アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

TVアニメ『葬送のフリーレン』(2023年秋)第1〜4話の演出について[考察・感想]

この記事は『葬送のフリーレン』第1話「冒険の終わり」第2話「別に魔法じゃなくたって…」第3話「人を殺す魔法」第4話「魂の眠る地」のネタバレを含みます。

第1話「冒険の終わり」より引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

frieren-anime.jp


www.youtube.com

2023年秋アニメ最有望株として注目される,山田鐘人原作・アベツカサ作画/斎藤圭一郎監督『葬送のフリーレン』(以下『フリーレン』)。初回は「金曜ロードショー」の枠内で4話連続2時間スペシャルで放送され,作画,演出,音響,劇伴等あらゆる面において,斎藤率いるアニメ班の技量の高さを見せつけた。今回はこのスペシャルで放送された第1話から第4話までの演出を見ていこう。

 

青の“余白”:涙の色

当然のことだが,マンガのコマ割りとアニメのカメラワークはまったく概念が異なる。マンガではコマの大小や形状が一種の“演出”として機能するが,アニメでは画面比率が16:9に固定され,その大きさは常に一定だ。したがって,マンガからアニメへのコンバートは素人が考える以上に複雑な構図調整のプロセスを要する。最近では,『THE FIRST SLAM DUNK』(2022年)を制作した井上雄彦が,上記のような媒体間の差異に関して「自分の描いた絵がそのまま映画のスクリーンに映ることはない」*1 と自らの苦労を吐露したことが記憶に新しい。

では『フリーレン』の斎藤圭一郎監督は,16:9という画面比率をどう使ったか。最も特徴的なのは,コマを単純に拡大するのではなく,キャラクター周りの空間を延長することで青空を“余白”として加算し,逆に画面の情報量を減算した点だろう。

第1話「冒険の終わり」より引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会
第2話「別に魔法じゃなくたって…」より引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

上の画像からもわかるように,青空のスカイブルーだけがキャラクターの周辺を取り囲むカットが多用されている。相対的にキャラクターが小さく配置されるカットも少なくない。この延長された“余白”が,悠久の時を生きるエルフ・フリーレンの広大な内的時間性とぴたりと重なり,キャラクターたちのゆったりとした歩行速度(これは本作アニメ化における最大のキーポイントでもある)とも相まって,作品全体のゆったりとした時間感覚を生み出している。この辺りは原作マンガと構図の違いを比較してみると面白いだろう。斎藤監督の作品解釈が明確に表れている点である。

この贅沢なほどの“余白”を下地に,美しい色彩,Evan Call氏の楽曲,声優陣の穏やかな演技,キャラクターの細やかな芝居,そして暖かなエピソードが,まるで画用紙に水彩絵の具を置いていくかのように,丁寧に繊細に描き込まれている。そうした印象の作品だ。

とりわけキャラクターの動作の芝居は目を引く。アクションシーンが少ないため目につきにくいが,日常的な動作のアニメーションが極めて丁寧に作り込まれている。一例を挙げるならば,第1話「冒険の終わり」の祭りのシーンで,食べ物を手にしたフリーレンがはしゃぐ子どもたちを避けるカットだ。

第1話「冒険の終わり」より引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

単にモーションの描写が丁寧だというだけでない。子どもたちの生き生きとしたアクティブな表情・所作と,フリーレンの淡々としたパッシブなそれとを対比させることにより,今を生きる“短命”の人間と悠久の時を生きるエルフとの内的差異を印象付けた,たいへん優れたカットである。

さて,話を“青”に戻そう。この作品において“青”そのものは何を語っているだろうか。

『スキップとローファー』(2023年)のレビューでも言及したが,“青”という色彩の持つ感情価は両価的である。それは一方で清爽感や透明感を表示し,他方では寂寥感や悲哀を表示する。

www.otalog.jp

『フリーレン』において,そうした青の両価性は,魔王討伐後の平和で穏やかな世界という外的世界と,ヒンメルを理解できなかったフリーレンの後悔と悲哀という内的世界に対応している。特に後者の色彩意味作用は,フリーレンというキャラクターを構成する要素として極めて重要だ。第1話のヒンメルの葬儀のシーンを見てみよう。

第1話「冒険の終わり」より引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

ヒンメルの葬儀はーーまさしくその「天空」という名の連想としてーー透徹した青空の下で行われる。フリーレンは「…だって私,この人の事何も知らないし…たった10年一緒に旅しただけだし…人間の寿命は短いってわかっていたのに…なんでもっと知ろうと思わなかったんだろう…」と言って涙を流し始める。まるで「フリーレン=氷結」が,その凍てついた心をわずかに溶かすかのように。棺に土を被せるスコップの機械的な音が,フリーレンの心に楔を穿つかのように鳴り響く。

最初,カメラはフリーレンの表情を直接捉えず,ハイターとアイゼンの顔や回想シーンだけを写す。その後,初めてその泣き顔を大写しにし,最後にハイターとアイゼンが無言でフリーレンを慰めるカットが挿入される。このフリーレンの涙ーー人を知り得なかった後悔ーーは,今後の物語において重要な意味を持つ。それを巧みなカメラワークで視聴者に印象付けた優れた演出だ。そしてほぼすべてのカットに青空が“余白”として使われている。そこには,フリーレンの涙の色がそのまま天空に転写されたかのように,透明な寂寥感と悲哀が表されている。

 

青と赤の間(あわい)

この“青”のイメージは,第2話「別に魔法じゃなくたって…」における「蒼月草」のイメージに引き継がれていく。ターク地方に到着したフリーレンとフェルンは,村の薬草家に請われてヒンメルの銅像を清掃する。その後,フリーレンは像の周囲に彼の故郷の花である蒼月草を植えることを思いつく。絶滅したとされるこの花の捜索に難儀しながらも,やがて彼女は廃墟と化した塔の上でひっそりと繁茂する蒼月草を発見する。

第2話「別に魔法じゃなくたって…」より引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

蒼月草の寒色と夕暮れの暖色の取り合わせが美しい。そもそも第2話は,余白としての“青”に対し,ターク地方の植生,薬草家の住居内のドライフラワー,秋の紅葉などの多様な色味が加味されるカットが多い。

第2話「別に魔法じゃなくたって…」より引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

まるで蒼月草の探索の中で,フリーレンの「氷結」の心が夕暮れの陽光を受けて暖かな熱を帯びていくかのような色彩設計だ。

 

夕暮れと日の出:心の色

第3話と第4話にも,フリーレンの内的変化を暖色系の色彩に反映させた演出が見られる。

第3話「人を殺す魔法」では,海辺の近くの店でフリーレンがフェルンに髪飾りをプレゼントするシーンが描かれる。

第3話「別に魔法じゃなくたって…」より引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

フェルンに「今日の気分」を当てられたフリーレンは,かつてヒンメルにも「今日の気分」を当てられたことをデジャヴ的に思い出す。しかし彼女はフェルンのことを“知らない”と思っている。ちょうど彼女がヒンメルのことを“知らない”と思っていたように。フリーレンは「私はフェルンのこと何もわからない。だから,どんな物が好きなのかわからなくて…」と言ってフェルンに髪飾りを渡す。するとフェルンは「あなたが私を知ろうとしてくれたことが,堪らなく嬉しいのです」と答える。ここで彼女は,〈他者の願望の知識〉ではなく,〈他者の願望の想像〉という心的過程こそが人間にとって大切なものであることに気付かされる。フリーレンのこの気づきに呼応するかのように,背後には美しい夕暮れの風景が広がる。

第4話「魂の眠る地」では,グランツ地方に辿り着いたフリーレンとフェルンが、地元の老人から海岸の清掃を依頼される。雪雲が重く垂れ込める冬空の下,二人は海岸に漂着した船の残骸を魔法を使って片付けていく。作業が終わるころ,凍てつくようだった灰色の風景は,暖かみ帯びた赤へと変わっていく。

第4話「魂の眠る地」より引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

その後,フリーレンはかつて魔王討伐の冒険時に見そびれた「新年祭の日の出」を見ることにする。早起きが苦手はフリーレンにとって,日の出そのものには何の興味もない。むろん,ヒンメルたちを「知る」ためにそうするのである。

結局,日の出を見ても何の感興もわかなかったフリーレンは,フェルンに帰ろうと言い差すが,フェルンの方は日の出の美しさにすっかり魅せられている。フリーレンにとっては,日の出よりもフェルンのその横顔の方が眩しく映る。

第4話「魂の眠る地」より引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

フェルン:フリーレン様,とても綺麗ですね。
フリーレン:そうかな。ただの日の出だよ。
フェルン:でもフリーレン様,少し楽しそうです。
フリーレン:それはフェルンが笑っていたから…

この時フリーレンは,フェルンの喜ぶ姿を喜んでいる自分に気づき,「私一人じゃこの日の出は見れなかったな」と呟く。これに対し,フェルンは「当たり前です。フリーレン様は一人じゃ起きられませんからね」と返すのだが,実際,フリーレンがこのやり取りで感じていたものは,〈他者の喜びの喜び〉に他ならない。あるいはロラン・バルトに倣って〈喜びとは,他者の喜びである〉と言ってもいいかもしれない。いずれにせよフリーレンは,ここで人間の喜びの〈間主観性〉に気づいたのだ。この“発見”に口元をほころばせるフリーレンを,「新年祭の日の出」が暖かく照らす。

 

人は他者の願望を想像し,他者の喜ぶ姿を喜ぶ生き物である。

フリーレンのように何千年もの寿命を生きる存在は,言うまでもなく架空の存在である。しかしそのような架空の存在を措定することによって,人間の在り方の断片が逆照射されてくる気がしてくる。『葬送のフリーレン』という作品は,そのような内省を促す作用を持っていると言えるかもしれない。第1話から第4話までのアニメーションは,本作の心的作用を見事に映像化し得ていたと言える。

 

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:山田鐘人(原作)・アベツカサ(作画)/監督:斎藤圭一郎/シリーズ構成:鈴木智尋/キャラクターデザイン・総作画監督:長澤礼子/音楽:Evan Call/コンセプトアート:吉岡誠子/魔物デザイン:原科大樹/アクションディレクター:岩澤亨/デザインワークス:簑島綾香山﨑絵美とだま。長坂慶太亀澤蘭松村佳子高瀬丸/美術監督:高木佐和子/美術設定:杉山晋史/色彩設計:大野春恵3DCGディレクター:廣住茂徳/撮影監督:伏原あかね/編集:木村佳史子/音響監督:はたしょう二/アニメーション制作:マッドハウス

【キャスト】
フリーレン:
種﨑敦美/フェルン:市ノ瀬加那/シュタルク:小林千晃/ヒンメル:岡本信彦/ハイター:東地宏樹/アイゼン:上田燿司

【第1話「冒険の終わり」スタッフ】
脚本:
鈴木智尋/絵コンテ:斎藤圭一郎/演出:辻彩夏/作画監督:長澤礼子

【第2話「別に魔法じゃなくたって…」スタッフ】
脚本:
鈴木智尋/絵コンテ・演出:北川朋哉/演出:辻彩夏/作画監督:簑島綾香/総作画監督:長澤礼子

【第3話「人を殺す魔法」スタッフ】
脚本:
鈴木智尋/絵コンテ・演出・作画監督:原科大樹/総作画監督:長澤礼子

【第4話「魂の眠る地」スタッフ】 
脚本:
鈴木智尋/絵コンテ:川尻善昭/演出:松井健人/作画監督:辻彩夏/総作画監督:長澤礼子

 

関連記事

www.otalog.jp

www.otalog.jp

www.otalog.jp

www.otalog.jp

www.otalog.jp

 

商品情報

 

*1:『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』,p.81,SHUEISHA,2022年。