そしてキャラと自然物(研究対象)を媒介するものとして用具たちを描くこと。この第9話で,それが最も明確に示されたのがダムのシーンである。


ダムを発見した瑠璃が興奮気味の様子で駆け寄り,その巨大感に圧倒されるまでの芝居が極めて細やかに描写されている。その後,瑠璃と硝子が階段を駆け上がり,豪雨後の膨大な水量に驚嘆するまでの芝居も丁寧だ。作画・芝居・構図,どれをとってもクオリティが高く,ダムという巨大な構造物の中に人物が確かに“定位”していることを感じさせる優れたシーンである。



無論,ダム建設は自然環境に大きく影響する。そこには環境破壊というリスクがつきまとう。しかし同時にダムは,人の用に供する存在として,近辺地域の水害を減らすという利を人にもたらしている。それは彼女たちが手にするハンマーと同様,自然物に影響を及ぼすと同時に,人と自然物とを媒介し,融和させるのに役立つ。そして何より,このダムがあったからこそ,瑠璃は夢にまで見た“オパールの山”を現実に目にすることができたのである。
輝く“研究対象”
はたして,瑠璃が発見した“オパールの山”は,彼女が夢に見たそれよりも遥かに美しかった。妄想(欲望)よりも現実(自然)の方が美しさの点で勝る,というアイロニカルな対比。



瑠璃は夢の中でのように「オパール!オパール!」と歓喜の声を上げることはない。彼女は現実のオパールを前にして言葉を失い,静かに「綺麗…」とだけ呟く。ちょっとした〈崇高〉体験の趣すら感じさせるシーンだ。
もっとも,瑠璃の開けっぴろげな“欲望”があるからこそ,この物語の鉱物たちは即物的な研究対象であることに加え,“キラキラ”という剰余価値を得るのかもしれない。“キラキラしたものが好き”という,ナイーブだが強い初期衝動が彼女の中に維持されているからこそ,自然=研究対象は彼女の前で魅力的に輝く。凪や曜子たちにも,おそらくそうした初期衝動があったはずなのだ。




採取から帰宅する道すがら,瑠璃が車窓から街の景色を見やる。すべてが黄昏色に美しく輝いている。眼下の河原では,小さな少女が小さな石を見つけて喜んでいる。少女が石を夕日にかざす様が主観カットで示され,そこに瑠璃の「ちょっと外見てた」という満足げな声が重なる。見知らぬ少女に仮託し,瑠璃の“キラキラしたもの”への初期衝動を暗示した,きわめて印象的な演出である。
作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど
【スタッフ】
原作:渋谷圭一郎/監督:藤井慎吾/シリーズ構成:横手美智子/キャラクターデザイン:藤井茉由/助監督:秋山泰彦/総作画監督:藤井茉由,大田和寛/プロップデザイン:二宮歩路,中井杏/鉱物デザイン:CLUSELLER/美術監督:吉原俊一郎/美術設定:藤井一志/色彩設計:土居真紀子/撮影監督:尾形拓哉/編集:岡祐司/音響監督:吉田光平/音響効果:長谷川卓也/音響制作:ビットグルーヴプロモーション/音楽:阿知波大輔,柳川和樹/プロデュース:EGG FIRM/アニメーション制作:スタジオバインド
【キャスト】
谷川瑠璃:根本京里/荒砥凪:瀬戸麻沙美/伊万里曜子:宮本侑芽/瀬戸硝子:林咲紀/笠丸葵:山田美鈴
【「第9話 190万トンのタイムカプセル」スタッフ】
脚本:谷内直人/絵コンテ・演出:みとん/総作画監督:藤井茉由/総作画監督補佐:へいせ/作画監督:渡辺暁子,柳本鈴菜,車昊,大橋知華,みとん,飛鴻動畫[RAI,Yaya]/作画監督補佐:二宮 歩路,佐々木菜美子
原画:Hero/加賀朱莉/山本健/中井杏/松井大樹/岩井田夏帆/三枝蒼/伊藤史華/東野力也/力徳欽也/北岡希/Rui2/さくや/みとん/永山歩美/車昊/三口/佐々木菜美子/飛鴻動畫[劉峻偉]/A-1 Pictures[前田芽美]
この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。
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商品情報
【原作マンガ】
【Blu-ray】
*1:渋谷圭一郎のXポストを参照。

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