アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

TVアニメ『ダンダダン』(2024年秋)第7話の脚本と演出について[考察・感想]

*この記事は『ダンダダン』第07話「優しい世界へ」のネタバレを含みます。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

anime-dandadan.com


www.youtube.com

龍幸伸原作/山代風我監督『ダンダダン』各話レビュー第3弾として,今回はアクロバティックさらさら(以下「アクさら」)の過去が明かされる第07話「優しい世界へ」を取り上げる。当初から序盤の見せ場となることが予想されていた話数だが,結果,期待を遥に上回る大傑作回となった。脚本は瀬古浩司,絵コンテ・作画監督は榎本柊斗,演出は松永浩太郎。その類まれなる演出の技を見ていこう。

 

“喜劇”か,“悲劇”か

アヴァンは一人称視点のカメラから始まる。

モノクロの夜の住宅街をが走る。女の顔は画面に写らないが,無造作な手持ちカメラ撮影のような映像と激しい息遣いが,その必死の形相を想像させる。このシーンに関する情報を持ち合わせていない視聴者にとっては差し当たり不可解なシーンだが,井上喜久子の迫真の演技も相まって,ここでただならぬ出来事が生じていたことが容易に推察できる。彼女は目当ての車を見つけるも,足がもつれたのかその場に倒れ込んでしまう。何かを掴もうと手を伸ばす女。その手とアクさらの手が重なる。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

このシーンは原作にはないアニメオリジナルだ。アクさらの過去の回想が本話数のメインテーマとなることを暗示した,非常に効果的な導入である。

アイラを奪われたことに逆上し,工場の廃屋を飛び回りながらモモとオカルンを襲うアクさら。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

広大な廃屋の中を縦横無尽に飛び交い,モモとオカルンを翻弄する。まさにアクロバティックだ。アクさらが地上に降り立つ際の,バレエのポアントのようなつま先立ち(上図・右)が丁寧に作画されており,この仕草に何らかの意味が込められていることを予感させる。一方,この場面でのモモとオカルンの作画は意図的に“デフォルメ”されており(上図・下),原作よりもギャグテイストが強いのも印象的だ。

オカルンの「本気」でアクさらを撃退後,金(の)玉を取り返し一安心するモモとオカルン。その佇まいは,2人の心情を反映するかのように,やはりデフォルメ気味に作画されている(下図・左)。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

しかしその傍で静かに息を引き取るアイラの作画(上図・右)は,まるでモモとオカルンの呑気な描線を打ち消すようにシリアスである。「こいつ,死んでるぜ」というターボババアの声が,不吉なキャプションのようにこの場面を“解説”する。『ダンダダン』は喜劇なのか,それとも悲劇なのか。そんな視聴者の困惑をサスペンドするかのように,Creepy Nuts「オトノケ」がカットインする。

 

ターン:小さな幸せ

はたして,このアイラの作画が示していたように,Aパート以降はその作画と演出が一気にシリアスに転じる。アイラの死を知ったモモとオカルンの作画からはデフォルメ味が失せ,作画の密度も上がっている。*1

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

アクさらの提案を受け,アクさらのオーラをアイラに“輸血”して蘇生を図ろうとするモモ。彼女はアクさらのオーラと繋がったことにより,その過去を知ることになる。この回想シーンでは,カメラワークによる空間描写と色彩の関係性が巧みである。

無機質なアラーム音と,空間そのものが赤く染まったかのような一室。アクさらの戦闘モード色と比べるとやや彩度を落としたピンク色だ。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

徐に女が起き上がる。彼女は身を売って生活しているようだ。アパートに帰る道すがら,ショーウィンドウの向こうに飾られた子ども用ワンピースが女の目に入る。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

その赤とピンクの組み合わせは,いかにも少女らしく愛らしい色彩だ。しかしそれは皮肉にも,アクさらの戦闘モード色や身売りの場面の色彩と同系色である。

自室のドアの鍵を開ける女。ドアノブに映る自分の姿を前に,しばし逡巡する。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

彼女は,赤く穢れたあの世界の残り香を自室の中に呼び込むことを躊躇ったのかもしれない。しかしそんな彼女の懸念を払うかのように,小さな幸福そのものとしての娘が彼女の胸に飛び込んでくる。牛尾憲輔のピアノ劇伴が2人の小さな世界に寄り添う。

母と娘の貧しくも幸福な生活が点描される。しかしその合間には,あの赤い世界のカットが挿入される。まるでそれが,拭い去ることのできない宿命的な烙印であるかのように。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

とうとう女は,娘にあの赤いワンピースを買い与えてやる。この後のカメラワークが極めて印象深い。本話数の中でも最も技巧的で美しいシーンと言ってよいだろう。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

カメラは2人の小さな世界の中をゆっくりと回転しながら,小さな幸福を一つひとつ丁寧に写し出していく。 その様子はメリーゴーラウンド,あるいは一種の走馬灯のようにも見える。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

円運動の半径は極々小さい。ミニマムなカメラワークとクロースアップ気味の画面サイズにより,この場面が貧しいアパートの一室であることが強調される。〈狭小空間における小さな幸福〉の描出。同時にこのカメラの回転運動は,バレリーナとしての女のターン,およびそれを真似する娘のターンとも呼応しながら,シーン全体に“円満”としての意味を付与している。見事なカメラワークだ。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

赤いワンピースとコントラストを成す,夜の青い色。満天の星が美しく描かれている。この夜空の描写は,やがてラストシーンにおけるアイラのセリフ(後述)と呼応することになる。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

しかし女は結局,身売りした金で買ったドレスを娘に買い与えたことにより,あの赤の世界を自室に招き込んでしまっていたのだ。赤のドレスは,確かに2人の幸福の象徴となった。しかしそれは同時に,不浄な世界の原理を誘き寄せたことにより,その幸福を穢してしまう結果を招く。これこそが,この母娘が置かれた悲愴なアイロニーなのだ。まもなく小さな幸福の世界は純粋な暴力によって破壊される。そして“赤”という色“赤”のワンピースは,女にとって因縁の色として記憶されるだろう。

女は娘を連れ去った男たちの車を追う。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

アヴァンの一人称カメラのリフレインだが,ここでは女の壮絶な形相が一瞬写し出される。さらに彩色が施されたことにより,このシーンの生々しさ,痛々しさがより克明になる。ここまでの経緯に関するすべての情報を得た視聴者にとって,この映像のヴィヴィッドネスが放つ感情の強度は計り知れないものがあるだろう。*2

美しい夜空を反映した匿名の場所に,女のつま先がゆっくりと降り立つ。アヴァンのアクさらのポアントと重なる。女は星の光が降り注ぐ夜景を見下ろしている。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

夜空はあの赤の世界を清算するように,どこまでも青く輝いている。その中を,女はバレエのターンを反復しながら,躍動的に,自由に舞う。それが最後に残された己のアイデンティティであるかのように。やがて彼女は夜空に身を放つ。かつて幸福の象徴だった回転運動が,悲しい死の円舞へと変わる。

女の投身のシーンに関しては,原作ではより即物的に描写されていたが,アニメでは幻想的なシーンに焼き直されている。もちろん視聴者への影響を考慮したという面もあるだろうが,結果として,女の最期の美しさと哀しさを伝える名シーンとなった。

女と子ども時代のアイラが出会うシーン。原作では“半アクさら化”した姿で登場していたが,アニメでは身投げをした直後と思しき姿で描かれ,このシーンに凄みを加えている。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

血に塗れた女の姿は壮絶だが,白を基調とし,背景をオミットしていることもあり,現世と来世の間(あわい)の世界のような静謐な空間描写になっている。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

回想における葬式のシーンで,アイラが実母の亡骸に手を差し伸べるカット(上図・左)と,女に手を差し伸べるカット(上図・右)。この2つを相似形にすることで,女=アクさらに対するアイラの想いの純度を表現している。名カットだ。

 

優しい世界へ

アイラへの愛が妄執へと反転し,清算したはずの“赤”の世界が再び女の周囲を取り囲む。髪が伸び,口は裂け,眼窩は虚になり,女は正真正銘,アクロバティックさらさらとなる。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

アクさらの回想が終わり,蘇生したアイラの表情がアップで写し出される。その目には涙が浮かんでいる。原作では回想明けのカットはモモだが,アニメではいったんアイラの表情を写した後にモモの表情(上図・右)を入れることにより,“アイラもモモと一緒に回想を見ていた”という状況をわかりやすく伝えている。これにより,ラストシーンのアイラの行動にも説得力が出る。うまい演出だ。

アイラにオーラを譲ったことにより,崩壊し始めるアクさら。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

ターボババアの口から,未練を残した霊は成仏できず,誰からも記憶されない「無」に帰することが語られる。それを聞いたアイラの,思い詰めたような表情作画(上図・右)がとても印象深い。また,これまでアクさらを「あいつ」と呼び捨てていたモモも,ここに至って「あの人」と呼称を変える(原作通り)。彼女の心根の優しさを感じさせる台詞回しだ。

「成仏できない」というターボババアの言葉を聞いて,呆然とした表情を見せるアイラ。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

この時,彼女の手は何らかの感情を蓄えているかのようにわずかに震えている(上図・左)。この話数にいくばくかでも心を動かされた方は,ぜひともこのアイラの手のカットを観直してみて欲しい。普通に観ているだけでは見過ごしてしまうほどの繊細な芝居,普通であれば芝居とも言えないほどの微細な芝居を再現しているからだ。こうした表現は,マンガでは(少なくとも具体的な“動き”としては)表現し得ない。アニメを鑑賞する人間として,こうした細部の描写に反応できる感受性を持ち続けたいと思う。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

アイラはかつての女の実娘と同じように,アクさらの胸に飛び込み,「お母さん,愛してる」と伝える。これはアクさらへの鎮魂の言葉であると同時に,亡き実母への想いの伝達でもあったろう。アイラのアップの作画は,涙の筋や口元の表情など,TVアニメでは稀に見るリアリズムの水準に達している。*3 “親子水入らず”の場面に遠慮するかのように劇伴がアウトし,セリフと環境音だけが場面を支配する。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

「宇宙で一番幸せだったから」というアイラの言葉は,あのアパートの一室の狭小空間とは釣り合いがとれないほどスケールが大きい。しかし,母娘があの時見たあの満天の星空は,間違いなく2人の幸福感の無限の広がりと呼応していたはずなのだ。

「どうか誰も彼女達を傷つけたりしない,幸せで優しい世界へ」佐倉綾音の声のトーンは,かつてのような“電波系奇行種”のそれでもなければ,もちろんガラッパチ系のそれでもない。演者である佐倉自身の心根そのものから発せられたような,純粋かつ真摯な声音である。佐倉の演技力の高さを改めて感じさせる名演技である。

第07話「優しい世界へ」より引用 ©︎龍幸伸/集英社・ダンダダン製作委員会

ラストカット。アイラの言葉を受けて「未練」を払拭したアクさらは,静かに成仏を遂げる。マンガ原作もアニメも,この際のアイラ,モモ,オカルンの表情を見せていない。しかし「忘れない。絶対」というアイラ,そしてその想いに共鳴するモモとオカルンの表情を,僕らはすでに脳内で補完することができるはずだ。

 

榎本柊斗の技

最後に,この話数の絵コンテ・作画監督を担当した榎本柊斗の業績について触れておこう。GONZO出身で現在はサイエンスSARUを中心に活動する榎本は,『映像研には手を出すな!』(2020年),『犬王』(2022年),『天国大魔境』(2023年),『きみの色』(2024年)など,数多くの大作に参加している。近年では『天国大魔境』の傑作回・第8話の「マルタッチ」のシーンや,『きみの色』のダンスシーンなどが記憶に新しい。特に『天国大魔境』第8話の担当パートは,命を奪う行為の悲哀を,マルの祈りにも似た所作で美しく描きだしている。これを機にぜひこの話数を観直していただきたい。

www.otalog.jp

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Xアカウントなど

【スタッフ】
原作:龍幸伸/監督:山代風我/シリーズ構成・脚本:瀬古浩司/音楽:牛尾憲輔/キャラクターデザイン:恩田尚之/宇宙人・妖怪デザイン:亀田祥倫/色彩設計:橋本賢近藤牧穂/美術監督:東潤一/撮影監督:出水田和人/編集:廣瀬清志/音響監督:木村絵理子/アニメーション制作:サイエンスSARU

【キャスト】
モモ<綾瀬桃>:若山詩音/オカルン<高倉健>:花江夏樹/星子:水樹奈々/アイラ<白鳥愛羅>:佐倉綾音/ジジ<円城寺仁>:石川界人/ターボババア:田中真弓/セルポ星人:中井和哉/フラットウッズモンスター:大友龍三郎/アクロバティックさらさら:井上喜久子/ドーバーデーモン:関智一/太郎:杉田智和/花:平野文

【第07話「優しい世界へ」スタッフ
脚本:瀬古浩司絵コンテ・作画監督:榎本柊斗/演出:松永浩太郎/副監督:モコちゃん/作画監督補佐:奥谷花奈

原画:伊藤香奈奥谷花奈ゼロ柴田海今井史枝中村七左長濱佑作じゅら力徳欽也関口亮輔nasiijau姚杰善加藤ていいちえーてつ小琳姚松林早野正樹赤松香穂羅雄韜石守源太マッケルゴ ニックAbel Gongora榎本柊斗

 

この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

関連記事

www.otalog.jp

www.otalog.jp

 

商品情報

【Blu-ray】

 

【原作マンガ】

 

 

*1:人工呼吸の辺り(下図)は奥谷花奈が担当している。本人のXアカウントのポストより。

*2:ちなみにこのシーンの作りに関しては,絵コンテ担当の榎本がBlueskyのポストで「監督修正でカメラワークは途中で変わってますが、blenderですごくラフなモデルとカメラワーク作って3Dさんに整えていただきました。 冒頭のドアと手は3Dに合わせて描き足しました」とコメントしている。

*3:サイエンスSARU公式Xのポストによると,このシーンは伊藤香奈が担当している。