*この記事は『ダンジョン飯』第7話「水棲馬/雑炊/蒲焼き」と第8話「木苺/焼き肉」のネタバレを含みます。
対比Ⅰ
物語はいかに〈対比〉構造を効果的に使うかが重要だ。キャラ造形,画作り,色彩,音響,いずれの要素においても,的確なコントラスト表現は物語に緩急を生み出し,作品にメリハリを付ける。
上の画像は第7話「水棲馬/雑炊/蒲焼き」でマルシルが見せたご満悦の笑顔だ。マルシル特有の丸みを帯びた“エルフ耳”を始め,輪郭,細めた目と口元のライン,少し下がった眉など,一つひとつの描線が柔らかく魅力的に描かれている。しかしその背後には,ライオスが料理に忍ばせた魚人の卵を食したというグロテスクな事実がある。だからこそ,このとびっきりの2次元の笑顔に独特の奥行きが生まれる。
その後のマルシルの挙動も面白い。ごちそうを思い浮かべながらイカ・タコの美味を嬉々として語ったかと思えば,足下のクラーケンの死体が“ごちそう”であることを気付かされ自らの失言を悔やむ。クラーケンの寄生虫を食わされる運命に泣嘆したかと思えば,その調理の匂いに文字通り垂涎する。クルクルと変わるマルシルの表情が楽しい。言うまでもないことだが,マルシルの“キモい”と“美味しい”の間の反復横跳びこそがこの作品の最大の魅力の1つである。
第7話は,このマルシルを中心に,キャラの魅力を的確に引き出した“うまい”作画が特徴だ。全体的に柔らかめの主線で描かれており,『ダンジョン飯』という作品の特色をよく表した作画だと言える。
それだけに,“モブキャラ”の魚人が目一杯不気味に描かれているのがまた面白い。人間に近いから不気味なのか,魚に近いから不気味なのか。その境界の曖昧さがうまく画に落とし込まれており,ライオスとチルチャックの「魚人問答」にも説得力が生まれている。
対比Ⅱ
第8話「木苺/焼き肉」Aパートでは,マルシルの魔法学校時代の回想が語られる。
初々しい生徒たちによる長閑な学校生活。第7話に続き描画の印象は柔らかい。この辺り,さすが『リトルウィッチアカデミア』(TVアニメ:2017年)のTRIGGERという画捌きだ。ちなみに監督の宮島善博,副監督の佐竹秀幸,シリーズ構成のうえのきみこ,キャラクターデザインの竹田直樹,モンスターデザインの金子雄人らを含め,多くのスタッフが『リトルウィッチアカデミア』にも参加している。
この魔法学校の回想でもっとも注目すべきは,マルシルとファリンの描写である。
“いい感じの棒”を振り回し,バッタを追いかけ,木苺を頬張るファリンの“奇行”に,「学校はじまって以来の才女」マルシルは戸惑いの表情を見せる。〈マルシル=才女/ファリン=自然児〉というキャラの〈対比〉がここに生まれている。天真爛漫なファリンの所作が丁寧にアニメートされており,キャラの魅力を的確に伝えている。
ファリンがフードから手紙を出すカット。ポージングや所作芝居などが,ファリンの“ふしぎちゃん”要素をうまく表現している。原作にはないカットだが,ファリンのキャラを的確に要約した優れたカットだ。
突然現れたスライムを魔法で焼き払おうとするマルシル。ダンジョンの生態系においてスライムの存在が必須であることを知るファリンは,マルシルを必死に止めようとする。〈マルシル=座学/ファリン=実地〉という〈対比〉が生まれる。ちなみにこの対比は〈マルシル/センシ〉という〈対比〉にも対応する。この世界におけるダンジョンの秘密にも深く関わるキャラ配置であると言える。
ファリンがくれた木苺をほおばるマルシル。自分の勉強不足を素直に認め,自分にないものを持つファリンに惹かれていく様子は,マルシルというキャラの爽やかな柔軟性を感じさせる。木苺を食べた時の小さな「おいしい」は,本作におけるマルシルの「おいしい」の原点なのかもしれない。ここで登場したダンジョンを含め,『ダンジョン飯』という作品の“ミニチュア”のようなシークエンスである。
第8話Bパートでは,ウンディーネ登場以降の作画が特に目を引く。
第7話から第8話Aパートまで続いた柔らかい描線から,シビアな描線へと俄かに一変する。特にウンディーネと戦うマルシルの作画は,これまでと比べて顔の造作やプロポーションにも大きな違いが見られる。本記事冒頭の満面の笑みのマルシルと比べれば,その違いが明らかだろう。魔力を帯びた水からの光によって影が濃く出た表情も,シーンの深刻さにマッチしている。
AパートとBパートの間で作画の〈対比〉が生まれ,話数全体の中で大きなメリハリがついている。こうした作画の変化を嫌う向きもあるため,それなりにリスクのある演出ではあるが,考えてみれば同じ作品でキャラの相貌が変化するというのはアニメならではの技法なのだ。“味変”ならぬ“作変”を楽しむのもアニメの醍醐味と言っていい。
ちなみに上の画像左(ウンディーネに魔法を放つマルシル)は第3話「動く鎧」で絵コンテを手がけた菅野一期の原画,右(ウンディーネから逃げるライオス一行)は当ブログでも常連となった五十嵐海の原画だ。菅野の描線が戦闘のシビアさを伝え,五十嵐がそれをダイナミックに崩す。2人のコンビネーションが活きている。
TVアニメ『ダンジョン飯』
— TRIGGER Inc. (@trigger_inc) 2024年2月22日
第8話ご視聴ありがとうございました🍽
■絵コンテ
米森雄紀
■演出
下平佑一
■作画監督
郡安俊平・佐藤皓宏
■モンスター作画監督
金子雄人
■制作進行
東郷吉隆
参加したスタッフの皆様、ありがとうございました‼️… pic.twitter.com/HPpQlwlsvQ
作画の統一感を狙った第7話と,Bパートで統一からの逸脱を狙った第8話。この2つの話数自体が相互に〈対比〉の関係になっているとも言える。こうした話数間の連携も面白い。『ダンジョン飯』はTRIGGERの豊富な技の手数を楽しめる作品でもあるのだ。
この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。
作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Twitterアカウントなど
【スタッフ】
原作:九井諒子/監督:宮島善博/シリーズ構成:うえのきみこ/キャラクターデザイン:竹田直樹/モンスターデザイン:金子雄人/コンセプトアート:嶋田清香/料理デザイン:もみじ真魚/副監督:佐竹秀幸/美術監督:西口早智子,錦見佑亮(インスパイア―ド)/美術監修:増山修(インスパイア―ド)/色彩設計:武田仁基/撮影監督:志良堂勝規(グラフィニカ)/編集:吉武将人/音楽:光田康典/音楽制作:KADOKAWA/音響監督:吉田光平/音響効果:小山健二(サウンドボックス)/録音調整:八巻大樹(クラングクラン)/アニメーションプロデューサー:志太駿介/アニメーション制作:TRIGGER
【キャスト】
ライオス:熊谷健太郎/マルシル:千本木彩花/チルチャック:泊明日菜/センシ:中博史/ファリン:早見沙織/ナマリ:三木晶/シュロー:川田紳司/カブルー:加藤渉/リンシャ:高橋李依/ミックベル:富田美憂/クロ:奈良徹/ホルム:広瀬裕也/ダイア:河村螢/シスル:小林ゆう
【第7話「水棲馬/雑炊/蒲焼き」スタッフ】
脚本:佐藤裕/絵コンテ:宮島善博/絵コンテ協力:佐竹秀幸,竹田直樹,清田千萌,大井翔/演出:中野広大/総作画監督:竹田直樹/作画監督:芳垣祐介,半田修平,竹田直樹/作画監督補佐:波賀野義文,千葉一希/モンスター作画監督:金子雄人
原画:米田温,曾品喬,蔣平翊,長谷川哲也,折原貴志,芳垣祐介,三木達也,渡部由紀子,中務泰山,千田崇史,森美咲,黄志龍,大谷彩絵,宇田早輝子,頼志青,堀尾鉱,土肥志文,齋藤拓矢,林可爲,児玉莉乃,蔡孟書,翁靖翔,范言新,岩崎洋子,はるき,真野佳孝,佐竹秀幸,関みなみ,大成麻子,仁井宏隆,山口杏奈,氷室陽,小林優子,伊藤公景,すしお,山口美衣,大井翔,川窪達郎,丹羽弘美
【第8話「木苺/焼き肉」スタッフ】
脚本:樋口七海/絵コンテ:米森雄紀/演出:下平佑一/総作画監督:竹田直樹/作画監督:郡安俊兵,佐藤皓宏/モンスター作画監督:金子雄人
原画:荒井洋紀,波賀野義文,郡安俊兵,ベラス,Nogya,岩崎洋子,菅野一期,五十嵐海,林可爲,横山麻華,川窪達郎,佐藤皓宏,はるき,安部葵,山口美衣,岩渕いづみ,大井翔,森美咲,鄭佳湄
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