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TVアニメ『呪術廻戦 渋谷事変』(2023年秋)第37話の演出について[考察・感想]

この記事は『呪術廻戦 懐玉・玉折/渋谷事変』「#37 赫鱗」のネタバレを含みます。

「#37 赫鱗」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

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芥見下々原作/御所園翔太監督『呪術廻戦 懐玉・玉折/渋谷事変』各話レビュー第2弾として,今回は「#37 赫鱗」を取り上げる。絵コンテ・演出は,ともにTRIGGER出身の荒井和人砂小原巧。アニメオリジナルのシンボリックな演出を随所に散りばめ,渋谷というトポスとキャラクターたちを重ね合わせながら,原作の魅力を最大限にアンプリファイした素晴らしい話数となった。

 

渋谷-トポスという状況の中で

都市の風景そのものとしての,複数併設された標識。歩行者通行止の標識に虎杖悠仁の影が重なる。

「#37 赫鱗」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

標識のピクトグラムと虎杖の身体とが一体化することにより,この物語が渋谷という都市-トポスで発生しているという事実が再確認される。「渋谷事変」と銘打った本作において,この冒頭シーンはきわめて意味深い。

「#37 赫鱗」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

虎杖が首都高から歩道橋,階段,案内標識へと飛び移るカットからもわかるように,いまや虎杖たちの行動は,渋谷という都市-トポスによって条件づけられている。渋谷は単なる“背景美術”として物語の背後に退くのではなく,むしろキャラクターたちの行動を制約し,条件づけ,生み出す“環境”として機能する。人類学者のルーシー・サッチマンに倣って言えば,「彼らの行動は渋谷という都市-トポスの中に埋め込まれている」ということになるだろうか。*1

 

ピクトグラムの世界

虎杖は渋谷駅の地下通路を疾走する。まるで都市-トポスの体内へと降りていくかのように。渋谷の地下通路を利用したことのある者であれば周知の通り,そこは無数のピクトグラムや誘導灯がひしめき合う“記号の世界”だ。本来の機能を停止し,虎杖を誘い込むようにそこかしこで囁き始める“記号”たちを,カメラが次々と捉えていく。

「#37 赫鱗」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

かくして虎杖は,彼に弟たちを殺され悲憤に血を滾らせた脹相と対峙する。彼の放った「穿血」によって,先の標識のピクトグラム=虎杖のシンボルが寸断されるカットは,虎杖ら呪術師たちの身体と渋谷-トポスの共鳴,その命運の重なり合いを暗示しているかのようでもある。「渋谷事変」というシリーズタイトルをうまく“回収”した,見事な導入部だ。

「#37 赫鱗」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

脹相の攻撃によって破壊された誘導灯が火花をちらす。「バシンバシン」というスパーク音に合わせて,虎杖の脳裏に壊相と血塗の姿がフラッシュバックする。

「#37 赫鱗」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

ここでも,ピクトグラムの悲鳴のようなスパーク音と虎杖の心象を同期させることにより,渋谷-トポスと虎杖との間に共鳴現象のようなものが生みだされている。原作を踏襲しつつも,アニメ独自のリズム感を創出し,渋谷という都市-トポスの中に登場人物をリアルに定位させたーあるいは両者を一体化させたー巧みな演出と言える。

虎杖とメカ丸のやりとりの中には,渋谷のピクトグラムを利用した非常に面白い演出が見られる。

「#37 赫鱗」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

メカ丸が脹相の「赤血操術」について説明し始めると,それに呼応するかのように,虎杖の背後にある電光掲示板に説明セリフの文字列が映し出される。キャラクターのセリフと背景美術が一体となる。

左『美少女戦士セーラームーン』第31話より引用 ©︎武内直子・PNP・テレビ朝日・東映アニメーション/中『化物語』第二話より引用 ©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト/右『魔法少女まどか☆マギカ』第2話より引用 ©︎Magica Quartet/Aniplex・Madoka Partners・MBS

背景美術に埋め込まれた文字列に能弁に語らせる演出は,TV版『美少女戦士セーラームーン』(1992-1997年)の第31話「恋されて追われて!ルナの最悪の日」や,『物語シリーズ』(2009-2019年),『魔法少女まどか☆マギカ』などを想起させるだろう。背景美術が“背景”であることをやめ,一つのキャラとしての存在感を持ちながら前景化してくるとも言える。

 

脹相戦:広と狭,「存在しない記憶」

本話数の目玉である虎杖vs脹相戦では,地下通路の広い空間と公衆トイレの狭い空間が対比させられる。

「#37 赫鱗」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

遠隔戦闘・脹相の“広”と近接戦闘・虎杖の“狭”の間合いが,卓越した空間描写によってきれいなコントラストを成している。このシークエンスは速度も速くカット数も多いが,カメラワークに無駄や破綻がなく,情報の混乱をまったく感じさせない。特にトイレの狭小空間でのカメラの取り回しは見事である。

辛勝した脹相は,虎杖にとどめを刺そうと殴りかかる。しかしその刹那,彼の脳裏に「存在しない記憶」が浮かび上がり,拳は虎杖を外して壁を穿つ。

「#37 赫鱗」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

壁に空いた穴が収縮し,脹相自信の瞳孔と重なり,驚愕した彼の表情が大写しになる。渋谷地下街の外界と脹相の内界との境界が曖昧になる。トポスとキャラの同期がここでも発生している。言い方は悪いが,原作を“再現”することだけに囚われた凡庸なアニメーターではとても思い付かない演出だ。

脹相,壊相,血塗と虎杖が穏やかに食事をとる「存在しない記憶」は,ノスタルジックなオールドメディア風味で映像化されている。8ミリカメラで撮影したような映像にすることによって,“家族”としての親密感が増幅されている。つい数秒前まで繰り広げらていた血塗れの戦闘シーンとのコントラストが美しい。

 

荒井和人と砂小原巧の技

本話数の演出を担当したのは,ともにTRIGGER出身の荒井和人砂小原巧だ。作画@wikiの情報によれば,交流関係も深いらしい。

荒井和人と言えば,直近の作品では『天国大魔境』「〈#10〉壁の町」におけるヒルコ戦のカットが記憶に新しい。止め絵の連続によって静と動を両立させた見事な作画だった。詳細は以下の記事を参照していただきたい。

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一方,砂小原と言えば,個人的には『モブサイコ100Ⅱ』「011 指導〜感知能力者〜」の仕事が印象深い。各話担当の個性が強く出ていた『モブサイコ』の中でも抜きん出てユニークな話数であり,砂小原を含めた若手アニメーターが存分に力を発揮した場だったのではないだろうか。以下の記事を参照いただきたい。

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荒井にしても砂小原にしても,まだまだこれから力をつけていくアニメーターだ。これからも恐れることなく,果敢に“常識”を打破するアニメーションを生み出していって欲しいものである。

そして,この素晴らしい話数に携わったすべてのスタッフに拍手を。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:芥見下々/監督:御所園翔太/シリーズ構成・脚本:瀬古浩司/キャラクターデザイン:平松禎史小磯沙矢香/副監督:愛敬亮太/美術監督:東潤一/色彩設計:松島英子CGIプロデューサー:淡輪雄介3DCGディレクター:石川大輔(モンスターズエッグ)/撮影監督:伊藤哲平/編集:柳圭介/音楽:照井順政/音響監督:えびなやすのり/音響制作:dugout/制作:MAPPA

【キャスト】
五条悟:中村悠一/夏油傑:櫻井孝宏/家入硝子:遠藤綾/天内理子:永瀬アンナ/伏黒甚爾:子安武人

【「#37 赫鱗」スタッフ】
脚本:
瀬古浩司/絵コンテ・演出:荒井和人砂小原巧/演出協力:青木youイチロー/総作画監督:矢島陽介森光恵

 

 

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商品情報

 

 

*1:ルーシー・A・サッチマン(佐伯胖訳)『プランと状況的行為ー人間-機械コミュニケーションの可能性』,産業図書,1999年。