アニ録ブログ

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TVアニメ『天幕のジャードゥーガル』(2026年夏)第6話の脚本と演出について[考察・感想]

*この記事は『天幕のジャードゥーガル』「第6幕 メルゲンの民」のネタバレを含みます。

①「第6幕 メルゲンの民」より引用 ©︎トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

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トマトスープ原作/山田尚子総監督・Abel Gongora監督『天幕のジャードゥーガル』は,モンゴル帝国を舞台とした大河アニメーションである。歴史に翻弄される女性たちの壮絶な生き様を,日本のマンガらしい柔らかなタッチで描いた異色の作品として注目されている。今回紹介する「第6幕 メルゲンの民」は,チンギス・カンの第三皇子オゴタイの妻・ドレゲネが,主人公・シタラ(ファーティマ)に自らの過去と帝国への憎悪を語る重要回である。脚本は『パズドラ』(2018年-)などの佐藤寿昭。絵コンテは『もののけ姫』(1997年)『千と千尋の神隠し』(2001年)『妄想代理人』(2004年)『パプリカ』(2006年)『君の名は。』(2016年)など数々の傑作に参加し,『鹿の王 ユナと約束の旅』(2022年)で監督を務めた安藤雅司。演出は『ダンダダン』(2024年)の傑作回「第07話 優しい世界へ」で演出を務めた松永浩太郎である。細やかな芝居がたいへん美しい話数だ。その技を詳しく見ていこう。

 

宝石の心

ナイマン族のドレゲネは,対モンゴル同盟という目的のもと,メルキト族の族長・ダイルのもとに嫁がされる。他の貢ぎの品とともに馬車で送られる彼女は,種族間の贈与交換関係実現のための単なる媒体として,大陸における構造と力の中で完全に“物象化”されている。それを十二分に心得ている彼女は,自らを宝石のような高価な物品に準えることで,最後の「誇り」を保つしかなかった。

①「第6幕 メルゲンの民」より引用 ©︎トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

しかしそれは同時に,石のように無機質に心を閉ざすことでもあった。ドレゲネは常に表情を殺し,感情と思考を停止させるようになる。Aパートは,そんな彼女が徐々に心の氷を溶かし,メルキトの日常の中に居場所を見出していく様が描かれていく。

②「第6幕 メルゲンの民」より引用 ©︎トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

到着したドレゲネを甲斐甲斐しく世話する女性(上図②左)。衣装からもわかるように,付き人の類ではなく,族長ダイルの先妻(先輩の妻)である。名前もクレジットされていない端役だが,ドレゲネの衣装を整えた後,優しく微笑む仕草など,とても丁寧に芝居が作画されている。ドレゲネの胸中を察し,気遣う眼差しを送るダイルの芝居(上図②右)も細やかだ。こうした柔らかな日常芝居によって,メルキド族の素朴だが心優しい気質が伝わってくる。

ドレゲネがメルキト族に心を許す大きなきっかけとなったのが,ダイルの娘・クランとの出会いである。

③「第6幕 メルゲンの民」より引用 ©︎トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

物語当初,クランは陽気で人懐っこく,無邪気なキャラとして描かれている。ほぼ初対面の状況で「お義母様」(漢字表記は原作による)と慕い,チークキスのような挨拶で心の距離を詰めてくるクランの天真爛漫に,ドレゲネは戸惑いつつも徐々に心を溶かしていく(上図③左)。身の丈に合っていないのだろうか,帽子がずれて照れる芝居なども子どもらしく微笑ましい(上図③右)。

④「第6幕 メルゲンの民」より引用 ©︎トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

巫者(カム)の魂が鳥のように飛翔する様を全身を使って説明するクラン。いわゆる“萌え袖”を振って鳥の羽ばたきを模す様子が可愛らしく作画されている(上図④左)。クランは特別凝ったデザインをしているわけではないが,アニメーションによる芝居と水瀬いのりの澄んだ演技によって,きわめて魅力的なキャラに仕上がっている。

ドレゲネはクランとクルトガンの無邪気な言い争いを見て,思わず吹き出してしまう。この瞬間,彼女の凍てついた心が一気に溶け出す。

⑤「第6幕 メルゲンの民」より引用 ©︎トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

その日から私の中で何かが変わったの。
周りの景色ひとつひとつが,心の中に飛び込んでくるみたいだった。

こう語るドルゲネの心は,もはや,高貴だが固く閉ざされた「宝石」ではない。彼女の実存は,メルキドの日常風景の中に確かに定位していくのである。

⑥「第6幕 メルゲンの民」より引用 ©︎トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

しかしそんな穏やかな日常も,チンギス・カン率いるモンゴル軍の侵攻によって,無惨にも踏み躙られてしまうのだった。

 

巫者の魂

メルキトの族長の1人であるダイル・ウスンはこの話数限りの登場だが,アニメ班による解釈が一際優れたキャラクターである。

⑦「第6幕 メルゲンの民」より引用 ©︎トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

原作では黒髪だが,アニメでは白髪混じりの男としてリデザインされ,ドレゲネとの年齢差を強調している。「よく来たね。たいした歓迎もできず悪いな」「旦那がこんなじじいで驚いたかい?」「留守ばっかですまねえな」などといった台詞回しに,“粗野だが心根の優しいキャラ”が確かに感じられる。石田彰の落ち着いた柔らかい演技も的確で,このキャラクターに耳心地よい深みを与えている。アニメオリジナルの台詞や,ちょっとした目配せなどの芝居(上図⑦右)に,見知らぬ土地に送られたドレゲネに対する細やかな気遣いが見られる。アニメーション作品だからこそなし得る,とても素晴らしいキャラメイクだ。

巫者(カム)としての力を持つダイルは,モンゴルに追い詰められたメルキトの未来を聖霊に問うべく,一人聖霊の山に登る。この場面は本話数の中でも格別印象的に演出されている。

⑧「第6幕 メルゲンの民」より引用 ©︎トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

眼下の景色を見晴るかした後,ダイルは太鼓を叩きながら踊り出す(上図⑧)。この踊りは原作にはないアニメオリジナルである。身体の移動こそ多くないが,太鼓と撥の持ち方,リズム,身体の揺さぶり方,衣装の靡きなど,通常とは全く異なる動きの作画に相当のカロリーを要したことは想像に難くない。このシーンを挿入したことによって,メルキトの「巫者」という存在のシャーマニスティックな側面が抽出され,結果として“アジアの民の物語”という世界観が補強されている。一キャラクターの作画で作品全体を規定する彩りを添える。見事な演出である。

また,原作では踊りの前にダイルの「息が苦しい…」というモノローグがあるが,アニメではオミットされ,石田による荒い息遣いだけでダイルの苦痛が表現されている。メルキト族の過酷な運命,それを背負ったダイルの苦悩と静かな気迫。そういったものがよく伝わる名演技だ。

ダイルというキャラ(クター)には,“マンガ・小説原作のキャラ(クター)をいかにアニメイトすべきか”という問いへの1つの解が示されているように思う。1話限りの登場であっても芝居作画の手を抜かず,キャスティングも最善を尽くす。そのキャラ(クター)単体だけではなく,作品全体の世界観との関係を考慮する。実はこうしたことが,いわゆる“日常芝居”というものが持つべき本質的な意味なのではないだろうか。本話数の原画メンバーに,日常芝居の名手・井上俊之がクレジットされていることも偶然ではないのかもしれない。*1

 

2つの石

⑨「第6幕 メルゲンの民」より引用 ©︎トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

山上で聖霊の宣託を受けたダイルは,モンゴルに降伏し,メルキトの民を守るために愛娘・クランをチンギス・カンに差し出す決意をする。それを知ったドレゲネは,自らの境遇と重ねながら「この娘は心ある人間よ。宝石や毛皮じゃないのよ。私とは違うのよ…」と言ってクランを守ろうとする。ドレゲネの目の表情を隠した構図(上図⑨)が,却ってこの場面の心理的緊張感とドラマ性を高めている。

⑩「第6幕 メルゲンの民」より引用 ©︎トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

しかし結局クランは,メルキトの血を守るために自ら進んでチンギス・カンのもとへ向かう。贈与交換ための「宝石」と化した彼女の顔からは,かつてのような無邪気な笑顔は消えている。やがて彼女は無念を隠しこんだまま石のように心を閉ざし,張り付いた笑顔で「愚かな父」を詰ることになるだろう。己の「宝石」としての役割を全うするために。

しかし,ここにもう1つの「石」がある。嵐を呼ぶ力を持つとされる「ジャダ石」だ。

⑪「第6幕 メルゲンの民」より引用 ©︎トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

ダイルはドレゲネを含む女性たちを守るため,メルキトとは無関係の存在としてモンゴル軍に預け,彼女たちの元を去る。別れ際,ダイルはドレゲネに小さなジャダ石を手渡す。この際の手の作画は,本作の中でも,いや近年の他のTVシリーズと比較しても,群を抜いた逸品である(上図⑨)。

ダイルの手の上に置かれたドレゲネの手が,ゆっくりと開かれる。そこに優しく乗せられるダイルの右手。まるで厳かな重みを持った呪物でも手にしたかのように,2人の手が沈み込む。しかしドレゲネの掌に現れたのは,小さなジャダ石である。どれだけ小さかろうとも,それは2人の命運そのものを象徴するかのように果てしなく重い。ここに表現されているのは,物理的な質量ではなく,心理的な質量である。その後,ダイルの手がまるで別れを惜しむかのようにドレゲネの手からゆっくりと離れていく。ジャダ石への畏怖と慈しみを表すかのように,ドレゲネの左手がおずおずと添えられる。

指の一本一本,関節の一つひとつまでが終始“芝居”をし,2人の深い感情を伝えている。まさに日常芝居の名技と言えよう。

⑫「第6幕 メルゲンの民」より引用 ©︎トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会

ダイル旗下反モンゴル勢力はまもなく鎮圧され,ドレゲネはオゴタイの妻として迎えられる。彼女はモンゴルへの憎悪を抱いたまま,再び石のように心を閉ざす。しかし今や彼女の手の中にあるのは,豪華な宝石ではなく,小さいが重いあのダジャ石だ。それは土塊のようにみすぼらしいが,その内に「嵐」のような力を秘めている。それは一旦は失われてしまうも,やがてシタラが羊の臓腑から取り出した巨大なジャダ石となって,彼女の元に戻ってくる。ドレゲネとシタラ。2つの石は互いに共鳴し合いながら,やがてこの物語に大きな嵐を呼び起こすのだろう。

 

安藤雅司の技,松永浩太郎の技

この話数の絵コンテを手がけた安藤雅司は,言わずとしれた日本を代表するトップアニメーターだ。1990年にスタジオジブリに入社後,『On Your Mark』 (1995年)『もののけ姫』(1997年)『千と千尋の神隠し』(2001年)などの傑作で作画監督を務める。2003年にジブリを退社した後は,『東京ゴッドファーザーズ』(2003年)『妄想代理人』(2004年)『パプリカ』(2006年)といった今敏監督作品に作画監督として参加。新海誠監督『君の名は。』(2016年)でもその手腕を発揮している。『ジャードゥーガル』演出チーフの藤倉拓也のXコメント(下記参照)によれば,第6話は安藤の絵コンテですでに完成されていたというから,上記のシーンに関するアイディアの多くは安藤の考案だと考えてよいだろう。

一方,演出担当の松永浩太郎は,『ラブライブ!スーパースター!!』(2021-2024年)や『機動戦士ガンダム 水星の魔女』(2022-2023年)などに参加経歴のあるアニメーターだが,彼が演出として参加した『ダンダダン』(2024年)世紀の傑作回「第07話 優しい世界へ」に触れないわけにいかないだろう。この作品でも,キャラの一人ひとりに細やかな演出が施されていたが,その繊細なセンスが『ジャードゥーガル』でも活かされことは間違いない。同じ藤倉のXコメントでも彼の仕事ぶりが賞賛されている。

1つの話数が作品全体の評価を一気に底上げすることがある。それが僕にとっては『ダンダダン』第7話だったわけだが,そこにもう1つ,『天幕のジャードゥーガル』第6話が加わった次第だ。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど

【スタッフ】
原作:トマトスープ/総監督:山田尚子/監督:Abel Gongora/シリーズ構成:加藤還一/キャラクターデザイン・作画チーフ:吉田健一/演出チーフ:藤倉拓也/美術監督:樺澤侑里/色彩設計:今野成美/撮影監督:高橋直希/編集:廣瀬清志/音楽:日野浩志郎/音響監督:小沼則義/アニメーション制作:サイエンスSARU

【キャスト】
シタラ:関根明良/ドレゲネ:小清水亜美/ファーティマ:桑島法子/ムハンマド:齋藤潤/オゴタイ:下野紘/トルイ:鈴木崚汰/シラ:入野自由/チャガタイ:浪川大輔/ジュチ:野島健児/ソルコクタニ:久野美咲/モゲ:朝井彩加キルギスタニ:新谷真弓/ダイル:石田彰/クラン:水瀬いのり/クルトガン:千葉翔也/ボラクチン:くじら

【「第6幕 メルゲンの民」スタッフ
脚本:
佐藤寿昭/絵コンテ:安藤雅司/演出:松永浩太郎/作画監督:阿見圭之介/デザインワークス:尾崎智美木下絵李石松やぼみ齋藤睦グラフィニカ/フォントデザイン:阿閉高尚atd inc.

原画:上貝初実古関果歩子Yostar Pictures),井上俊之吉田奏子篠田知宏牧野佑一Nicholas McKergow太田琴美前場健次木下絵李JijiMYOUN堀剛史河浪栄作大垣愛結田口愛梨佐藤弘明深谷梨里花吉田乃亜rhinokino),和谷興伊東優一神谷美也子増井直子大塚多恵子Gabriel Ugbodaga阿見圭之介

 

この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

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商品情報

【原作マンガ】

 

*1:井上俊之は,もう1人の日常芝居の名手・小林恵祐との対談の中でも日常芝居の魅力を力説している。井上俊之著/高橋康司編著『井上俊之の作画遊蕩』,pp.53-63,KADOKAWA,2024年。