*この記事は『葬送のフリーレン』「#26 魔法の高み」のネタバレを含みます。
山田鐘人原作・アベツカサ作画/斎藤圭一郎監督『葬送のフリーレン』(以下『フリーレン』)各話レビューの第3弾として,今回は「#26 魔法の高み」を見ていこう。絵コンテ担当は斎藤圭一郎監督,原科大樹,岩沢亨,演出担当は『天国大魔境』(2023年)監督の森大貴である。戦闘シーンを中心に,〈対峙〉 の緊迫感を巧みに表現した話数である。
フリーレン vs コピーレン:力の応酬
これまでの記事でも強調してきたが,『フリーレン』というアニメの魅力は日常芝居にある。魔王が倒された後の世界の人々の営みを,美しい作画と美術,繊細な所作,的確な音響によって表現したことこそが,本作のアニメ班の最大の功績だろう。
一方で,そうした日常性とコントラストを成すように,要所で魔族や魔物の残党との戦闘シーンが挿入される点も注目に値する。とりわけ「#26 魔法の高み」では,「一級魔法使いの試験」という設定を忘れさせるほど苛烈なアクションが描かれている。
最もスペクタクルな見所としては、やはりフリーレンvsコピーレン戦での魔法の応酬だろう。
Aパート冒頭,コピーレンがブラックホールのようなものを放つシーン。周囲の物体を取り込んだ後,超新星のように大爆発を引き起こす。猛烈な爆風にフリーレンの髪が激しくたなびくが,その後ろの表情はあくまでも冷静だ。冷ややかな表情のカット(上図右下)が非常に印象的である。
このシーンは原作にはない完全アニメオリジナルだが,アニメ班の本気の遊び心を感じさせる。ブラックホールの辺りの作画を担当したのは,『呪術廻戦 渋谷事変』(2023年)の神回「#41 霹靂-弐-」にも作画として参加していたVercreekである。緻密かつダイナミックな作画を得意とするアニメーターだ。今後の活躍も楽しみである。
[ 葬送のフリーレン | #26 魔 法 の 高 み ]
— Vercreek (@Vercreek) 2024年3月9日
岩澤亨さんへのお恩返しとして、短いセグメントの手伝いをしました。フリーレンのマンガの大ファンなので、参加できて光栄でした。 また、中目さん、お誕生日おめでとうございます ^^/
#フリーレン #frieren pic.twitter.com/6Pmj2Sp8hy
— Vercreek (@Vercreek) 2023年11月16日
Bパート後半,激しさを増すフリーレンとコピーレンの攻防。赤と青で表された「ヴォルザンベル」,夢の世界のように彩り豊かな魔力の衝突,白で縁取られた「黒いゾルトラーク」*1 など,色彩解釈の自由度が高く非常に面白い。
ヴォルザンベルは遠藤正明,黒いゾルトラークは西田達三の担当であることが公式Twitterと制作進行の中目貴史のTwitterで明らかにされている。遠藤は『風の谷のナウシカ』(1984年)『天空の城ラピュタ』(1986年)『オネアミスの翼』(1987年)『もののけ姫』(1997年)『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021』(2022年)など,数多くの作品で原画やエフェクトを担当している。西田も『サマーウォーズ』(2009年)『かぐや姫の物語』(2013年)『バケモノの子』(2015年)などの多くの名作で作画や作監を担当した経歴を持つ。共にフリーレンとコピーレン,エゴとアルターエゴとの〈対峙〉を高い熱量で描き,この話数のクオリティに大きく貢献している。
自分の担当した原撮動画あがってましたので、ヴォルザンベルの当たりを少しだけお手伝いしました。本気で枚数制限無しでやったのでかなり使ったはず、動画仕上げ様有り難う御座います。🙇 https://t.co/hNdE6yKfGR
— 遠藤正明 (@T35endou) 2024年3月8日
26話「魔法の高み」大変な物量の話数でした…詳しくは後日にしますが、冒頭のVercreekさんのブラックホールに始まり、遠藤正明さんの地獄の業火、西田達三さんの黒いゾルトラークと大変豪華な話数になりました。それ以外のところも全部すごいのでぜひ見て下さい。#フリーレン
— 中目貴史 (@fyitofyito) 2024年3月9日
ユーベル vs ゼンゼ:“切る”というイメージ
〈対峙〉ということで言えば,ユーベルとゼンゼの過去の対話シーンの演出も優れていた。
ユーベルが机の上の鋏を手にして目の前にかざし,ゼンゼの頭を切るかのよう刃を閉じる。鋏には現在のユーベルの姿が映る。ところが布を裁断する姉の回想を挟んだ後のカットでは,鋏に不敵な笑みを浮かべた幼少時代のユーベルが映っている。“切る”というイメージにまつわる過去の体験を今ここに現前させつつ,格上の一級魔術師に対してすでに勝利を確信しているかのような笑みである。ユーベルが鋏を弄ぶ所作や,姉が手で布を払う所作など,細部の描写も極めて丁寧に作画されている。鋏のSEもとてもいい。冷たい金属音がユーベルの刃のように冷たい強さを補強するかのように鳴り響く。かつこのシーンは〈過去の現前〉という点において,しばしば挿入されるフリーレンの回想シーンとも相似を成している。『フリーレン』という作品のコアメッセージとマッチした優れたシーンだ。
このシーンもほぼすべてアニメオリジナルだ。公式Twitterによると,神取万由子が原画を担当している。
TVアニメ『葬送のフリーレン』
— MADHOUSE Inc. (@Madhouse_News) 2024年3月8日
ご視聴ありがとうございました✨
第26話「魔法の高み」
🪄原画紹介🪄
担当:神取万由子さん
ゼンゼとユーベルの回想シーン#フリーレン #frieren pic.twitter.com/EnfFbK1Rij
ユーベル頭上からのフカンカットでは,極端なパースで2人の作画に大小の差をつけ,ユーベル=勝者,ゼンゼ=敗者という構図を明確に示している。この後に続く「もしかしたら私はあの時点でもう負けていたのかもしれない」というゼンゼのセリフを画で先取りしているかのようなカットだ。
さらに,原作ではおまけマンガとして書かれていた「髪の手入れ?地獄だよ。考えたくもない」というゼンゼのセリフを本編シーンに“昇格”させ,かつ「切ったらいいのに」というユーベルのアニオリセリフを追加している。ユーベルの中の“切る”というイメージの圧倒的な強さを的確に要約したシーンだ。
フェルン vs コピーレン:目と“心”
次にフェルンvsコピーレンの〈対峙〉を見てみよう。コピーレンが「あれ」を放つ直前のシーンである。
隙を突いてゾルトラークを連発したフェルンは,コピーレンに致命傷を負わせることに成功する。手負のコピーレンにとどめを刺そうとするフェルン。この際のカメラワークが巧みだ。
カメラはフェルンの横顔を捉える。彼女がとどめを刺そうする決意する刹那,カメラはぐっとポン寄りしてその目の表情を仔細に捉える。その直後のコピーレンのカットでもほぼ同様のカメラワークがリフレインされる。コピーレンの表情を正面から捉えたカメラが,ぐっと寄っていって“憎悪”に満ちた目をアップで大写しにする。作画そのものだけでなく,カメラワークによって目の表情と心の動き(コピーレンに心はないのだが)を表現し,かつ小気味のよいリズムも生み出している。シンプルに見えるが,緊迫感のある極めて優れた演出だ。個人的には本話数で最も評価したいシーンである。
この後,コピーレンはフェルンをして「魔法の高み」と言わしめる謎の攻撃を放つ。「あれを見せるほど追い詰められたのは80年振りかな」というフリーレンのセリフから,これが魔王戦で使われたものであることがわかる。コピーレンとフェルンの間で,かつての魔王戦に匹敵する〈対峙〉が再演されていたことになる。
フリーレン vs フェルン:勝機
最後に,フリーレンとフェルンの〈対峙〉を見てみよう。先ほどのコピーレンの「あれ」の少し前に挿入される対話のシーンである。
フリーレンを気遣うフェルンの表情や,優しく肩を叩くフリーレンの手の所作などが丁寧に描写されている。フェルンの目線,肩に置かれた手,わずかに揺れるカメラなどから,フリーレンの主観カットであることが示される。対話の中で他者の表情を〈見る〉という行為が作画によって強調されている。ちなみにこの辺りのカットにひらおかえみが参加していることが,本人のTwitterアカウントにより明らかにされている。
葬送のフリーレン26話、ほんの少しですがL/Oで参加いたしました!
— ひらおか (@subayaimo) 2024年3月9日
予告に使われてるフェルンが肩に手を置かれ振り向いてるカットとフリーレンが振り向いてるカットなどです。
大好きな作品に関われて光栄です! https://t.co/iWLawFnTla
「だって“私”はフェルンのことをなめているから」のカットでフェルンの主観視点(ここでもカメラはわずかに揺れている)に切り替わった後,カメラはフェルンの口元を写す。目の表情を捉えず,口元の芝居だけでフェルンの心理を描写しているのも効果的だ。
この後,フリーレンとフェルンが黒地の両端に配された客観視点のカットが挿入される。2人はわずかに微笑んでいる。2人の間の信頼と緊張感と絶妙な距離感が同時に示された,非常に優れた構図だ。
思えばこの話数のアバンは,ゼンゼの「お前を殺す者がいるとすれば,それは魔王か,人間の魔法使いだ」というセリフから始まっていた。コピーレンという存在を媒介に,エルフと人間の〈対峙〉というーおそらく実際にはあり得ないであろうー可能性を示す。これがこの話数のライトモチーフだったことがわかる。
作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Twitterアカウントなど
【スタッフ】
原作:山田鐘人(原作)・アベツカサ(作画)/監督:斎藤圭一郎/シリーズ構成:鈴木智尋/キャラクターデザイン・総作画監督:長澤礼子/音楽:Evan Call/コンセプトアート:吉岡誠子/魔物デザイン:原科大樹/アクションディレクター:岩澤亨/デザインワークス:簑島綾香,山﨑絵美,とだま。,長坂慶太,亀澤蘭,松村佳子,高瀬丸/美術監督:高木佐和子/美術設定:杉山晋史/色彩設計:大野春恵/3DCGディレクター:廣住茂徳/撮影監督:伏原あかね/編集:木村佳史子/音響監督:はたしょう二/アニメーション制作:マッドハウス
【キャスト】
フリーレン:種﨑敦美/フェルン:市ノ瀬加那/シュタルク:小林千晃/ヒンメル:岡本信彦/ハイター:東地宏樹/アイゼン:上田燿司
【「#26 魔法の高み」スタッフ】
脚本:鈴木智尋/絵コンテ:斎藤圭一郎,原科大樹,岩澤亨/演出:森大貴/総作画監督:長澤礼子/総作画監督補佐:藤中友里/作画監督:廣江啓輔,瀬口泉,新井博慧,八重樫優翼/アクション作画監督:岩澤亨
原画:阿部純子,神取万由子,亀澤蘭,小橋弘侑,西田達三,廣江啓輔,八重樫優翼,山﨑絵美,山脇僚太,遠藤正明,大橋実,木曽勇太,銀杏豆太郎(渡邊啓一郎?),久保まさひこ,三宮哲太,湿気った皆絵馬(前並武志?),下谷早苗,橋本治奈,ひらおかえみ,平田有加,松田隼人,丸山修二,芳山優,Aditya,Mahmoud,Michael Sung,Saucelot,Saurabh Singh,ship,Vercreek,飛鴻動畫,枼瀚文,哈魯,OUTLINE,あいう
この他,この話数に携わったすべての制作スタッフに惜しみない拍手を。
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【原作マンガ】
*1:「黒いゾルトラーク」については,原作コミック9巻に一級魔法使いのレルネンが使用する描写があるが,その詳細についてはわかっていない。