アニ録ブログ

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TVアニメ『上伊那ぼたん,酔へる姿は百合の花』(2026年春)第4話・第5話の脚本と演出について[考察・感想]

*この記事は『上伊那ぼたん,酔へる姿は百合の花』「第3話」のネタバレを含みます。また原作第6巻の内容にも一部触れていますので,本記事をお読みになる際は十分ご注意ください。

上:「第4話」より引用/下:「第5話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

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塀原作/佐久間貴史監督『上伊那ぼたん,酔へる姿は百合の花』(以下『上伊那ぼたん』)各話レビュー第2弾として,今回は「第4話」「第5話」を取り上げる。特殊な構図によって視聴者に〈見る=覗く〉という行為を意識させ,独特な世界没入感を生み出す。“アニメを観る”ことそのものへの考察を促す,極めて興味深い話数である。第4話の脚本は『スキップとローファー』(2023年)などに参加経歴のある篠原智子,絵コンテは『平家物語』(2021年)『アンデッドアンラック』(2023年)などに参加経歴のある戸澤俊太郎,演出は『mono』(2025年)などに参加経歴のある牧野秀則,第5話の脚本は篠原智子,絵コンテ・演出は戸澤俊太郎である。その技を詳しく見ていこう。

 

カメラの実在:〈見る=覗く〉その1

「第4話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

「第4話」は,特にその独特な構図の取り方が注目され,“実相寺アングル”*1 として話題を呼んだ。確かに,事物を手前に配したナメの構図(上図)などは,実相寺昭雄やそのフォロワー(例えば庵野秀明)らの画作りを彷彿とさせる。

しかしこのような構図をどう呼ぶにせよ,そこに気を衒ったオマージュ程度のものをしか見ないのであれば,ごく表面的な解釈に留まるだろう。この話数で特に注目したいのは,三峰神社におけるぼたんといぶきのシーンだ。他のメンバーと別れて2人きりになったぼたんといぶきは,密かに「縁結びの木」に赴き,こよりに互いの名前を書き合う。

「第4話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

上図は社側から2人の姿を捉えたカットだ。梁や格子が手前に写り込んだ構図が特徴的だ。当然のことだが,原理的にアニメにはカメラという物理的実体は存在しない。したがって,人物を写すという機能だけを求めるのであれば,物理性を度外視し,写り込みというノイズを排したクリーンな画を作ればよいはずだ。しかしここでは,敢えて事物を遮蔽物としてナメることで,あたかもそこに“カメラ”が実在しているかのような印象を与えている。

このような構図自体は,アニメ作品でもさほど珍しいわけではない。とりわけ日常系アニメにおける屋内のシーンなどでは,手前にプロップなどを写し込む構図(下図)は頻繁に見られる。

左2枚:『お兄ちゃんはおしまい!』「#02. まひろと女の子の日」より引用 ©︎ねことうふ・一迅社/「おにまい」製作委員会/右2枚:『瑠璃の宝石』「第9話 190万トンのタイムカプセル」より引用 ©2025 渋谷圭一郎/KADOKAWA/「瑠璃の宝石」製作委員会

事物の写り込みがあることによって,カメラがそれらの事物と共に“そこに置かれている”という感覚を生む。カメラは透明な媒体=機能であることをやめ,物理的実在としてそこに“在る”ことを主張し始める。当然,カメラの物理的な“眼”は視聴者の物理的な“眼”と重なる。視聴者はカメラの実在性に保証される形で,キャラクターの生活圏内に自ら実在し,キャラクターを〈覗いている〉かのような感覚を得る。

ちなみに,第4話と第5話の絵コンテおよび第5話の演出を担当した戸澤俊太郎は,山田尚子監督『平家物語』(2022年)の「第四話 無文の沙汰」に演出として参加した経歴を持つ。彼は『平家物語 アニメーションガイド』の中で,「僕は以前から山田(尚子)監督の演出が好きだったんです」と前置きしながら,以下のように語っている。

山田監督のフィルムは「カメラが温かい」ところが好きで,キャラクターたちに演技をさせるのではなく,そこにいるキャラクターたちの邪魔をしないように,そっと定点から撮影するという感じがあるんです。 *2

そもそも山田尚子監督の『平家物語』は,「びわ」というフィクショナルな観察主体を導入することによって,『平家物語』を文学的な〈読む〉対象から,アニメーション的な〈観る〉対象へとコンバートした作品である。戸澤の「そこにいるキャラクターたちの邪魔をしないように,そっと定点から撮影するという感じ」という言い回しは,「びわ」というキャラクターの特性,つまり山田版『平家物語』の本質をいみじくも言い当てている。そして戸澤は,このキャラクターを観察する=〈覗く〉という表現法を,山田作品を通して消化・吸収・継承し,『上伊那ぼたん』第4・5話において独自の形で実現し得たのだと言える。

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カメラの実在は,視聴者にキャラクターたちを〈見る=覗く〉という行為を意識化させる。視聴者は,ぼたんといぶきとの間で執り行われる秘め事を〈覗いている〉ことを自覚する。いわば〈見る〉という行為そのものを“観る”。僕らは,かなでやあかねの空間ではなく,ぼたんといぶきの空間に共存していることを自覚しながら,いわばライブ感覚で彼女たちの心情の生々しさを体感するのだ。

「第4話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

 

紫陽花の花弁:〈見られる〉

かくして2人の秘め事の“共犯者”となったカメラ=僕ら視聴者は,このシークエンスの最後で,唐突にかなでとあかねの前に引き立てられる。

「第4話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

紫陽花の群生をシンメトリックなロングショットで捉えた見事な構図(上図・左)だが,ここでは遮蔽物のナメがないことに注目しよう。画面奥に小さく写るかなでは,確かにこちらを〈見ている〉。遮蔽物の防護を剥ぎ取られたカメラ=視聴者は,かなで自身から発せられたかのような濃厚な沈黙の中で,彼女の眼に晒される。「来ないわね,いぶきたち」という台詞とともに,青い紫陽花がクロースアップになる(上図・右)。

少々個人的な話になるが,僕は動物よりも植物に異様な生命力を感じとることがある。特に棕櫚やリュウゼツランのような巨大な植物には,傍を通るだけでbotanophobia(植物恐怖症)を感じることすらある。それほどではないとしても,上の紫陽花のカットなどは,単に綺麗な花をアップにしたというよりは,花弁という能動的主体によって〈見られている〉感覚を視聴者に与える。「冷淡」「浮気」という花言葉を参照するまでもなく,その冷ややかな青の色彩は,「来ないわね,いぶきたち」というかなでの仄暗い言い回しとともに,ぼたんといぶきの共犯者となった僕らを冷たく咎めているように思える。

 

〈見る=覗く〉その2

「第4話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

かなでがベンチから立ち上がる。一旦,白い蝶をナメたカットとライターのカットを挿入した後,再び紫陽花を正面から捉えた構図に戻る。しかし場面は寮の庭である。視聴者はカメラの物理的実在の連続性が絶たれ,一瞬混乱する。まもなく,すでに場面が転換していたことに気づく。しかし,かなでの座る位置,喫煙を咥えながら思いに耽る様子,代弁者としての雨(上図・右)などから,彼女の心情が前場面から連続していることを察する。場面の不連続性と心情の連続性を同時に進行させた,とても面白い演出だ。

しかしここでは,カメラは引き戸の枠をナメている。カメラは再び〈見る=覗く〉モードに入る。

「第4話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

しかもこともあろうに,いぶきをめぐってぼたんに嫉妬したかなでが,他でもないぼたんとの“秘め事”に興じる(あるいは興じる羽目になる)というシチュエーション(上図)だ。カメラは様々なプロップをナメながら,このインモラル一歩手前の状況を〈覗く〉。そして同時に,視聴者は上伊那ぼたんというキャラの小悪魔的あざとさを噛み締める。

「第4話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

なお,ナメの構図と〈覗く〉行為の演出は,本話数のBパート,川越の足湯バーにおけるぼたん,いぶき,やえかの場面でもリフレインされる(上図)。やえかが捌け,またもやぼたんといぶきが2人きりになる。

「第4話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

いぶきが酒を飲み,ぼたんがマニキュアを塗って欲しいといぶきに請う。どちらも艶かしく濃密な作画で演出されている。

“心の暗がり”

「第5話」のアヴァンは,いぶきの夢から始まる。

「第5話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

いぶきは高校の制服を身につけている。その瞳には同じ制服を着た生徒が映っている。彼女が憧れ,そして“トラウマ”の原因となった,養老うつぎだ。*3 かつていぶきは,新歓で初めて飲酒した際に例のしゃっくりをしてしまい,高校時代から憧れていたうつぎに「うるさいんだけど」と言われてショックを受ける。それ以来,いぶきは人前で酒を飲むことを避けてきたのだ。

夢の中のうつぎの肩に手をかけようとしたところで,アラーム音とともにいぶきは現実に引き戻される。梅雨空の薄暗がりに佇むいぶき。この暗がりが,本話数前半における彼女の心の明度そのものなのである。

「第5話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

この話数の冒頭でも第4話に見られたようなナメの構図が登場し(上図),この話数が第4話と同じ視覚フォーマットで構成されていることを告げ知らせている。構造物のパースが導線となり,ぼたんといぶきに視線を集中させる構図の取り方も面白い。

「第5話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

ただ今回の話数で面白いのは,「電柱作監」として知られる田中達也の電柱作画(上図)が異様な存在感を放っているところだ。“クリエイターの個性を活かす”という思想がこうした細部にも反映している点にも注目しておきたい。

「第5話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

ぼたんといぶきがバーを訪れるシーン(上図)。最初は客が1人もおらず,2人は気兼ねなくカウンターで酒を嗜むが,途中で男性客が2人入ってくる。カウンターのラインを画面上部まで寄せた極めて狭い構図でぼたんといぶきを捉え,かつそこに男性客の手が介入して2人の姿を遮る,という演出をしている(上図・右)。異質な存在が闖入することにより,2人の世界が圧迫される様をよく表した構図だ。

「第5話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

いぶきはしゃっくりの癖を見知らぬ人間に聞かれることを遠慮し,カウンター席に移る(上図)。片側の照明が点灯していないため,ぼたんといぶきとの間に残酷なほどの“明暗”の差ができている。アヴァンにおけるいぶきの心の暗がりが,いわば“逆スポットライト”という形で浮き彫りにされる。

「第5話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

しゃっくり癖を慰めるぼたんに,いぶきは「ありがとう,ぼたん。でもね,言われたんだよ。うるさいって…」と言いながら大粒の涙を流す。夢の中ではうつぎを映していたその瞳には,今やぼたんの姿が映し出されている(上図・左)。ほぼ全カゲになったいぶきの頬に,輝く涙が伝う様(上図・右)がとても美しい。

 

圧倒する花

「第5話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

第4話にも紫陽花の印象的なカットが見られたが,第5話ではが登場するカットがさらに多用されているのが特徴だ(上図)。ちなみに山田尚子監督『平家物語』などにも花のカットは頻出したが,画面に彩りを添える程度のさり気ない描写である場合がほとんどだ。それと比べると,戸澤の描く花々ははるかに強い存在感を放っている。

そしてこの話数において,花が最も能弁に“語る”のが,いぶきとかなでが山梨の温泉に行った後,ニッコウキスゲの里に赴くシーンだ。

「第5話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

夕暮れ時の淡い光の中を,いぶきとかなでが歩いている。2人の間を,一本の飛行機雲が今にも分け隔てようとしている(上図・左)。2人の関係性の危うさが示される。唐突にニッコウキスゲの群生が大写しになる(上図・中)。これまでせいぜい1/3程度しか占めていなかった花が,ここでは画面の大半を埋め尽くす。

「第5話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

かなでの「じゃあ運転がなかったら[一緒に酒を]飲んでくれるの?」という台詞の後,風と共にニッコウキスゲの花びらが大量に舞い,2人の姿を包み込む(上図)。垂直に伸びる太陽光の線は,やはり2人の間を引き裂こうとしているかのように見える。

「第5話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

しかしここでいぶきは,徐にかなでに近づいていく(上図・左)。影を帯びたニッコウキスゲ夕暮れの青い光の中に浮かび上がる様は,“黄昏時”というよりも“逢う魔が時”という呼称の方が似合いそうなほど,非現実的でやや不穏な空気を醸し出している。アヴァンでうつぎを,バーの場面でぼたんを映し出していた瞳に,今度はかなでの姿が映し出される(上図・右)。

「第5話」より引用 ©︎塀(秋田書店)/上伊那ぼたん製作委員会

いぶきは徐ら,かなでの咥える煙草を奪い取り,自分の口に添えて有害な煙を吸う(上図・左と中)。本当に小悪魔的にあざといのは,ぼたんではなくいぶきなのではないか,という思いがよぎる。一輪のニッコウキスゲが,2人の“秘め事”を隠蔽するーーあるいはむしろ暴露するーー意志を持ったかのように現れ,画面いっぱいに大写しになる(上図・右)。その花弁は,美しいというよりも,圧倒的なほどの生命力を漲らせている。botanophobiaの気がある僕には,少し圧倒的過ぎるくらいに強い画だ。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど

【スタッフ】
原作:/監督:佐久間貴史/副監督:戸澤俊太郎/シリーズ構成・脚本:米内山陽子/キャラクターデザイン:吉成鋼/サブキャラクターデザイン・メインアニメーター:みやち/プロップデザイン・メインアニメーター:松尾祐輔/衣装デザイン:藤井有紗/美術監督:宮越歩/色彩設計:伊藤唯/撮影監督:富田喜允/3D監督:小川耕平/編集:廣瀬清志/音楽:橋口佳奈/音響監督:明田川仁/音響制作:マジックカプセル/アニメーションプロデューサー:村上光/制作:ソワネ

【キャスト】
上伊那ぼたん:鈴代紗弓/砺波いぶき:青山吉能/郡上かなで:寿美菜子/遊佐あかね:天海由梨奈/北杜やえか:富田美憂/張景嵐:河瀬茉希

【「第4話」スタッフ
脚本:
篠塚智子/絵コンテ:戸澤俊太郎/演出:牧野秀則/作画監督:井川典恵/動画検査:今西麻綾/色指定・検査:丸山麻美/制作進行:樋山翔太

原画:髙橋良太碓井遥仁大江櫂石井でんつく小西達裕まなもとすいず諸冨直也Mahmoud Moftahぼんさい徳田つかさ湯藤梲あんぷ宮沢聖麿Saitou松本元気牧野秀則貞元北斗渡部尭晧中下美湖ミャン

【「第5話」スタッフ
脚本:
篠塚智子/絵コンテ・演出:戸澤俊太郎/作画監督:宮原拓也あけろら作画監督補佐:井川典恵/動画検査:後山汰央今西麻綾色指定・検査:藤木由香里/制作進行:佐藤克樹

原画:小川智暉じゅらアワビ林珠銀曾品喬蔡泓鏗髙橋良太we1k中山みゆき池部元基宮井加奈田中達也椎香貞正松浦力宮原拓也世良コータあけろら

WIT STUDIO北村昂大髙崎朝登

 

この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

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商品情報

【原作マンガ】

 

*1:映画監督の実相寺昭雄が『ウルトラセブン』(1967-1968年)などで実践したカメラアングル。ローアングル,ナメ,広角レンズの使用などによる大胆な構図が特徴。

*2:『平家物語 アニメーションガイド』,p.19,KADOKAWA,2022年。

*3:原作第6巻に登場する。