*この記事は『違国日記』「#3 捨てる」のネタバレを含みます。

ヤマシタトモコ原作/大城美幸監督『違国日記』各話レビュー第2弾として,今回は「#3 捨てる」を取り上げる。第1話・第2話に引き続き,効果的なオリジナル演出が多く見られる。「固執」というキーワードを中心に,「違国」の他者との必然的な繋がり,その嫌悪感と幸福感を伝えた名話数である。脚本は喜安浩平,絵コンテは『スキップとローファー』(2023年)などに参加経歴のある寺東克己,演出は『水属性の魔法使い』(2025年)などに参加経歴のある小林寿徳である。その技を詳しく見ていこう。
現在完了進行形:固執
槙生と朝は,亡くなった朝の両親の遺品整理をしに田汲家に向かう。エレベーターで上階に向かう二人。

ガラス窓に二人の姿が律儀に映し出されている。エレベーターが止まりドアが開くと,その反映はたちまち見えなくなり,人気のないマンションの廊下が現れる。まるで本当に二人が消えてしまったかのように。それはこの後の槙生の「ある日突然,世界から忽然と存在が消える」というセリフを予告しているようでもある。カメラはエレベーターの内側にあるのだからこのような画になるのは当然なのだが,「遺品整理」という場面の冒頭であることを考えると,この単純な物理現象に一抹の情緒を読みとらずにはいられない。
槙生は姉の洋服の整理に取り掛かる。そこで彼女は姉の高校時代の制服を見つけ,「思い出に固執するタイプだったのか…」と驚く。


「固執」という言葉遣いに槙生のセンスを感じる。「こだわり」 のような和語的な柔らかさよりも,「固執」という漢語的な硬質さの方が,姉に対して閉ざされた彼女の心情を言い当てているようだ。
しかしそもそも「遺品整理」という儀式は,永別と固執の間で逡巡する時なのだ。いや,永別のさなかに固執を見出す時と言っていいかもしれない。槙生自身,姉夫婦の存在の消失を無感情に語り,ゴミ袋に何度も「さよなら」と言い捨てておきながら,朝には姉の衣服をお仕着せてしまうのだから。




この場面では,槙生の背後に再び姉の幻が現れる(第1話でも電車内で登場していた)。姉は「固執してるじゃない。あんたも」と言って槙生の図星を突く。槙生が振り返ると,その姿はすでに消えている。



このシーンは原作にはなく,アニメオリジナルの演出である。この物語がファンタジーやゴースト・ストーリの類でないのならば,この幻を呼び出したのは他ならぬ槙生自身のはずだ。姉との記憶を「過去“完了”形」と断じる一方で,姉の姿を度々“今ここ”に呼び出してしまう。彼女もまた「現在完了進行形」的な「固執」の気分を抱えている。それは“悲しいか,悲しくないか”という感情を超越した,もっと根源的で宿命的な気分の類なのかもしれない。


故人である父母のことを「現在形」で語る朝に,槙生はそれが「現在完了進行形」,つまり過去から現在まで継続し,これからも継続していく行為であると告げる。この際の槙生の手の描写がいい。奥の左手(過去)から,手前の右手(現在)に向かうピン送り(上図・右)。小さな演出だが,「現在完了進行形」という様相を巧みに表している。人の「固執」というものの時相を繊細にビジュアル化した,的確な演出だ。
違国の他者
中学卒業式の日,親友・えみりの悪意なき軽率によって,朝の両親の事情が学校中に知れ渡ってしまう。朝は「ふつう」 の状態で卒業式を迎えられなくなったことに激昂し,えみりの謝罪を拒絶する。



えみりの懺悔を聞いてしばし呆然とする朝。この際の朝とえみりの表情作画,朝の拒絶の芝居が繊細でとてもいい。
この後のアニメオリジナル演出もまた優れている。職員室に呼び出された朝は,教師に「“ふつう”で卒業式に出たかったのに!!」と訴える。原作ではこの場面は終始,職員室の中だが,アニメでは突如場面転換が起こる。
どこか北欧の辺りを思わせる土地。朝以外の人間はみな民族衣装のようなものを身につけ,祝祭のようなものを行なっている。



その様子はアリ・アスター監督の映画『ミッドサマー』(2019年)のような,ひやりとした異様さすら感じさせる。そしてその中,朝だけが中学の制服を着ている。本来,帰属集団内での同質性,つまり「ふつう」を保証するはずのuniform(制服)が,ここでは一転して違和の象徴へと変わる。




今や親友であるはずのえみりですら,朝にとって“違国の他者”となってしまう。朝はえみりに「最悪…大っ嫌い!」という決定的な言葉を投げつけ,卒業式に出席せず学校を去る。その後,朝はえみりからの連絡を無視し,“違国の他者”とのコミュニケーションを完全に断とうとする。
感情的になった朝は,槙生の待つ家に帰るつもりが,うっかり引き払ったはずの元の家に行ってしまう。これもまた「固執」という抗いがたい気分の為せるわざなのかもしれない。






原作ではこの後,朝が自力で槙生宅に戻っているが,アニメでは朝が中央線沿線で迷子になり,それを槙生が迎えに行くという展開になっている。都心の見知らぬ風景が,朝にとって“違国”として映るという演出。これもまた的確なアニオリだ。
コミュニケーションは「めんどくさい」
そんな朝を見かねた槙生は,意外にも彼女が最も苦手とする“対話”で朝の心を開こうとする。そこで彼女が糸口としたのが「足湯」である。このふわりとした脱線具合もまた本作らしい。



朝のスマホから通知音が鳴り続ける。槙生が「既読付けないと反則なんじゃあないの?」と言うと,朝は「うるさいな!仕事してれば!」と反発する。槙生は,十代からの友人は「かえがきかない」存在,あるいは「こんなやつは他にいない」存在であるとして,えみりとの関わり合いを持ち続けることを朝に促す。社交的であるはずの朝が心を閉ざし,コミュ障であるはずの槙生が対話に従事するという役回りの逆転が面白い。
この際,アニメでは再び場面転換が起こる。中学生時代の槙生と醍醐たちが通りを歩いている。その様子を脇の階段から眺める朝。“違国”ならぬ“違時代”への転移。



しかし同じように制服を着た中学生だからだろうか,あるいはこの場面で流れる牛尾憲輔の劇伴の温もりのおかげだろうか,このシーンからは違和感と同時に親近感に近いものも感じる。



槙生の話を聞き,足湯を終えた朝は,熱で赤みを帯びた自分の足を見て「あ…靴下みたい…」と呟く。実にたわいのない呟きだが,足湯に使った容器を自分で元の場所に戻す様子などからしても,朝が“拒絶モード”から普段の“対話モード”に戻りつつある気配を感じる。
醍醐から妙な服装の画像が送られてきたことをきっかけ(?)に,槙生が高校の卒業式の日に醍醐からもらった手紙の話をする。そこには「6年間 きみがいなかったら 私は息ができなかった ありがとう」と書かれていた。


学校という,他者どうしが共存することを強いられた空間で,同じ組成の空気を共有することで「息ができる」ということの安心感。「生きていていいんだ」と思えることの価値。
この話を聞いた朝は,再びあの“違時代”に転移する。そこにはえみりがいる。えみりが「あたしってさあ,なんか朝といるときだけほんとのあたしっぽいんだよね」と言うと,朝は微かな微笑みを返す。



この場面は原作では通常の回想シーンとして描かれているが,アニメでは違和感と親近感を織り交ぜた妙味に富んだ場面にしている。朝はえみりに電話をかけ,2人は涙ながらに和解する。
しかしBパートのこの一連のシーンは,コミュニケーションの“成功”を示しているのだろうか。むしろコミュニケーションの“困難”を描いているのではないか。槙生は朝との対話の最中,2度も「めんどくさ…」と本音を口にしている。これこそが『違国日記』と題された本作の真理なのではないか。
ヤマシタ自身,「花椿」に掲載された対談*1 の中でこのように語っている。
現実には悲しいことですが,物語の中では,ことばの拙さやうまく表現できないということ自体にロマンを感じるんですよね。[中略]ことばを尽くす以上に我々のできることはないけれど,そのことばがどうしたって追いつかないものであるということに,物語の盛り上がりを感じるというか。
間違いなく対話というものは「めんどくさい」。明確な目標に到達する保証もなく,ただ言葉をぶつけ合い,傷付合うだけの徒労に終わる可能性もある。ちょうど大今良時原作/山田尚子監督『聲の形』(原作マンガ:2013-2014年/アニメ映画:2016年)が示していたように。
数年前に始まった朝とえみりの関係は,今も続き,今後も続いていくだろう。23年前に始まった槙生と醍醐の関係も,今も続き,今後も続いていくはずだ。まさしく「現在完了進行形」という名の繋がり,あるいは「固執」。
他者との関わりはひたすら「めんどくさい」。ただ僕ら人間は,どうやらその最もめんどくさいものに「固執」しなければ生きていけない存在なのだ。人間が抱えたこのアンビバレンスを,この話数最後のアニオリのモノローグが伝えている。



朝とえみりの和解の電話を,槙生が背中で聞いている。彼女は傍の醍醐の手紙を見遣りながら,こう呟く。
これも,「固執」というのだろうか…
めんどくさ…
作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど
【スタッフ】
原作:ヤマシタトモコ/監督:大城美幸/構成・脚本:喜安浩平/キャラクターデザイン・総作画監督/羽山賢二/サブキャラクターデザイン:川村敏江/プロップ設定:狩野都/衣装設定:相澤楓/美術:高橋依里子/色彩設計:田中美穂/撮影:並木智/編集:関一彦/音響監督:大森貴弘/音楽:牛尾憲輔/アニメーション制作:朱夏
【キャスト】
高代槙生:沢城みゆき/田汲朝:森風子/笠町信吾:諏訪部順一/楢えみり:諸星すみれ/醍醐奈々:松井恵理子/塔野和成:近藤隆/実里:大原さやか
【「#3 捨てる」スタッフ】
脚本:喜安浩平/絵コンテ:寺東克己/演出:小林寿徳/作画監督:西川絵奈,中村深雪,川村敏江,狩野都,豊田菜々子,大槻菜穂,相澤楓
原画:大槻菜穂,舟木翔一,宮川めぐみ,久恒一樹,竹内英気,増田実奈,新井貴宏,武藤照美,足利真美恵,はるなゆうた,昆冨美子,Veil,狗神,渡邉麻衣,塚本歩,KOEDA ANIMATION[Ané,Rexsesu,Loska,Jhon Lozano,Elfhir,Daisuke Rioseco,Mikken]
この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。
関連記事
商品情報
【原作マンガ】
【Blu-ray】


![【Amazon.co.jp限定】TVアニメ『違国日記』 Blu-ray 第1巻 (L判ブロマイド8枚セット付) [Blu-ray] 【Amazon.co.jp限定】TVアニメ『違国日記』 Blu-ray 第1巻 (L判ブロマイド8枚セット付) [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/41YNi-Y3fhL._SL500_.jpg)