アニ録ブログ

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TVアニメ『天国大魔境』(2023年春)第8話の演出について[考察・感想]

 *【注意!】この記事は『天国大魔境』「〈#08〉それぞれの選択」のネタバレを含みます。また,今後の展開を暗示する書き方をしている箇所もありますので,事前情報がまったくない状態で今後の話数を楽しみたいアニメ勢の方は,最終話までご覧になった後に本記事をお読みになることをお勧めいたします。

『天国大魔境』「〈#08〉それぞれの選択」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

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今回の記事では,石黒正数原作/森大貴監督『天国大魔境』各話レビュー第2弾として,絵コンテ:藤田春香/演出:仲野良による「〈#8〉それぞれの選択」を取り上げたい。不滅教団で「医師」として敬われる謎の男・「宇佐美」と,人食いと化す病に罹り,「宇佐美」の作った機械によって生かされる「彼女」をめぐるエピソードである。物語の秘密の一端を暗示する決定的な話数ということもあってか,アニメオリジナルのシーンを盛り込みつつ,ドラマ性を高めた優れた話数となった。

 

光と影,天国と地獄

「彼女」は患部を取り除かれ,身体性を欠いた“トルソ”と化した状態で,夥しい数の機械に接続されながらベッドに横たわっている。その小さな身体は,白い医療施設用カーテン(水橋曰く「天蓋」)に囲われている。カーテンは「彼女」を外界との接触から固く閉ざしている。あたかもあの「天国」の世界を囲む「壁」のように。ひょっとしたら「宇佐美」は,無意識のうちに「彼女」を再び「壁」の内に閉じ込めてしまっていたのかもしれない。彼は「彼女」を苦しみの壁から解放すべく,キルコとマルに「彼女」の安楽死を依頼する。

『天国大魔境』「〈#08〉それぞれの選択」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

キルコとマルは依頼を引き受ける代わりに,「空が見たい」という「彼女」の願いを叶えるよう「宇佐美」を説得する。「宇佐美」の「機械から外せない」という台詞の後,キルコが廊下に出ていくシーンが目を引く。

『天国大魔境』「〈#08〉それぞれの選択」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

廊下の中央が外からの光と影で分たれている。「ここから,ここまでの,たったこれだけの距離だ」と言いながらキルコが影から光へと歩み出す。その所作は,まるで何かの宗教的儀礼のように象徴的で,神々しくすらある。光=天国と影=地獄との間には,ほんの数メートルの隔たりしかないという本作の世界観を提示しているかのような演出だ。黒いスーツの「宇佐美」が〈影〉の中に佇み,白いジャンパーのキルコが〈光〉の中に佇むコントラストも印象的だ。なお,この光と影の演出はアニメオリジナルである。

キルコとマルに説得された「宇佐美」は,「彼女」を外に連れ出して空を見せることにする。途中,コードが引っかかり痛がる「彼女」に「宇佐美」が咄嗟に「ご・ごめんごめん!」と謝る様子は,在りし日の2人の関係を彷彿とさせる。常にクールな「宇佐美」がふと見せたヒューマンな振る舞い。それを演じる武内駿輔の演技も絶品だ。この様子を微笑ましく見やるキルコの表情もいい。

『天国大魔境』「〈#08〉それぞれの選択」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

澄み渡る青空を見ながら,弱々しく震える「彼女」の目。「宇佐美」からもらったそのグレーの瞳には,空のが映し出されている。マルが「彼女」の中に入り,真紅の塊を握りつぶし,まもなく「彼女」は絶命する。

『天国大魔境』「〈#08〉それぞれの選択」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

マルの腕を血のように滴り落ちるい液体が空の青と重なり,美しくも悲しいコントラストを成す。〈色彩〉という要素をフル活用した,アニメならではの名演出である。

『天国大魔境』「〈#08〉それぞれの選択」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

その後,タブレットに残された「彼女」の言葉を目にした「宇佐美」は,まるで子どものように泣きじゃくる。

外から武装した「リビューマン」がけたたましく建物に侵入しようとする中,「彼女」の安楽死ーーあるいは尊厳死ーーはひっそりと静かに終わる。我欲に満ちた暴殺と慈愛に満ちた尊厳死とが対置された,見事なシークエンスだ。

 

魂を愛する

「宇佐美」は「彼女」の亡骸を抱いて,建物の屋上に向かう。彼はかつて「彼女」からもらったボタンを愛おしそうに眺めた後,拳銃を持った方の腕で目を拭う。銃口が宙を向く。彼は,今度は「彼女」の顔を見つめ,その額に優しく口づけをする。その後,宙を向いていた銃口がゆっくりとこめかみにあてがわれ,引き金が引かれる。黒い銃に,黒いカラスが反応する。

『天国大魔境』「〈#08〉それぞれの選択」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

まるで台詞のない一人芝居を見ているかのような,ある意味で“演劇的”なシーンだ。先ほどの「彼女」の尊厳死のシーンと違い,このシーンには劇伴がなく,環境音のみが使用されている。自然,視聴者の知覚は「宇佐美」の所作という視覚情報のみに集中する。

かつて「宇佐美」は「彼女」の“身体”を求めていた。しかし今や身体性を欠き,トルソーと成り果てた「彼女」を愛おしそうに抱く彼は,その魂をこそ愛するようになったのかもしれない。だとすれば,この銃弾は彼の魂をも身体という“壁”から解放したのだろうか。そんなことを考えさせる印象深いシーンである。

ちなみに,原作ではこの「宇佐美」の自死のシーンは一切描かれていない。原作者の石黒正数によれば,原作では「宇佐美」と「彼女」をあえて「ぽっと出のゲストキャラとして」描いたのだという。*1 アニメ班は逆に,この2人が物語上のキーパーソンであることを前もって仄めかす描き方をしている。今後,後半の話数で物語の謎が徐々に明かされていくわけだが,その暗示となるエピソードをエモーショナルに仕上げて印象付けたのは,アニメ作品の解として的確だったと言えるだろう。

 

本話数の脚本を担当した窪山阿佐子は,『海賊王女』(2021年)の全話脚本を手がけている。絵コンテ担当の藤田春香は,『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 -永遠と自動手記人形-』(2019年)の監督で知られるアニメーターだ。演出を手がけた仲野良は,『妖怪ウォッチ』シリーズ(2014年-),『Fate/Apocrypha』(2017年),『竜とそばかすの姫』(2021年)などで演出経歴をもつ。その他,この名話数を手がけた制作者たちに惜しみない賛辞を送りたい。

 

 

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作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:石黒正数/監督:森大貴/シリーズ構成:深見真/キャラクターデザイン:うつした(南方研究所)/ヒルコデザイン:古川良太/プロップデザイン:富坂真帆澤田譲治/銃器デザイン:髙田晃/メカデザイン:常木志伸/色彩設計:広瀬いづみ/美術監督:金子雄司/美術設定:ブリュネ・スタニスラス伊井蔵上田瑞香平澤晃弘高橋武之/3D:directrainIG3D5(five)/モーショングラフィックス:大城丈宗/2DW:CAPSULE濱中亜希子/撮影監督:脇顯太朗/編集:坂本久美子/音響監督:木村絵理子/音楽:牛尾憲輔/アニメーション制作:Production I.G

【キャスト】
マル:佐藤元/キルコ:千本木彩花/稲崎露敏:中井和哉/トキオ:山村響/コナ:豊永利行/ミミヒメ:福圓美里/シロ:武内駿輔/クク:黒沢ともよ/アンズ:松岡美里/タカ:新祐樹/園長:磯辺万沙子/猿渡:武藤正史/青島:種﨑敦美

【「〈#08〉それぞれの選択」スタッフ】
脚本:
窪山阿佐子/絵コンテ:藤田春香/演出:仲野良/作画監督:富坂真帆奥谷花奈澤田英彦小林冴子廣江啓輔永野裕大ゼロ柴田海

 

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