*この記事は『日本三國』「#1 泰平の誓い」のネタバレを含みます。

松本いっか原作/寺澤和晃監督『日本三國』は,革命によって三国に分裂した日本を舞台に,日本再統一を図る主人公・三角青輝の活躍を描いた作品だ。この4月から放送が始まったアニメでは,原作のデザインを忠実に再現することで世界観を保持しつつも,随所にユニークなオリジナル演出を織り込む意欲的な作りが目を引く。特に今回紹介する「#1 泰平の誓い」は,作品全体の導入部ということもあってか,こうした演出方針が強く打ち出された話数となった。脚本はラパントラック共同代表の内海照子,絵コンテ・演出は監督の寺澤和晃である。その技を詳しく見ていこう。
縦型画面からスタンダードサイズへ:物語るアスペクト比
冒頭,導入部の一風変わった画面構成が目を引く。




「日本時代」(つまり僕らにとっての現代)を象徴しているのだろうか。スマホの縦型アスペクト比のような画面が,日本を崩壊させた「暴力大革命」までの顛末を物語る。しかしその窮屈なフレームに映し出されるのは,陰鬱な殺戮風景などではなく,スマホの待受画面のようなポップなイラスト調の絵やドット絵である。原作の黒々とした硬質な画風とはだいぶ印象が異なる。
通常,マンガのアニメ化にあたっては,大小に細かくコマ割りされた画面をテレビモニターや映画スクリーンのアスペクト比に合わせて再構成していく。しかしここでは,左右の余白によって情報量を犠牲にしてまで,縦型アスペクト比に“時代”を語らせることを優先している。ウェブトゥーン的に“令和”を表象していると言ってもよい。



そして「暴力大革命」により日本の文化・文明が退行する場面になると,アスペクト比もかつてのテレビのスタンダードサイズに“退行”する。画面サイズが,歴史という名の退行を語る。マンガのコマ割りとも,アニメの固定されたアスペクト比とも異なる,意欲的で面白い画作りだ。
さらに言えば,ナレーションに潘めぐみを起用したのも面白い。大方の原作読者は,冒頭部分の劇画調の描写から男性声優の声をイメージしたのではないだろうか。そこに,『【推しの子】』の有馬かな役でガーリーなイメージが定着した潘を起用する。ポップでカラフルな画作りをしたことも相まって,潘の声はアニメーションと絶妙な親和性を見せている。良い意味で予想を裏切るキャスティングだ。
日本“蛾”:非マンガ・アニメ的要素の介入
次に青輝と小紀の挙式の場面を見てみよう。ウエディングドレスにこだわる小紀に,青輝が講釈を垂れるシーンである。




下:松本いっか『日本三國 1』pp.6-7より引用 ©︎松本いっか/小学館
第1話からアニメオリジナル演出の多い印象の本作だが,実はキャラクターデザインや要所の構図に関しては,驚くほど原作に忠実に作画されている。上図のカットなどは,青輝と小紀のデザインとポージングはもちろんのこと,人物紹介の文字の配置までもが原作とほぼ同じだ。
しかしこの後の場面では,一転して大掛かりなアニメオリジナル演出が仕込まれている。


青輝のウエディングドレス蘊蓄が,明治時代の薬屋の広告のような絵面として,2人の向こうの背景を埋め尽くす。青輝の屁理屈にうんざりした小紀が,「うっるさいな!!うちはウエディングドレスがかわいいから着るんじゃ」と言いながら背景を引き剥がす(上図左)。この種の演出は,デフォルメされたギャグシーンなどでは珍しくないが,ここではイラストや文字列,小紀が画面を掴む際の皺などのリアリズムが,シュルレアリズム絵画のような“違和”を呼び込んでいる(ちなみに後述するデ・キリコはシュルレアリズムに影響を与えた画家として知られる)。“これはアニメである”というメタ視点の介入も感じさせる面白い演出だ。
この後の場面では,ウエディングドレスを纏った小紀がバレリーナのように柔らかく回転する芝居が丁寧に作画されている(上図右)。挙式に臨む彼女の多幸感をよく表した,優れた演出だ。さらに,小紀が引き戸を開け,2人を待つ親族のもとに向かうシーンでは,背動によって画面に豊かなダイナミズムがもたらされている。青輝と小紀は,引き戸の先の光に向かって,手前から奥へと移動していく。一瞬アップになる小紀の笑顔とともに,2人の希望に満ちた新婚生活を的確に画に落とし込んでいる。こうした陽の描写があるからこそ,後述する後半の展開が生きる。
次に挙式後の宴会シーンを見てみよう。青輝が今度は義父を相手にウエディングドレス講釈を垂れ,義父が改めて小紀を青輝に任せる,という場面である。

一般的に,2人の人物の対話シーンでは,顔の表情を入れたリバースショットが用いられるが,ここではビールと薬品の広告をなめた背後からのアングルを切り返している。きわめて印象の強いカメラワークだ。



切り返しの途中には,義父の眼鏡に映る青輝と,青輝の目に映る義父のカットが挿入される。穏やかな対話シーンにもかかわらず,カット割のテンポは速い。視聴者の連続的な意識の流れを断ち切る一種の“異化効果”を生んでいる。
このシーンのラストでは,奥の青輝の背中から手前の広告にピン送りされ,そこに一匹の蛾が止まる。美女の鼻の下に止まった様子が髭のように見えるという絵面も面白いが,何より印象的なのは,蛾自体の作画である。マンガ的でもアニメ的でもない,まるで日本画に描かれた蛾のような,美しくも妖しく,毒々しいリアリズム。この後,青輝を見舞う事態を予兆するかのような,不吉な存在感を放っている。
この蛾を作画したのは,画家・イラストレーターの石丸美緒里である(上述の小紀が引き剥がす広告のイラストも石丸のもの)。石丸は武蔵野美術大学大学院で日本画を専攻し,卒業後はフリーランスの絵描きとして活躍している。いわゆるアニメプロパーではないが,アニメの表現には強い思い入れがあるようだ(下記のX投稿を参照)。
【お仕事】
— ガラスダマ/石丸美緒里 (@bee_gla_glassie) 2026年4月6日
TVアニメ「 #日本三國 」第1話
原画/日本画デザイン(すごいクレジットだ)でお手伝いさせていただきました!
嬉しい…!!!
アニメ表現として新しい試みをしたい!という監督さんの熱い思いに応えられるよう、手探りながらも大変やりごたえがありました
蛾は和紙に岩絵具で描いてます! https://t.co/ogij1ZLXgA pic.twitter.com/pDmkDXsUfo
少々余談だが,先日開催された「254回アニメスタイルイベント 作画語り・アニメ語り2026春」で,アニメスタイル編集長の小黒祐一郎が「美大・芸大出身のアニメーターという話を抜きには,アニメが語れない時代になった」と語ったことが思い出される。直近の作品で言えば『花緑青が明ける日に』(2026年)の四宮義俊監督は東京芸術大学出身だが,そもそも最近のアニメーターには美大・芸大出身者が少なくない。アニメプロパー外部の表現方式や感性がアニメの中に浸透しつつあるのだ。
石丸が描いた蛾は,いわば非アニメ的要素としてアニメの中に侵入し,ある種の違和を生む。かつてシャフトが『物語シリーズ』で実践したような,実写や文字の表現に近いものが感じられる。それは視聴者の注意を否応なく引き付け,“不吉な予兆”としての存在感を潜在意識に刻み込む。実写であれ文字であれ日本画的なものであれ,アニメにおいて非アニメ的な要素が持つ表現効果は,今後も考察に値するだろう。
血の道:“線”という媒体
そしてこの話数で最も寺澤の技が冴えたのが,小紀の惨殺シーンである。
内務卿・平殿器の不興をかった小紀は,青輝の知らぬ間に無惨にも斬首刑にされてしまう。寒々とした無彩色の雪景色の中,小紀の血だけが赤々と発色している。血溜まりの先には,小紀の首を納めた木箱が置かれている。



この場面で,アニメは青輝のいる場所から小紀の首まで一筋の“血の道”を描いている。画面を水平に横断する血の道。そこに青輝が倒れ込む。原作にはない描写だ。



妻を死に追いやったのが平殿器と税吏であることを知った青輝は,刹那,猛烈な殺意に血を沸かせるも,持ち前の理性と小紀の言葉の思い出によって我に帰る。やがて「知行合一」の境地に至った彼は,雪中に手をついて頭を下げ,殿器に妻の罪状説明を直願する。



青輝が跪く雪の上には,小紀の血の道がある。それは真っ白な画面を縦横に貫く線として,正面の小紀の首,そして内務卿へと真っ直ぐに通じている。




残酷,冷酷,暴力,知力,激情,理性,信念,そして青輝と小紀の絆。このたった一本の赤い線によって,様々な感情と思想が語り出されている。見事な演出である。
弁術によって税吏を陥れ,“復讐”を果たした青輝は,『孫子』虚実篇の言葉を内務卿に残し,妻の首と共に去る。アニメでは,この後の火葬の場面で小紀にウエディングドレを纏わせている。粋な計らいだ。

寺澤和晃の技
この話数を手がけた寺澤和晃監督と言えば,直近では短編集アニメ『藤本タツキ 17-26』中の『目が覚めたら女の子になっていた病』での仕事(監督・脚本)が記憶に新しい。そしてここでも寺澤は“線”を表現媒体として用いている。



短編集の中でもおそらく最もアニメオリジナル演出が多い本作は,ポップな色彩に加え,画面を横断する幾何学的な影の線が強い印象を放つ。ここでは線に赤・オレンジ・黄といった彩色が施され,線そのものの存在感・表現力が増強されている。単なる影の線というよりは,画面デザインの一部となっているようだ。
この影の線について,寺澤は「Newtype」公式サイトのインタビュー記事で「デ・キリコがやるような,影によって世界が分割されている,どこか壊れた感じの絵がもともと好き」だと語っている。*1


線は世界を寸断し,通常であれば見えてこない日常の“裂け目”を露呈させる。斜線であればただならぬ不吉や不安を惹起するが,平行線や垂直線はーー『日本三國』のそれのようにーー不思議な静謐感をもたらすこともある。いずれにせよ,映像作品において“線”の表現効果は絶大だ。アニメ作品の中で,線という媒体の特性を利用した寺澤の演出センスに感服する。
総じて,『日本三國』アニメ第1話は,原作の世界観を毀損せずにアニメオリジナル表現を追求するという,理想的な演出方法を示していると言える。
作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど
【スタッフ】
原作:松木いっか/監督:寺澤和晃/シリーズ構成:内海照子/キャラクターデザイン・総作画監督:阿比留隆彦/美術監督:田村せいき/色彩設計:小針裕子/撮影監督:木舩颯人/2D・特効:加藤楓菜/筆文字:桐山琴羽/編集:今井大介(JAY FILM)/3D監督:小川耕平/音響監督:はたしょう二/音響効果:出雲範子/音響制作:サウンドチーム・ドンファン/音楽:Kevin Penkin/制作:スタジオカフカ/製作:日本三國製作委員会,Amazon MGM Studios
【キャスト】
三角青輝:小野賢章/阿佐馬芳経:福山潤/東町小紀:瀬戸麻沙美/龍門光英:山路和弘/賀来泰明:中村悠一/平殿器:長嶝高士/藤3世:木村太飛/輪島桜虎:津田美波/ナレーション:潘めぐみ
【「#1 泰平の誓い」スタッフ】
脚本:内海照子/コンテ・演出:寺澤和晃/作画監督:阿比留隆彦/制作進行:榊原康太郎
原画:スタジオカフカ[渚美帆,辻村幸輝,杉山友美],川崎愛香,西原沙紀,星野拓,宮路統子,室山祥子,網修次郎,井嶋けい子,増田伸孝,松浦里美,津元美尾,渡部由紀子,尾関晴美,藤木かほる,Enrico Nobili,Muhammad Palmer,石丸美緒里,田中宏紀,井上敦子,永作友克
この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。
商品情報
【原作マンガ】
