*このレビューはネタバレを含みます。必ず作品本編をご覧になってからこの記事をお読みください。また,TVシリーズ以降の物語に関するネタバレ(原作第5巻)もありますのでご注意ください。
高松美咲原作/出合小都美監督『スキップとローファー』(以下『スキロー』)は,2023年春アニメの中でも最も注目された作品の1つと言っていいだろう。典型的な美形キャラや恋愛メインのストーリーといった“売れ筋”要素に頼らず,キャラ(クター)の魅力や繊細な心情描写で物語を成り立たせた秀作である。特にアニメでは,爽やかな色彩,的確な音響,魅力的な声優の演技が加わることにより,原作の持つポテンシャルがいっそう引き出されていたと言える。
あらすじ
「石川県のはしっこのほう」から東京の高偏差値高校「つばめ西高校」に入学した岩倉美津未(みつみ)。彼女の独特な天然キャラは,まるでマジカルな“親和力”のように,趣味も性格もバラバラな若者たちをより合わせていく。
青の感情 Ⅰ
第1話のアバンで真っ先に目に飛び込んでくるのは,みつみたちが着るブレザーの“青”だ。実際の高校のブレザーによく見られるような濃紺色ではなく,まるで空の色をそのまま写したような爽やかなスカイブルーである。
ブレザーだけではない。空の青,海の青,影の青など,作品内の多くのカットに印象的な青が配色されている。監督の出合によれば,画面全体に染み渡るこの青の出所は,原作の高松美咲のカラーイラストなのだそうだ。
高松先生のイラストカラーでは肌の影に青みがかった色が使われているのが印象的で,なので空気感として青みを入れたりしています。フィルムカメラだとフィルムの種類によって影部分に青みが出るものがあって,そういう特徴を意識したところもあります。この原作をどう表現すべきなのか,また青春感をどのように出せばいいのか、光や色の表現については結構考えて作りました。*1
高松のイラストを見ると,確かに首筋や足の影部分に青が用いられているのがわかる。この青味が制服の青と調和しつつ,タイや花の暖色と綺麗なコントラストを成している。アニメでも,制服の青とタイの赤,ミカのカーディガンのピンクなどとの配色が美しく,とても計算された色彩設計であることがわかる。
制服を中心としたこの青の色彩は,例えば山田尚子監督『リズと青い鳥』(2018年,以下『リズ』)などの作品を想起させる。この作品の舞台である「北宇治高校」の女子の制服は,冬服は濃いブラウンだが,夏服は白と水色に変わる。本作はみぞれと希美を中心に,ほぼすべての登場人物が女子生徒であり,自然,画面は爽やかな水色で満たされることになる。
色彩心理学では,青という色相は「空」や「海(水)」など,爽快感や透明感のイメージを持つ事物を連想させることが多いと言われる。とりわけ制服に使われているスカイブルーは,『スキロー』や『リズ』における瑞々しさや青春感の表し方を規定している。スカイブルーは「平静」や「理知」も連想させるため,『スキロー』の舞台である「つばめ西校」(作中では「高偏差値高校」と呼ばれている)のイメージカラーとしてふさわしい色彩でもある。無論,「青い鳥」=「幸福」という連想もあるだろう。青は世界中で最も好まれる色相であると言われているが,こうした肯定的なイメージがその理由だと考えられる。*2
ここで,『スキロー』の中で青が効果的に使われているシーンをいくつか見ていこう。
まずは第6話「シトシト チカチカ」だ。軽い気持ちで学校をサボった志摩と,それを真剣に気にかけるみつみとの間で心のすれ違いが起こる話数である。
季節は折しも梅雨。外は雨が降りしきり,空には重い雲が垂れ込めている。普段よりも彩度の低い色彩が2人を取り囲む。2人の間に文字通り“暗雲”が立ち込める。
ちなみに,このままみつみの心がグレートーンのまま停滞し続けると思いきや,この後の教室のシーンで,ミカ,結月,誠との何気ない会話の中で朗らかに解きほぐされる。このように,ガールズトークのカジュアルな雰囲気によってふっと息が抜ける瞬間があるところなどは,本作が正真正銘のコメディ(喜劇)たる所以だ。本作にはこうした“息抜き”のシーンが数多く見られる。 *3
その後,みつみが志摩を呼び出し,互いに本心を語り合う。2人の心の齟齬が修正されていくにつれ,雨は止み,光が差し,窓からは青空が見え始める。
登場人物の心情変化と曇天・晴天を重ね合わせる演出は定番ではあるが,青を基調とした本作の色彩設計にマッチした,たいへん優れたシーンである。
次に第8話「ムワムワ いろいろ」を観てみよう。
みつみが口を滑らせたおかげで動物園デート(?)に出かけることになる2人。真夏の暑気に具合を悪くするみつみに志摩が「帰ろう」と提案すると,みつみは落胆する。「また来ればいいじゃん」という志摩の優しいセリフの後,みつみの表情がわずかに明るさを取り戻し,2人の前の窓外に爽やかな青空が広がる。何気ないシーンだが,真夏の暑さを感じさせるみつみの髪の表情や豊かな光量などが夏の清涼感を伝えつつ,そこに2人の心の動きがマッチする。これもたいへん優れた演出である。
最後に第9話「トロトロ ルンルン」のスイカのシーンを観てみよう。
夏休み,みつみは4ヶ月ぶりに故郷の「凧島町」に帰郷する。母の出してくれたスイカを満足気に食べるみつみ。何気なく外を見やると,夏らしい青い空と入道雲が見える。
その後,カメラは岩倉家を出て「凧島町」の風景を次々と捉えていく。この時映し出される風景のすべてに,青の色彩が含まれている。ここに「しゃく」というみつみのスイカの咀嚼音が重なることで,客観風景とも心象風景ともつかぬ不思議な映像のシークエンスが生まれている。
カメラは再び屋内に戻り,スイカを頬張るみつみの至福の表情を捉える。故郷の安心感,田舎の平穏,自然の透明感を“青”で示しつつ,そこにスイカとみつみの頬の“赤”を差し色として加えている。実に心地のよい色彩設計である。本作の中でも特に優れた演出と言えるだろう。
青の感情 Ⅱ
一方で青という色相は,「ブルーな気分」という言い回しがあることや,「ブルース」の語源となったことからもわかるように,「寂しさ」「悲哀」「憂鬱」といった負の感情価とも結びつく。「青臭い」「青二才」という日本語の慣用表現に見られるように,「未熟さ」のイメージを伴うこともある。
『リズ』における青の色彩も,みぞれと希美の心の距離(作中では「disjoint」という言葉で象徴されている)から生まれるメランコリックな気分に寄り添うように調和している。
「青い鳥=幸福」という正の感情価から「disjoint=憂鬱」という負の感情価まで,青という色彩が持つ豊かなアソシエーションに人物の内面変化を丁寧に重ね合わせた,類まれな色彩設計である。
そして『スキロー』でも,青が負の感情価を表すものとして用いられている優れた話数がある。第8話「ムワムワ いろいろ」を観てみよう。
みつみ,ミカ,結月,誠の女子会シーン。ミカと結月のおしゃれトークに合わせるべく,みつみは唐突に「ブルベ・イエベ」の話題を持ち出す。
「ブルベ=ブルーベース」とは青み寄りの肌色,「イエベ=イエローベース」とは黄み寄りの肌色のことで,似合う色味の基準として用いられるファッション用語である。口元にお菓子のカスを付けながら「ミカちゃん,ブルベだね?」とドヤるみつみの表情がなんとも愛おしい。
このシーン自体は,みつみがナオから教えてもらったおしゃれ用語を知ったかぶりするという,コミカルな一エピソードだ。しかし話数全体の色彩設計という観点から見た場合,この「ブルー=寒色」と「イエロー=暖色」という対比が後半のシーンでリフレーンされている点はたいへん興味深い。
夏期講習の講座が終わった後,志摩は梨々華に呼び出される。2人は夜の街を歩き,陸橋の階段を登る。志摩の健全な高校生活とみつみとの関係に虫の居所を悪くした梨々華が,かつて2人の過去に関連して起こった「炎上騒ぎ」の話題を持ち出す。
画面に対して斜めに配置された陸橋が,2人のただならぬ過去と不安定な関係性を暗示している。陸橋の金属部分は明度・彩度が落とされた青系統の寒色で彩色され,その寒々しい色彩が2人の心の憂鬱を代弁しているかのようだ。
その後,梨々華が「手つないで[中略]子どものときみたいにだよ」と言うと,志摩がゆっくりと手を伸ばす。その刹那,2人の手は幼少時代の手に変わり,色彩は青系統の寒色から黄系統の暖色へと一気に転調する。志摩と梨々華の幼少時代が,今よりももっと朗らかであったことが色彩変化によって暗示される。ちなみに2人の手が触れ合う直前で回想シーンに切り替わっているため,本当に手をつないだかどうかは不明である。この辺りの暗示的な演出もとてもいい。
その後,カメラはみつみたちのパジャマパーティの風景を写し出す。そののどかな様子はやはり温かみのある暖色で彩られている(ただし劇伴は志摩&梨々華のシーンと同じ,やや物悲しげな音楽である)。この瞬間から,みつみの陽気と志摩の憂鬱との心理的対比が明確になっていく。
ブルーとイエローの色彩対比は,OPアニメーションのみつみと志摩の服装にも用いられている。みつみは鮮やかな黄色のワンピース。メリージェーンとヘアピンの赤みがアクセントとして効いている。一方の志摩は,本編の制服を思わせる爽やかな青のシャツ。ピンクの襟と明るい髪色とのコントラストが鮮やかだ。
OPではこの2人が軽やかにダンスをする様子が描かれるが,この時流れる須田景凪「メロウ」の歌詞にも青が登場する。本作のための書き下ろしであるこの曲の中では,みつみの姿に心を打たれる志摩の心情が描かれているという。須田は公式HPで以下のようにコメントしている。
躊躇わず,真っ直ぐに歩んでいく美津未という人間に出会い,志摩くんの中で,世界の見え方や価値観が少しずつ変わっていく様,その心模様を音楽にしました。*4
主人公であるみつみ,あるいはみつみと志摩のデュオではなく,あえて志摩の目線で捉えたみつみを描くという着眼点が面白い。
さて,青が登場するサビの歌詞に注目してみよう。
軽やかに 軽やかに
跳ねる背に見惚れていた
青い温度の正体が
恋だとしたら *5
「軽やかに跳ねる背」はみつみを指し,「青」という色彩は志摩の内面を象徴していると思われる。この「青い温度」というフレーズは多義的だ。水のように冷ややかな憂鬱を示しているようにも思えるし,逆に志摩が高温度の炎のような情熱を秘めていることを仄めかしているようにも思える。みつみへの淡い恋慕を暗示する一方で,第9話「トロトロ ルンルン」や第12話「キラキラ」で示されていたように,彼女の眩しい姿に対する志摩の「嫉妬」にも似た感情を示しているのかもしれない。
登場人物たちの多義的な感情を,“青”という色彩で美しく視覚化したことーーーこれこそが,『スキロー』というアニメの最も魅力的な部分だろう。
パンフォーカスの包容
これまで『スキロー』と『リズ』における“青”の使われ方の類似を指摘したが,それ以外の点では,両作品の画作りは対照的ですらある。『リズ』では,基本的にみぞれと希美の“2人の世界”がーー文字通りーーフォーカスされることが多い。浅い被写界深度によるボケやピン送りなどを多用し,みぞれと希美の世界を“特別な世界”として切り取っている。山田監督はそれを「ガラスの瓶の底をのぞいたような世界観」と称している。*6
一方『スキロー』では,パンフォーカス寄りのカメラで,画面内すべての人物に焦点を合わせたカットが比較的多い。
多くのカットで,メインキャラクター以外の人物(いわゆる“モブ”)の表情もはっきりと認識できるような画作りをしている。『リズ』とは対照的に,複数の人物を画角に収め,その一人ひとりにフォーカスを当てることにより,“視覚的ポリフォニー”とでも言える空間を生み出しているのだ。このような画作りは,結月と誠,ナオとミカ,そしてみつみと志摩のように,“多様な人物たちが寄り集まる群像劇”という本作のインクルーシブな性格にもマッチしていると言える。
ちなみに第11話「ワイワイ ザワザワ」の「チュロス」のシーンは,原作ではみつみと結月と誠しかいないが,アニメではそこにミカを登場させている。これも本作のインクルーシブな世界観にとって的確な判断だったと言えるだろう。
インクルーシブな世界という点で言えば,みつみの叔母ナオにまつわるエピソードは本作の中でもひときわ印象的である。
ナオは解剖学的には男性で,いわゆるGD(Gender Dysphoria「性別違和」)ないしGI(Gernder Incongruence「性別不合」)の状態にある女性である。ナオの性自認とそれに関連するエピソードは,原作コミック第5巻の回想シーンで暗示的に描かれている。彼女は学生時代の嫌な思い出のある田舎を離れ,より自由な空気を求めて東京に出ている。この回想シーンの中では,ナオの抱えるdysphoriaを,幼少時代のみつみが無邪気に癒す様子が描かれている。
そしてこれと似たシーンが,アニメ第2話「そわそわ うろうろ」の中にも見られる。
朝の電車に乗るみつみとナオ。高身長のナオを見て,そばにいる女子高生たちが「…男?」「うそぉ」とヒソヒソ話をする。ナオは“いつものこと”として気にも留めていない様子だ。しかし,そんなナオの手に,みつみが優しく触れる。
シリアスシーンかと思いきや,盛大にクマのできたみつみの「笑顔の練習」のアップでオチがつく。説明的なセリフのない短いシーンだが,ナオがこれまで経験してきた差別や偏見,それに対するみつみの思いやり,その思いやりに対するナオの感謝の気持ちなどを一挙に感じさせる優れたシーンである。みつみの行動は,表面的には特に他意のないちょっとしたスキンシップのように見えるが,彼女はナオのこれまでの苦悩を知っているはずなのだ。言葉ではなく,体温でナオのdysphoriaを癒そうとするみつみの思いやりがここに表れているように思える。少なくとも,この時のナオの嬉しそうな笑顔は,みつみの心の温かさを確かに感じとっていることを示している。
おそらくナオは,これまで“普通ではない人間”として排除されたこともあっただろう。みつみは逆に,彼女を優しく“包容”する。ひょっとすると,みつみはナオにとって,分裂しそうになる自己認識をつなぎ止めてくれる,ある種の“引力”のようなものなのかもしれない。本作のインクルーシブな包容力を生み出しているのが,みつみというキャラの力であることは言うまでもないだろう。
親和力:キャラメル&塩派!
ところで,ドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749-1832年)は,色彩に関してたいへん興味深い考察を行なったことでも知られている。彼は『色彩論』(1810年)の中で,色彩をあくまでも客観的・機械論的に分析しようとしたニュートンの学説を痛烈に批判し,主観的作用という観点から色彩現象を捉え直そうとした。例えばその記述の中には次のようなものがある。
眼は色彩を見ると直ちに活動状態におかれる。そしてその本性に従って即座に他の色彩を無意識かつ必然的に生み出すが,この色彩はすでに与えられている色彩とともに全色相環全体性を包含している。 *7
黄色は赤青色を要求し
青は赤黄色を要求し,
深紅色は緑色を要求する。 *8
これは色彩環の対極にある色同士が色彩調和を成すという考え方であり,現代の補色の法則を先どりするものである。
色彩の感情的作用に関する考察も興味深い。例えばゲーテは,青という色彩について以下のように記述している。
われわれから逃れていく快い対象を追いかけたくなるように,われわれは青いものを好んで見つめるが,それは青いものがわれわれに向かって迫ってくるからではなく,むしろそれがわれわれを引きつけるからである。*9
「色彩“論”」と銘打っておきながら,まるで詩的情緒に溢れた情景描写のようだが,青という色彩が持つ,パッシブだが強い魅力をよく伝える名文である。ニュートンの機械論的学説に飽き足らなかった詩人ゲーテらしい筆遣いと言える。
さて,補色同士が互いに「要求する」(独:fordern 「呼び求める」と訳されることもある)であるとか,青という色彩が「われわれを引きつける」という表現を用いて,色彩という物理現象をあえて“内的”に捉えようとしたゲーテが,『親和力』(1809年)という,化学用語を題名に冠した小説を遺したことは偶然ではないだろう。
この物語は,エードゥアルト+シャルロッテという夫婦のもとに,大尉とオッティーリエという少女が現れたことによって夫婦の関係が崩壊し,エードゥアルト+オッティーリエ,シャルロッテ+大尉という新たな親和関係が生じるという,一種の不倫小説である。「親和力」とは,異なる元素同士が化合物を構成する際の“結びつきやすさ”を示す古典的な指標だが,これを人と人との感情的結びつきに比喩的に転用したのが『親和力』という小説である。
話を『スキロー』に戻そう。お気づきかと思うが,この作品でも,みつみというキャラをきっかけとした「親和力」の作用が描かれている。
まず第3話「フワフワ バチバチ」のAパートを観てみよう。
自分を“ダサい”と思い込んでいる誠は,“イケてる”クラスメートと馴染むことができず,疎外感を覚えている。そんな誠と仲良くなろうと,みつみが半ば強引に「スタマ」に誘い出す。
まるでタイプの違う2人と同席することに戸惑いを感じる誠。しかしみつみが「浮かれた飲み物」(誠談)を実においしそうに飲むのを見て,思わず笑みがこぼれてしまう。その後,誠も「浮かれた飲み物」を試しに飲んでみると,案外美味しいことに気づいてしまう。
この後の会話が面白い。誠が志摩に「ふたり[みつみと志摩のこと]全然タイプが違うのに仲いいから…どうしたらそんなふうになれるのか…」と尋ねると,志摩は「趣味が合ったら気が合うってわけでもないしね…ちょっとしたことなんじゃないかなぁ。一緒に食ったらなんかメシがおいしいとか」と答える。趣味や価値観が違っていても,「おいしい」という感覚の共有だけで仲良くなっていいのだという事実。これは誠にとって青天の霹靂とも言える真理だったのだろう。みつみの「おいしい」の表情が,誠という“別世界”のキャラを友だちの輪の中に包容したのだ。
ところで,「親和力」という言葉をゲーテの小説から借用してきたが,ゲーテの場合と『スキロー』の場合との違いは明確である。ゲーテの『親和力』では,エードゥアルトとシャルロッテの「別離」によって,エードゥアルト+オッティーリエの結びつきが可能になる。結合を成立させるために,分離が前提とされている。ゲーテの『親和力』が紛れもない悲劇たる所以である。対して,『スキロー』はあくまでも喜劇だ。みつみの「親和力」に別離は不要である。
同話数のBパートを見てみよう。みつみに親近感を覚えた誠は,彼女を映画に誘う。誠はみつみだけを誘いたかったのだが,ひょんなことから他のクラスメートも一緒に行くことになってしまう。再び疎外感を覚える誠。特に自分とはまったくキャラの違う結月には,強い苦手意識を感じてしまう。
誠と結月があまり仲良くないことに気づいたみつみは,映画館で2人の間に挟まれ,すっかりテンパってしまう。しかしなぜかこの時,みつみは「キャラメル味」のポップコーンと「塩味」のポップコーンを一緒に食べると「おいしい」ことに気づいてしまう。その様子を見て思わず吹き出してしまう誠と結月。誠はみつみと一緒に飲んだ「浮かれた飲み物」がおいしかったことを思い出し,結月のスマホに密かにメッセージを送る。ここで生まれた2人の友情が,本作の世界観にとってとりわけ重要であることは言うまでもない。
「キャラメル味×塩味」の意外な取り合わせと,「誠×結月」の意外な取り合わせを重ね合わせた,実にユニークかつ心温まるシーンである。そしてここでも,みつみの「おいしい」が2人を親和させる力として働いている。
みつみというヒロインは,自身が人間関係の項になるというよりは,項と項(人と人)とを結びつける,純粋な“力”のようなものとして描かれることがたびたびある。この辺りも,みつみというキャラの特異性を示していると言える。
このことは,特に第10話「バタバタ ポロポロ」以降の文化祭までの話数で顕著だ。
みつみは生徒会の一員として,クラスの出し物という“輪”の中に入ることなく,それを外部からサポートする立場になる。物語のスポットライトはみつみ以外のクラスメートに当てられ,みつみはむしろ“舞台裏”で活躍することになる。
クラスメートのサポートがうまく行かず,落ち込むみつみを志摩が慰めるシーンがとてもよい。校舎裏の木陰の中,志摩がみつみをダンスに誘う。クラスの出し物であるミュージカルで,志摩と主人公が踊るダンスだ。
みつみは照れくさそうにしながら辿々しく踊り始めるが,その表情はとても嬉しそうだ。2人が楽しげに踊る様子は,OPアニメーションのダンスパートを想起させもする。青みがかった影に木漏れ日の差す校舎裏の“舞台”がとても美しい。文化祭の表舞台に立たなかったみつみを気遣い,舞台の裏で“ヒロイン”にしてあげるという,志摩の細やかな思いやりを伺わせる名シーンである。
第12話「キラキラ」では,文化祭終了後のエピソードが描かれる。カメラは文化祭に参加した人々や事物を次々と写し出していく。
みつみはそれらの人々や事物に直接コミットすることはなかったが,それをサポートする“力”として働き得たことに誇りを持っているようだ。「それぞれいろんな思いを胸に つばめ西高校文化祭 全日程終了です」というみつみのモノローグは,そうした満足感に満ち溢れているように思える。
第12話(最終話)で“舞台裏”で活躍するヒロインというのは,ある意味で稀有と言える。しかしそれこそが,人と人とを結びつける“親和力”としてのみつみのキャラの魅力なのかもしれない。一般的な学園ラブコメとは完全に一線を画した,類まれなヒロイン像だと言える。
しかしだからと言って,みつみは実体を欠いた精霊や守護神などではないのだ。彼女は具体的な一人の少女として,やがて志摩という少年の心,そして自分自身の心と正面から向き合うことになるのだろう。
ラストシーン。みつみと志摩が見上げる空は,青とオレンジという補色同士が見事に調和した,美しい秋の空である。
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作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど
【スタッフ】
原作:高松美咲/監督・シリーズ構成:出合小都美/副監督:阿部ゆり子/キャラクターデザイン・総作画監督:梅下麻奈未/総作画監督:井川麗奈/プロップ設定:樋口聡美/美術監督:E-カエサル/美術監修:東潤一/美術設定:藤井祐太/色彩設計:小針裕子/撮影監督:出水田和人/3D監督:市川元成/編集:髙橋歩/音響監督:山田陽/音楽制作:DMM music/音楽:カッパエンターテインメント,若林タカツグ/アニメーション制作:P.A.WORKS
【キャスト】
岩倉美津未:黒沢ともよ/志摩聡介:江越彬紀/江頭ミカ:寺崎裕香/村重結月:内田真礼/久留米誠:潘めぐみ/ナオ:斎賀みつき/迎井司:田中光/山田健斗:村瀬歩/兼近鳴海:木村良平/高嶺十貴子:津田美波
作品評価
商品情報
*1:Real Sound:『スキップとローファー』になぜ心を動かされるのか?アニメ監督×原作者インタビュー
*2:色彩心理と色彩文化については以下を参照した。
・大山正『色彩心理学入門 ニュートンとゲーテの流れを追って』,中公新書,1994年。
・松田隆夫・高橋晋也・宮田久美子・松田博子共著『色と色彩の心理学』,培風館,2014年。
・城一夫[監修]・色彩文化研究会[著]『配色の教科書』,パイ インターナショナル,2018年。
・南涼子『色彩心理配色アイデアブック』,ホビージャパン,2023年。
*3:出合監督によれば,アニメ化に際して高松からは「コメディだということは外さないで欲しい」という要望があったという。animate Times: アニメ『スキップとローファー』監督・シリーズ構成 出合小都美さんインタビュー
*4:『スキップとローファー』公式HP「MUSIC」のコーナーより。
*5:須田景凪「メロウ」(作詞:Keina Suda)より引用。
*6:『リズと青い鳥』Blu-ray特典オーディオコメンタリーより。
*7:ゲーテ(木村直司訳)『色彩論』,p.391,ちくま学芸文庫,2001年。
*8:同上,p.392。
*9:同上,p.385。