アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

TVアニメ『スキップとローファー』(2023年春)第9話の演出について[考察・感想]

 *この記事は『スキップとローファー』第9話「 トロトロ ルンルン」のネタバレを含みます。

『スキップとローファー』第9話「トロトロ ルンルン」より引用
©︎高松美咲・講談社/「スキップとローファー」製作委員会

skip-and-loafer.com


www.youtube.com

今回は高松美咲原作/出合小都美監督『スキップとローファー』各話レビュー第2弾として,第9話「トロトロ ルンルン」を取り上げたい。久しぶりに家族のもとに帰郷したみつみの安堵感,素朴でパストラルな情景描写,それと対照的な志摩の仄暗い心情などが丁寧に配置された名話数である。

 

距離:リチュアル

まずはアバンから観てみよう。みつみが能登空港に降り立つまでのシーンが,独特の時間感覚で捉えられている。

『スキップとローファー』第9話「トロトロ ルンルン」より引用
©︎高松美咲・講談社/「スキップとローファー」製作委員会

東京のナオのマンションを出て電車に乗り,飛行機で能登空港に到着。久しぶりの故郷の風景を見てほっと安堵する。劇伴を一切使わず環境音だけで構成された音響によって,みつみのやや緊張感に満ちた単独行路を淡々と,ほとんど即物的とも言える視点で描写している。おそらく尺感としては,原作マンガ(このシーンは5ページ)よりもずっと長いはずだ。

『スキップとローファー』第9話「トロトロ ルンルン」より引用
©︎高松美咲・講談社/「スキップとローファー」製作委員会

みつみにとって,石川県の田舎から東京の高校へと進学することは一大事業だったはずだ。逆に東京から田舎に帰郷する行程も,都会特有の緊張感から徐々に解放される一種のリチュアルのようなものなのかもしれない。そうした心理の機微を東京と石川県の時間的・空間的な“遠さ”によって表した興味深いシーンである。

 

安堵:主観≒客観

Aパートはみつみと家族の団欒の様子が描かれる。この話数で最も目を引くのは,珍しく朝寝坊をしたみつみが母の出したスイカを食べるシーンだ。

スイカを一口齧った後,みつみは台所で洗い物をする母の背中を見る。ガラスの向こうに真夏の陽光がたっぷり溢れているのがわかる。みつみは次に開け放たれた窓から外を見る。網戸の向こうに夏らしい青空と入道雲が見える。

『スキップとローファー』第9話「トロトロ ルンルン」より引用
©︎高松美咲・講談社/「スキップとローファー」製作委員会

ここまではみつみの主観カットだ。しかしその後,カメラは不意に岩倉家を出て,「凧島町」の古い町並み,田園風景,青い海などを次々と捉えていく。

『スキップとローファー』第9話「トロトロ ルンルン」より引用
©︎高松美咲・講談社/「スキップとローファー」製作委員会

みつみが直接見ている風景ではないため,見た目上は客観カットに見えるが,ここにみつみがスイカを齧る「しゃく」という音が重なることによって,あたかも彼女の主観カットであるかのような雰囲気になっている。あるいは,これらはみつみの心象風景なのかもしれない。客観と主観が絶妙に入り混じった面白いシーンだ。

『スキップとローファー』第9話「トロトロ ルンルン」より引用
©︎高松美咲・講談社/「スキップとローファー」製作委員会

やがてカメラは岩倉家の中に戻り,至福の表情でスイカを頬張るみつみの顔を捉える。このカットがとてもいい。スイカと一緒に故郷のゆったりとした空気感をも堪能したかのような表情だ。寝起きの跳ねた髪の表情もみつみのキャラにマッチしている。

この一連のシーンでも劇伴は使用されておらず,セリフもまったくない。シーンに意味を付与する要素が廃され,環境音とスイカの咀嚼音とみつみの表情のみで,田舎の静かでのどかな空気感を伝えている。アバンの緊張感に満ちた時間感覚とは真逆の,静謐とすら言えるほどの安堵感を伝えた名シーンだ。先ほどのアバンもそうだが,あえて“足さない”ことによって情緒を浮かび上がらせた優れた演出である。

高松美咲『スキップとローファー』第3巻,pp.141-142,講談社,2020年。

ちなみにこの一連のシーンはマンガ原作にほぼ忠実に描かれている(風景のカットが数枚追加されている)が,環境音と色彩が加わることにより,一味違った雰囲気に仕上がっている。マンガとアニメの伝え方の違いを比較する上でも面白いシーンと言えるだろう。

 

憂鬱:陰と陽

Bパートで注目したいのは,みつみとは対照的な志摩の固く暗い表情だ。前回の第8話「ムワムワ いろいろ」では志摩の暗い過去のエピソードが暗示されていた。それを引きずる志摩は,学校全体が文化祭ムードで盛り上がる中,心に薄暗い闇を抱えたまま日々を過ごしている。そんな志摩を廊下で見かけたみつみは,お土産の「いかせんべい」を渡そうと駆け寄る。

『スキップとローファー』第9話「トロトロ ルンルン」より引用
©︎高松美咲・講談社/「スキップとローファー」製作委員会

志摩の背中に向かってまっすぐ走っていくみつみの様子は,第1話「ピカピカ」のあの疾走シーンを思わせる。今やみつみにとって,志摩という存在は「入学式」に劣らず大切なのだろう。

都会の高校の大規模な文化祭について大はしゃぎで語るみつみ。それに対し志摩はややローテンション気味だ。キラキラと輝くように去っていくみつみを見送りながら,志摩は「ためらいなくまっすぐ進んでいけるきみらのほうが,ずっとまぶしくて遠いよ」と独白する。田舎の陽光をたっぷり浴びて日焼けしたみつみと,心に薄暗い闇を抱えた志摩とのコントラストが,この「まぶしい」という言葉で表現されている。

そんな志摩の心理を察したのか,みつみは不意に踵を返して志摩の元へ戻り,「いかせんべい」を追加で手渡す。

『スキップとローファー』第9話「トロトロ ルンルン」より引用
©︎高松美咲・講談社/「スキップとローファー」製作委員会

「また明日!」と言いながら振り返る時のみつみの姿が,志摩の目にまるでスローモーションのように映る。ふわりと浮き上がるみつみの髪が印象的だ。志摩の目に映るみつみは,やはり彼にとって特別な存在なのだろうと思わせる素晴らしいカットである。

 

今回の話数の脚本を手がけたのは,株式会社PTAに籍を置く日高勝郎。『ルパン三世 東方見聞録〜アナザーページ〜』(2012年)『アキバ冥途戦争』(2022年)などで脚本を担当している。画コンテ・演出は本間修。あの傑作『パリピ孔明』(2022年)の監督として知られる。この素晴らしい話数を手がけた制作陣に拍手を。

 

 

関連記事

【全話レビュー】(作品全体に関するレビューはこちら)

www.otalog.jp

 

【各話レビュー】

www.otalog.jp

www.otalog.jp

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:高松美咲/監督・シリーズ構成:出合小都美/副監督:阿部ゆり子/キャラクターデザイン・総作画監督:梅下麻奈未/総作画監督:井川麗奈/プロップ設定:樋口聡美/美術監督:E-カエサル/美術監修:東潤一/美術設定:藤井祐太/色彩設計:小針裕子/撮影監督:出水田和人/3D監督:市川元成/編集:髙橋歩/音響監督:山田陽/音楽制作:DMM music/音楽:カッパエンターテインメント若林タカツグ/アニメーション制作:P.A.WORKS

【キャスト】
岩倉美津未:黒沢ともよ/志摩聡介:江越彬紀/江頭ミカ:寺崎裕香/村重結月:内田真礼/久留米誠:潘めぐみ/ナオ:斎賀みつき/迎井司:田中光/山田健斗:村瀬歩/兼近鳴海:木村良平/高嶺十貴子:津田美波

【第9話「トロトロ ルンルン」スタッフ】
脚本:
日高勝郎/画コンテ・演出:本間修/総作画監督:井川麗奈作画監督:井上裕亮迫江沙羅小笠原憂田中沙希齊藤和也田中彩

 

商品情報