*この記事は『上伊那ぼたん,酔へる姿は百合の花』「第3話」のネタバレを含みます。

塀原作/佐久間貴史監督『上伊那ぼたん,酔へる姿は百合の花』(以下『上伊那ぼたん』)は,主人公の上伊那ぼたんや砺波いぶきら女子大生たちが,様々な酒を嗜みながら心を通わせる様を描いた百合テイストのアニメだ。当ブログでは『2026年 春アニメは何を観る?』の記事でイチオシとしてピックアップした作品である。まず驚くべきは,各話毎に演出担当の個性を全面に打ち出した演出方針だ。とりわけ今回取り上げる「第3話」では,キャラクターデザインの個性もさることながら,カット割りのスピード感や文字・図形・実写カットの挿入など,作り手のユニークな感性が披露された名話数だ。脚本は『真夜中ぱんチ』(2024年)などの白坂英晃,絵コンテ・作画監督・原動画は『mono』(2025年)第4話で作画監督(貞元北斗と共同)を務めた銀さん,演出は『ヤマノススメ セカンドシーズン』(2014年)などに参加経歴のある重原克也,動画検査は『mono』『瑠璃の宝石』(2025年)などの後山汰央である。その技を詳しく見ていこう。
〈分散〉する作画
『上伊那ぼたん』の視聴者であれば周知のことだろうが,この作品には「総作画監督」(以下「総作監」)という役職が設置されていない。
「作画監督」(以下「作監」)は,原画担当アニメーターの作画を補正し,各話の中での作画統一を担うが,それだけでは各話間で絵柄の違いが生じる可能性がある。そこで作監毎の差異を解消し,作品全体の作画統一を図るべく置かれるのが,総作監という役職である。
総作監制度がいつ頃から導入されたのかは定かではないが,作監については,東映動画(現・東映アニメーション)の『わんぱく王子の大蛇退治』(1963年)がその嚆矢とされている。*1 したがって,少なくとも絵柄を統一するという考え方自体は,日本アニメの草創期からすでにあったわけだ。総作監というクレジットがなくとも,作監やキャラクターデザイナーが全話数の作画を修正するというケースもあった。*2 しかし,90年代くらいまでは各話毎に作画のばらつきがあるのがごく当然だった(有名なところでは『美少女戦士セーラームーン』シリーズなどだろう)。
総作監という役職名は,おそらく80年代頃から使われ出したと思われるが *3 ,システムが定着していったのは2000年代以降と考えられる。この時代,TVアニメは自立した娯楽作品としての価値を持ち始め(『エヴァ』と深夜アニメ興隆がその背景にあることは言うまでもない),ファンの裾野も広がり,作画に対する一般の注目度が高まりつつあった。また,ビデオソフト販売が市場の主流となった時期でもあり,メーカーがアニメを“パッケージ”として販売するため,制作側に作画統一を要請するケースもあったようだ。*4 以降,TVアニメにおける作画統一は徐々にスタンダード化し始める。
TVシリーズを“パッケージ”化すること。そのために,話数間の差異・矛盾・祖語を極力解消し,一個の作品としてのアイデンティティー(自己同一性)を確保すること。これが多くの現代アニメの標準的な制作思想である。
こうすることにより,“作品”および“商品”としての完成度は高くなるだろう。しかし当然,各話の演出・作画担当の個性は捨象される。総作監を置かず,むしろ各話演出の個性を全面に押し出した『上伊那ぼたん』は,このアニメ界の標準に真っ向から挑んだというわけだ。ちなみに当ブログでは,各話や各パートで作画のタッチを変える演出方針を〈分散型〉と呼び,逆に作画を統一する方針を〈集中型〉と呼んでいる。
無論,最近の作品にも,意図的に演出や作画担当の個性を打ち出した〈分散型〉の話数は見られる。たとえば『モブサイコ100 Ⅲ』(2022年)第8話の伍柏諭回,『天国大魔境』(2023年)第10話の五十嵐海回,『薬屋のひとりごと』(2023年)第4話のちな回などが記憶に新しい。しかしこれらの作品では,全話のうち1話から数話程度の部分的な“サプライズ”にとどまっている。
それに対し,『上伊那ぼたん』は全話で各クリエイターの個性を打ち出す制作方針をとっている。それを原作者側から公表するというのも,PRの方法としては珍しいだろう(下記Xの投稿を参照)。
3話の作監は『mono』で作監を務められた銀さん、演出は重原克也さんがご担当くださいました。
— 塀(HEY)@アニメ放送中🎉 (@tonarinohey) 2026年4月23日
ご周知のとおり、『上伊那ぼたん』では総作監が置かれず、各話の作監・演出が個性を発揮されています。
ぜひ毎話、どんな作風や仕掛けが飛び出すか、お楽しみに!!!🍻#上伊那ぼたん https://t.co/b0Y8W43o9C
このような制作方針が可能となったのは,1つには原作者の塀自身にアニメ制作の経験があることも大きいだろう。塀は松尾祐輔との縁故で,『ヤマノススメ サードシーズン』(2018年)第12話で二原として,『ヤマノススメ Next Summit』(2022年)第12話で原画としてアニメ制作に参加している。*5 アニメを作り手の側から考察する感性が,すでに原作者の中にあったわけだ。



プロデューサーの村上光によれば,『上伊那ぼたん』は「当初はもう少し方向性を定める予定だった」が,塀の「自分の作品をアニメ化するなら,各演出さんの個性を発揮してほしい」というXの投稿に後押しされる形で,現在の演出方針に変更したのだという。*6




特に今回見ていく「第3話」は,キャラの主線や頭身などが前2話とも大きく異なり,作り手の“手つき”が格別に強く押し出された作りになっている。また話数内でもパート毎にタッチが変化するなど,〈分散〉の度合いが極めて高い。
なお,この話数では絵コンテ・作画監督の銀さんが「原動画」としてもクレジットされているのも面白い。「原動画」と言えば,藤本タツキ原作/押山清高監督『ルックバック』(2024年)でクレジットされていたことが記憶に新しい。原画の線をクリンナップせず,そのまま動画として活かすという特殊な手法だ。Febriのインタビューによれば,銀さんは「『ルックバック』を見て、原画の線をそのまま動画として再利用する作り方に憧れていた」という。*7 これなども,作り手の個性を打ち出す方針に則った技法と言える。


上図はBパートの「貸切温泉」のシーンにおける銀さんパートだ。左の原画の線がそのまま完成画に反映されているのがわかる。
また,原画のニュアンスを保持することに尽力した動画検査担当・後山汰央の貢献度も高い(下記Xの投稿を参照)。
#上伊那ぼたん 3話の動画はこんな感じで原画の線やニュアンスを最終画面に出すことを徹底的に拘ってトレスから中割りまで一人でやり切りました!
— ツバキ・テルミ (@tubaki1032) 2026年4月24日
後山汰央の頑張り物語を是非見てください。。!
仕上げ様、撮影様、付き合ってくださり本当にありがとうございました!! pic.twitter.com/43a1z3aaEC
原画の線を活かしつつ「トレスから中割りまで一人で」というのは言うが易しというもので,相当な作業量だったと推測される。後山の仕事のおかげで,この話数は作り手の個性が一際息づく豊かな話数になったと言える。
ただ,ここで1つ附言しておきたい のは,作り手の個性を活かす作画の〈分散〉が許容されるためには,キャラの“核”が出来上がっていなければならないということだ。塀の原作と吉成鋼のキャラクターデザインをベースとしつつ,第1話の比較的“正攻法”な佐久間監督の演出が先行したからこそ,銀さんの「第3話」のような〈分散〉型の話数が活きる。ソワネのプロデューサー・藤田規聖は,佐久間を称して「すさまじいバランサー」と呼んでいるが,まさに彼のような采配があってこそ,〈分散〉作画が可能なのだ。*8 また原作を読むとわかるが,アニメはキャラとストーリーに関してはかなり原作に忠実に作られている。キャラと脚本を“体幹”として保持しているため,アニメーション表現をどれだけアクロバチックにしても,ブレが生じないということかもしれない。
個の才能×伝統の力:“シャフト”という技法
しかし本話数が優れている理由は,作画の〈分散〉だけではない。カット割りやミドル⇄アップのカメラ転換など,全体的な演出のリズム感がとても心地よい。

上図はいぶきの部屋の「G」騒動の場面だ。いぶきの目のアップからのポン引き→「G」と「!!!!」のカット挿入→ぼたんの顔アップからのポン引き→「。」のカット挿入→ポップな作画の対話と,気持ちのよいスピード感のあるカット構成になっている。「G」に対するぼたんといぶきの対照的な反応も面白い。


かと思えば,二人のエモーショナルなアップの表情作画をじっくり見せ,場の湿度感を一気に上げる(上図)。テンポとタメのバランスがよく,非常に小気味のよいシーンに仕上がっている。

ぼたんが雷に怯え,幼少のトラウマを語るシーン(上図)。目線を右下に逸らしたアンニュイな表情のカットから始まり,雷が鳴った瞬間にカメラを移動させ,右下で驚いた表情を捉る。カメラのアングルが切り替わり,今度は目線が左下に向かった表情で雷に驚く芝居を入れる。いったんいぶきの表情と「(回想)」の文字カットをインサートした後,同アングルで幼少時代のぼたんの表情を捉える。リズム感のあるカット構成でありながら,場の静けさ,空気感,キャラの心情がしっかり伝わる名演出である。
なおこの話数の1つの特徴として,文字・記号のカットのインサートが多用されている点が挙げられる。部分的な実写映像の利用なども印象的だ。




アニメファンにとっては,一見してシャフト(尾石達也)演出が想起されるだろう。本話数担当の銀さんはシャフトファンを公言している*9 から,こうした演出は意図的なオマージュを狙ったものと考えられる。
しかし,シャフトという会社が半世紀にわたって演出技法を練り上げてきた事実を考えると(周知の通り,シャフトは今年の2026年で創立50周年を迎えている),これを“オマージュ”の一言で片付けるのは,却って演出の価値を過小評価することになるだろう。“シャフトっぽさ”はもはや単なるネタやミーム的なものではなく,様々な作品の中に取り込まれ,消化され,再解釈されてきたことにより,1つの“技法”としての価値を担いつつある。『上伊那ぼたん』第3話は,銀さんを中心とした〈個〉の才能が発揮されていると同時に,アニメの歴史の中で醸成された技法の一流に棹さしている。アニメは〈個〉の才能と〈伝統〉の力が出会う場で作られるものだということを再認識させられる。

寮の玄関先で,実家から戻ったあかね,ぼたん,いぶきがレコードについて語り合う場面(上図)。カット割りのリズム,斜めのアングルからの表情作画,ポップで平面的な背景,あかねがレコードを取り出す際の所作,「?」の挿入など,ここもシャフトテイストが感じられる演出だが,話数の中で完全に消化・吸収されている。浮いた感じがあるどころか,むしろ話数コンセプトにマッチした素晴らしい演出だ。
アナログの時間
本話数のクライマックスは,やはりLPの楽曲シーンだろう。

ぼたんといぶきがIPAについて語る背後で,あかねが徐にレコード盤をターンテーブルに乗せ,ボリュームつまみを回す。あかねの所作が,まるでスローモーションのようにじっくりと描写され,彼女がアナログレコード特有の“手間”そのものを楽しんでいる様子がうかがえる。時間が1つの価値として画面に充溢するかのような,きわめて優れた演出だ。


ぼたんがレコードに針を落とす。針の落ちたノイズとともに「Flame on the Distant Door」*10 がレコードから流れ出し,作画が色鉛筆の手描き風タッチに変わる(上図)。穏やかな楽曲と柔らかな風合いの作画とのマッチングがとてもよい。シーンが“アナログ”一色に染まる。
作業工程としてはデジタルの時代に,本質的にアナログな描写を取り入れる。それは,ストリーミング優勢の時代に,あえてレコードのアナログな味わいを楽しむあかね(そして現代のアナログファン)の感性と同調している。物語内の価値観をそのまま画に落とし込むという優れた着想だが,それもこの話数のような〈分散型〉の演出方針だからこそなせる技だろう。
神々の創造
本作の制作を手がけるソワネは,『ヤマノススメ』シリーズなどで有名なエイトビット出身の村上光と藤田規聖が立ち上げた会社だ。当初から“自分たちの作りたいものを作る”という,ある意味でベンチャーのような精神を貫いている。それを体現しているのがまさに『上伊那ぼたん』と言えよう。そしてこの会社のクリエイティビティに対する敬意は,作品公式サイトに掲載されたクレジットにも表れている。



上図は第3話の各話紹介のコーナーに記されたクレジットである。一般的に公式サイトの各話紹介コーナーでは,クレジットそのものが掲載されていないか,掲載されていても,脚本,絵コンテ・演出,(総)作画監督までの役職くらいであることがほとんどだ。だが『上伊那ぼたん』では,およそ話数に関わった全てのスタッフが記されている。またソワネの公式サイトには,各話の代表的な原画や修正原画が,その制作者の名前とともに掲載されている。
そもそもアニメーションの創造主体は,“監督”というモノセイスティックな大文字の“神”に還元できるものではない。それは,各話・各パートを担当するポリセイスティックな“神々”が創造するものだ。とりわけ『上伊那ぼたん』のような,多元性と多声性を重視した作品においては,一人ひとりの制作主体のプレゼンスが相対的に大きい。『上伊那ぼたん』とソワネの公式サイトの設計は,まさに作品の思想そのものを反映しているわけだ。それを踏まえ,僕らも造物主たる“神々”に深い敬意を払うべく,クレジットの名一つひとつを記憶に刻んでいこうではないか。www.otalog.jp
作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど
【スタッフ】
原作:塀/監督:佐久間貴史/副監督:戸澤俊太郎/シリーズ構成・脚本:米内山陽子/キャラクターデザイン:吉成鋼/サブキャラクターデザイン・メインアニメーター:みやち/プロップデザイン・メインアニメーター:松尾祐輔/衣装デザイン:藤井有紗/美術監督:宮越歩/色彩設計:伊藤唯/撮影監督:富田喜允/3D監督:小川耕平/編集:廣瀬清志/音楽:橋口佳奈/音響監督:明田川仁/音響制作:マジックカプセル/アニメーションプロデューサー:村上光/制作:ソワネ
【キャスト】
上伊那ぼたん:鈴代紗弓/砺波いぶき:青山吉能/郡上かなで:寿美菜子/遊佐あかね:天海由梨奈/北杜やえか:富田美憂/張景嵐:河瀬茉希
【「第3話」スタッフ】
脚本:白坂英晃/絵コンテ・作画監督:銀さん/演出:重原克也/動画検査:後山汰央/色指定・検査:秋田莉緒/制作進行:Ethan Wiener/原動画:銀さん
この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。
関連記事
商品情報
【原作マンガ】
*1:本作では森康二が作監としてクレジットされている。東映アニメーション公式サイトの情報を参照。
*2:たとえば『一休さん』(1975-1982年)には「キャラクターデザイン監修」と「総作画監修」という役職が置かれており,小黒祐一郎によれば,「びっくりするくらいにキャラクターが統一されている」。『Dr.スランプ アラレちゃん』(1981-1986年)では,「チーフ作画監督」の前田実が全話に修正を入れていいたという。また『TRIGUN』(1998年)では,キャラクターデザインの吉松孝博が全話全カットでレイアウト修正を入れていたらしい。これらの情報に関しては,Xのツリーを参照。
*3:たとえば『あした天気になあれ』(1984-1985年)では,金沢比呂司が総作監としてクレジットされている。
*4:西位輝実『アニメーターの仕事がわかる本』,p.68,玄光社,2019年。および「WEBアニメスタイル」の小黒祐一郎編集長の証言を参照。
*5:Febri:『上伊那ぼたん,酔へる姿は百合の花』スタッフリレーインタビュー① プロデューサー・村上光×藤田規聖対談(前編)を参照。なお,『上伊那ぼたん』の制作会社ソワネの立ち上げた村上光と藤田規聖は,『ヤマノススメ』シリーズの制作会社エイトビット出身であることも附言しておこう。
*6:Febri上掲インタビュー①参照。
*7:Febri:『上伊那ぼたん,酔へる姿は百合の花』スタッフリレーインタビュー③ みやち(メインアニメーター,第1話作監)×銀さん(第3話絵コンテ&作監)対談を参照。
*8:村上光プロデューサーも「どれだけ作画のテイストが変わっても,キャラクターの魂はブレさせないように意識していますよ」と語っている。Febri上掲インタビュー③を参照。
*9:銀さんの公式Xプロフィールを参照。
*10:歌:Davis Sprague/作詞:西田圭稀/作曲:西田圭稀,モリシー/編曲:Nunaによる本作オリジナル楽曲である。
