アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

TVアニメ『呪術廻戦 懐玉・玉折』(2023年夏)第29話の演出について[考察・感想]

この記事は『呪術廻戦 懐玉・玉折』「#29 玉折」のネタバレを含みます。

「#29 玉折」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

jujutsukaisen.jp


www.youtube.com

芥見下々原作のTVアニメ『呪術廻戦 懐玉・玉折』は,監督が第1期の朴性厚から御所園翔太に交代し,演出方針が大きく変化したことでも注目を集めている。今回の記事では,絵コンテ:御所園翔太/演出:なかがわあつしによる「#29 玉折」を観てみよう。五条&夏油の回想編である「懐玉・玉折」の最終話とあって,様々な演出技術が披露された見所の多い話数となった。

 

距離

まずはAパートを観てみよう。夏油と硝子が五条の「術式対象の自動選択」の実験を手伝うシーンだ。

「#29 玉折」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

きつめのパースによって遠近を強調した空間把握が面白い(上図左・中)。夏油&硝子と五条との間の距離が極端に引き伸ばされているようだ。また俯瞰から捉えたカット(上図右)では,両者の間を巨木が大きく割り込んでいる。覚醒によって最強となった五条が“遠い”存在となったことを示しているのか。あるいは夏油と五条との間に生じつつある心の距離を暗示しているのか。いずれにせよ,このキャラクターたちの間にただならぬ事態が生じつつあることを,比較的日常的な風景の中で示した興味深いシーンだ。

また,距離感ということで言えば,五条が伏黒恵に会いに行くシーンも面白い。

「#29 玉折」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

恵の影に五条の影が重なる(ちょっとした光学的“嘘”だ)。恵の不機嫌な顔と五条の不愉快な顔がぶつかる。

「#29 玉折」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

その後,カメラは板塀の穴らしき場所から2人を捕える。先ほどの巨木と同様,電柱が2人の間に割り込む五条の影が恵を覆い尽くし,全カゲとなった恵のクールな眼差しが五条を見上げる。「強くなってよ。僕に置いていかれないくらい」という五条の印象的なセリフがシーンを締めくくる。五条&恵の距離感と五条の圧倒的な存在感を非アクション的なカットで演出した名シーンだ。

 

モブ=das Man,あるいは“サル”

この話数では,いわゆる“モブ”の描き方もきわめて興味深い。

五条の圧倒的な強さを見せつけられると同時に,呪術師の仕事に疑問を抱き始める夏油。彼は孤独とともに大きな虚しさを感じるようになる。

「#29 玉折」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

夏油が電車に乗るカット(このカット自体は原作にはない)に「祓う 取り込む その繰り返し」というモノローグが重なる。電車には会社員らしきモブたちの姿が見える。まるで反復・量産される呪術師の仕事が,反復・量産される会社員の日常になぞらえられているかのようだ。そこに盤星教教徒たちの反復・量産されたモブスマイルが重なる。一人シャワーを浴びる夏油が,「猿め…」と独りごつ。ちなみに原作ではこの時の夏油の表情を斜め横から捕らえているが,アニメではほぼ真正面のアップで捕らえている。

このモブのイメージは,大量殺人後の夏油を新宿で五条が捕らえるシーンに受け継がれる。このシーンについては,朴性厚監督『呪術廻戦0』(2021年)の同シーンと比較してみると面白い。

上:「#29 玉折」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会/下:『劇場版 呪術廻戦0』より引用 © 2021「劇場版 呪術廻戦 0」製作委員会 ©芥見下々/集英社

モブを影にし,夏油と五条だけを浮かび上がらせた朴の『0』(上図上)と比べ,御所園の『懐玉・玉折』では,2人の周囲のモブにたっぷり光を当てて存在感を強調している(上図下)。あたかも“衆人環視のもとでの決意表明,あるいは訣別”といった様相を呈しており,光量が多いにもかかわらずむしろ異様な雰囲気すらある。モブたちは皆一様に同じ方向を向いて歩いており,その動きはまるでロボットのように単調だ。彼らを「猿」と貶める夏油のアップではモブが夏油に対して順方向に歩き(上図左下),彼らを“救う対象”として捉える五条のアップでは五条に背を向けている(上図下中)というアイロニーも面白い。

ところで,このような印象的なモブの描き方を観ると,幾原邦彦監督『輪るピングドラム』(2011年)や『さらざんまい』(2019年)の“ピクトグラム人間”などを想起する人もいるだろう。

左:『輪るピングドラム』01「運命のベルが鳴る」より引用 ©︎ikunichawder/pingroup/右:『さらざんまい』第一皿「つながりたいけど,偽りたい」より引用 ©︎イクニラッパー/シリコマンダーズ

異常事態に置かれた主人公を取り巻く,無個性なマスプロとしてのdas Man(ハイデガー)。アニメにおけるモブ(mob:群衆)は“脇役”と認識されることがほとんどだが,場合によっては主人公たちの取り巻く環境を能弁に語ることもあるのだ。優れたモブ描写の一例として記憶に留めておくべきシーンである。

www.otalog.jp

 

雨上がり:傑と悟の想い出(?)

最後に“雨”の演出について言及しておこう。

九十九由基によって「非術師だけの世界」の可能性を示唆された夏油は,「非術師を見下す自分」と「それを否定する自分」との間で大きく揺れ動く。この時,それまで晴れ渡っていた空から,何かを思い出したかのように大粒の雨が降り出す。

上:「#29 玉折」より引用/下:エンディング・アニメーションより引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

九十九由基との会話が終わると,雨は嘘のように上がって青空が見え始める。この“雨上がり”のシーンは,新井陽次郎が絵コンテ・演出を手がけたエンディング・アニメーションのイメージにきれいにつながる。ひょっとしたら,夏油傑と五条悟にとって“雨上がり”は大切な想い出だったのかもしれない。殺戮と救済の間で揺らいでいた夏油の脳裏には,五条悟との想い出という最後の“楔”が残っていたのかもしれない。そんなことを思わせる美しい演出だ。とは言え,この“雨上がり”が彼の凶行を食い止めることは結局なかったわけだが。

 

御所園翔太の技

本作が初監督となる御所園翔太は,現在はMAPPA に所属している。最近の作品で言えば『王様ランキング』(2022年)の第七話「王子の弟子入り」第二十一話「王の剣」の絵コンテ・演出の仕事が記憶に新しい。特に第二十一話は,ダイダ=ボッス王の巨大化,きついパースの活用,大胆なカメラ配置など,ユニークな演出の光る話数として大いに話題になった。

『王様ランキング』第二十一話「王の剣」より引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

www.otalog.jp

『懐玉・玉折』の評価も好調だ。今後,MAPPAの多彩な“顔”の1つとして活躍していくことになるだろう。要注目の作家である。 

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:芥見下々/監督:御所園翔太/シリーズ構成・脚本:瀬古浩司/キャラクターデザイン:平松禎史小磯沙矢香/副監督:愛敬亮太/美術監督:東潤一/色彩設計:松島英子CGIプロデューサー:淡輪雄介3DCGディレクター:石川大輔(モンスターズエッグ)/撮影監督:伊藤哲平/編集:柳圭介/音楽:照井順政/音響監督:えびなやすのり/音響制作:dugout/制作:MAPPA

【キャスト】
五条悟:中村悠一/夏油傑:櫻井孝宏/家入硝子:遠藤綾/天内理子:永瀬アンナ/伏黒甚爾:子安武人

【「#29 玉折」スタッフ】
脚本:
瀬古浩司/絵コンテ:御所園翔太/演出:なかがわあつし/演出協力:新沼拓也山﨑爽太/総作画監督:山﨑爽太

 

 

関連記事

www.otalog.jp

www.otalog.jp

 

商品情報